第378話 力ずくで

「何やら取り込み中~、だけど~、それまでにしてくれないかな、ヴェルト・ジーハ君」

「あ゛?」

「そろそろ、その根暗君を引き渡してもらいたいんだよね。作戦はメチャクチャになったけど、一応、紋章眼の発動は出来たみたいだしね~」


 俺の肩に気安く手を置く、グーファ。話によれば、ラブ・アンド・ピースの最高幹部……


「トゥインクルに騙されたどうのこうので揉めてるみたいだけど、それは後にして事務的な手続きを―――――」

「下がれグーファ」


 ペラペラ喋る不愉快なグーファに下がれと言ったのは、俺じゃない。

 山猫の着ぐるみを着た、ピイト。


「……ピイト専務?」

「その男に間合いは関係ない。だが、それ以上近づいてその男を怒らせると、眼を回すぞ?」


 それは、俺がグーファを「ウザイ」と思ってふわふわ攻撃しようと思った矢先のこと。

 俺の空気を察知した、大柄の山猫のピイトが制した。


「……おやおや、人を心配するとは随分お優しいね~……就職して更生しちゃったかな? ピイトくん? 俺の力は知ってるでしょ?」

「こうして実際に見れば分かる。その男はお前の想像よりも遥かに強い。分かっていないのはお前の方だ」

「……………ん~……」


 おやおや、勝手にこっちも取り込んじゃったよ。仲悪いのか、一触即発の重い空気。

 しかし、可愛い着ぐるみ着たまま喧嘩とか、いい大人がなにやってんだ?



「ニート・ドロップ。こういう取引はどうだ? もともと、そういう予定だったからな」



 その時、グーファの横をするりと通り抜け、重い腰を上げたかのようにピイトが前へ出てきて、未だ立ち上がらないニートに声をかける。


「たとえ、紋章眼の試作品を持とうと、お前の評価はこの世界では変わらない。地底世界において、混血というのはそれだけシビアな問題なのだろう」

「だから……なんなん? 今更変わるなんて期待してたら、この世界で十年以上も住んでいないんで」

「そうだろうな。だが、我らは違う。お前の存在も素質も高く評価する」


 ビジネスのように淡々と話を進めていくピイト。そのピイトの口から出たのは……


「ニート・ドロップ。お前を、ラブ・アンド・ピースの最高幹部に迎える」

「………はっ?」

「既に副社長からはお前のコードネームは降りている。お前に与えられるコードネームは、『ハッピーターパン』だ」


 その時俺は……



「クハハハハハハハハハハハハハ! は、ハッピーター……ぎゃはははは、スゲエ恐い声で何を言うかと思ったら、くははははは! 着ぐるみ仲間の勧誘かよ!」



 ダメだ、シリアスなはずなのに、堪えきれずに俺は大爆笑しちまった。

 だが、そんな俺を無視して、呆けるニートに、ピイトは続ける。


「紋章眼とは別に、お前の力を我らは高く評価する。血縁も身分も関係なく、これからはお前の才覚一つで得られる金も評価も大きく変わる。所属の部署や業務内容については追って通達を出す。お前の味わった苦汁は無駄ではなかった」

「おうい、ピイト専務! なにをう勝手に」

「地底族はこの男をいらないのだろう? もし、引渡しが嫌であれば、言い値で買い取ろう」

「ッ……バカな……こんな駄作に……」


 本来であれば、世界的な大企業の幹部にヘッドハンティング。もろ手を挙げて喜ぶような待遇だろう。

 まあ、俺は嫌だが、果たしてこいつはどうだ?


「くはははは、引きこもりには魅力的な就職先じゃねえか。職安でも、そんな大手の斡旋はしてくれねーぞ? まっ、どうせすぐに潰れる組織だけどな」


 俺が半分からかうようにニートに言い放つと、ニートはかなりめんどくさそうな表情で、頭をポリポリ掻きながら言う。



「いや……あの……俺、働いたら負けだと思ってるんで」



 そう来たか。

 まさか、この期に及んでそんな言葉が出るとはな。


「ニート君ッ! どうして……どうしてですか! ッ、私の……私の所為ですか? 私が、ニート君を……」

「……いや、それはもうどうでもいいんで」

「……えっ?」

「そこの兄さん曰く、悪いのは俺らしいんで」


 半ば不貞腐れたように俺を見てくるニート。俺は笑いながら頷いた。


「ああ、そうだよ。お前が悪い。男が女を騙すのはただのクズなことだが、女に騙される男はただのマヌケなんだよ」

「そうか。世界がどうとかじゃなく、俺が単にマヌケだっただけか。なんつー、暴論だ」


 ニートの、全てを諦めたような表情はさっきまでと同じ。

 しかし、それでも闇や絶望を纏っていた雰囲気が、どこかスッキリしたように見えた。



「というわけなんで、俺、その就職辞退するんで」



 内定辞退。その言葉を受けたラブ・アンド・ピースは絶句していると言っても過言ではない。地底族も同じだ。


「ニート・ドロップ。お前は、この世界でも最も強い権力を放棄する気か?」

「自分の身の丈はわきまえてるんで。分不相応っていう言葉は正に俺のためにあると言っても過言ではないんで」


 ピイトの少し怒りの混じった問いかけに、ニートはどこまでも卑屈に躱した。

 そして、その卑屈な態度は、俺に再び向けられた。


「ヴェルトさん……………すよね」

「ああ」

「俺……自分が悪いんだと思ったら、少しだけ気持ちが楽になった。でも……このままじゃ……みじめだ……」


 信じない。疑う。諦める。期待しない。そういう言葉しか漏らさなかった、ニート。

 そのニートが、ついに本音を漏らした。


「あんたが俺を嫌いなのは分かったし、めんどくさい俺から信用を得る気がないというのも分かってる。そんな俺には、何かを信じる以前に、そもそも恋だの友情だのの絆が出来るはずないし、誰も結びたくないと思うだろうし、望むことすら愚かだと思う」


 変わらぬ卑屈でどこまでもネガティブに自分を乏し、しかしそれはそこで終わらず…………


「俺だって不公平なぐらい恵まれてるあんたが嫌いだし、人を信じたり期待する気もない俺には筋違いだってのも分かってる。自分を救いたければ自分で救えということだって分かってる。俺とあんたじゃ全然違うから、全然方法も答えも違うのかもしれない。でも……それでもあんたが、ほんの少しでも何かがわかっているなら……」


 ただ、唇を噛み締めながら、右腕のドリルをガタガタ揺らしながら、およそニートという人物が言うはずのない願いを言う。



「俺にヒントを教えて欲しい」



 嫌いで、信用もできない人間に、何も期待しないと決めた相手に、それでもと願う。

 自分はこういう人だと諦めていたはずのニートだが、それでも藁をすがるように、「どうすればいいのか教えて欲しい」と願った。

 そう。「どうにかしたい」それが、ニートの紛れもない本音の言葉なんだ。



「くはは、嫌いな人間にお願いする………まあ、少しはマシになったか? 最初から諦めるんじゃなくて、欲しいものを願うようになったってのはな」



 ニートの俺に対する願いは、「どうにかしたい。俺ならどうするか。ヒントが欲しい」ということだ。

 たとえ、俺の例や答えがニートにそのまま当てはまらなくても、それでも教えて欲しいと俺に願った。

 だが…………


「でも、それじゃあまだ合格点は上げられねえな」

「…………………?」

「当たり前だろ。お願いすれば欲しいものが何でも手に入ると思ってるんだったら、それは甘すぎるぜ? しかも、お前が願っている相手は、テメエほどじゃねえがそれなりにひねくれたアホな不良だ」


 ニートの願いは分かった。だが、お願いされただけでそれを叶えてやる義理はねえ。

 だから俺は、ニートの右腕のドリルを指差した。


「欲しいもんがあるなら、口開けて待ってるだけじゃなく、願うだけじゃなく、力づくで手に入れてみたらどうだ? テメェの力で手に入れるから、価値があるんじゃねえのか?」

「…………? …………ッ! あんた、まさか…………………」

「それに、その方がよっぽど信用できるんじゃねえのか?」


 その言葉の意味を理解したのか、ニートは、そしてフォルナやフィアリ、そしてこの場にいた誰もが俺の言葉を予想していなかったのか、言葉を失っている。


「俺に戦えって言ってるのか? なんなん? あんた、どれだけメンドくさいんだ? こんな状況下で、しかも周りがこんなんなのに、それを全部無視してあんたと戦えと? メチャクチャにもほどがあるんすけど」

「なら、いつものように言い訳して諦めればいいさ。周りの目を気にしすぎてる時点で、どっちみちテメエはその程度なんだよ」

「いや! あんたが気にしなさす…………………は~~~~~…………………」


 俺も自分でどれだけメチャクチャを言ってるか分かってる。

 こいつがどんだけ呆れているのかも分かっている。

 でも、こいつは溜息吐きながらも、もう諦めたかのように、右腕のドリルを構えた。それは、観念して戦う意思を表している。


「ヴェルト、本気ですの?」

「なんで! ニート君、お兄さん、やめてください。そんなこと二人がやる必要はありません!」

「おい、駄作たち、何を勝手に! おい、やめんか!」

「いや~、……これは意外な展開だが、やらせてみたら~?」

「そうだな。紋章眼のデータと、件のヴェルト・ジーハの力を知るいい機会だ」


 周りが敵だらけだってのも分かってる。

 そんな中で、どうしてこいつと? 嫌いだし、救う気もねえし、勝手に暗くなってろって感じの奴なのに。

 いや、その答えは全部分かってる。

 

「俺、ガチの喧嘩苦手なんで、弱くてマジがっかりされるとか勘弁なんで」


 どうして俺はこいつを嫌いなのに、こんなことをするのか。

 俺はひょっとしたら、こいつになっていたかもしれないと思ったからだ。

 この世界に生まれ、前世の記憶を取り戻し、親父とおふくろすら他人だと思っていた時期。

 幸せな世界と人生を心の底から笑うことのできない、嘘っぱちの世界だと考えていた。

 そんな俺だが、エルファーシア王国に生まれ、そして先生と出会い、そしてフォルナたちが傍にいたから、俺は今こうしてここに居る。

 でも、もし俺が、地底族でハーフで、差別や迫害、そして信じた者に裏切られたら?

 まあ、そういうのを考え出すとキリがないけど、多分理由はそんなところだ。

 だから、何となく体を張ってしまう。



「そう言うな。全力でぶつかるからこそ、生きがいを感じることもある。お前の願うものが手に入るか入らないかは別にして、それでも痺れるような刺激はくれてやるよ」


「それはまいった。俺はそういう単純な流れに流される脳筋じゃないんで」


「安心しろ。種族は違えど、脳ってのは意外と簡単にバカになれると、これまでの喧嘩人生で証明済みだ」



 次の瞬間、二本の警棒を構えた俺は、轟音鳴らして回転する螺旋に向かって走っていた。



――あとがき――

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『天敵無双の改造人間~俺のマスターは魔王の娘』

https://kakuyomu.jp/works/16816700429316347335


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