第411話 カオスの時間⑧

「で、なんだよ、あのヤバそうなカバは」


 デカイくていかつい、カバ亜人。初見のニートには、目の前の存在の名や経歴など一切の情報が無くても、ヤバイと理解するほどの存在。

 ああ、そりゃそうだよな。


「ママンか。エグい展開にしやがって」


 デイヂとかいう新たな幹部を目の前にし、ついに最も警戒していた敵の脅威を早めに引っ張り出してきやがったか。


「四獅天亜人、七大魔王、光の十勇者、各種族の王族、三大未開世界人、幻獣人族。随分と個性豊かなキャラクターたちを引き連れて、空前絶後の驚異だわね」


 流石に、四獅天亜人の狂獣怪人ユーバメンシュを目の前に出されれば、イーサムたちとて目を奪われる。

 そんな俺たちを品定めするようにデイヂは呟きながらも、すぐに笑った。


「ふふふふふ、二年前、あのアークライン帝国へのサイクロプス襲撃の時、颯爽と現れて社長を殴り飛ばしたお前が、まさかここまで時代を変えるとは思わなかっただわね」

「……あ゛?」

「社長やマニーが一目置くだけはあるだわね。私はお前を決して過小評価しないだわーね」


 ふん、過小評価しねえとか言いながら、どこか人を見下したかのような態度。

 ちょっとイラっと来やがるな。


「それで? 洗脳したママンをワザワザ俺らにぶつけるために連れてきたってか? 外ではキシンや六鬼大魔将軍、そしてシンセン組が大暴れ中だってのに、貴重な大戦力をこっちに持ってくるなんて、随分と余裕じゃねえか」

「ふっふっふ。このメンツを前に戦力の温存など意味がないというのに皮肉を言うだわね。だが、少しだけ間違っているだわね」

「なんだと?」

「ユーバメンシュを連れてきたのはそれだけではないということだわね」


 なんだ? 随分と大物気取りで勿体ぶらせやがって。

 ママンは別として、この女はとりあえず瞬殺しとくか?


「んなことマジどうでもいいし! てめ、ふざけんなっての!」


 その時、非常に分かりやすい怒りをぶちまけたのは、今までショックを受けてずっと黙っていたアルテア。

 褐色の肌を赤い蒸気で染めるほど怒りに満ちた表情は、未だかつてこいつからは見たことないものだった。



「あたしのママンを返せッ!」



 ああ、その通りでいいんだよな。


「ママン? ……おい、ヴェルト……このカバ、備山の?」

「そういうことだ、ニート」

「ふっ、初めて見たね、お兄ちゃん。アルテア姫があそこまで憤怒をあらわにするのは」


 そう、それほどまでに大事なんだよ。その気持ち、俺も分からんでもねえ。

 俺も自然と頷いていた。

 だが、そんなアルテアの怒りを、デイヂは鼻で笑った。



「ママン? こいつが? 笑わせてくれるだわね。自分が本当に生まれた、ダークエルフの国を滅ぼしたのは、他の誰でもないこのユーバメンシュだということは、お前だって知っているだわね」


「……んだよ、それが今更なんだっての」


「おかしいだわね。自分の故郷も、自分の本当の家族をも全部奪った張本人を、どうして家族だなんて言うのか、理解不能だわね」



 その、あまりにも重苦しい過去は、俺もかつて聞いたことがあった。

 不真面目代表みてーな軽口のこいつが、初めて真面目なツラをした時だ。



―――あたしはさ、記憶が戻る前から結構波乱万丈でさ。小さい頃に、これまで自分を育ててくれた親が、あたしに懺悔をしたんだよ。自分が、本当のあたしの両親や家族や国を滅ぼした張本人だって。瓦礫の中から赤ん坊だったあたしを拾って、哀れに思って拾ったんだって。でも、その罪の重さとあたしへの愛情が大きくなるにつれて隠すことができなくなったから~、とか言ってさ


 

 あの時、あの場で、俺、そしてこの場に居る奴では、他にウラが聞いていた。



―――つってもさ、ダークエルフとか戦争とか、あたし何も分かんないわけ。つか、その実際の両親の顔なんて赤ん坊の頃だったから、覚えてないわけ。それどころかさ、それまでずっと大好きだった人がさ、いきなり泣きながら頭を下げて謝られてもさ、なんつーの? 恨むとか憎むとかより、自分の所為でこの人は泣いてる? とか思っちゃって、あたしも泣いたことだけは覚えてるな



 分かっているさ。デイヂの言うとおり、自分の家族を殺した張本人に、愛情を持って育てられるなんて、どれほど皮肉で異常なことか。



―――その時だよ。あたしさ、てっきり自分が悪いことをして、この人は悲しんでるとか思ってさ、何とか仲直りしたくて、記憶は戻っていなかったのに、ホンノーってやつ? チョー下手くそなネイルアートをお揃いでやったんだ。そしたらさ、その人……もう、ワンワン泣いてさ、あたしもまた泣いちゃってさ……でも、なんだろ。その時、あたしはあの人と本当に家族になったんだって思えたよ



 あの時は、俺ですら「そんなことありえるのか?」と疑っちまった。

 でも、この二人はありえたんだ。


「あんたの基準で、あたしとママンの関係に口出すなっての。大きなお世話だっつーの!」


 世界中の誰もが異常だと思える皮肉なめぐり合わせを乗り越えたんだ。

 ママンとアルテア。二人を知る者なら、誰だって納得しちまう。

 この二人は本当の親子よりも親子の絆ってもんがある。


「おしいものだわね」

「なにが!」

「その感情を僅かにでも黒い憎しみに落とすことができれば…………邪悪魔法の深淵に近づけただわね」


 アルテアの言葉に、皮肉めいた言葉を呟くデイヂ。

 すると、そのやりとりを黙って聞いていたロービン・フードが、ケラケラと笑った。



「がはははは、何だか色々と複雑怪奇な巡り合わせじゃねえか。デイヂ執行役員。まっ、こっちもこっちで、他人事じゃねえが。なあ? 嬢ちゃんたち」



 屋根から見下ろすこのもう一人のキャラクター。

 そういや、結局誰なんだ? アルーシャやフォルナは随分と驚いているが。


「で? そこの弓使いの着ぐるみは誰だよ、フォルナ」

「……それは……」


 やけに言いづらそうにしているが、会話の流れや二人の態度からも、顔見知りっぽいが。


「相変わらず荒っぽく、いい加減な行動で迷惑かけてくれてるじゃねえか。なあ? 嬢ちゃんたちのダンナさん?」


 そして、この馴れ馴れしい態度。心当たりはないが、俺を知っている?

 

「二年前に引退し……軍幹部や後進の指導に当たることもなく、帝国での住居も引き払い、家族と共にブラリと姿を消して……まさか、こんな所に居たなんてね」

「別に俺だけじゃねえだろ? 今では、ロアだっているんだからよ。まあ、洗脳されてるけどな」

「ッ、ふざけないで! あなた、自分が何をやっているか分かっているの?」


 アルーシャが強く叫ぶ。だが、そんな声に対して、ロービン・フードは笑って返した。


「がはははははは、分かってねーのは、嬢ちゃんたちさ」

「なん、ですって?」

「いや、知らなくていいさ……だから絶望しなくてもいいのさ……いずれくる破滅の日まで、せめて幸せにな」


 どこか、笑いながらも寂しさや切なさを漂わせ、それでいて本心を語ろうとしない。

 いや、語る気がねえってところか。


「俺はな、知っちまったんだよ。世界の行く末をな。アレは無理だ。希望もねえ。仲間と力を合わせてどうこうとか、そういう次元の話じゃねえ。信じたくなかった……嬢ちゃんたちが生まれる前からずっと人類のため、世界のため、正義のために戦い続けた生涯が、失った仲間たちの想いが、全て無意味なものになるなんてよ。知りたくなかったぜ」


 それでいて、思わせぶりな態度で、フォルナたちの心を乱そうとする。


「でも、俺は知っちまった。だから、全ては無理でも、テメェの家族だけでもせめて……俺がマニーに付いたのは、それが理由だ」


 ああ、この「俺は知ってる」「お前ら知らない」的な態度で人を哀れんだり、見下してくる奴、


「そーかい、そんなに世界の行く末に絶望したかい。だったら、いっそ今すぐその屋根から飛び降りて死んでくれねえか? 今すぐ楽になれるぞ?」


 本当にムカつく。


「ヒデーこと言うな~、ダンナさんよ」

「酷ぇ? アドバイスしてやってんのさ。俺の怒りを買ってぶち殺されるより、よっぽど楽だっていう意味ではな」

「がははははは、ある意味、お前さんが一番おめでてーかもな~。世界の破滅も知らずに、種族を超えた絆や仲間や女やらとイチャついて、世界の中心人物気取りか?」

「はあ? 世界の破滅だ~? なんだよ、温暖化現象でも起きてるのか? 砂漠化が進むか? オゾン層でも破壊されるのか? それとも生態系の破壊か? まあ、環境ホルモンの大量摂取で、知能が低下して中二病みたいな思わせぶりな態度を取るバカがここに居るわけだけどな」

「あんだ~? 言葉の意味は全然分からねえのに、悪口言ってるってことだけは分かったぞ?」

「ああ、つまりそういうことだ。この世には俺の知らないこともあれば、テメェの知らねえ奇跡のような世界の真実だって存在してんのさ。俺が世界の中心人物気取りなら、テメエは世界の犠牲者気取りだよ。人に迷惑かけないで、とっとと死んでくれることを祈るぜ」


 全てを語る気もなく、そんな態度で俺の娘まで攫ったり……ふざけんじゃねえ。

 世界の破滅と、コスモスを攫うこと。何の理由にもなんねえよ。


「だが、それでもこの世界の破滅云々でガタガタぬかすなら、いっそのこと俺が破滅させてやろうか? 大馬鹿野郎のマッキーが造り上げた、このクソッタレた夢の世界を破滅にな!」

 

 だから、今はこんなやつに構っている場合じゃねえ。

 それが俺の答えだ。


「……ヴェルトくん……」

「アルーシャ。それに、フォルナ。お前らの知り合いだろうが、俺の知ったこっちゃねえ。話すことがあるってなら、お前らがやれ。どうでもいいっつうなら、瞬殺するぞ?」


 そして、その答えに同調するのは、俺だけじゃねえ。


「同感だ。世界の破滅……ヴォルドやマニーたちも口にしていたが、今の私たちがそれをどうこうするものではない。今は、コスモス優先だ」

「ったりめーだ、ビチグソ共が! コスモスに何かあったら、俺様がこの世界を滅ぼすッ!」

「どのような理由にせよ、コスモスは返してもらいます!」


 ウラ、チーちゃん、エルジェラ。


「っていうか、どうして朝倉くんはここまで悪口がポンポン出てくるんですかね~」

「元々の性格だと思うんで」


 まっ、余計な茶々を入れる奴らもいるけど、方針は変わらねえ。

 そして…………


「なら、少しは大人しくしていてもらおうかっ!」

「けっ、瞬殺してやらァ!」


 話すことはもうないと、ロービン・フードが屋根の上から飛んで、上空から真下へ向けて矢を連射する。


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