第531話 大昔のフラグ

「ま、待ってよ~、走れない」

「えー? こんだけで走れないの? お前、弱いな~」

「だって、私、は、走ったことない」

「何でだよ、フォルナは俺より凄い足速いし強いのに」

「姫様と、く、くらべ、ないで」


 しかもコイツ遅いし。んで、バーツは追ってくるし、周りはまた冷やかすし。

 仕方ないや。早いとこ路地裏にでも逃げ込んで、落ち着くまで隠れよ。


「あっ、ヴェルトのやつ、またそんなところに逃げ込みやがって! 待てええ!」


 へへん、商店通りの脇道は入り組んでるから、見つかるもんか。

 いくらバーツたちが住んでいるところだって言っても、更に奥に行っちまえば、そこは裏通りって言われてるぐらい薄暗いしな。



「ね、ねえ! ここ、あの、どこ? ねえ。ちょっと汚いし、臭いし…………」


「ん? ここは、裏通りだよ。なんかスゴく安いお金で酒飲むところとかあって、夜になるとヤラしい姉ちゃんたちが歩いてたりするんだって」


「ひっ、そ、それって! ねえ、ここって…………ダメだよ~、お父様、ここは子供が絶対に来ちゃダメなところだって」


「知ってるよ。だから、フォルナとかバーツに追い回されたらここに隠れてりゃ安心なんだ。ここ、ファルガに教えてもらったんだ。家出する前、ママと喧嘩したときとか良くここで変装して隠れてたんだって」



 表通りのお洒落な商店通りや、酒場とかとは違う。

 ちょっと薄暗くて、汚いところがあるけど、そんなに危ないところじゃない。

 夜は酔っ払いとか居るけど、昼間は居ないしな。


「んで、お前ももう泣いてないよな?」

「あっ…………う、…………うん」


 とりあえず、路地のところに置かれていた樽の上に飛び乗って、テキトーに時間潰して戻るか。それがいつものことだしな。


「なにやってんの? お前も座れば?」

「え、その、でも…………」

「あ~、ドレスだから樽に座るの汚いから嫌なのか? ウジウジしてるし、オドオドしてるし、すぐ泣くし、わがままだし、お前もホントめんどくさいな~」

「ひうぅ…………その、ご、ごめんなさい…………」

 

 そんで、すぐ泣きそうな顔で謝るし! なんかもう、こいつのこと段々分かってきたぞ。こればっかりだし。

 フォルナのやつ、いくらこいつが貴族のお嬢様だからって、よく友達になれたな~



「なあ、お前さ~、そんなんじゃ他に友達居ないだろ? どうやってフォルナと友達になったんだ? っていうか、いつもフォルナと何して遊んでるんだ?」


「えっ、姫様と? …………その…………おしゃべりとか…………」


「お前、しゃべれねーじゃん」


「あうっ、その、姫様がお話することを私が聞いていて…………」



 あー、なんだ。フォルナが一人で話してるのこいつ聞いてるだけなんだ。



「ふ~ん。まあ、あいつおしゃべりだしな」


「…………あなたのこと……………………」


「えっ?」


「姫様は…………いつも、あなたのこと話してるよ? 今日、ヴェルトくんとお買い物したとか、喧嘩したとか、そういうこと…………」


「じゃあ、…………お前、俺のことは知ってたの?」


「…………う、うん………」



 フォルナが勝手に話してるだけなら、別に問題起こらないか。でも、それって友達じゃないと思うけど…………

 

「ふ、ふ~ん、じゃあ、どんなこと? あいつのことだから、多分、俺のこと世界で一番カッコイイとか言ってるんじゃないのか?」

「うん、言ってる」

「言ってるんだ、あいつ!」


 なんだろう…………なんかちょっと恥ずかしくなった。

 


「………イジワルで……ひねくれてて」


「ん?」


「やんちゃで、ナマイキで、全然女の子の気持ち分かってくれない。………でも、いつも人の目を気にしないで堂々としてるって………物怖じしないで、いつも自分に正直で………あと照れ屋で………」


「それ、俺のこと馬鹿にしてるの? 褒めてんの? なんかどっちなのか全然分からねえし!」


「ひうっ! だ、だ、でも、ひ、姫様がそう言ってて………」



 フォルナの奴~、なんであいつって良く俺のことを怒るくせに、人には俺のことをそういうふうに言うんだよ。恥ずかしいじゃねえか。


「………ねえ、………ヴェルトくん………」

「ああん? なんだよ~」

「うっ! あ、ご、ごめんなさい………なんでもないの」


 なんか聞きたそうにしてるけど、なんでもなくねーだろ。



「あーもう! そういうの気になるだろうが!」


「う、ううん、その、大したことじゃないの………ただ!」


「じゃあ、言えよ! そういうの! ほんっと、お前臆病だな~」


「だって、………変なこと言って怒られたら………」


「いーじゃねえかよ、言って怒られるぐらい! それなら、俺はフォルナやバーツにいつもどれだけ怒られてると思ってんだよ! まあ、ママに何かを言って怒られるのは嫌だけど………でも俺はそこまでヒデーことはしねえぞ!」


「だって、ヴェルトくん、お、女の子に、へ、平気でひどい事するし、き、昨日みたいに」



 昨日? ひどい事? アレか?



「ひどい事? カンチョー?」


「カンッ、………わ、私、そ、そんな言葉言わないもん!」


「なんだよ、あんなのがひどいことなのか? じゃあ、怒ってもカンチョーしないから、言いたいことあれば言えよな! つうか、言わなきゃカンチョーするからな!」


「ひいっ! い、言う! 言う! 言うよ~、………」



 知らなかった。カンチョーって、威力が強力なだけじゃなくて、嫌なことなんだな。

 よし! 今度フォルナと喧嘩になったら、これであいつを逆に泣かせてやろう!


「あ、あのね、その………ヴェルトくんは………………どうして怖いことができるの?」

「はあ? 怖いこと? 何が?」

「昨日も、クレオ姫を怒らせるし………戦って怪我することだってありえたのに、それに今だってこんな怖いところに平気で居るし………」


 聞きたいことってそれか? って言われても、怖いことできるんじゃなくて、別に怖くなかったから出来たんだし………



「私はいつも怖いの。人とお話するときも、怒られるんじゃないかとか、嫌な思いされて嫌われないかとか………人の前に出るのも、どんな風に見られているとか気になって………」


「ふ~ん」


「ヴェルトくんは、その、ひ、人から怒られることも嫌われることも怖くない。だから、人が嫌がることも平気でする。たくさんの人の前に出ても、恥ずかしいと思っても、怖いと思ってないから………どうしたらそんな風になれるのかなって………」



 怒られることも嫌われることも怖くない? 

 言われても、正直よくわかんない。

 少なくとも、ママに怒られることは怖いし………

 でも、嫌われることは怖くないってのは考えたこともないや。

 嫌われたことないし………


「私、今日だって、大勢の人の前でピアノも、き、緊張するし………」

「ああ、そっか。お前も出るんだよな」

「うん」


 正直、怖いことをできることについて、どう答えていいかはわからないや。

 でも、人の前に出ることに関しては………


「別に人の前に出ることは気にしなくていいんじゃねえの?」

「………なんで?」

「だって、お前、幽霊みたいに影薄いから、どーせ誰も見てないんじゃねえの?」

「………ひぐっ!」


 そう、実際、街の中を逃げ回ってても、みんなこいつのこと、貴族の娘ってのは知ってたけど名前まで知らなかったっぽいし。

 全然知られてないんだから、どーせ誰も注目しないし、気にもしな………って、また泣いちゃったし!


「なんで泣くんだよ! 注目されない方がいいんだろ?」

「だって、そんな、ひどいこと言うし………」

「注目されたくねーのか、されてーのかどっちだよ!」

「分かんないよ~………でも、誰からも見られないのも嫌だよ~………」


 こいつ、本当にメンドくさい。昨日のクレオが怒ってたのも、今なら本当に同じ気持ちかも。

 泣き虫な女の子じゃなかったら本当にひっぱたいてるぞ………


「じゃあ、みんなには見えなくても、俺には見えるからいいだろ?」

「………………えっ?」

「影薄いけど、俺はもうムカつくからお前のこと覚えちゃったし、俺には見えるからいいだろそれで!」


 ん? 今度はなんだよ? 涙が止まったと思ったらポケーっとこっち見て………



「なんだよ、嫌なのか?」


「う、ううん。………でも、ピアノ弾いたらやっぱり見えちゃうよ、色々な人に。だって、舞台の前で、大勢の人の前で順番に弾いていくんだもん………だから、失敗しちゃったら笑われちゃうし………怒られるし………」


「あ~~~~~~~~~~もう! だったら、笑った奴は俺がぶん殴ってやるよ!」


「えっ、えええええっ! だ、だだ、ダメだよ、叩いたら!」


「いいんだよ! だって、俺は凶暴なんだから、叩いていいんだ!」



 涙が止まってもウジウジ、ほんと面倒だから、もうこれでいいや! 自分でも段々何を言ってるのか分からなくなってきたけど………



「俺はお前のこと見えるから、だからなんかあったら俺が守ってやるから!」


「………………まもる? ど、どうして?」


「親父が言ってたんだ。男は女を守るの当たり前だって。俺は男だから、全然おかしくねえ!」



 うん、自分でも何言ってるのかわからないけど、「守る」って言葉を言っておけば、親父の言ってた通りだから間違いはないよな?


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