第528話 オメーの方がムカついた

「クレオ姫、申し訳ございませんわ。その子、まだこういう場に慣れていないものでして、緊張していますの!」


 あっ、フォルナ走ってっちゃった。友達だって言ってたし、そりゃ、心配か。

 でも、あのチビ姫、さっき俺を見て笑った時みたいな顔してる。


「フォルナ姫も大変ね。この国は、どんな身分にも何かしらの問題があるようね。貴族にも、平民の駄犬にも……」

「………ッ、どういうことですの? ワタクシの友人と夫に何かありまして?」

「あら? 私は貴族と平民の駄犬と例に出して言っただけであって、別にあなたの友人や夫に関して何かを言ったつもりはないのだけれど、もしそうだと思うのなら何か自覚があるのかしら?」

「ッ! 何か……言いまして?」


 お、おいおいおいおいおい、ど、どうなるの?


「ひ、姫様、その、だ、わ、私が、いけなくて、その……」

「フォルナ姫、クレオ姫、この度は娘が大変失礼をいたしました! ですから―――」

「………わっちは知らないでありんすよ~、クレオ~」


 ほら、みんなもまた困ってるし! 


「ふ、おやおや……青いねえ、愚娘も、向こうのお姫様も」


 って、ママはなんかニヤニヤしてるし! 止める気ないの? いいの?


「おやめなさい、クレオ! あなたの尊大な態度がどれだけ無礼の極みか恥を知りなさい! 慎みなさい!」


 と思ったら、向こうの母ちゃんが止めてくれた。

 本当に、あのおばさん普通な感じで良かった。

 なのに………



「母様、無礼の極み? 何を言っているのかしら。何故、私が慎む必要があるのかしら? 私は常に威風堂々とこの天下に己の存在を示すものよ。慎みなど、己の魂に対する最大の侮辱。そのような生き方は、私も天も世界も許さないわ」



 なんでこいつはこんな訳わかんない奴なんだよ! こういうの、自己チューっていうやつだ。

 フォルナもスゲー自己チューだけど、こいつはそれよりも酷いぞ!

 もういいや。何かムカつくし……



「チーーーービッ!」


「「「「「ぶぼわあああっ!」」」」」



 言ってやった。で、全員なんか吹き出して、超焦った顔してこっち見てる。


「ッ! ……ふっ、ふっ、ふ………」

「ヴェルト! あ、あ、あなた! 何てことを言いまして!?」

「おやおや、愚婿も黙ってられなかったかい」

「これはこれは愉快でありんす。よりにもよって、クレオが一番気にしていることを」

「ひあ、あの、その、えっと、あっ……」


 そして……


「……今……何て言ったのかしら?」


 この目、迫力、見たことがある! 


「ねえ、そこのあなた……今……何て言ったのかしら?」

「チーーーーーーーーーーーーーーーーーーービ!」

「ふふふふふ、ただの育ちの悪い駄犬どころかして、この私にチビなんて……それこそ無礼の極みというもの! 他国の王族への侮辱は国家への侮辱! エルファーシア王国は、我が国と戦争をするつもりかしら!」


 俺が街で遊んでたサンヌが凄い可愛いって言ったとき、フォルナがこんな目で俺を睨んだ。アレと同じだ。


「おい、俺はチビって言っただけだぞ。別にお前のことなんか言ってないぞ?」

「……ッ!」

「チービチビチービ! チービ、ブースチービ!」

「ちょっ、今、さり気なくブスッて言ったわね! この無礼者!」

「だから、チビって俺のただの独り言だし! なんだよ! それとも、自分が性格ブスチビクルクル頭って自覚してるからじゃないのか?」

「そこまでさっき言ってはいなかったじゃない! この、駄犬の分際でなんという侮辱ッ!」


 あん時、モンスターみたいに怖かったフォルナにぶん殴られた。

 フォルナの前で他の女の子を見るなと、ママに説教された。

 でも、構うもんか!


「やめなさい、クレオ!」

「まあ、待ちな、ピサヌ女王陛下。ガキの喧嘩だ。面白そうだしもうちょっと見てみたらどうだい?」

「何をおっしゃっているのです、ファンレッド女王陛下!」


 クレオとかいうチビは、本当は今すぐ走り出して俺をぶん殴ろうとしているのに、何だかギリギリで堪えながらゆっくりこっちに近づいてくる。

 でも、あと一回「チビ」って言ったら走り出してくるな。

 だったら、言ってやろう。



「よくも言ってくれたじゃない。それに、さっきの私の仕返しのつもりかしら? こちらはただ、無礼な貴族の娘に常識を説いただけというのに、間違っているはずのあの子を庇うのがこの国の常識かしら?」


「別に庇う気なんかねーし。俺だって、さっきからモジモジしてるあいつ、スゲーイライラしてムカついてたし」


「……はっ? ………だったら、何故こんな馬鹿なことを?」


「そんなの決まってんじゃん、なんかオメーの方がムカついたし」



 なんか、ピキッて音がした。

 プルプル笑いながら震えてるぞ、あのチビ。



「ふっ、……フォルナ姫もエルファーシア王国も随分と心が広いのね。こ~んな礼儀知らずの駄犬を婿にするどころか、次期国王にとは……まあ、貴女方がそれでいいというのなら、私はべつ、べ、つに……」


「あっ、そうか。お前は、心ちっちゃいから、チビなんだ」



 ――――――――ッ!



「こ……このイヌッ! 今すぐ調教してあげるわ!」



 あっ、ピキじゃなくて、今度は「ブッチイイッ!」て音が聞こえた!

 殴られるか! くそ、もういいや! かかってこい、このやろう!


「クレオ!」

「いかん! ヴェルト君、今すぐに謝るんだ!」

「それぐらいでやめておくんなし、クレオ。来て早々、これ以上のゴタゴタはダメでありんすよ」

「まったく、大人が少し落ち着いたらどうかねえ。ガキ同士の喧嘩じゃないかい。良いコミュニケーションだ」

「お母様! お母様がそれでは困りますわ! 今すぐ止めてください!」


 止めろと、謝れと、みんな言うけど、もう遅いよな。

 あのチビ、ボキボキと指鳴らしてるし。


「ご安心なさい。私ももう七歳の大人よ、母様。それにエルファーシア王国の方々。これは、戦争でも決闘でもないわ。道端で見かけた野良犬が噛み付こうとしてくるので、少し躾けてあげるだけよ。野良犬の調教程度で、両国の友好を反故にするつもりはないわ」

「クレオ! その少年は、エルファーシア王国と懇意にされている少年と!」

「……どうかしら? ねえ、ファンレッド女王陛下。私がこの野良犬に手を出すと、両国の関係にヒビが入るかしら?」


 とめる向こうのおばちゃんに対して、あのチビ、ママに聞いてきやがった。

 そんなのママに聞いたら……



「ふん、面白そうじゃないか。これも婿修行の一つだと思って、愚婿も少しやってみたらどうだい? あんたから噛み付いたんだからねえ」


「お母様ッ! 何を言ってますの!」


「ほほほほほほ! 流石は英雄、ファンレッド女王陛下。その心の広さは、感服するわ!」



 ほらな、こうなるよ。ママは「おもしろそーだから、やっちまいな」って顔で俺見て笑ってるし。


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