第361話 無残な現実
ハンバーガーをかぶりついた態勢のまま、俺たちは前方の山を見た。
いや、正確には、山ではなく、山の向こうだ。
「……戦ってんな」
それは、目に見えなくても、伝わる空気というものが俺たちにそう告げていた。
「ええ、相当な規模ですわ」
「妙だね。今、世界同盟は全部半壊状態って聞いたけど? でも、僕でもこの空気は分かるよ」
「じゃが、この伝わる血の匂い、染まる空の暗雲、そして熱気は紛れもなく戦場の空気だゾウ」
「ええ。万を超える生死が、この山の向こうに広がっているわ」
目の前に広がるのは穏やかな世界。
しかし、それでも肌に感じて伝わってしまうほどの何かを俺でも感じ取れた。
それが戦の匂いだと分かるのは、経験的なものがそう感じさせた。
「へい、プリンセス・フォルナ。現在、神族大陸の戦力はどうなっている?」
「どうなっているもなにも、各種族それぞれの領土を守る上で最低限の軍しか置いていませんわ。それに、各種族の大陸や国の防衛も考えれば、本当に微々たるものですわ」
「イエス。バット、今、ミーもフィーリングで伝わるこの戦争は、万のスケールでの戦争」
万を超える命のぶつかり合い。それは紛れもなく戦争だ。
だが、妙だな。仮にも世界同盟が発足した以上、今の神族大陸では、以前のような領土争いもほとんど無くなったって聞いてたのにな。
「おい、どうすんのや? このまま進んでええんか?」
「ア゛ア゛? 進むに決まってんだろうが! この先にコスモス居るんだったら、くっだらねー戦争は両方まとめてブチのめせばいいんだよ!」
「待つのじゃ、チロタン。いかにワシらとて、何も作戦を練らずに殴り込んでも意味はない。まずは、状況を把握せねばならぬ」
バルナンドの言うとおりだ。
そもそも、戦争って、どことどこがやってるんだ?
その状況次第では、俺たちの行動が、まるっきり変わってしま……
「ヴェルト様! 下を! 下をご覧下さい!」
ん? その時、エルジェラが何かに気づき、俺たちはジャックの背中から首を出して下を見る。
すると、山の麓で小さな煙と、僅かに荒れた木々、そしてその中央で倒れる大勢の人、数百人近く居るぞ?
「お、おい、あれ!」
しかも、鎧、剣、馬、明らかに軍だ。いや、規模的に隊か?
数は少ないかもしれねえが、壊滅させられている!
「ん? あの旗……」
旗? カー君とバルナンドが、壊滅している隊の残骸の中に、ボロボロの旗を見つけた。
その旗には、何やら扇情的な唇の形が描かれていた。
「エロスヴィッチ軍の旗だゾウ!」
「っ、もしやあやつら、エロスヴィッチ軍の残存兵?」
気づけば、上空からカー君とバルナンドが飛び降りていた。
おいおい、あぶねーな。
「仕方ないわ。ジャック君、私たちも降ろして」
「りょーかいや」
倒れている連中はピクリともしない。
多分、あいつらはもう……
だが、それでも降りずにはいられなかったカー君たちを追いかけるように、俺たちも向かった。
「これは……」
「酷いものだね。明らかにこの惨状は……」
地上に降り立った俺たちの視界には、目を覆いたくなるような悲惨な光景。
肉塊と化した、猫人族や犬人族、亜人の兵たちの死屍累々。
吐き気がする。
しかも、この兵たちは、明らかに普通に戦ってやられた連中じゃない。
「おい、キシン……」
「イエス。剣や槍、弓、それどころか魔法でやられた傷じゃない……」
「弾痕やな……」
辺りに漂う腐臭や血の匂いに混じった、硝煙の匂い。
そしてこの遺体に残った傷跡は、弾丸で撃ち抜かれたもの。
「っ、しかしそれにしても、何と慈悲のない……一体、何人の方が……」
「だな。私ですら目を覆いたくなる。コスモスが居なくてよかったな、エルジェラ」
「うっ……気持ち悪い……兄、私、あっちに行ってていいか?」
「ああ、あんま見るもんやないで」
「や、わ、私も、マヂむり」
大量の弾丸で撃ち抜かれた惨状。強靭な亜人の肉体を、明らかにこの世界の常識を覆す力によって圧倒された現実。
そして、俺たちはつい最近、こんなことを可能にする力と戦ったばかりだ。
「カラクリモンスターか……」
あの、クソムカつく、ガラクタ集団。
やらかしてくれたもんだ。これだけのことを……
生き残りもいねえ。正に全滅だ。
「恐らくは、残留兵がエロスヴィッチの仇を打つべく、ラブ・アンド・ピースに戦を仕掛けたのじゃろうな。彼らは、別働隊だったようじゃが、カラクリモンスターに見つかって……」
「となると、ここより先で戦っているのは、エロスヴィッチ軍の残党ということになるゾウ。しかし……」
「うむ。主力を欠いた軍で敵うはずもない」
改めて思い知らされる、この力。
すると、カー君が拳を力強く握り締め、フルフルと怒りに震えている様子が分かった。
「こんなもの戦と認められぬゾウ。積み重ねた全てが一瞬で奪われ、抗うことの出来ぬその力は、魂無き存在ゆえ、誇りも大義もない。こんなものが……遥か昔から続く戦の歴史を変えることになるとは、なんたる悲劇だゾウ」
思えば、最初にカラクリモンスターが現れた時から、カー君は異常なまでにカラクリモンスターに嫌悪していた。
元軍人として世界を舞台に戦って英雄としての矜持なのか。
例え負けても、それが憎き勇者であろうと敬意を見せるようなカー君にとって、鉛の玉も、あのガラクタどもも、命懸けで戦う者への無礼にしか感じないんだろうな。
「けっ、くだらねえ。戦争に悲劇もクソもあるか。手当たり次第にブチ殺すだけだ」
「いや、チロタン、そこまで単純なのは君だけだと思うけど。ただ、僕もさすがにこれは……カラクリモンスターの力は不愉快だね」
「ワイもあんま好きになれんな。こういうもんを見せられると」
まあ、前世の世界の戦争は、近代になるにつれてこういう力が世界に溢れていた。
軍人同士、敵の顔を見ることの方が少ないぐらいだろう。
顔も見たことない相手を撃ち、爆撃し、それの繰り返しだったと思う。
そう考えると、大将同士の一騎打ちとか、まあ、男気溢れる感じはしなくもないが、それはそれとして、チーちゃんの言うように、戦争に悲劇もクソもねえというのには、同意だな。
「墓を作ってる暇もねえ……カー君」
「分かっているゾウ」
カー君はうつむきながら、簡単に足を二~三回程度地面を踏む。
すると地中から生い茂った緑が伸び、辺り一帯に転がる遺体を優しく包み込んでいった。
「この程度の埋葬しかしてやれずに、すまぬゾウ。しかし、その代わり……奴らは許さぬゾウ! 四獅天亜人の一人として、必ずうぬらの仇は取るゾウ!」
カー君が命を落とした亜人たちに宣言し、そして振り返った。
「立ち止まってすまぬゾウ。先を急ごう、ヴェルト君」
「……ああ……」
「恐らく、この先ではこれよりも大勢の軍が、カラクリモンスターに戦を仕掛けているはずだゾウ。ヴェルト君、すまぬが小生はそこで……」
「ああ、分かってるよ」
「……かたじけない」
自分の配下でなくても、同じ亜人が大将の仇を打つべく立ち上がり、しかし無残に散った。
カー君は、耐え切れねーんだろうな。
だからこそ、カー君の「すまぬ」は、ある意味を持っている。
それは、「コスモスを救うためにランドに殴り込む」のではなく、「今まさに戦っている亜人に自分は力を貸す」という意味が込められている。
まあ、コスモスの件は俺の個人的な話だ。
「おい、行くぞ! それと、こっから先、ピクニック気分は終わりだ。いつどこでカラクリモンスターたちが出てくるか分からねえ」
だからこそ、カー君に力を貸してくれと強制することはできねえ。
それに、カー君の気持ちも分からんでもねえ。
「カー君。コスモスがランドの中に居るなら、俺たちは中に入る。だから、もしランドの近くで亜人の軍とカラクリモンスターたちが一戦やらかしてるなら、俺たちはその混乱に乗じて潜入するぜ」
「了解したゾウ。小生は、外で大暴れさせてもらうゾウ」
だから、俺はただ頷いた。全てわかっているよと。
そして、みんなもそのカー君の意思を止めることはできないと分かっており、黙って尊重し、再びジャックの背中に飛び乗って先を飛ぶ。
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