第475話 ヘビーな朝

 ラーメン屋の夜は遅く、朝は早い。昼時目指してスープの準備含めてやることは色々とある。

 既に習慣となった早起きも、もう慣れたもの。

 そして今は、朝目が覚めて俺の胸に顔を埋めるように眠る愛娘と愛妹の温もりと寝顔で一気に清々しい気持ちになる。


「うにゅ~、パッパ~、マッマ~」

「ん、ん~、に~ちゃん、ねーちゃん」


 思わず抱きしめたくなる衝動を抑えながら、二人を起こさないように軽く頭を撫でる。


「とにょ~」


 そして、部屋の片隅で寝所の警護とかほざきながら、ヨダレ垂らして壁際でもたれるように眠るムサシに癒されながら、俺の朝は始まる。


「さ~て、やるか」


 正直、昨日は大変だった。

 バスティスタとエロスヴィッチが一触即発になるは、ジャレンガがジュースにハマるは、リガンティナがキロロ打倒を叫ぶはで、王都の中心で周りに人が誰も寄り付くかなくなる事態が発生した。

 結局、無理やりな理由をつけてあの場は解散させたが、正直これからどうなるか分からねえ。


「起きたか?」

「お~、バスティスタ。お前もバイトのくせに早起きは問題ねーんだな」


 顔を洗いに洗面所に向かうと、そこには鏡を完全に覆い隠すほどの巨漢の男が既に居た。

 タンクトップに、スウェットのようなダボダボのズボン。マッチョには余計に似合うもんだとしみじみと感じさせられた。



「朝は問題ない。ラブ・アンド・ピースに居た頃も、出社前には子供たちの朝食や洗濯もあったからな」


「お前さ、そのギャップなんなの? 脳筋パワーファイター型のくせに、何でそんなに家庭的な父子家庭の大黒柱キャラなんだよ」


「それはこちらのセリフだ。粗野な性格で、自己中心的な男のくせに、娘や妹に向ける顔はしまりがなさすぎる」


「仕方ねーだろ? あんだけ可愛いんだ。口が緩むってもんだ」


「ふん。ならば、俺もお前と同じだ。かつては暴力的な本能の赴くままに暴れていた俺の野生など、愛おしいものの前には簡単に折られた。それだけのことだ」



 そう、こういうところかもしれねえ。

 正直、先生や俺が、バスティスタとこうしてうまくやれてんのは、単にこいつが俺の前世のクラスメートの縁者だからじゃねえ。

 単純に、人間的に俺も先生もこいつのことが嫌いじゃねえ。

 確かに過去は色々とあったし、ラブ・アンド・ピースでやらかしていた頃のことは、忘れていいもんではないかもしれないが、それでも、こいつの家族に対する想いは本物だ。

 こいつもまた、荒れた性格で人生を歩んできたんだろうが、家族を持って変わった。何となく、シンパシーを感じていた。



「にしても昨日は大変だったな。珍客変客の襲来でな」


「ああ。だが、ジャレンガ王子は気にしていない様子だったが、それでも複雑な気分は拭えない。俺は金のために世界を敵に回し、俺の同僚が奴の兄を殺した」


「ああ? だったら、今でもノウノウと生きてるテメェのとこの元社長と元副社長は何だ? 人類大連合軍は? 四獅天亜人は? 七大魔王は? どんだけ他種族殺しまくってると思ってんだよ。それこそ考えだしたらきりねえし、憎しみぶつけられたら考えなきゃなんねーんだろうが、その張本人がどうでもいいと言ってることを、テメエが悩んでどーすんだよ」


「それはそうだが」


「なら、朝っぱらから胃が重たくなるような話はするんじゃねえよ。雑念入れてスープ作りすると、この店のガンコオヤジから鉄拳制裁食らわされるぞ?」



 だからこそ、こいつにも余計なことをウダウダ考えて欲しくなかった。もう、掘り返すのもやめて欲しかった。

 これが今の俺たちなんだから、もうこれでいいじゃねえかと

 俺のそんな軽い言葉がどこまでこいつに届いたかは分からねえが、それでもほんの少しだけバスティスタは気持ちが軽くなったかのような表情をした。


「ヴェルト・ジーハ」

「おう」

「……救われる」


 面と向かって言われると、ムズ痒いやら恥ずかしいやらな気分だ。


「んな大したこと言ってねーよ。ただ、俺は難しいこと考えるのが嫌いなだけなんだよ」


 そう、それだけだ。だから、気楽に俺は何でも物事を考える。それが正しいか正しくないかなんて、俺にはどうでも良かった。


「さ、話は終わりだ。さっさと仕込みの準備を――――――」


 と、階段降りて店の準備に取り掛かろうとしたら……



「パーコパーコパッコパッコ、ハーメハッメハッメ、ズッボズボ~♪」



 史上最悪な鼻歌を歌っている白スク水のようなコスチュームにフリルのついたエプロンを装着し、九つの狐の尻尾をフリフリしながら機嫌良さそうに厨房に立っている、一人のロリババアに俺たちは目を疑った。



「……おう……起きたかテメェら」


「おはよう、ヴェルくん、バッくん」



 俺たちより早く起きていた先生は非常に難しい顔をしながら腕組んでカウンターに座っていた。


「せ、先生? カミさん?」

「マスター、これはどういうことだ?」

「……いや、こいつが世話になる礼だと言って朝食を作るとか言ってな」

「あの高名な四獅天亜人のエロスヴィッチ様の手料理を堪能できるなんて、私はほんと幸せね。あとで自慢しなくっちゃ」


 エロスヴィッチの手料理だと? どういうことだ? 軽快な包丁の音、厨房をダンスするかのように軽快な動きで移動し、確かに調理には慣れていると思われる。

 でもだ、何だ? この異臭のような匂いは。なんだ? 鍋の湯気が紫なんだが?



「おはようなのだ、ヴェルト、バスティスタ。昨日は騒がせて悪かったのだ。昨日の侘びとこれから世話になることへの気持ちを込めて、わらわが手料理を披露してやるのだ♪」



 ニコ~っと笑うエロスヴィッチは、正体と本性を分かっていなければ、確かにドキッとするような可愛らしい笑みだった。

 だが、正体と本性を知っているからこそ、怖かった。

 そして、


「あとで、お前の娘や妹にも食わせてやるといいのだ。ほれっ!」


 九つの尻尾の上に複数の皿を器用に乗せて俺たちが並ぶカウンターの上に次々と料理を乗せていく。

 朝から随分と多くねえか? なんかヘビーな気が…………


「うぐっ!」

「ぬっ」

「うごおおっ!」

「えっと……これは?」


 そして、俺たちは一瞬で表情が引き気味に硬直した。

 そこに並べられた料理は……



「まずは端から説明すると、アシカのイチモツに馬の睾丸を蛇酒で絡めた―――――」



 おお♪



「食えるかああああああああああああああああああああああああっ!」


「ああああああああっ、ヴェルト、なんてことをするのだあああっ! せっかくの、わらわ秘伝の精力増強絶倫料理をっ!」


「エロスヴィッチ! 貴様、俺の家族にはこのようなゲテモノを振舞っていないだろうなっ!」


「バスティスタまで、なんなのだ、その暴言はッ! わらわだって振舞ってやりたかったのに、カイザーが厨房には入れてくれなかったのだ!」


「……どこから仕入れてきやがったんだ? こんな食材」


「そうなのだ! 仕入れようとしても、この国は食材がなかったので、わらわが夜なべして狩りをして解体して入手してきた食材だったのだ! それを、酷いのだ!」


「きゅ~~~~~~~~~パタン」


「のわああああっ! おい、女よ、なぜ気絶するのだあああああ!」



 んなことだろーと思ったよ! 朝からヘビー級のパンチどころじゃねえ。ジャイアント級の豪腕を食らわされたかのような一撃。



「うぷっ、つか、見ただけで吐き気がする。テメェ、これをハナビとコスモスには絶対に見せるんじゃねえぞッ! わかったなッ!」


「し、しどいのだ~! あんまりなのだ~! カイザーもそんなことを言って、一口も口をつけずにわらわの丹精込めた手料理を引っくり返したのだ~、うえ~~~~ん」


「泣いたって騙されねえぞ!」



 ガキのように「え~~~ん」と泣くエロスヴィッチだが、まるで心が痛まねえ。



「わ~~~ん、いじわるいじわるいじわるいじわる! いじわるなのだ~、プンプンなのだ~!」


「おい、テメェこの場にいる誰よりも年齢が上なくせに、それはどうにかならんのか?」



 床にひっくり返って、両手足をジタバタさせて泣きじゃくるエロスヴィッチ。

 いい加減、うるさい。ここは力づくで追い出して………


「殿ーっ! どうされたでござる! 今、何やら奇声のようなものが………ぬぬ? こ、これはエロスヴィッチ様。それにみなさん、どうされたでござる?」


 騒ぎを聞きつけ寝起き寝巻きのままで登場したムサシは寝ぼけたツラのままで寝癖状態で首を傾げる。

 それを見て、エロスヴィッチは………



「ふにゅ~、お~、バルナンドの孫娘~、聞いて欲しいのだ~、こやつらわらわの手料理を口もつけずに食えぬとほざくのだ~」


「えっ、ええ、えええ? え、エロスヴィッチ様の手料理にございますか?」



 あっ、なんか嫌な予感がしてきた。

 そして、それは俺だけじゃなく、先生たちも感じたようだ。


「ムサシはどうなのだ? ムサシもわらわの料理を食べぬと言うのか?」


 ほら、やっぱりそうなったよ!

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