第323話 両方とも敵だ

「あ、……れ? わ……たし……がはっ!」


 炎化した体なら、実体が流動して、多少の攻撃は受け流せるはず。

 しかし、常識を超えた力の前には、炎すらかき消される。

 自分に何が起こったか一瞬理解できないヒューレは、風穴の開いた胴体から夥しい血を流しながら、その瞳からは涙が流れていた。


「やりやがった………」


 どっちの味方ってわけでもなかったが、俺自身ですら目の前の現実にはショックを受けていた。

 そんな中で……


「ヒューレが……ッ、許しませんわ!」

「あの野郎、ぶっ殺してやる!」

「よくも、よくもヒューレを!」

「ッ……ヒューレ……じゃ……ジャレンガ王子ぃぃぃ!」


 気づけば、十勇者たちも怒りに我を忘れて飛び掛っていた。 

 そして、アルーシャもまた、理屈でもなく、体が自然に反応したのか、ジャレンガに声を荒げて走り出していた。


「アルーシャ! くそ!」


 俺に止めることはできなかった。

 幼い頃から共に戦い、過ごしてきた戦友の悲惨な姿に、我を忘れる気持ちは理解できなくもねえ。


「うわ、うわ、げ、まぢ? おい、ヴェルト、どうするん? つか、あいつ、……死んだん? なあ、なあ!」

「落ち着くゾウ、アルテア。これは戦争だゾウ。こういうこともありえる」

「はあ? なに、落ち着いてんだよ。つか、あいつ、私と対して歳かわんねーじゃん! それが……うっ……」


 さすがのアルテアも、顔色を悪くして口元を抑えた。

 無理もねえ。アルテアにとっては初めての戦場。

 ジャレンガの所為で、人間がどんどん死に、そしてついにはこんな事態まで目の当たりにした。

 昔の俺でも吐いていた。


「うえええん、えーん、えーーん、パッパ~、パッパ~」


 事態を理解できなくても、悲しいことが起こったと理解したのか、コスモスも泣きじゃくった。

 これ以上の光景を見せないように、エルジェラがコスモスを抱き寄せながら、その瞳を手で覆った。


「おい、ヴェルト! どうするのだ? 私たちは、どうするのだ? どっち側に着けばいい! それに、アルーシャ姫は行ってしまったぞ!」

「なあ、キシンはん。あれとやって、あんたは勝てるか?」

「………勝てるとは思うが…………バット、プロブレムはそこではない」

「そうじゃのう。ウラ姫が言ったように、ワシらはどうするか。ノリでヴェルトくんが聖騎士や十勇者と戦ったが、だからと言ってこの状況でジャレンガ王子側に着くかどうかは、非常に重要な局面じゃな」


 こんな中で、俺たちは果たしてどっち側に着く? 

 ジャレンガたちか? それとも……いや、そうじゃねえだろ。



「お前らさ、さっきの会議での話を聞いてたのか?」



 その問いに対して、俺は既に答えは出していた。

 それをもう一度思い出してみろと、俺は苦笑いを浮かべた。



「どっちに側じゃねえ。どっち側についてどっちと敵対するとか、そういう選択をしないと、俺は決めた。どうせどっちか敵に回すなら、全員相手してやるってよ」



 そうだろ? 

 いや、さすがに俺もメチャクチャすぎるとんでもない発言をしているのは理解しているが、筋を通すならそれしかない。



「ギャーギャー騒いだうえにコスモスの教育に悪いもん見せやがって……あいつら……世界征服する上で、邪魔な連中を倒す。ジャレンガ……ロア……二人まとめて倒してやるよ」



 俺がそう口にすると、全員一瞬ポカンとした顔を浮かべたが、すぐに笑いを堪えられなかったのか、噴出した。


「HAHAHAHA、その通りだ、ヴェルト。どっちがじゃなくて、両方ともエネミー!」

「はは。普通なら何もしないという選択のほうが楽な気もするが、これはこれで分かりやすいゾウ」

「やれやれ、厳しいお兄ちゃんだ」

「ええやないか。傍観者気取るより、よっぽど血イ沸くわ」

「仕方ないのう」


 呆れ顔で、すごい馬鹿馬鹿しい回答ながらも、どこか分かりやすいということで、全員どこかスッキリした顔をしていた。



「アルテア、エルジェラ、ユズリハ、ウラ、ルンバ。お前らはチーちゃんと、マッキーを探してどっかに身を潜めてろ。チーちゃんは重症だろうし、コスモスにこれ以上過激なものを見せるわけにはいかねえ」


「ヴェルト様!」


「後は……ムサイ不良共にまかせな」



 それが「ヴェルト・ジーハ」の答えだ。


「ヴェルト様……」

「ヴェルト、お前……やはり、意味不明だな」


 まあ、そんなキョトンとされることは想定内だけど。

 妻が二人揃って、目が点だ。

 いや~、もう、俺ってなんてバカなんだ? 迷惑極まりない存在過ぎて、正に不良の鏡だと、自分で誇らしかった。



「じゃあ、いくぞ! キシン、カー君、ラガイア、ジャック、バルナンド!」


「「「「おうっ!」」」」



 ワリーな、フォルナ。

 俺はお前を守るために、一緒に戦うことは出来ねえ。

 せめて、お前を守るために、お前らを倒すよ。

 ……いや、自分でも何言ってるか分からねえけども……



「さーて、ノリで飛び出したがどうやって倒すか」



 ただ、言っておきながらも俺の心は、自惚れではなく高揚していた。

 負ける気がしねーと。

 髑髏兵やゾンビ兵、人類大連合軍たちの中を掻き分けて、フォルナたちの後を追いかける俺たち。

 すると、その前方の天空に、突如六星の魔法陣が大きく浮かび上がった。


「ん? あれは……紋章眼の光? リガンティナか?」


 コスモスが覚醒した時と似た感じの光の発光を感じる。 

 リガンティナが暴れているのか? いや、違う。


「あれは、ロア王子だゾウ………」


 カー君の言葉に、キシンが首を傾げた。


「あんなパワー、ネオヒーローにあったのか?」

「キシン。話を聞く限り、お前との戦いでは発動されなかったようだゾウ。あれは、ロア王子の紋章眼が本当の力を解放した光」

「ワッツ?」


 少し興味深いな。それは、カー君と、シャークリュウすらも倒した力ってことなんだろう?



「小生も詳しくは分からん。しかし、小生がかつて真勇者ロアと戦った時……当初ロアは小生の力の前に圧倒されるばかりだったゾウ。しかし、ある瞬間を越えたとき……それは、戦場の人間の死体が万を越えたからか……それとも、奴の近しい者が死んだからか……その瞬間、紋章眼の形態が変わった」


「ふむ、それはミステリアス。ミーと戦った時も、万を越える人類は死に、十勇者も二人ほど死んだが、そういうのはナッシングだった」


「そうか? 何か、発動条件的なものが違うのかもしれんゾウ。しかし、怒りがきっかけだったのは間違いないゾウ」


「ほ~」



 それは、一体何を意味するのか? 怒りをきっかけに眠れる力を解放してパワーアップ? まあ、よくある話だ。

 勇者辺りには、非常にお約束的な力じゃねーのか?

 ただ、重要なのは……


「ようするに、パワーアップして、スピードとか剣とか魔法とか強くなったとかそういうの?」


 俺が気になったのは、どういう風に変化したのかだ。

 俺が今言った程度のものだったら、正直そこまで怖いとは思わねえ。

 だが、カー君が言ったのは……


「光属性の魔法を極めると、神聖魔法。闇属性の魔法を極めると、邪悪魔法。他にも極めた属性を身に纏う、魔道兵装などがある。どの生命にも一つの属性が身に纏い、英雄クラスになると複数あるが、真に極められるのは一つ。しかし、真勇者は全ての属性を使うことが出来るゾウ。そして、覚醒した真勇者ロアは、全ての属性を極め、さらに状況によって合成させたり、魔法を使ったことでは何でも出来るようになる」


 ……なんか、凄いのかよく分からん。


「ただ、あらゆる属性や魔力の処理により、脳に尋常でない負担がかかっているようだゾウ。小生と戦っている時は、発狂寸前だったゾウ」


 ますます微妙だ。

 そんな微妙な力で……



「ジャレンガ……ジャレンガーーーッ! よくも、よくもヒューレを! 殺してやる、許さない、ユルサナイ!」



 あの優男のツラが台無しになるほど、憎しみに満ちた形相。

 血走った瞳と、全身に刺青のように広がる異様な紋様。

 それは勇者というよりも、狂気だった。

 つか、お前の方から始めた戦争だろ……というツッコミは飲み込んでおこう。


「ん?」

「ハアアアアア! ジャスティスフラッシュ!」


 眩すぎる光の発光! 

 光のオーラが巨大な剣の形を作り、ジャレンガが発動した巨大な斥力の場と衝突。

 目でハッキリと確認できるほど溢れる巨大なエネルギーのぶつかり合いに、思わず万の人間たちが仰け反りそうになった。


「っ、アレか。確かにパワーアップしてんじゃん」

「ヒュー、なかなかのパワーだった」

「やるやないか」


 閃光が薄れる。その向こうでは、変わらぬ姿で笑みを浮かべているジャレンガ。

 しかし……


「だから、無駄って言わなかった? 斥力の壁は人間なんかじゃ……えっ?」


 紫色の液体が、ジャレンガの巨大な腕の切れ目から噴水のように飛び散った。


「なっ、あれは!」

「なんと、ジャレンガに傷を! 斥力の壁を破ったゾウ!」


 それは、俺たちも、人類も、そしてジャレンガ自身にとっても驚愕。

 ジャレンガは一瞬状況を理解できなかったものの、すぐにその表情を憤怒に変えた。



「……お前……ボクに、なにやっちゃったの? ねえ? ねえ? ……ねえってばーーーーーーー?」



 まるで突風のような怒りの叫び。

 だが、対するロアはゆっくりと歩き出し、対照的な静けさを漂わせながら、顔を上げた。

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