第377話 お前が悪い

 ニートが本当に恐れて、疑い、そして絶望していたのは、過去ではなく、今目の前の現実だった。


「違うの、お、ねがい、ニート君。お願いですから、ぜんぶ、はなしますから! おねがいですから」


 言い訳も、弁明も、真実も、そしてフィアリの本当の気持ちも、ニートにとっては関係ないのかもしれない。

 人を信じれないニートが人を疑った結果、残念ながらフィアリの裏を知ってしまった。

 だからこそ、今更フィアリがどれだけ言葉を続けようとも、全部、疑ってしまい、受け入れることが出来ない。

 愛情も、友情も、偽りだと思い続けた男が、それでも偽りであって欲しくないと思っていた唯一のものは、黒だった。



「トゥインクル・ベル。それまでにしろ。女々しいぞ」



 それは、フィアリを絶望に叩き落すような言葉。それを発したのは、山猫の着ぐるみ男。ピイト。そう呼ばれていた。


「どういうことだ、ピイト専務! この妖精は、そなたらの諜報だとでも言いたいのか?」

「いかにも。マニー副社長と、ブラックダック本部長が、引き抜いた」

「な……んだと?」

「許せ。紋章眼を獲得するために潜り込ませた」


 淡々と語るピイトという男の言葉に、フィアリはただ、涙をボロボロ流しながら呟くだけ。


「違う、違うんです……確かに私は……でも、でも! ニート君に出会えて、そしてニート君の正体を知って……私は……ッ、ニート君をもっと色々な人に知ってもらいたかったんです! 誰もニート君の力を認めようとしない、貶し、嫌悪し、遠ざけて……だから、ニート君が紋章眼を手に入れれば、きっとみんながニートくんを認めてくれるって……だから……私は……」


 俺たちは、全部それは本当なんだろうと思う。演技じゃないと思う。

 確かに、フィアリはラブ・アンド・ピースとして、地底世界に潜り込むつもりだったのかもしれない。

 でも、その間に二人で積み重ねてきた時間が、フィアリのニートへの想いを本物にした。

 そして、フィアリは、ニートの現状を見て、良かれと思ってやったのかもしれない。

 そう、ニートを思う気持ちは本当なんだろう。俺らにもそれが分かる。

 でも、問題は既にそこじゃないのかもしれない。既にフィアリの言葉も姿も見ていないニートは、ただ俺を見ていた。

 俺も掛けるべき言葉に迷った。



「ニート……テメエは、ずっと嘘ついていたフィアリを憎んでるのか?」


「俺は自分が嫌いなんで、自分に何も期待していないし、諦めてる。俺はこんな奴なんだって。だから、人が俺を見る視線も評価も……期待しない」



 ニートは、皮肉めいた笑みを浮かべながら、ただ絶望していた。


「あんた言ってたよな? 幼馴染に殺されそうになったりとか、仲間に裏切られても、そうやって生きていけるのはなんで? もし、あんたが俺なら、今回のことも笑って許せたのか?」


 俺はニートじゃない。ニートがこれまで味わってきたであろう苦しみや、劣等感や、不安な心を理解してない。

 俺は誰かに裏切られても耐えられたのは………俺が既に愛情とか友情とか、揺るぎねえものを持っていたからだ。

 でも、こいつは違う。仮にフィアリの愛情がどれだけ本物だと説得しようとも、そもそも本物の愛情が何なのかが分からないこいつでは、それの証明のしようがないからだ。

 だから、俺とこいつが違う以上、俺に言えることは……


「そういうことでしたの……フィアリ……」

「違う、わ、たし、本当に、ニート君のこと……」

「……ニート……フィアリが嘘をついていたのが本当でも……それが全てかどうかは分かりませんわ。話をすることは、もう出来ませんの?」


 そうじゃないんだ、フォルナ。

 問題はもう、フィアリがどうのこうのの次元を超えている。


「ニート………何が悪かったのか………俺なりの答えなんだが……」

「ああ、教えて欲しいね。こういう状況は、あんたから見てどうなるんだ?」


 今のニートは、何もかもを信じられない。問題は全部そこなんだ。



「二つある。一つは、単純に運が悪かった。出会いも、始まりも、確かにお前は不公平の犠牲者だった」

「……そうすか……じゃあ、二つ目は?」

「二つ目は………テメエだよ」

「………はっ?」



 不運な運命の積み重ねで、何も信じられないニートに俺は……


「ッ!」


 その顔面をぶん殴り、教えてやる。



「あとは全部お前が悪い。グチグチグチグチ女々しいんだよ、バーカ」



 俺に殴られたことも、言葉もまるで理解できず、ただポカンとした表情で見上げるニート。

 フォルナも地底族も、ラブ・アンド・ピースたちも絶句している。

 だが、それでも俺は言ってやった。「全部お前が悪い」と。


「ちょ、お兄さん! 何を言ってるんですか! 悪いのは、全部私なんです。私が、ニート君に嫌われるのが恐くて……」

「そんなのどうでもいいんだよ。妖精」

「………えっ?」

「どうせ、この男のことだ。仮にお前が真実を打ち明けても、こう思ったはずだ。『真実を打ち明けることで信用を得て、一番大事なことを隠して、まだ何かを企んでるかもしれない』ってな。……そう、お前が嘘つかなくても、どっちにしろ、こいつは疑っていたさ」


 そうなんだ。仮に今日より前に、フィアリが真実をニートに打ち明けても、それでもニートはきっと疑っただろう。

 こいつは、そういう奴だから。真実を打ち明けられ、仮に愛の告白をされても、必ず疑っちまう。

 どうしてニートはそうなった? 過去のトラウマが原因か? 違う。


「ニート。テメエはただ、自分に自信がなく、そして人の気持ちを自分から確かめるのが恐いだけなんだよ」

「ッ!」

「テメエは、もっと前から妖精の正体や素性を分かってたって言ったな。なら、どうしてその時に問い詰めなかった? 恐かったんだろ? 今の関係が壊れるのが。つまりそれが答えだ。偽りかもしれなくても、妖精との関係や日々を壊したくない。それがテメエの本音だろうが!」

「……………いや……俺は、最初から疑ってたんで………それに、俺は今、ちゃんと自分の手で壊したぞ?」

「違うな。お前は俺に期待したんだよ。俺ならどうするか。裏切られたりしながらも、今もこうしている俺なら、大事なものを壊さない方法を知っていると思ったからだ」


 そう、ニートが送ってきた人生だけが悪いんじゃねえ。

 トラウマを克服できねえニートが悪い。


「ニート。俺とお前じゃ過ごしてきた人生も出会いもまるで違う。恵まれている俺には、お前を救う方法は見つからねえし、お前に俺を信じてもらう言葉も思いつかねえ」

「…………それって、つまりお手上げってことすか?」

「というより、単純に………別に俺はテメエに信じてもらえなくてもいいって思ってるし………嫌いなんだよ。何かテメエは」


 こいつがもう一度誰かを信じようと思えれば。誰かがこいつを引きずり上げてくれていれば。

 でも、もう無理なんだ。人がどうのこうのでどうにかなる問題じゃねえ。


「だから、自分を救いたければ、自分でどうにかしろよ。どうせ他人を信じる気もねえのに、他人を頼ってんじゃねえよ。そいつは少し、ムシが良すぎねえか? ひきこもりのひねくれ野郎がグチグチグチグチと、変な病気を拗らせやがって」


 俺や周りがどうにかするんじゃない、ただ、ニートが自分の心を開けばいいだけ。

 それでまた騙されたり、不幸になったり、傷ついたりするかもしれねえが、そんなもの自分の問題だ。



「大体、テメェのトラウマはなんだ? クラスの人気者の女が実は腹黒だったことと、あの妖精が隠し事してたくらいだろうが! それをなんかもう、変な言葉を並べたり、コソコソ裏で嗅ぎ回ったり、人の気持ちや真実を相手に直接確かめることも怖くてできねえ………思春期入りたてか!」


「いや、ハーフ的な境遇で色々と辛かったことも…………」


「テメエみたいのは、所詮、普通の地底族だろうと、普通の人間に生まれてようと、どうせ同じような人生過ごしてたさ! つうか、ハーフネタで誰もが同情すると思うなよな? 俺にそのネタ使っていいのは、ラガイアで締め切ってんだよ!」



 変わろうとしない限り、どれだけ生きてたって同じだ。

 変わろうとしても何も変わらないと思い込んだ時点で、もうこいつは終わってるんだ。

 だから俺は、こいつに優しい言葉も甘い言葉もかけない。何故なら、どうせ信じてもらえないからだ。

 すると、どうだろうか? 


「………俺が仮に普通の人間でも似たような人生……不良のくせに随分と痛いところついてくる。いや、本質ついてるっていうのか?」

「そうか? くははははは、まあ、運の悪い人生だったと思って諦めな。もう、立ち直る気もねえならな」


 俺の言葉はこいつを救うためのものではなかったが、俺の言葉にこいつは何かを感じ取ったかのように、肩の力を抜いて天井を見上げた。


「誰かに期待するなんて馬鹿なことだって、魂に染みて分かってたってのに」


 ひょっとしたら、こいつにとって俺は「何かを変えてくれるかもしれない」と甘い期待をしたかもしれない。

 でも、俺には出来ない。だから、罵倒して貶して、そして、こいつの底を見る。


「でも………あんたの言葉は、全部あんたが強いから言えることなんで」

「違うな。俺が強いんじゃない。お前が単純に弱いだけだよ」

「………どこまでも相手を叩きのめそうとする………厳しいすね」

「テメエが甘やかされて育ったからそう感じるんじゃねえのか?」

「俺を甘えさせてくれる人なんていなかったんで」

「違うな。お前は自分自身を甘やかしたんだよ」

「言ってることも否定できないから余計厳しいんで」


 こいつの奥底にある本音を強引に引き出すこと。

 こいつを救えなくても、それぐらいならば……




――あとがき――

すみません。更新忘れてました。許してちょ


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