第399話 地上の戦況

「なんじゃ、逃げろとは。これで大暴れせよということではないのか?」


 イーサムの言うとおり、俺も思わず首をかしげてしまった。

 こんなもん渡されて、逃げろだと? それはどういう意味だ?



「地底世界、海底世界、あらゆる神族の兵器をかき集め、そして最高幹部が全員揃っているこの状況では、ラブ・アンド・ピースの軍事力は世界最大かもしれないのです。今、地上では亜人の軍が快進撃をしているようですが、それも一時です。総力戦になれば消し飛ぶのがどちらかは明白です」



 その時、俺たちの目の前の何もなかったはずの空間がいきなり光、外の世界の光景が映し出された。

 そこには、激しい爆炎の中を突き進み、カラクリモンスターへと突撃するシンセン組たちが居た。


「これは……今、地上で起こっておる様子かのう?」

「ええ、そうです。あなたという大将不在であっても、鍛え上げられた軍である亜人たちは戦意を失わずに戦果を上げています。それを後押しするように、ツンクラ君の仲間たちも」


 画面が切り替わる。そこには、亜人の軍の最後方で戦場を見下ろし、指示を出し、時には援軍として最前線へ向かっている、皆がいる。


「ヴェルト! アルーシャやウラたちですわ!」

「ああ。どうやら全員無事のようだな」


 良かった。俺たち以外は全員無事のようだな。


『今よ! シンセン組、奇襲部隊前へ! 敵の横陣を分断させなさい!』

『おおお! なんという破壊力! さすがは、シンセン組一番隊!』

『報告申し上げます、山道から接近した部隊が敵に見つかり猛攻を受けております! 被害甚大です!』

『大丈夫だ。そっちにはカイザー殿が向かっている、暫くは持つだろう! 問題は、丘の上。そこを敵に制圧されれば取り囲まれる』

『やれやれ、僕が行こう。中央に力を固めてる分、やはり左右に隙ができるね。なんとか、僕が調整してくる』

『たった今、密林に潜んでいた敵部隊を発見し、キシン氏たちがこれを叩いたとのこと! しかし、負傷者が多数!』

『負傷者を急いで後方に! 私が看ます』


 シンセン組たちはバルナンド、そしてソルシとトウシを筆頭に一糸乱れぬ集団戦法。

 エロスヴィッチ軍残党はカー君が率いて、本陣でアルーシャたちが頭をひねって戦略を立てている。

 そして、戦況が不利なところには、キシンとカー君が単独で乗り込んで大暴れ。

 戦況は一見、こちらの方が勢いがあるように見える。


「ほほう。ワシ抜きで中々盛り上がっておるのう。まあ、バルナンドやキシンにカイザーがおる以上、そう簡単には遅れをとらんじゃろうな」

「ええ。しかし、軍事力に差があります。消耗戦を繰り返し、あなた方の軍が弱まってきたところに、ラブ・アンド・ピースも全勢力を投入して一気に勝負を決めるでしょう。数も、火力も、ハッキリ言ってあなた方の方が下です」


 確かにそうかもしれない。現に、シンセン組たちも被害が軽いわけじゃねえ。

 対して、一体一体が強固なカラクリモンスターも、次から次へと投入され、何体居るのかも分からない。

 これがこのまま続くと、まずいことになるだろう。


「ですが、逆に言えばラブ・アンド・ピースも、今は外の戦闘に気を取られて、中は手薄になっているはずです」


 だから、むしろ今がコスモスを奪い返すチャンスということか。

 だが、コスモスを奪い返し、逃げ、そしてどうなる?


「今のうちコスモスを奪い返せってのは分かった。だが、逃げていいのか? そうなるとラブ・アンド・ピースはどうなるんだ? 放置か?」


 そうだ。結局ラブ・アンド・ピースはどうすればいい? このままこの世界に放置する形でいいのか?


「……まだ、その時ではない。それがクロニアの言葉です」

「まだ?」

「これから先の戦い……まだ、準備不足。だからこそ、今はまだだというのがクロニアの言っていたことです」


 まだ? これから先の戦い? なんだか、またメンドくさい予感が頭に過ぎった。

 ことは、単純にマッキーとマニーをぶっ倒せば終わり。そういうことじゃねえってことか?

 それを今、俺たちがどれだけ頭を捻っても分かるわけないのだから。



「ヴェルトの大兄貴! 今はそんなことより、お嬢を助けるのが先決ですぜい!」



 そう。その通りなんだよ。まさか、ドラの弟分にそれを言われるとは思わなかった。

 マー君が車体の扉を開く。中には二列に並んだ合計六席の椅子が設置されている。



「その通りです、ツンクラくん。いずれ、すべてが明らかになります。戦いの行く末が」

「………けっ、どうしてこ~、クロニアもテメェも、そしてヴォルドの奴も含めて、みんな思わせぶりなことを言うのかね~どうせ人を関わらせるなら、さっさと本題言えよ」



 本当にイラっとくる。まるで目に見えない何か巨大なものの手のひらで踊らされているような感覚だ。

 だが、それをコスモスと比べるまでもねえ。


「まぁ、いいや。行くぞ、みんな」

「確かに、今はそれしかないですわね」

「別に連中を滅ぼしても構わんと思うがのう」


 今は先へ進もう。そのことには誰も異論なく、俺たちはマー君の中へと乗り込んでいく。

 俺たち全員の搭乗を確認したマー君は、扉を締め、一気に猛る。


「さあ、捕まっててくれい、ヴェルトの大兄貴! オラが必ず皆を連れてってやるぜ!」


 車体が熱くなっているのが内部からでも分かる。先端についた巨大なドリルが激しく回転し、唸りを上げる。



「すぐにまた会うことになるでしょうが、お気を付けて……」



 ドリルの音で掻き消えそうになったが、それだけはハッキリと聞こえたゴッドリラーの見送りの言葉を受け、次の瞬間マー君は壁に突撃し、そのまま勢いよく真っ直ぐ地中を突き進んだ。


「お、おお、おおおお!」

「ほほう。ワシが殴って進むよりスムーズじゃのう」

「すげ~、俺のドリルなんかと比べもんにならねえ。まるで土や岩盤がプリンみたいにアッサリと」

「は~………地底世界の祠にあったカラクリモンスターも普通に驚きましたが、これもまたブッ飛んでますね~」


 早い! そして、どこまでも掘り進めそうなこの力は、見ていて気持ちよかった。


「ほ~、やるじゃねえか」

「うっす! 大兄貴にそう言ってもらって嬉しいですぜ!」


 そう言うと、調子に乗ったのか更にマー君は加速する。まさか地中をこんな風に移動する日がくるとはな。

 これまで、海を渡ったり、空を飛んだりしたが、ついに地中の中までか。

 そもそも、神乃を探すための旅からスタートしたのに、俺はどうしてこんなんなってんのか、今になって笑えてきた。


「おおおおお、これはもう正にスペシャル警備隊そのものなんで!」

「ちょっと、ニート君、興奮しすぎです~! 一緒に居る彼女を置いてきぼりですか~?」

「……変なの出てこないよな?」

「あら、ユズリハ姫、不安そうな顔されてどうしましたの? ひょっとして、………少し怖がってます?」


 周りの色々な会話を耳にしながら、少しだけ感慨深くなった俺は、前だけを今は見ていた。


「ふん………」


 そんな時、盛り上がる連中の中で、本来一番やかましいはずのイーサムが少し真剣な目で外に視線をやった。

 それは、どこか誰かを気遣うような瞳。


「仲間が気がかりか?」


 さっきの光景を見せられたら無理もねえ。俺だってそうだ。

 しかし、俺の言葉に少し目をパチクリさせて、イーサムはすぐに豪快に笑って俺の頭をクシャクシャした。


「なんじゃ~、婿よ。ワシの心配するなど百年早いぞ。せめて嫁を二桁にしてからじゃぞ?」


 茶化してくるが、実際のところ俺にも分かる。


「テメエらしくねえな。ゴッドリラーの言葉を気にしてんのか?」

「……まあのう……」


 戦争は素人に毛が生えた程度の俺でも、さっきの戦争の光景は少々旗色が悪いということは分かる。

 カラクリモンスターはいくら倒しても、所詮はカラクリモンスター。ドラやマー君のように意思があるわけでも命があるわけでもない。ゆえに代わりは利く。

 だが、こっち側はそういうわけにはいかない。今俺たちがこうしている間にも、地上で必死こいて戦っている亜人たちも、徐々にその数が減っていっているのは間違いない。

 イーサムが少し思いつめたような顔をするのも無理はなかった。


「じゃが、勘違いするでないぞ? 仲間が心配などという、乙女のようなことは考えておらん。この戦、どうやって勝利へ導くか、この戦況を覆す手を考えておったところじゃ」

「何か妙案でもあんのかよ」

「……そうじゃの~、もう少々兵を連れてくれば良かったのう。大陸の防衛で結構置いてきてしまったしのう」


 やはりネックなのは、兵力。単純な兵の数か。

 

「しかも、相手は大半が心無いカラクリたちじゃ。心理攻撃のようなものも通用せんからのう」


 もしこれが、相手も命や感情のある敵だったら話は違っただろう。

 策を弄し、相手をハメ、敵を挑発したり動揺させたり、揺さぶることだってできる。

 しかし、今、戦っている敵はカラクリモンスターたち。

 敵の主要な連中は、こちらが弱るまで前へ出てくることはなさそうである。

 つまり、戦場を制するには単純に相手をぶっ倒すしかない。


「現状、手は二つ。正面衝突で倒すか、もしくは別働隊であるワシらがいっそのことこのまま乗り込んで、マニーの首を斬るか」


 その場合、もっとも現実的なのは後者だろうな。


「とはいえ、ワシが本気で暴れるにしても、もう少し戦力が欲しいのぅ……しかも半端な戦力ではなく、ワシらクラスの――――」


 もちろん、敵の中にピートやグーファのような奴らがまだ居ることも覚悟する必要がある。

 それにまだ、ロア、ママン、ヴェンバイの洗脳された奴らも居る。

 確かに、なかなか危うい状況になってきたかもしれねえな……



「………………………………………………ぬぬ!」


 

 だが、そんな時、イーサムが急に車内で立ち上がった。

 そして、大きく目を見開き、どこかをジッと見ている。



「おい、ゴミ父。どうし――――」


「止まるのじゃあああああああああああ!」



 その瞬間、俺たち全員金縛りにあったかのように硬直しちまった。


「ひいい、な、なんでい、爺さん!」


 マー君も驚いてピタリとドリルの回転を止めて停車した。

 一体何があった? 思わず腰抜かしちまって立ち上がれねえ俺たちをよそに、イーサムは立ち上がったまま固まり、やがて………



「ぐわははは、はは、ぐふふふふ………ぐわーーーっはははははははははははははははははははははは!」



 何故か急に、メチャクチャ嬉しそうに大笑いした。


「これはこれは……無いものねだりをしていたところで……ぬわははは! 面白い落し物があったわい! よろこべ、婿よ! 半端ではなく、ハンパない奴を見つけたぞい!」

 

 どうやら、鼻でクンクンやってたら、何かを見つけたようだ。これだけ機嫌よく笑っちまう「何か」なのか「誰か」なのか分からないが。

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