第386話 弱肉強食
「って、おいおいおい!」
「まさか、逃げると言うのですの?」
普通にサラッと逃げやがった! これには俺らも予想外というか、イーサムもポカンとして固まってやがる。
だが、そんな俺たちを壁穴から見下ろしながら、ピイトは去り際に一言告げる。
「すまんな、イーサム。俺は、命を懸けるのは構わないが、バカの失態で巻き添えをくらうのはゴメンなんでな」
「…………………………………………」
「トゥインクル。くだらぬ情にいつまでも迷っていると、全てを失うぞ? 俺は去るが、お前がどうするかは勝手に決めろ。逃げるなら早くすることだ。そこにいつまでも居ると、どうなるか分からんぞ?」
その言葉だけを残し、ピイトはアッサリと引きやがった。
一瞬、血みどろの凄惨な戦いが繰り広げられるかと思ったが、こんなにアッサリと消えるとは思わなかった。
「……ぐわはははは……あの男、結局自分をさらけ出さないまま、とことんクールじゃったな」
「イーサム?」
「目的を達成するのは不可能と判断したようじゃ。一瞬、ワシに感化されて破壊衝動の顔を出しそうになったが、すぐに状況を把握して、アッサリ後退する……なかなかできることではないぞ?」
思わぬ肩透かしに、しばし上を見上げたまま固まっていた俺たちだが、イーサムだけはどこか嬉しそうだった。
驚いたな。まるでおちょくられた感じがして、てっきり怒ったり、ガッカリしたりすると思ったが。
「恐れて退却するのではなく、確固たる決意に殉じて退却する。昔、バルナンドが言っておったわい。武士とは高みを求めても、好んで危険を求めてはならぬとな……結局やつの真の力は明かさぬまま……手ごわいのう」
「いやいやいや、そんなノンキなこと言ってねえで、奴を追いかけなくていいのかよ! つうか、奴を追いかけたら、ランドに辿り着くんじゃねえのか?」
「……その前にじゃ……」
後をすぐ追いかけよう。そう思った俺たちだったが…………
「こいつら…………」
「あら、睨まれていますわね」
「いや、あんだけあんたら暴れたら当然なんで」
気づけばその周りにはいつの間にか軍服姿の地底族が大勢取り囲んでいた。
「おい、お前たち、さっきから好き放題してくれたな」
「ニート・ドロップも、ラブ・アンド・ピースも、まるで我々を蚊帳の外のようにしおって、この駄作どもめ」
「おまけに、その羽虫は、地上からの密偵というではないか」
「お前たちは大人しく捕まってもらおう。そして、公衆の面前で貴様らを裁いてやる」
その表情をかなりイラつかせた、地底族の軍幹部と思われる面々たち。
こいつら、イーサムの強さを目の当たりにしてもこういう強気な態度に出るあたり、相当自信家だな。
それとも、相手の力を実際に戦わねえと分からねえだけか。
「いや、やめたほうがいいと思うんで。無闇に近づくと、あの着ぐるみみたいに、首チョンパなんで」
「黙れニート! 駄作が我らに口を挟むな!」
「や、もう俺、ほんと知らないんで……」
ニートが無駄だと分かっても制止しようとしたが、少々興奮状態の地底族たちを抑えるのは不可能。
地底族が各々のドリルを回転させ、俺たちに一斉に襲いかかろうとした。
だが…………
「ほほう、おぬしら。ピイトとのジャレ合い以上のものを繰り広げてくれるのか?」
肩透かしをくらったばかりで、まだまだ力の有り余っているイーサムはニヤリと笑った。
「久方ぶりの色男と出会い、ビンビンに勃ったワシの剛直を受けきれる自信があるというのじゃな。絶頂させねば許さぬから、そのつもりでのう」
こんな迫力で、こんな言葉を言われては、さすがの見下し体質の地底族たちもゾッとした表情を見せる。
そりゃそうだ。こんなん、反則すぎるからな。
「まあ、テメェらにはコスモス攫われた恨みあるしな。俺もここで暴れるのはやぶさかじゃねえ」
「戦争中ですものね」
「……うるさいゴミどもだ……焼却するぞ?」
そして、俺たちもイーサムに乗った。
邪魔をするんじゃねえと、睨みを利かせて地底族たちを圧っした。
「ぐっ、こ、この、駄作どもめ……」
狼狽えた表情を見せる地底族たちは、幹部も含めて若干後ずさり。
それを見て、俺たちはこのまま何事もなくここから脱出できる……………………
「あ~~~あ~~、弱いものいじめ~~いけないんだね~~~~~」
そう思っていた。
「はっ?」
「ん?」
「ぬ?」
さっきまで聞いたことのあった、陽気な声。
振り返るとそこには、頭部を失った胴体が、千切れた頭部をボールのように手の中でコロコロ転がしながら、俺たちに近づいてきていた。
「………………はっ?」
えっ、なん……で?
俺たちは互いに顔を見合った。えっ? つか、生きてい……いや、つか、何で頭部がねえのに…………
「貴様…………生きておるのか?」
「もう~、ひでーな、ひでーよ、ひどいな~、武神イーサム…………スゲー、ムカついたよ、テメェ、マジ食い殺すぞ?」
陽気に、しかしかなりイラついた乱暴な口調だが、それは確かにグーファの声。
俺たちは目の前で起こっていることがまるで理解できなかった。
当然、グーファの首がふっとんだ一部始終を見ていた地底族たちも絶句している。
妖精も、どうやらまるで分かっていないようだ。
すると、グーファは切断された頭部を頭に持ってきて、そのまま乗せると、頭と胴体はまるで何事も無かったかのようにくっついた。
そして、地面に落ちている切断された腕も拾い上げ、そのまま頭部と同じ要領で切断部に当て、次の瞬間には治っていた。
「ほんと、これ、ほんと死ぬとこだったからね~。数日前の戦いで、ヤヴァイ魔王国の王子を一人食い殺してなければ、ほんと死んでたからな。不死身の肉体になってて良かった~」
不死身の肉体? ヤヴァイ魔王国の王子? 食い殺した? どういうことだ!
「あ~、もう、普段は抑えてたのにダメだ~、血が出ると、ムカつくと、ほんと、ダメ…………禁断症状~…………抑えられない~…………あ~もう! 組織のためを思えばダメなのに~、あ~、もう! ダメなのに~! ダメだけど~、やっぱやっちゃううううううううううううううう!」
そして、どうなってやがる! さっきまでとまるでキャラが違う。
最初は陽気に、次はキレやすいチンピラに、そして今は完全に精神が狂ったように発狂している。
「な、なんなんだ、こいつは!」
「……ッ、む、婿ッ!」
「この、狂ったような波動は、一体…………?」
まるで何が起こっているか理解できず、あのイーサムですら両目を見開いている。
ラブ・アンド・ピース、最高幹部の一人グーファ。
こいつもまた、只者じゃねえ?
「ぎゃっはああああああああああああ!」
その時だった。
「いっ!」
「く、首が、伸びましたわ!」
一瞬だった。グーファの首が蛇のように伸び、そして着ぐるみの頭部が破けるほど巨大な口を大きく開けて、俺たちの真横を通り過ぎ、その先には…………
「な、なあにいい!」
地底族の軍幹部。螺旋五槍と呼ばれたツケヤキ中将とかいうのがいて…………
「い、い………きゃあああああああああああああああああ!」
丸呑みにしやがった…………
「ツ、…………ツケヤキ中将!」
「き、さ、ら、乱心したか、ラブ・アンド・ピース!」
「許さん、許さぬぞおおおおおおおおおお!」
突如、信じられぬ正体を見せ、そして凶行に走ったグーファに、地底族たちは殺気の滲ませて、飛びかかる。
だが…………
「トランスフォーメーション、ジャイアントフット!」
腕だけ……巨人の……腕に……
「な、う、うわあああああ!」
「なんだこれは! どうなっている!」
「は、はなせ! 駄作が我らに汚い手を触れるな! 我らは――――――」
一瞬で腕を巨大化させ、それに驚いて動きが止まった地底族三人。それは、さっき丸呑みにされた男と同様、螺旋五槍と呼ばれた地底族最高戦力だったと思われる。
しかし、その三人が、巨大な腕に体を掴まれ、そしてそのまま…………
「いただきます」
まとめて喰われた…………
「い……………………い……………………」
その光景に、地底世界全体の空気と時間が止まった。
だが、人間大の大きさが、奴の喉を通り、ゲップとともに醜悪な笑みを浮かべて振り返ったグーファの素顔を見て、あるものは失神し、あるものは腰を抜かし、そして多くの者たちが次の瞬間、
「いやああああああああああああああああああああああああああああ!」
野次馬も含めた恐怖の悲鳴が地底世界の巨大な街に響き渡った。
「ばかな! ら、螺旋五槍が! 螺旋五槍の四人が! 地底世界最強の英雄たちが!」
「く、くわ、くわれ、い、あ、うっぷ、おええええ」
「なんなんだ……なんなんだよ、この化物は!」
化物。正にその通りだった。
巨大な巨人の腕。伸びた首と、大きく開いた顎。そしてその素顔は、巨大な蛇…………
「蛇人間?」
「いや、違うのう。あやつは亜人ではない。人間じゃ……」
「どう見ても人間じゃねえだろうが!」
「……いや、それでも人間じゃ。人間の匂いしかせん」
思わず、グーファの正体が亜人だったのかと俺が思うと、イーサムは頑なに否定した。
奴は、亜人ではなく、人間だと。だが、あんな人間がこの世に存在するのか?
あれじゃあまるで……ん? 「食った」だと?
「おほ、おほ! おほ! これが地底族の螺旋…………」
そして、次の瞬間俺の頭に過ぎった「まさか」は確信に変わった。
それは巨大な蛇の口が、まるで巨大なドリルのような嘴へと変化したからだ。
興奮したようにハシャぐグーファのイカレタ瞳は、見たことがある。
「ぐひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! もう、喰う! 喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰っちゃううううううう! 我慢無理いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
この場にいたほとんどのものが、今のグーファを見て、こう呼ぶだろう。「化物」と。
だが、俺が口にした言葉は違った。
「テメェ………クレランと同じ……モンスターマスターか」
そして、あの時のピイトの溜息の去り際の言葉の意味が良く分かった。「バカの失態で巻き添えをくらうのはゴメンなんでな」と。
――あとがき――
お世話になります。先日紹介しました下記短編もお願いします。
『神界から派遣されたチートの回収者』
https://kakuyomu.jp/works/16816700429644745450
こちらも面白いと思っていただけましたら、フォローとご評価いただけたらモチベーション上がります。何卒!
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