第517話 エロバーサーカーモード
「殿~~、拙者を置いてきぼりは~、もう嫌でござる~」
「うん、ごめんね、ヴェルトくん。体がよろけちゃって」
「待って。こんな状況で置いていかないでよ」
心の底から置いていきたい。
「ヴェルトくん……重たいよね……ゴメンね……すぐどくよ」
「じゃあ、今すぐどけ!」
「うん。よいっしょっと」
おかしい。俺に倒れ込んでいたペットが、「すぐにどくよ」と言いながら、何故か俺の腹の上に馬乗りになってきやがった。
「んっしょ、よいしょっ」
「って、なんで顔を近づけて、ってやめんか! テメェ、もうフォルナを応援って言ってただろうが!」
「うん、そうだよね……んんっ、わ、わかってるから……だから、ごめんなさい……」
分かってねーーーーッ!
「じ~~~~~~~~~~」
「うおっ、ビックリした!」
その時、ペットを払いのけようとした俺は、思わず変な声を出しちまった。
なんか、俺の『手』をものすごく凝視しているピンクの形相に驚いた。
「テメェ、何やってんだ!」
「ん、な、なにって、べつに大したことじゃ……ただ、あんたの指が美味しそうだなって……」
この時、俺は思った。
これほど極限までに何かを凝視する者が発した一言が、「指が美味しそう」っていうのはどういうことだ?
「ち、ちがっ! わ、私はそんなんじゃ、べ、別に指フェチってわけじゃないの! ただ、……あんたの手……この世界の男どもの貧弱な手と違って、ゴツゴツして、豆もあって、ん、何かを頑張っている手……あ~~~~~ん」
「それは、ただ、ッ、包丁とか料理の熱で分厚くなっただけで、つ、や、やめれーっ! 何を食おうとしてんだ!」
「何言ってんの! 食べるわけ無いでしょ! ちょっと口にふくもうとしただけじゃない!」
「なら、バスティスタにせんかいっ!」
「だって、不自然に硬そうじゃない!」
いかん! 何がいかん? 全てがいかん!
「殿~~~~! 拙者~、もう一度、殿の寵愛が欲しいでござる~~~、やや子が欲しいでござる~~~、奥方様たちだけなんて……殺生でごじゃるよ~~~」
もうムサシは舌を出して俺の首筋を舐めまわす求愛行動全開に!
あのババア、なんつうことを!
これは、世界が荒れる!
「ひいいい、だ、ダメです、僕には交際審査を今度申し込む彼女が」
「ひゃあああっ! おお、女の子が、は、はだ、はだかに、不潔ですよ~!」
「やめてくれーっ! この体は、女房以外に触れさせないんだー!」
普通、逆じゃねえか?
とは思いつつも、草食化しているこの世界の男たちは、半裸になって求めてくる女たちに誰もが逃げ回って悲鳴を上げている。
「なんなのだ、せっかく人がお膳立てしてやっているというのに、情けない男どもなのだ。ヴェルト・ジーハは、ペロリと六人平らげたというのに」
だから、俺を引き合いに出すんじゃねえよ! つうか、今、俺もピンチなんだよ!
「ワリーな、ムサシ! ペット! ピンク! 俺も操は守っとかないと命がヤバイんでな! ふわふわパニック!」
容赦? 知るかよ。洗脳だろうが、麻薬だろうが、発情だろうが関係ねえ。
こんな状況、相手に出来るか。
「失神させただけだ。悪く思う――――」
「ふにゃあああっ!」
悪く思うな。そう言い掛けた次の瞬間、一匹の虎が俺に飛び掛ってきた。
「ッ、ム、ムサシッ!」
ムサシが失神してねえ? 何でだ? ちゃんと強く揺さぶったはずなのに………
「ふぐゆ~~、ゴメンね、ヴェルトくん……本当にゴメンね」
「指~、指~、指が欲しいのよ、その、男の子の指!」
ムサシだけじゃねえ! 視点の定まらない瞳で、完全にラリッてるくせに、ペットとピンクまでゾンビのように起き上がった。
「なはははははは! これぞ、わらわの最恐軍団、エロバーサーカーモードなのだ! もう、すっごいエッチくなった女たちは、性欲満たすまで襲いかかるのだ!」
まず思ったことは、四獅天亜人として、エロスヴィッチが世界の覇権を取らなくて本当に良かった。
そして、もう一つ。絶対、あの女はシバく!
「ちっ、だが今はコスモスが先だ! 一緒に居る、あのショタコン天使が暴走してるかもしれねーしな!」
そう、とにかく最優先すべきはそこだ。
「どけえええっ!」
「ひゃうっ! 殿おおお! いずこへえええ!」
「待って、ヴェルトくん、いやだ、怖いから置いていかないで! 私を守ってくれるって言ったのに!」
「待ちなさい! 無闇に動いても危険よ。だからその指を、って、じゃなくて、とにかく一回口に含ませさせて!」
別にコスモスぐらいの幼児にそういう洗脳術が通じるとは思わないが、問題なのは、コスモスの面倒を見てもらっているリガンティナの方だ。
あいつが、本能の赴くままに暴走されると………
「バスティスタ! 俺が許す、そのロリババアぶち殺せ!」
「ヴェルト・ジーハ!」
「ワリーけど、俺はホテルの中を見てくる!」
「いや、待て。俺も今、このまとわりつくバーミリオン姫をどうにかするので手一杯で………」
「チューでもしてやれ!」
本来なら、この場でエロスヴィッチをぶっ殺してやりたいが、それは後回しだ。
俺はホテル前の乱痴気騒ぎを飛び越え、対峙する二人の間を通り抜け、一人、ホテルの中へと駆け抜ける。
「ぬぬ、ヴェルト! おい、シアンよ! あれがヴェルトなのだ! 今すぐ追いかけて、奉仕してくるのだ!」
「はうっ~~、男の人……でも、………」
「大丈夫、ヴェルトは女の扱いに慣れているのだ! 手出しさえさせれば、後はもう、流れに身を任せるのだ!」
おい、あのクソ女。やっぱ、今、ぶち殺したほうが?
もはや完全に堕ちたと思われるシアンという小柄の姫が、涙目で俺の後を追いかけてくる。
「ううっ、これも、お姉さまに可愛がってもらうためなら……ヴェルトお兄さん! シアンを、受け止めてくだしゃいっ!」
「できるかあああああああああああああああああっ!」
高級ホテルの大理石の階段を飛び越えて、レッドカーペットなんか走りぬけ、でかいシャンデリアや噴水が設置されている広々としたロビーには目もくれず、俺は駆け抜け……
「って、どの部屋か分からねええええっ!」
ホテルのフロントに聞くか? いや、ソレもダメだ。何故なら……
「ボーイさん、私を部屋まで運んでくださらない?」
「むむむむ、無理です。しょ、小職は勤務中ですので! も、し、体調が優れないようでしたら、介護ロボを派遣しますので!」
「んも~、理解に乏しいですよ、ボーイさん。ふっ」
「ひゃうっ! い、息を吹きかけないで下さいッ!」
ダメだこりゃ。ホテルの中までこんな混乱状態。
しかし、止まっている暇もない。
「ヴェルトお兄さん、待ってください! シアンを~、シアンを奪ってくらさい!」
ホテルはロビーから最上階まで吹き抜けになっている。
なら、エレベーターを使う必要も無い。
「ふわふわ飛行」
「はへっ! エッ? えええっ! と、飛んだ!」
このまま飛んで行けばいい。
さすがにエロバーサーカーモードと化したこいつらも、これでは追いかけられないだろう。
ようやく安全地帯に逃げることが出来たことで、俺は少し安堵した。
すると……
「ヴェルトさん! こちらよ!」
ホテルの上階へと飛んでる途中で俺の名を呼ぶ女の声。
ミント色のポニーテイル。
思わず止まって、声のした方を向くと、そこには昼間のアイドル衣装である、カラフルなチェック柄のパニエのスカート。胸にリボンを付けた紺色ブレザーを纏った、アイドル姫の一人が居た。
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