第312話 英雄への反逆


「姫様、どうされたんですか! 今一度再考ください!」

「ちょっと、なにやってんのよ、アルーシャ!」

「さすがにこの状況は見過ごすわけにはいかないのでな……」

「アルーシャ姫……」

「一体これはどういうことでしょうか!」


 さすがに、アルーシャの行動には我慢できなかったのか、アルーシャと最も多くの時間を過ごしたかつての戦友たちが飛び出してきた。

 人類最高戦力でもあり、魔王を討つ聖剣たち。



「ドレミファ……ヒューレ……レヴィラル……ギャンザ……ガルバ隊長」



 ドレミファやギャンザ。

 そして、二年前に会った、暗黒騎士の姿をした十勇者のレヴィラルと、活発元気女でロアとイチャつこうとしていたヒューレだったか?

 あと、


「ふっ、こっちは変わりなくか………」


 ガルバ……こいつも俺を見ても何の反応もなしか……昔は本当にウザイくらい……



「その様子から……どうやら、アルーシャ姫も全てを知られたようですね……ヴェルトから聞いたようですね」



 そんな中で、俺にぶん殴られて俯いていたタイラーが、ようやく立ち上がった。


「タイラー将軍……ええ……そうね」

「ヴェルト同様に……迷いのない目です……どうやらすべての真実を知りながら、聖王とは違う道を見つけらたようですね」


 その瞳は、情けない近所のおっさんみたいな表情じゃない。

 もう、その瞳には迷いはなく、どこか覚悟を決めた表情をしていた。

 その言葉の意味をほとんどの者が分からずに首を傾げたが、フォルナだけは理解した。


「そういうことでしたの、アルーシャ。でも、あなたらしくありませんわ。あなたほどの方がわからないんですの? 我ら人類大連合軍の悲願を叶えるには、これしかないというのを……悲しいですわ……」

「悲しいのは私の方よ、フォルナ。人類よりも世界よりも大事だったものを忘れてしまったあなたが、悲しすぎて仕方ないわ」


 アルーシャの冷気がより強くなるにつれ、フォルナもまた目を見開き、全身を眩い雷で覆い尽くした。



「アルーシャ! 邪魔をするのであれば、たとえあなたでも容赦しませんわ!」



 フォルナとアルーシャの道は、もう完全に違うものだということが、ここにハッキリした。


「フォルナ姫、本気ですか! っ、待ってくれ、いや、待ってください、アルーシャ姫!」

「ま、待って! アルーシャ、早くバカなことをやめてこっちに……ッ、そこのあんた! あんたなの? アルーシャを誑かしたのは!」

「あの時、地下闘技場に居た……悲しいですね……アルーシャ姫を洗脳するとは……」

「そうだ、ウラ姫だって、こいつが!」

「あのクソ野郎! あの男、ぶっ殺してやる! よくも俺たちのアルーシャ姫を!」

「手を貸すよ、ドレミファ! ウラ姫もきっとこいつに……同じ男として……人間として許さない!」

「やるぞ!」


 そこで俺を原因に……まあ、俺が原因なんだが、世界の英雄たちと幼馴染が雁首そろえて俺に殺意と敵意を向けてきやがった。

 ちっ、ああ、もう、いいよ。

 かかって来やが……



「待て! まだ話は終わっていない!」



 だが、その状況を制するように、タイラーが一歩前へ出た。


「ヴェルト、お前はどうするのだ?」

「タイラー……」

「お前が私を殴ったことなどどうでもいい。全ての役目を終えれば、私はお前になら、殺されてもいいとすら思っている。だが、今はまだダメだ。まだ、聖騎士が欠けるわけにはいかない」

「まあ、そうだろうな」

「それに、お前がこの国をかばう理由は何もないはずだ。だから、……最後の通告だ……」


 タイラーが、俺がガキの頃から一度も見たことのない威圧を向けてきた。

 それは、この会話の意味がまるで理解できずに戸惑うシャウトたちも顔を青ざめさせるほどの強烈なプレッシャー。

 だが……


「お前の仲間と共に今すぐこの国から立ち去れ。この戦争に介入するな」

「残念だが、個人的にそれは無理な相談だ」

「ッ!」


 即答してやった。

 歴戦の英雄の威圧で、俺を押し込めようとしたんだろうが、俺は構わずに言ってやった。

 ワリーけど、もう俺には、その手の脅しは何の意味もねえからな。



「なぜだ! 先ほど、ロア王子も言ったはずだ! あの魔王たちは、ようやく作り上げた世界同盟を、平和を打ち壊そうとしているのだぞ? その結果、もし人類が……」


「奴らも知ってたぜ? シナリオをな…………」


「なっ、……に……ッ、やはり……あのカラクリドラゴンが……だが、だからと言って、お前がどうして魔王たち側に立とうというのだ? 私への憎しみか?」


「いーや、そんなんじゃねえし、別に奴らの味方ってわけじゃねえよ。確かに、奴らは他人だ。積み重ねてきた時間も信頼もなにもねえ、異種族共だ。でもな、その異種族どもが、あの時、誰もが俺に、くれたんだよ」



 この戦争には関わるな。『昨日』までの俺なら、そう言われれば普通に立ち去ったかもしれねえ。

 この世界同盟に思うところはあっても、ヤヴァイ、ヤーミ、クライがどうなろうと関係なかった。

 だが、『今日』の俺は違う。



「くれた? 何をだ?」


「ウラとの新たなる人生の門出に対する祝福だよ。見てたはずだ、俺の結婚式の映像を」



 そう、あれがなければ……


「それこそ、他人なのに、むしろ俺は人間なのに、あいつらはワザワザドラマチックに演出しては、俺に構い、最後には種族なんて関係なく俺たちを心から祝福し、そして叱咤した……おせっかいどもだ」


 たとえ、あの場のマッキーやネフェルティが煽って悪ノリしただけだとしても、それでもあれを受けて、俺にはもうこの国をどうでもいいから立ち去るってのは、できそうもねえ。


「友達でもねえ。味方でもねえ。でも、まだ敵じゃねえ。今の俺にとって、奴らはただのブライダルアドバイザーと結婚式の出席者だ。でも、あいつらのおかげで俺は後悔せずに済んだ。その借りは、ちゃんと返さないといけねーからな。仲良くなれるかどうかはその後だ」


 というわけだ。だから、同族とはいえ、正義や大義などの建前があったところで、俺は引くわけにはいかない。



「つまりだ、披露宴も終わってこれから二次会を始めようとしているわけだから……お呼びじゃねーんだよ、テメェらは! 全員まとめて出直してきな!」



 そして、今の俺は、何でもできる。なんだってやってやる!



「ふわふわ世界ヴェルト革命レヴォルツィオーン!」



 全身の魔力が、光の衣となって俺を包み込む。


「ヴェルト、それは! 魔導兵装か! いや、しかし………」

「彼も魔導兵装を! しかし、見たこともない属性だ………無属性?」

「こいつ、口だけじゃないのね!」

「空の映像で、魔王シャークリュウとの戦いは途中で映像が途切れ、再開した時にはこいつが勝ったあとであった。あれをどうやって勝ったのか気になっていたが、まさかこの力で?」


 あの時の感覚。

 シャークリュウとの戦闘で身につけた、全てを掴む感覚。

 大気中の魔力も、空気も、戦場の世界すら、俺に掴めないものはない。



「これが、あのヴェルトか……あのワルガキが……本当に大きく、強くなったな……お前たちの息子は……ボナパ……アルナ……」



 ほんの僅かな切なさを滲ませながら、その体を光の衣が包み込まれていく。



「ならば、力づくで押し通させてもらおう! この聖道を!」



 それは、相手を威圧していた空気とは一切真逆の温かさ。


「タイラー将軍!」

「これは、パパが本気の時に見せる力!」

「神聖魔法を極めし者の魔道兵装」


 まるで包み込むように、心を暖かく、和やかにさせ、戦意そのものを削ぐかのような、安心さ。

 魔力で巨大化させた、人の体も何倍もある巨大な盾、巨大な剣、巨大な翼、背後に舞う巨大な六本の槍。

 あまりにも神々しく、子供でなくても目を輝かせて憧れてしまいそうな力強さ。

 誰もが憧れ、慕い、敬い、そして称えた大将軍。



「六大神聖騎装・パラディンナイト!」



  ああ、そうか……俺がエルファーシア王国で平和に過ごせたのは……この力で守ってくれる英雄が居たからだ……

 その力に、俺は反逆者として立ち向かう。

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