第328話 正しいとか正しくないとか……


「……ここまで隙だらけの僕に………トドメの一撃を刺さないあたり、アルーシャの言うことは本当のようですね………」

「ん?」

「これだけ強いのに、どうしてもあなたという人間が分からなかったのは、あなたはそもそも僕たちとは見てきた世界も過ごしてきた世界も違うところから来ているからなんですか?」


 アバラを抑えながら、少し落ち着きを取り戻してゆっくりと立ち上がるロア。

 少し回復されたか? いや、こうして会話しながらも、手のひらから回復魔法的なものを使ってダメージを治そうとしてやがる。

 本当は、この間に追撃したりしてもいいんだが、とりあえずそこは頷いてやることにした。


「僕はまだ、あなたという人間は分かりません。でも、少なくとも戦い方だけは分かりました」

「あん? 何を言って………」

「あなたの攻撃そのものじゃなく、あなた自身を紋章眼を通して見たことで、ようやく分かりました。物体を操作したり、魔力を集束した砲撃を放ったり、空気の弾丸を飛ばしたり、砂を操ったり、魔導兵装を使ったり……それを全て無詠唱で行うあなたの魔法は、どんな属性なのか……どれだけ多くの魔法を使えるのかと頭を悩ましましたが、答えは簡単でした」


 それは、まるで謎を紐解いていき、一つの真実に辿りついた顔。

 ロアは、ゆっくりと俺を指差し、断言した。


「真理の紋章眼は誤魔化せません。あなたの魔法の正体は……浮遊レビテーションです」


 その時、俺は過去を思い返してみた。

 今まで、数多く戦ってきた。だが、そういえば、俺の魔法の正体を見抜いた奴は、一人も居なかったということを。



「どういうことですの、ロア王子。レビテーションなんて基本的な魔法が、一体戦闘と何の関係がありますの?」


「言葉の通りです、フォルナ姫。彼の戦いは全て、その子供でも使えるレビテーションを発展させただけのものなのです」


「………………えっ?」


「戦いの最中、相手の武器にレビテーションをかけて、方向をずらす。空気をレビテーションで、砂をレビテーションで、大気中に存在する魔力をレビテーションで、そして、相手の身に纏う魔導兵装などの魔法の鎧すらレビテーションで無理やり引き剥がす。そういうことだったんです」


「そ、そんなバカな話がありますか! 大体、レビテーションはただ、物体を浮遊させて荷物を運んだりするためだけの魔法ですわ! 相手の魔法に干渉したり、相手の武器に干渉したり、ましてや攻撃に応用するなど、前代未聞の話ですわ!」



 でも、バレたからなんだ?



「ああ、そうだ。俺の魔法は全部レビテーション。俺は魔法を一つしか使えねえ」



 だから、普通にそれは認めてやった。

 だが、俺があまりにもアッサリし過ぎているのが逆に驚きだったのか、誰もが絶句しやがった。

 ロア以外は………



「驚きですね。そんな簡単に認められるとは」


「別に隠してたわけじゃねえしな。俺が教えなかったことと、誰も見抜けなかっただけだ。つーか、バレたから何だってんだよ。ネフェルティの奴も驚いていたけどさ」


「……ふふ、あなたは本当に分かっていない。見抜いた僕ですら未だに信じられなくて、手が震えているというのに。これは、この世の魔法の戦闘常識を全て覆す話ですよ? だって………この世で最強に近づいた魔法が、八つの属性を極めることでもなく、日常生活で使う基礎魔法を極めることだったんですから………」


「そこまで褒められると光栄だな。まあ、俺もここまでに進化するとは思ってなかったよ。単純に俺は魔法の才能なくて、魔法学校で必死こいて覚えた魔法がこれ一つだけだったんだ。ただ、この魔法使えば色々とトリッキーな戦闘できると気づいて、これだけを磨こうと思っただけだ」



 それは、勇者だ戦争だを抜きにして、この世界で魔法を扱う一人として、ロアが抱いた素直な感想だったのかもしれねえ。

 だが、そこでロアは、まだ分かっていないことがあった。


「でも、これは発想の転換であり、使っている魔法がレビテーションであるのなら……魔法であるのなら話が早い。僕の紋章眼は、あらゆる魔法を解析し分析し、そして僕自身が扱うことができます」


 ロアは勘違いしていた。

 それは、ロアが、俺と同じことを出来ると思ったことだ。

 だが、それは出来ねえ。


「魔力集束収束の砲撃!」

「………………………………」

「あ………………あれ?」


 できるはずがねえ。


「そんな、………ッ、あれ? なぜ、何故出来ない。魔力が、収束できない?」

「だよな。だってお前は魔法の発動の仕方が分かっても、世界の掴み方までは分からねえだろ?」


 ロアの笑みが一変して焦った表情に。こいつも色々と大変だな。

 だが、出来ない理由は簡単だ。


「そもそも、出来る出来ない以前に、テメエはとっくにレビテーション使えるだろうが」

「えっ?」

「所詮てめえは、魔法を発動することが出来るだけで、発動した魔法を俺のように使うことができねえ、それだけだ」


 当たり前だ。出来てたまるものかよ。


「七年間一日欠かさず、そして他の魔法を一切覚えず、それだけに時間を費やした。さらに実戦では、レビテーションの魔法のみで、変人女将軍やら盗賊やらモンスターマスター、さらには四獅天亜人と七大魔王やら聖騎士と命をすり減らす戦いをやって、それを全部乗り越えて辿りついた、世界の掴み方」


 テメエに出来るか? 物を浮かす魔法だけで、四獅天亜人のイーサムと戦うことが。

 ギャンザも、クレランも、マッキーも、チロタンも、ゼツキも、全ての戦いが生死ギリギリの狭間。

 そうやって覚えた世界の掴み方。出来てたまるかよ。


「戦い方? そんなもん分かってどうするんだよ。そんな目でそんなことしか見ようとしねえから、本当に大事な真理を見落とすんじゃねえのか?」

「ッ!」

「目を見開いてよく見るんだな。世界の掴み方は、こうやるんだよ! ふわふわレーザー!」


 俺の放ったレーザーが一直線上に進む。

 だが、それに対し、ロアはさっきのように避けようとしない。

 なら、直撃する気か? いや、それも違う。


「邪悪魔法・効果吸収アブソーション


 あっ、それって、アルテアが使った魔法吸収魔法?

 なるほど、一応俺のレーザーは魔力だから、それは出来るわけか。

 咄嗟に紋章眼の力を開放して邪悪魔法を発動するとか、何だかんだでさすがだな。

 しかし、俺の技を防いだものの、その表情は浮かないままだ。



「本当に困った人です……こんな力を……あなたは本当に世界を救えるかもしれないのに……ただ、それでも、あなた自身は自分の足元を見つめながら、しっかりとこれまでの道に足跡を残して生きてこられたのですね……あなたの技を真似しようとした瞬間理解しました。途方もない努力の果てと、そのあまりにも現実離れした死地と奇跡の積み重ねでしかたどり着けない境地であると実感しました」


「なんだよ、さっきからベタ褒めだな」


「だからこそ、改めて話を聞きたいのです。ヴェルトさん。あなたは、僕の何が間違っていると思うから戦っているのですか?」



 それは、俺のことを僅かにでも知ったからこその疑問なのかもしれない。

 しかし、その疑問を満足させられる答えなんか俺にはない。

 ただ、気に食わねえ。それだけだ。それが世間一般的に正しいことかどうかなんて、分かるはずもねえ。

 でも、だからこそ言えることがある。



「なんでお前は、正しいことと間違っていることの二択でしか物事考えねーんだよ? 人生そんな二択だけで生きていけねーから、色々しんどいけど、楽しかったりもするんだよ」



 俺たちは、たとえ正しいことが分かったとしても、全然違う選択肢をしたこともあった。

 ようするにそういうことだ。

 間違っていたとしても、時には二択どころか第三の選択だったとしても、俺たちは選択肢以外のことでもやってきた。



「ぐっはあああああああああああ、あ、ぐああああ、ぐがあああああ!」



 って、そんな時、苦しみ悶える奇声が響いた。

 何事かと振り返ると、そこには全身に黒い刺青のようなものが侵食し、今にも吸血鬼の配下になりそうなジャックが頭を抱えて大地を何度も転がってた。


「って、ジャック、お前何やってんだよ! フツーに吸血鬼になりそうじゃねえか!」


 目が、赤くなったり正常になったりを繰り返し、意識が途切れ途切れになっているのか、相当キツそうだ。

 おいおい、大丈夫か。



「ほら、見たことですか! これで負けたら何の意味もないじゃないですか! これに、一体何の意味があったというのですか!」



 ロアもこのバカみたいな展開にツッコミを入れずにはいられない。

 このまま負けたら本当無意味だろうが、と。

 しかし、この時はロアも、そして俺すらもまだ気づいていなかった。

 この無意味なことが、一つのキッカケにつながってたことを。


「あははははは、ヴェルト君、君の仲間、バカじゃない? 本当にバカ正直に僕の吸血行為を精神力で破ろうとしているんだけど? っていうか、攻撃しかける隙なんていくらでもあったのに、なに? ホントバカなの?」


 口の中が痛々しいまでズタズタになりながらも、ついにやったとばかりに笑うジャレンガ。


「ボクを誰だと思っているんだい? ボクは、世界最悪にして最大の奇跡の存在、ヴァンパイアドラゴンだよ? 世界の盟主となるヴァンパイア王族の血を継ぎ、世界を破滅へと導く竜の血を受け継ぎし、究極の生命体だよ? 神すら超越する存在であるボクが、半端な血族に負けるわけないじゃい?」


 大地を転がるジャックを見下ろしながら、「さあ、楽になれ、僕の人形となれ」と邪悪に言葉を投げかけている。

 確かに、これはまずくないか?


「おい、ジャック!」


 俺が思わず声を上げた。だがその時、苦しみながらも、ジャックがどこか笑っていることに気づいた。



「は、はは、い、いらん、心配すんなや……ワイ、今、スーパーパワーを溜めとるところや……」



 いや、そんなゼーゼー言って苦しみながら、説得力ねえぞ?

 だが……



「ギャンブルは……途中どれだけやられても、最後にその全てを帳消しにするほどの大勝ち繰り出せば、勝ちや。……ギャンブルこそ……いつだって満塁ホームラン狙えるて、昔言うたやろ……なあ? ……『リューマ』……」



 その時、一瞬聞き流してしまいそうになったが、俺は確かに聞いた。


「はは、なんや変な魔力が体の中を流れて、頭と心と体で必死こいて戦っとると……なんや、忘れてたもんを思い出してきたわ。リューマ」


 今、ジャックは俺のことを、なんと呼んだ?


「負け、られるかいな。こんな訳わからんことになってもうても……ミルコが……おどれが……一緒にバカやってバカを成し遂げようとしとるんや、ワイだけみっともないマネ出来るか!」


 ジャック? いや、違う、お前は……



「おっと、今は、キシンとヴェルトやったなァ!」



 思わず言いそうになった、「十郎丸」という名前。

 だが、俺がその名前を口にする前に、ジャックは笑った。



「最後に賭けに勝つのはワイや! ギャンブルデビルをナメたらアカンで!」



 それは、もう気合としか呼べない代物。

 まるで眠っていた何かが目覚めたかのように、ジャックの全身は燃え上がり、全身を蝕んでいたジャレンガの戒めが消されていく。


「ッ、そ、そんな、うそでしょ? あそこまで侵食したボクの魔力を、あそこから打ち破った?」


 初めて見せる、ジャレンガの狼狽え。そして驚愕。 

 何が起こったかわかっても、何故そんなことができたのか分からないといった表情だ。

 事情が分かったのは、俺以外にアルーシャぐらい。


「うそ……まさか……木村くん……ッ!」


 そして、他に事情の分からない人類大連合軍、そしてジャレンガ同様に目を見開くロア。

 俺はすかさず言ってやった。


「意味ならあっただろ? 少なくとも、この世界には価値のないことでも、今、俺や俺の仲間にとっちゃ、泣けるほど嬉しいことが起こったんだよ」

「ヴェルト……さん……」

「意味かあるかどうかなんて、テメェの基準で何でも決め付けるなよな。人生たまには、無駄な寄り道も悪くねえってことだ」


 立ち上がり、咆吼し、今、完全に目を覚ましたジャックポットの姿に、俺は嬉しくてたまらなかった。

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