第383話 野生VS凶暴
全身の毛穴から一気に汗が吹き出す、この感覚は、初めてイーサムと出会った時に似ている。
だからこそ、そんな強烈な殺気を、この圧倒的な野生が気づかないはずがない。
「めんこい着ぐるみから、随分と暴力的な凶暴性を孕んでおるな。何者じゃ?」
最愛の娘とエロトークしていた変態ジジイの面影が一瞬で消え、その表情を戦場の戦士としての鋭い瞳へと変えたイーサム。
その問いかけに、そしてイーサムから放たれる鋭い気迫を受けてもなお、平然と歩み寄ってくる、山猫の着ぐるみは答えた。
「ラブ・アンド・ピース、専務取締役兼警備本部長。コードネームは、ピイト」
「ん? ピイトじゃと?」
ピイトが名乗った瞬間、イーサムが寒気のするような笑みを浮かべて、俺たちは思わず鳥肌が立った。
「ピイト。そうか、貴様か……人類最強のバウンサーと呼ばれたチンピラは」
「……ほう。種族問わずに世界を代表する英雄が、裏街道のチンピラである俺の名を知っているとは光栄だ」
「グワハハハハハ、そうか……貴様が。なるほどの~……聖騎士フリーダの言葉は、誇張ではなかったようじゃのう」
そういえば、地上でそんな話をしていたのを今になって思い出した。
「表に出ず、英雄の道を進まぬ者で、しかも人類で腕の立つものなど、ヴェルト、そしてハンターのファルガぐらいじゃと思っておったが、こんな奴がおったか。貴様からは戦場の匂いも、戦士や騎士の纏う雰囲気もまるでない。それでいながら、着ぐるみからでも分かる恐ろしい程の暴力性と凶暴性……戦争とは全く違う、底知れぬ地獄のような世界をくぐり抜けた危険な匂いじゃ」
あの時は聞き流していたが、世界最強の称号を得るのなら避けて通れないと呼ばれた、裏社会の強者。
それが、こいつか!
「武神イーサムにそこまで褒めていただいて光栄だが、あまり過大評価するものでもない。所詮は井の中の蛙が、獅子に挑むだけの話だ」
イーサムの評価に対し、ピイトは大柄で渋い声を出しながら、いたって謙虚だ。
しかし、その謙遜が逆に怖い。
「ふっ、おぬしが蛙かどうかなど、ワシが判断してくれる」
イーサムが構えた。それだけで空気が一瞬の内に張り詰めた。
存在感そのものが既に荒々しいイーサムのこのギャップ。
そうだ。野生的な戦い方ばかりに目を奪われていたが、本来イーサムは剣術家。
この洗練された空気こそ、本物であることを物語っている。
「なら、遊んでもらおう、武神イーサム」
「いくぞい! 青二才が!」
イーサムの力強い踏み込み! 速すぎる! 一瞬でピイトの懐に飛び込み、次の瞬間には腰元の刀を抜いて両断――――
「ぬんっ!」
「ッ!」
―――――ッ!
「な、い、イーサム!」
腰に納めた刀を抜き去り一刀両断。誰もがそう思っていた。
例え反応できても、あそこまで懐に飛び込まれたら、バックステップで回避しようとしても遅い。そう思った。
だが……
「どうした? 抜かんのか?」
「……おぬし………」
後ろに下がるどころか、ピイトはむしろ一歩前に出て踏み込んだ。
踏み込んで、ショルダーチャージのように自分の肩を体ごとイーサムに預け、ピッタリと密着。
これだけ密着されれば、腰に納めた刀を抜くことも、振り切ることも出来ない。
「そんな! ゴミ父が止まった!」
「しかも、弾かれてねえ! なんつうパワーだ!」
前世で、マンガか何かで刀は腕の力だけではなく、遠心力を使った体の回転で降りぬくという話を聞いたことがある。
つまり距離を詰めちまえば剣を抜けない? いや、原理はどうでもいいが、そんなことできるか?
あのイーサム相手に、一瞬の躊躇いも無く、踏み込むなんてマネが出来るのか?
つうか、イーサム相手に飛び込んでも、パワーで弾き返されるだけだと思っていたのに、人間が力で押し負けてねえ?
さすがのイーサムも目を見開いている。だが、次の瞬間………
「ぐぼはっ!」
イーサムが咽て、吐血した。
何があった? その時、俺たちは、イーサムの鎧を貫いて、肝臓部分にピイトが拳を突き刺しているのが見えた。
レバーブローだ!
「おかしなものだな、武神イーサム」
「ッ、貴様!」
「洗練された戦士であるお前が大降りの隙を突かれ、チンピラの俺が振りの小さな拳を打ち込んだ……だが、次は俺も大振りだ」
レバーブローでイーサムの足が浮き上がった瞬間、ピイトはなんと、イーサムを体ごと持ち上げやがった。
「そんな! 一体、何をするつもりですの!」
「おい、……おいおいまさか!」
そこから先はデジャブというか何をする気か想像がついた。だが、街の喧嘩でもあんなもんは絶対にやらねえ!
戦争なら、なおさらやらねえ。
しかし、それをやる気か!
「デモリッションソウル!」
魂の破壊。そう名づけられた技の正体は、ぶっちゃけ、ブレーンバスターだ!
あんなもの、あんなガタイの人間に持ち上げられて叩きつけられたら………
「ッ、嘘だろ……イーサムッ!」
「ゴ……父ィ!」
「ひゃあああああ、どどどどど、どうなってるんですか、ピイト専務あんなに強かったんですか!」
「いや、お前、同じ幹部なのに、知らなかったのか!?」
垂直落下のブレーンバスター! かつて、十郎丸がふざけてやってたのを見たことあるが、あれを実戦で、しかも殺す気でやる奴なんて初めてだ!
思わず叫んじまったが、あのイーサムが脳天から地面に突き刺さっている!
「お、おい、イーサムッ!」
だが、しかし……
「ぐわははははは………お~、二日酔いの頭痛がスッキリしたわい………」
頭部が割れて血を流しながら、イーサムはケロッと立ち上がりやがった。
このやろう、全然元気じゃ……
「ふんぬりゃああああああ!」
「ッ!」
一瞬、能天気な事を言い出したと思ったイーサムが、次の瞬間、口を大きく開いて、ノータイムで強烈な光線を吐き出した。
それは、誰もが予想外。強烈な爆炎に包み込まれてピイトが吹き飛ばされた。
「なんか口から出したッ! いや、もう、何がどうなってるか分からないんで」
「ちょおおおお、なんなんですか、あのライオンさん、元気だし、怪獣みたいになんか出しますし!」
「いやいやいや! ユズリハとかドラゴンだから出来るけど、何でイーサムがブレスを使えるんだよ!」
「あの力はドラゴン独特のものではないというんですの?」
ドラゴンは口から何かを吐き出す、そういう生物だと思っていた。
でも、ライオンは違うだろうと思って、ハナから考えもしていなかった攻撃は、完全に俺らの度肝を抜いた。
やられたピイトはもっとだろうが……
「ぐわはははは、息子や娘が出来るのじゃ。練習したらワシも出来た♪」
サラッととんでもないことを……やっぱ、このジジイ規格外だ。
「ふっ、さすがだな……四獅天亜人にして、選ばれし五人の称号は伊達ではないか」
そして、こいつもまたどうなってやがる!
激しく舞い上がる粉塵の中、着ぐるみはくたびれたものの、その足取りはしっかりと、ピイトが立ち上がっていた。
「バカな! あんなもんまともに食らってケロッとしてやがる! おい、妖精! 奴は何もんだよ!」
「わ、私だって分からないですよー! ピイト専務が戦ってるところなんて初めて見ましたし」
いや、強いっていうのは分かってはいたが、この男、タイマンでイーサムとしっかりとやりあってやがる。
あのファルガですら、タイマンではイーサムとは戦えねえ。それをこの野郎、平然としてやがる。
「ほほう。カイレばーさん以来じゃのう、人間でワシと一騎打ちできるものは。やりおる」
「こっちもだ。やはり街の喧嘩とは大違いだ。一撃で仕留める気でやらねば、逆にこっちが死ぬな」
イーサムの賞賛を受けてなお、冷静に流すピイト。
だが、次第にその静けさがやがて大きくなり………
「やはり、喧嘩を楽しむのは不可能だな」
これまで重い腰を下ろして静かに凶暴な殺気だけを放っていたが、ここに来て身に纏う空気が荒ぶってきた。
この溢れる暴力性は、初めてというより、懐かしいと感じた。
強さのレベルが圧倒的に違うが、この感覚は、朝倉リューマ時代、街の不良たちとの争いを思い出させた。
兵士でも戦士でもない。しかし、強い。
この世界では極めて珍しい存在であるピイトの存在に、俺が思わず言葉を失っていた。
「ここで終わらせてもらう」
ピイトが両腕を開く。そしてその腕にみるみる力が凝縮され、ついにはその内在された力の圧力に耐え切れず、着ぐるみの腕が吹っ飛び、中から硬質と化した浅黒く逞しい筋肉の両腕が飛び出た。
あれが、ピイト本体の腕! なんつう、力こぶ…………
だが、力こぶを見せたのはほんの一瞬。ピイトはすぐに腕から力を抜き、ぶらりと腕を下げて脱力した状態になった。
「あの着ぐるみは邪魔でな。これで腕が自由に出来る」
確かに、着ぐるみは肉弾戦のやつからしたら、かさばるし、ハンデにしかならねえよな。
だが、全部を脱がず、腕の部分だけ? どういうことだ? 相手はイーサムだぞ?
それで勝てるのか? しかし、そんな俺を含めた周りの反応とはよそに、俺たちはイーサムの表情を見て、ギョッとした。
「……ぐわははは……なんじゃ? 随分とその腕が恐ろしく感じるのう」
イーサムは笑みを浮かべながらも、その額に一筋の汗が流れている。
おいおいおいおい、どういうことだよ。テメエがなんでそんな反応をするんだよ。
「ワシも遊ぶのはやめた方がよさそうじゃな。……咬み殺すか……」
イーサムが再び腰元の剣に手を置いた。
――あとがき――
今日も更新時間ズレてました。すんません。
中途半端な時間ですが更新します。
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『白馬に乗った最強お姫様は意中の男の子を抱っこしたい』
https://kakuyomu.jp/works/16816700429486752761
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