第474話 短い自由時間だった

「ヴェルト~~~~~~」

「恨みますよ~、ヴェルトくん」


 すぐに帰ってきて、またもや濃すぎる客を連れてきた俺に呪いのような言葉を浴びせるニートとフィアリに、「ワリ」と謝り、俺はとりあえずもう一度カウンターに座った。



「つーか、リガンティナ。エルジェラが仕事で天空世界に戻ったのに、テメエはなにやってんだ?」


「仕事? なにを言っているのだ? エルジェラはお前との結婚式を行うにあたって、皇家のもっとも神聖なる神殿の手配や出席者の招待をするために戻っているだけだぞ?」


「えっ、な、なにっ?」


「それとだ。その結婚式には私を含めた全皇女姉妹に、我らのそれぞれの母皇も出席するので、そのつもりでいろ。みな、お前と会うのを楽しみにしている」



 知らなかった。つうか、エルジェラの奴、俺に内緒で何をやってんだ? 

 まあ、俺がそばに居ても手伝うことなんてできねーから、仕方ねえけど、別に一言ぐらい言ってくれてもいいのによ。

 だが、それはさておき、まずは目の前の問題だ。



「んで、お前は何をやらかした?」



 まるで仕事に失敗したOLの隣で飲んでいるサラリーマンになった気分に浸りながら俺が尋ねると、リガンティナはグラスを両手でギュッと握り締めながら、ムッとしたように語りだした。



「やらかしただと? 人聞きの悪いことを。私は後ろめたいことなど何もしていない。ただ、愛する夫と会うために、ジーゴク魔王国に単身で乗り込んだだけだ」


「ほほう」


「魔王キロロは人の夫を国に連れ帰っただけでなく、私を遠ざけようとする。それがあまりにも我慢できなくてな、一言文句言ってやろうと忍び込んだのだが見つかった」


「ふむふむ」


「城に忍び込んだまでは良かったのだが、小腹が空いたので途中の脱衣所で寄り道してラガイアの下着を見つけたので食べていたのだが、そこを見つかった。敵地で食事に集中して警戒を怠ったのは私の落ち度だが」


「ほうほう……よし、そこで待て! テメエは何をド変態なことをやらかしてんだよ!」



 思わず飲んでたパイナップルジュースを吹き出してしまった。鼻に果実が詰まるほどの勢い。

 この女、凛とした態度で何をほざいている?

 しかも、何でこいつがムッとした顔をし返して来てんだよ!



「ド変態だと? ふざけるな! 惚れた男に会うために仕方なかったのだ。確かに不法侵入と言われれば反論できぬが、ド変態はないであろう!」


「そのあとの件だよ! テメェ、ラガイアのパンツ食ったとかどういうことだ!」


「違う、食べかけだ。飲み込むまでには至らなかった。口に含んでモゴモゴしゃぶっていたところに、六鬼大魔将軍とやらに見つかってな」


「そこだよそこ! 何、パンツ食おうとしてんだよ! ド変態の極みだろうが?」


「……………………? おい、好きな男の下着を口にすることが、地上ではそれほどの罪だとでも言うのか?」


「天空だろうと地底だろうとド変態だよボケナス! エルジェラはそんなことしねえよ!」


「そんなはずはない! エルジェラとて、きっと洗濯カゴからお前の衣類を見つけては顔をうずめたり匂いを嗅いだりしているだろう!」


「それはもっと可愛らしいやり方をしてんだろうが! テメエみたいなイッちまった目でモグモグまでぜってーやらねえし!」



 そう、やり方が違うはずだ。

 そういえば、昔、ウラが俺の洗濯物の服を愛おしそうに抱きしめて顔を埋めてウットリしていたことがあったな。それまではセーフだ。むしろ、微笑ましい。

 だが、食うのはアウトだ! 食うのは!


「あ~、もう、頭いてえ。そりゃー、ラガイアの身の危険を考えると、キロロがテメエを入国禁止にしたのは分からんでもねえ」

「な、んだと! それはあまりにも無慈悲。どうにかならぬのか?」


 どうしろっつーんだよ。

 んで、いきなり物凄いストレートパンチをぶちかまして来たリガンティナに続き、このロリババアは何をやらかした。


「んで、エロスヴィッチ。テメェの場合は、大体想像つくけど、とりあえず何をやらかした?」

「ムカッ! わらわをそこの小児愛者と一緒にするななのだ! わらわは、ただ、カイザーの役に立ちたかっただけなのだ」


 そう言って、シュンとした様子で語りだしたエロスヴィッチは…………



「カイザーに会うために、わらわはお前の作った国に行ったのだ。しかし、忙しそうなカイザーは構ってくれないのだ。だから、わらわもできることは手伝おうと、そこのバスティスタが育てている孤児たちの遊び相手や勉強に付き合うとしただけなのだ」


「ほうほう。…………ん?」



 なに? バスティスタが面倒見ていた孤児のガキたちだと? その瞬間、我関せずだったバスティスタの肩がピクリと動いたのが分かった。



「そして、勉強で情操教育も必要だと想い、わらわが黒板に愛撫に必要な所作や相手が感じる場所やイチモツの扱い方から、前戯や体位の種類などを書き出したら、カイザーとチロタンにソッコーで捕まって、国の外へ放り出されたのだ!」


「はいっ、アウトオオオオオオオオオオオオオオオ! それ、アウトオオオオオオオオッ!」



 んなことだろーと思ったよ!

 ほとんど年齢一桁のガキ相手に、なんつーことを教えてやがるッ!」

 まさかのエロスヴィッチ先生の授業は、案の定そういう内容かよ! むしろ、それはカー君とチーちゃんの判断が正しいだろうが!



「エロスヴィッチ。貴様、俺の家族になにをした!」


「ナニもしていないのだ! むしろ、誰かが教えてやらねば、一般常識が欠けたままになってしまうのだ! わらわはそれを危惧して、教えようとしただけなのだ!」


「そういう次元の話ではないであろう。貴様の教えなど、言葉一つだけでも品性に欠ける下劣なものだ」


「ムカッなのだ! わらわの崇高な教育にケチつけるとは、生意気なのだ! 大体、お前の家族も一番上は十歳なのだ! 年齢が二桁に突入したならとっくに経験済みでもおかしくないのに、あいつらはまるで無知だったのだ!」


「十歳なら? 貴様、それは誰を基準に言っている?」


「ん? イーサムとか?」



 こわもてだが、意外と温厚なバスティスタからブチっと音がした気がした。

 俺がツッコミを入れるまでもねえ。あかんよ。いかんよ。いかんぜよ、エロスヴィッチ。


「ヴェルト~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

「うわああああああん、ヴェルトくん、もう勘弁してくださいよ~~~っ! 私とニート君のホーリーランドをこれ以上カオスランドにしないでくださいよーっ!」


 ほんと、ゴメン。もはや営業妨害クラスの空間を作り出したこの場には、王国の民など怖くて誰ひとりとして近づかない。



「ねえ、うるさいよ、殺しちゃうよ? あと、そこの地底族と妖精。スイカジュースをおかわりしていいかな? 品質落としたら殺すよ?」


「そこになおれ、エロスヴィッチ。害しか生まぬ老害など、今この場で握りつぶしてくれる。あの子達には汚れ一つ足りとも与えん」


「ああ? たかが筋肉程度で調子にのるななのだ。どんなに筋肉質とはいえ、この世にカイザーの鼻魔羅を超えるモノなど存在しない以上、わらわが慎む必要などないのだ」


「とにかくだ、婿殿! 前魔王で現在貴様の国で宰相をしているキシンとお前は無二の親友でもあり、現魔王のキロロとも交友関係があるはず。どうか、私とラガイアを会わせてもらえるよう、便宜を図って欲しい!」



 一人一々が世界最強クラスの力を持ちながら、決して交わらぬ個性たちの集い。

 ハッキリ言ってこれを捌ききるのは、俺一人じゃまず無理だ。

 なのに、何でこいつら一挙に集合してんだよ。


「は~~~~~~、嫁たちから解放されたのに……短い自由時間だった」


 今日の夕焼けは、とても切なく見えた。

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