第327話 世界を圧倒する不良たち

「意味ないことにも意味はある」


 どこまでも血と肉の潰れた世界しかなかった戦争の世界が一転して、どこか解放した力と心の純粋なぶつかり合いに感じた。


「やれやれ、これだけの質量を斥力で弾くのは途方もないエネルギーが必要になるよね? なら、あまり気は進まないけ、あの手でいくかな?」

「はは、どうしたんや。ど突きあい、せえへんのか!」


 そこに殺伐とした陰鬱な空気は存在せず、どいつもド派手に盛り上がってやがる。


「ブラッドバイト!」

「あたたたたた! って、なにさらしとんじゃボケェ!」


 ヴァンパイアドラゴンの鋭い犬歯が、獅子竜の首に食い込んだ。

 噛み千切られないまでも、流れる血の痛々しいこと痛々しいこと。

 だが、それで悲鳴を上げるジャックじゃねえ。


「どっせやァ!」

「ッ!」


 首を噛まれたまま急降下! そのまま大地に勢いよく衝突し、その衝撃でジャレンガの口を開かせて噛み付きから逃れやがった。


「つっ、か、は、や、やってくれるじゃないかい?」

「か~、もう、気色悪いわ、噛み付きなんてメスやないんやから、男なら、ドラゴンなら、拳でこんかい!」

「そんな野蛮な矜持くだらなくない? そして、もう君は終わりだよ?」

「ああ?」

「ヴァンパイアに噛まれた生物がどうなるか分かってる? 噛み付き、僕の牙より特別性の魔力を君の体内に流してね、その魔力はやがて君の血液と融合し、君は僕の意のままに操られる配下になるんだよ?」


 地面に衝突し、頭をクラクラさせながらも、邪悪な笑みを浮かべるジャレンガ。

 だが、ジャックはジャレンガの言葉に、一切揺らがない。


「はっ、それがどないした! 配下? ワイは自由に生きたくて国を飛び出した。自由とスリル溢れる人生、ワイを支配できるんは、ワイだけや!」


 ジャックが猛。亜人独特の生命エネルギーのような光が全身に行き渡り、赤い炎のように燃え上がる。


「ッ、なっ、なに? 肉体を赤熱化するほどの熱量で、僕の魔力を蒸発させている?」

「なはははははは、マグマのように沸いとるんや。たまには、血の滾った熱々をたらふく喰らったらどうや!」


 それは、反射的に思わず目を背けたくなるほどの、ヤバイ一撃。


「ドラゴンナックルや!」

「ッ!」


 アッパー気味に繰り出されたパンチ。


「げ、い、ひいいいい、な、なんて」

「何て悪夢の光景だ! 見ていられない」

「これが、竜の死闘……」


 それは、ジャレンガの顎でも顔面でもなく、むき出しになった牙目掛けてぶちかました一撃。

 相手の歯を目掛けて拳を突き立てる。それは、相手も死ぬほどイテーが、食い込んだ牙が自分をも傷つけるために、自分もイテーぞ!


「つっ、が、はは、なはははは、ウラアアア!」

「がっ、あが、ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ジャレンガは月光眼を発動しねえ。いや、消耗からできねえのか? 

 いや、攻撃くらって、多分、顎が外れたかもしれねえダメージを受けたが、ジャレンガ自身はチャンスだと思ったのか、ニヤリと笑った。

 空いた両手でジャックが放った右アッパーの手首を掴み、ジャレンガの牙に食い込ませたまま離れさせようとしない。


「あは、は、はひお、だ、ひお、あいえい、あでぃあお」


 口が閉じないから、ジャレンガが何を言っているかは分からない。

 だが、何を狙っているかは分かる。

 ジャックをヴァンパイアの牙で噛み、操ることに失敗した。

 だから、今度は更に魔力を流し込むつもりだ。

 ジャックが蒸発させることができねえほどの魔力を流し込み、ジャックを操る気だ。


「はは~ん、そういうことか。分かったで」


 狙いは分かった。そして、相手は両手でジャックの手首を抑えているが、ジャック自身は左手も、牙も空いている。

 殴ることも、ドラゴンのブレスを叩き込むことも可能だ。

 しかし、ジャックポットという野郎は、それをやらねえ。


「ええやないか、ほなら賭けようか、ジャレンガはん」

「?」

「ワイが操られるか操られないか、このまま勝負や!」


 ジャックはジャレンガに攻撃しねえ。ただ、その全身に再び熱い生命エネルギーを燃やし、体内からジャレンガの力を消滅させている。

 しかし、そんなもん長続きしねえ。更に温度を上昇させちまえば、いくらジャックの肉体といえど、ただじゃすまねえ。

 まあ、それを承知なんだろうけどな



「どうだ、ロア。馬鹿だろ、俺のダチも。あんな戦い方、人からすれば何の意味もねえ。でもな、そういう意味のないことでも、テメェの意地や男を貫き通す儀式として、必要な時だってあるんだよ! たとえ、この世界の中で意味のないことでもな!」


「くっ、いちいち一撃が……重く、強い!」


「世界に賞賛されなくても、自分で自分を誇れる生き方を貫く。それが俺たちの人生だ!」



 ジャックの戦いに、こみ上げる笑いを抑えきれず、俺はロアにレーザー警棒を打ち込みながら言った。

 だが、この状況下、隣の阿呆なバトルに呆れながらも、俺の乱暴な打ち込みを剣一本で受け流していくあたり、ロアも流石だな。

 しかし、冷静に対処するロアに反して、周りを取り囲む人類大連合軍の表情はパニクってるな。


「どうなっている、どうすればいいんだ! このままでは、ロア様まで!」

「ば、バカを言うな! ロア様だぞ! かつては、そこに居る四獅天亜人のカイザーや、七大魔王のシャークリュウを討ったロア様が、あんな奴に負けるものか!」


 ロアに加勢すべきか? いや、信じろ! いや、しかし! って感じだ。


「おっと、それまでだゾウ」

「言っておくが、仮に手を出すのであれば、ワシらも黙っておかんぞ?」

「ここから先は、お兄ちゃんの喧嘩なんでね。通さないよ?」


 そんな感じで言葉が飛び交う中、飛び出すべきか、それとも止めるべきかで唇を噛み締める、フォルナたちの表情も目に付いた。


「ッ、甘く見ないでくれ!」

「おっと!」


 しかし、ロアもそこまで半端じゃねえ。俺の僅かな余所見の瞬間を見逃さず、剣に力を入れて俺の警棒を弾いた。


「仕方ありません、少し眠っていてもらいます!」

「あ゛?」

「フェンリルランス!」


 態勢の崩した俺に対して、刃の刃先を光らせ、一点集中させた突き。

 それは、俺を始末するためじゃなく、動きを止めるためのもの。

 つまり、俺はまだ、ナメられているわけだ。

 俺は空気の流れから、こんな突き繰り出す数秒前から予知していた。

 俺に防げねえはずがねえ。


「ふわふわ方向転換」

「…………えっ?」


 誰もが面食らっただろう。当然だ。

 俺に突き立てるはずの突きが、ロアの意志と兵たちの予想とは完全に反し、斜め下の地面に突き刺さったからだ。


「な、なにをしている、ロア! 情けをかけたつもりか!」


 クールな面構えの暗黒剣士と呼ばれたレヴィラルが叱咤するも、ロアの戸惑いが分かるはずもない。


「そんなはずは、け、剣が勝手に……ッ!」

「うるああああああ!」


 ロアの剣を、俺のレビテーションで操作して方向を変えた。

 そして目の前の丁度いいところに顔面晒して無防備なロアの顔面をサッカーボールキック!


「ガッ……」

「どっせええい!」

「ッ!?」


 端正な顔立ちに放たれた暴力的な蹴り、そして同時に、警棒の柄で真上から拳骨気味に脳天に叩き落とす。二発続けてだ!


「ガッ……ハッ……」

「少しは俺好みのイケメンになったじゃねえか。どれ、もう一つ、青あざだらけにしてやるか?」

「ッ、炎属性魔法・ファイヤーボール!」

「おせえ! ふわふわ砂防壁!」

「砂の防御までッ……ッ!」

「ふわふわ空気弾!」


 咄嗟に炎の魔法を放たれたが、魔法で操った砂漠の砂を固めて防御し、すかさず空気砲で応戦。


「なんて多彩な……しかし、どれも無詠唱で……一体どんな魔法を……」


 歯でも欠けたのか、血の塊を吐き出しながら、バックステップで距離を取ろうとする、ロア。

 逃がさねえよ。


「ふわふわランダムレーザー!」


 周囲三百六十度どの角度・位置からも砲撃が可能な俺のレーザー光線。

 ロアに目掛けて発射。だが、ここは予想が外れた。

 当たるかと思ったが、ロアはまるで舞をしているかのように、死角から放たれたレーザーを、ひらりと回避した。


「おお! よけやがった!」

「……この魔法光線、放たれる瞬間、その砲台となる空間に魔力が収束されている気配が感じ取れます。それさえ分かれば、回避できないものではないです!」


 ほう、やるね。なるほど、そういう回避の方法があったわけか。

 確かに、このレーザー、周囲の魔力を集束させて収束し、放つには必ず溜めの時間が居る。

 俺がこういう能力を持っていると認識して、周囲にもちゃんと意識を向ければ、不意打ちと違って回避することは、これぐらいのレベルだと難しくないのかもな。


「そして……魔道兵装ができるのは、あなただけではありません! 八つの属性全てを合成させた、僕のオリジナル!」


 八つの属性? そういえば、ガキの頃の授業で習ったな。

 魔法で代表的な八つの属性。火、土、雷、風、水、闇、光、無。

 それを全て合成させる?


「ロア王子、その力は!」

「ロアのやつ、紋章眼と並ぶ奥の手を……いや、あの男、それほどの相手ということか」

「ヴェルト君、気をつけて! 兄さんが、この二年で身につけた闘技よ!」


 魔法で代表的な八つの属性。火、土、雷、風、水、闇、光、無。

 それを全て合成させる?

 結論……


「いきます! これが僕の、アルテマ―――」

「結論、興味ねえ。ふわふわキャストオフ!」


 その魔導兵装ごと、発動される前に空中へ飛ばして拡散させてやった。


「……えっ……い、今のは……」

「そして今はまだ、俺の魔導兵装・ふわふわ世界ヴェルト革命レヴォルツィオーンが発動中………」

「ッ!」

「ふわふわ時間タイム中に、テンパってるんじゃねえ! ふわふわ光速キック!」


 光のミドルキック。悶絶して胃液を吐き出すロアから、アバラを粉砕した感触が伝わってきた。

 今のロアは、魔導兵装どころか、単純な魔力を肉体に流して強度を上げたりもしていない、完全生身の無防備状態。


「ふん、これじゃあ、シャークリュウやカー君を倒したってのも、まぐれかもな。つか、その前に………お前やる気あんのか?」


 叩き込んだ俺の蹴りは、ジャレンガに吹っ飛ばされても声を上げなかったロアにうめき声を上げさせた。


「がっ、あ、ああああああああっ! ぐっ、うううっ!」


 地面に転がり、痛みで何度も大地を叩くロア。全身を震わせ、大量の汗が出て、顔面は血の気が引いている。

 構造は結局普通の人間なんだ。アバラやら肋骨砕かれ、折れた骨が臓器に刺されば、致命傷だ。

 そして、それは………


「ちょ、ちょっと待て………………」

「これは、夢か? どんな、悪夢だ………」

「あのロア様が………わ、我らと同じ、に、人間を相手に………これほど一方的に」


 この戦場に致命的なまでに絶望の空気を広めるには十分だった。

 

「こいつ……殺される………ロア王子ッ!」

「やめなさい、ドレミファ!」

「な………あ、アルーシャ姫、何で止めるんですか!」 

「人類大連合軍と魔王軍が注目する一戦よ。それを、汚すようなことをしてどうするの」

「な、何を! ロア王子が、………ロア王子が殺されるかもしれないんですよ! 本当にどうされたんですか、アルーシャ姫! なんで、あんな男なんかに!」


 いや、殺さねえよ。と言っても、そもそも常識が俺と違うこいつらにとって、「一騎打ち」=「殺して決着」っていうことになっているんだろうけどな。


「殺されないわ、兄さんは。ただ……ヴェルトくんは、何かを伝えようとしているだけよ」

「何か? じゃあ、その何かってなんなんすか!」

「決まっているじゃない。何かをよ」

「ッ、な……それじゃあ、見殺しにするって言うんですか、アルーシャ姫!」


 しかし、この場にいた兵全員の気持ちを代弁するかのように叫ぶドレミファに、アルーシャは凛として答えた。


「だから、殺されないって言ってるでしょ。そもそも、ヴェルト君にそういう常識当てはめるのが間違っているのよ。だって彼……今まで、多くの死を目の当たりにしても、彼自身今まで誰一人殺したことがないのだから」


 そのアルーシャの一言に、再び衝撃が走ったかのように人類大連合軍がザワつきだした。

 いや、そこまで驚くことかよ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る