第324話 真・勇者の暴走を台無しに
「兄さん!」
「ロア王子!」
「王子!」
「ロア様!」
「勇者様!」
ジャレンガに攻撃が届いたことよりも、ロアの変貌に言葉を失う人類大連合軍。
だが、その反応を一切介さず、ロアはゆっくりと語った。
「リガンティナ皇女……ヒューレを……まだ、生きている……」
「むっ……う、む……」
「アルーシャ……みんな……しばらく僕に近づかないで……巻き添えにしたくない……」
「兄さん……兄さん、やめて! その力は確か……異常なまでに肉体と脳を蝕み、兄さんの寿命を……」
「この世の悪を全て滅ぼす………そのために命を捧げるなら本望だ。それが、僕の使命!」
やっぱ、そういうリスクはあるか。今のアルーシャは、心の底から兄を思う妹の顔を見せていた。
「悪? え、僕が悪? はあ? 意味不明じゃない? 君らが勝手に攻め込んで? しかも、明らかに茶番な友好同盟を断ったからって? なに? むしろ無知すぎる君が悪いのに? なんか、ほんとに君って、イラって来ない? 生物的にホンと嫌いなんだけど? っていうか、本当にメチャクチャにコロシチャウヨ?」
「ヒューレは、太陽のような人だった。彼女が笑顔を見せれば、それだけで温かく……そのヒューレを……絶対に許さない! 許してなるものか!」
「だからなに? 太陽とか、ボク嫌いなんだよね。ほら、ボクはヴァンパイアだし」
「ジャレンガ王子……絶対にこの場で倒してみせる……例え二度と……魔の深淵から戻れなくなろうとも!」
魔の深淵? その時、怒りに任せていたロアの表情が、一気に無表情へと変わった。
それは、意識があるのかないのかも判断がつかない、人形のように生気のない表情へと変わった。
「いけない! やめて、兄さん! それは……二度と使ってはいけないと、『カイレ』様と約束したはずよ!」
「やめるんだ、ロア! お前まで、死ぬぞ!」
「ロア王子!」
無理だな。止まらねえ。
かなりの高リスクの力だが、覚悟の上なんだろうな。
「間違いないゾウ。怒りで我を忘れ、爆発的な力を解放するのは、それは覚醒の第一段階。それにより、己の心の中で魔道のリミッターという門を一時的に開放。その後は、余計な感情や思考を一切遮断し、ただ、門の奥底にある魔の海に己の精神を沈めるかのごとく……」
「流れはいいからどうなるんだ?」
「……魔の真髄……小生でも見たことの無い魔法をいくつも操った……」
相手の魔法を見て解析したりコピーしたりは、序の口だってのか?
真理の紋章眼。その真髄は、その魔法の真髄までたどり着き、開放することが出来るってことか?
だが、その情報量や処理に必要な脳の力や肉体の負担はハンパじゃない。
だからこそ、誰もがロアをあんな目で見てるわけか?
「大地と炎の合成魔法……マグマ」
「ッ、月光眼!」
うおっ! か、火山の噴火? 砂漠の奥底から?
これはビックリ。マグマか!
「あ~、なにするの? そんなボーっとした顔で……ムカつくね? 殺しちゃうよ?」
「……風と氷の合成魔法……ノア……」
「ッ、今度は大洪水? 砂漠のこの地で? でも、無駄だよ、ボクに届かないし、むしろ君の仲間が巻き込まれて死ぬんじゃない?」
「無属性魔法バリヤ」
それは、無意識でやったのか、それとも僅かに残っていた心が使ったのかは分からない。
しかし、ロアはこの戦場に存在する超広大な範囲、何万もの軍全体を覆うバリヤを展開。
その対象外となったのは、ジャレンガのみ。
「ッ、なに?」
「重力魔法グラビディ」
「………なっ!」
溜めも詠唱も何もない。
ただ、口で呟くだけで次から次へと超難度の大魔法を繰り出しやがる。
あのジャレンガが、僅かに怯むほど。
「ッ……重力魔法……ッ、力場が大きく乱れて斥力が……ッ!」
「消滅魔法バニッシュ」
「ッッッ!」
その時、重力魔法で全身を押さえつけられながらも、ジャレンガは力ずくで拘束を破って遥か上空へと飛んだ。
次の瞬間、ジャレンガが今居た場所の大地が、かき消されたかのように巨大なクレーターを作った。
「は……あはははははは、なにそれ? あはははは、そういうこと? へえ、そうなの? それが紋章眼の力なの? あらゆる魔法をコピーする? 違うじゃん。あらゆる魔法を詠唱なしで唱えられ、しかもその気になれば自分で魔法すら作れるんじゃない? それが魔の真理を掴んだ成れの果て? あははははははは!」
ジャレンガは心の底から愉快そうに笑った。
まるで、「これで少しは面白くなったぜ」的な笑いだ。
しかし一方で、ロアを見つめる仲間たちの表情は悲痛に満ちている。
「もう……やめて、兄さん! それ以上は本当に戻れなくなるわ! 仲間の死を背負うのは大事だけど……それを理由に己を見失ってはいけないって、カイレ様と約束したはずよ!」
アルーシャの……妹の声すらもう届いていないのか?
今のロアは、まるでただ目の前の敵を滅ぼすために動くマシーンにしか見えねえ。
「全く………殺すよッ?」
「神聖魔法・
「いっ! め、目が………」
光による刺激! これは、斥力じゃ防げねえ。
至近距離から発せられる太陽の様な光は、ジャレンガの目を潰した!
思わぬ反撃に全身を捩じらせて目を押さえるジャレンガ。
これは………
「邪悪魔法……デ―――」
ロアの真上に、闇で象られた巨大な髑髏のオーラが見える!
あっ、まずい……俺でも分かる……多分、この魔法使えばジャレンガに会心の一撃、もしくは殺すこともできるかもしれねえ。
でも、ロアは間違いなく死ぬな。
そして、バリヤの壁で阻まれている俺たちには、それを止めることは出来ねえ。
「―――ス―――」
ここで、ジャレンガが死ねば人類は救われるかもしれねえ。
仮にロアが死んでも、その悲しみやらなんやらを力に変えれば、クライ魔王国、ヤーミ魔王国も勢いのまま倒せるかもしれねえ。
フォルナも死ななくてもいいかもしれねえ。
少なくとも人類は滅びない。
「ふわふわ極大レーザー」
で、だから、それがどうした?
「ッ……ッ!」
「………えっ?」
バリヤで阻まれている? だからどうした?
魔力を集束収束解放の、かなり力を使ったバージョンのレーザーなら、こんなもん!
「ヴェルト君! えっ、に、兄さん?」
俺はバリヤを砕き、ロアの上空に出現した髑髏のオーラを粉々に打ち砕き、発動を阻止してやった。
「ッ、僕は………ッぐっ、あ、たまが……ッ……」
そして次の瞬間、意識を取り戻したのか、表情が変わったロア。
だが、すぐに襲い掛かる頭痛か、反動か、受身も取れないまま砂漠の上に落下した。
「兄さん!」
「ロア王子!」
予想外の光景だが、すぐに皆もハッとして、ロアの元へと駆け出していた。
勇者は無事なのか? 俺たちの希望は? 人類の光は? その安否を確かめるために、誰もが必死だった。
「ッ、アルーシャ……ぼ、僕は……」
「兄さん! 兄さん! しっかり、兄さん!」
「………そうか……僕は……ッ!」
アルーシャの必死の呼びかけに、一瞬ボーっとしながらもすぐにハッとして立ち上がるロア。
だが、すぐによろめき倒れそうになるが、フォルナやバーツたちが慌てて支える。
「………ロア王子……大丈夫ですの?」
「…………」
少なくとも生きてはいる。最悪ではないことは確認できた。
だが、そんな状況下で尋ねたフォルナの問いかけにロアは答えず、ただ、目の痛みに苦しむジャレンガを眺めながら、すぐに俺を睨んだ。
「どうして………どうして止めた! もう少しで、倒せたのに!」
なぜ、邪魔をした? そう思っているのは、ロアだけではない。
「はあ、はあ……あーあ……どうしたの? ねえ……ボクを助けようだなんて、どういうつもり? ヴェルト君?」
痛みが落ち着いたのか、ゆっくりと目を開けて俺を見下ろしてくるジャレンガ。
いがみ合っていた二人の意見が、生まれて初めて一致した瞬間だった。
なんのつもり? そりゃー……
「二人に死なれる前に言っておくことがあったからよ」
理由は簡単だ。
「なあ、ジャレンガ。お前はノリとはいえ、俺の結婚を祝福してくれたし……それに、混血なんだろ? ……俺がこれから目指す世界にはうってつけだ……仲間にならねえ?」
「………………はっ?」
「嫌か? なら、力づくで部下にしてやるよ」
そりゃ、はっ? だろ。
いや、別に俺もそんな気はサラサラもないし、今考えたテキトーな理由だけどな。
「なあ、真勇者ロア………言いづらいんだけどさ………俺さ、お前の妹にコクられてだな……ひょっとしたら、いや、万が一、いや、もう、なんつうか……あんたは俺の義理の兄貴になるかもしれないらしいんだよ……」
「……………………え……えっ?」
「嫌か? なら、力ずくでテメエの妹をうばっ…………いや、それを言うと負けた気になるな……いいや……とりあえず倒すわ」
そりゃ、え? だろ。
まあ、理由なんてそれでいいんだよ、別に。
こいつら二人が殺し合いたいほど嫌っても、第三者の俺からすれば、見るに堪えねえ。
どっちか側の味方にもなれねえなら、手は一つ。
両方倒して、この場を終わらせる。
「というわけで、本当は両方勝手に潰し合って死んでくれても良かったんだけど、諸事情により、とりあえず、お前らメンドーだからまとめてかかって来いよ。俺が……俺たちが全部台無しにしてやる!!」
さて、やるか。
俺の隣で、わる~い顔をした怖いお兄さんたちと可愛い弟が笑っていた。
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