第296話 タイマン戦

 不思議だ。

 死人とはいえ、魔王を前にして、俺の心は怒りとは裏腹に落ち着いている。

 こいつがかつて鮫島の器だったからか? ダチの体だったからか? いや、そういうもんじゃないな。


「おい、ヴェルト・ジーハ! 何をやっている、父上は肉弾戦の怪物だぞ! 人間ごときが正面から相手になるか!」


 ウラの言うとおりだ。例え、魂のない死体でも、肉体のレベルは当時のままだ。そうであれば、俺なんかが一撃でも食らえば致命傷。

 でも、俺は恐れてはいなかった。 

 だって、俺は本当に怖い魔王シャークリュウを知っているからだ。


「ふわふわ乱警棒! うらあ!」


 警棒の周囲に気流を纏わせる。乱回転した気流、重さ、そして速度を加えた一打だ。


―――魔極神空手・天地の構え


 対するシャークリュウは、受身の構え。右腕と左手を上下に構えて俺が間合いに入り込むのを待っている。

 だろうな。こういう小細工なしの振り下ろしの一撃は、空手家の型で簡単にいなされて反撃を食らう。

 そう、普通の人間の動きならな。

 予想したとおり、俺の振り下ろしの一撃を右手で払おうとするが……


「くはは、だと思ったよ!」


 俺は警棒を振り下ろした瞬間、既に手から警棒を離していた。

 そして、俺の意志により自在に動く警棒は、突如急なカットでシャークリュウの背後に回りこみ、延髄に一撃を叩き込んでいた。


「な、にいっ!」

「ほう……器用な……」


 少しだけ観客がざわつき出した。ウラも予想外に声を上げている。

 そして俺は、思い通りな状況に心が躍った。

 まあ、普通はこれで大ダメージだろうが、相手は死体。

 痛みで怯むことなんてありえない。


―――魔極神空手・天壊脚


 それは、何の変哲もない、ただ美しく豪快な上段蹴り。

 普通飛び掛れば空中で身動き取れないんだろうが、俺は違う。

 即座にふわふわで後方に飛び、蹴りを回避。

 だが、その蹴圧は尋常でなかった。


「ふい~、あぶなっ……って、ウオっ!」


 リングを覆う金網がぶち破られ、そのまま天井に爆発が起こった。


「天井が! なんつー威力だ!」


 思わず苦笑したくなる威力。つまらない魔法なんか一切使わない、身体の力のみで世界に名を轟かせた男。

 さすが……


「ちょー、どうなってんの! ヴェルトッ!」

「ゴミッ!」


 別のルートから入ったのか、観客席のVIP席から、アルテアとユズリハが顔を出した。

 その傍らには、ジャレンガとルシフェルが笑みを浮かべて見下ろしていた。


「あーらら? やってる~?」

「まだ始まったばかりのようだね。良かった。さあ、勇者の称号無き人間が魔王にどう戦いを挑むか、見せてもらおうか?」


 簡単に言ってくれるな。


「あ~あ、容赦のねえやつ。まあ、今のお前にゃ文字通り血も涙もねえから、そうなんだろうがな……鮫島」


 まあ、お前らの期待は別にして、俺は俺で逃げる気も負ける気もねーけどな。


「おい、そこに居ないのは分かってるが、鮫島……いや、シャークリュウか? ワリーが手荒にやるぞ? お前の本物の死体はエルファーシア王国に眠ってるんだ。仮初のこんなもんは、ぶち壊してやるからな?」


 しかし、シャークリュウは顔色一つ変えないどころか、言葉一つも話さない。

 まあ、分かってたことだけどな。


「どうした? 何を喋っている? もう少し、余を楽しませて貰いたいものだがな」


 少し感傷に浸っていた俺を現実に戻すように、ネフェルティに見下ろされながら告げられ、イラっとした。


「うるせーよ、ミイラ野郎。ファッションだか知らねーが、本当に怪我だらけの包帯野郎にしてやろうか?」

「ふはははは、口だけは相変わらず達者か。だが、もうお前のことは言葉だけでは判断しない。力で証明してみろ。さもなくば……ウラ姫の純潔を余が貰うぞ?」

「ざけんな。せっかく手を出さずに大事に守ったんだ……テメエなんかにやるぐらいなら、俺が貰う」

「ならば戦え。言ったはずだ。この決闘を制したものが、ウラ姫の全てを手にできると」


 その時、檻の中から「ふざけるな! 誰がお前らなんかに捧げるものか!」と顔を真っ赤にしたウラが叫んでいるが、まあ、お気の毒に。


「ああ。俺が手にしてたもん、ちゃんと全部返してもらうよ」


 続きだ。


「いくぜ、ふわふわ空気爆弾!」


 遠距離攻撃。圧縮した眼に見えない空気の弾丸を放つ。少しでも体勢が崩せれば……


―――活!


 全身にエネルギーを流し、瞬間的に開放して溜め込んだ力を爆発させる。

 ああ、そういうの、ウラもやってたな。マンガみたいな技。


「ふわふわ空気爆連弾!」


 だが、空気の数は無限大だ。そこらへんにあるものだから、いくらでも弾丸を飛ばせる。

 例え見えないエネルギーに弾かれても、俺は見えない弾丸を放ち続けた。

 それはやがて、石造りのリングの足場が砕け、破片となって砕けるほど。


「空気砲? 風属性の魔法使いが稀にああいうのやるけど、それとは少し違くない?」

「そうだね。無詠唱であれだけの攻撃を出来るのは見事だが、しかしあれではシャークリュウ氏には届かない」

「っていうか、あれじゃない? まだ、アンデットシャークリュウ……アレ……使ってないしね?」

「ああ、シャークリュウ氏が本気を出した時の、『魔道兵装』か……」


 知ってるよ、これじゃ届かない。

 だが、どうだ? 機械みたいに決められた動きで何度も「活」なんてやってるから、足場が砕けてきた。

 砕けた破片は、俺にとっては全てが武器になる。

 ほら、丁度野球ボールぐらいの大きさでシャークリュウの足元に転がってる破片なんか、使いやすいんじゃねえの?


「ふわふわデッドボール!」


 気合防御が収まった瞬間に、シャークリュウの足元に転がってる瓦礫を上げて、顎を打ち抜いてやった。


「うおっしゃ! セコイ攻撃キター! いけ、ヴェルト!」

「ゴミ、なんであんなこと出来るんだ?」


 ガッツポーズで後押しするアルテアに頷いて、この一瞬で間合いをつめる。

 それは、この場に居た魔族たちにはまるで予想もできない展開だろう?

 俺は、それをやった。


「おい、あの人間!」

「バカな、魔拳と恐れられた魔王シャークリュウを相手に……」

「接近戦をやろうというのか!」


 そう、俺が選んだのは、空手家シャークリュウが最も得意とする、インファイトだ。

 俺のそれが、いかに無謀な選択かどうかは、この魔族たちの反応で手に取るように分かる。


「おい、殺されるぞ、ヴェルト・ジーハ! 父上相手に接近戦だと?」

「あらら、イキがって、後悔しちゃう系?」

「しかし、その闘志は嫌いじゃないよ」

「ほほう、余も驚いたぞ。それで、どうする気だ?」


 そう、肉弾戦を使う魔王を相手に、身体能力の劣る人間がガチンコで戦うなんて普通はやらないだろう。

 だが、俺には勝算があった。

 一発目のシャークリュウのハイキックを回避できたのが証拠だ。


―――魔極神空手・三日月破壊蹴り


 蹴りが来る。


―――魔極神空手・水平線五連突き


 パンチが来る。

 俺はそれを全て、拳圧や蹴圧の影響すらも及ばぬギリギリを見抜いて回避。


「ダメだ! やはり、魔王シャークリュウのほうが圧倒的に有利だ」

「距離をとって、武器か魔法で戦うしかないというのに、愚かな人間だ。身の程知らずめ」

「逃げ回ってるだけじゃないか」


 そう、俺は逃げ回っている。だが、ここで重要なのは、逃げられている……つまり、攻撃が当たっていないということだ。


「……この見切りは? どうなってるの? ねえ、ルシフェルさん?」

「反射神経……ではないな。まるで次に何がくるかが分かっているかのようだ」


 気づく奴はすぐに気づき、そしてそれは段々と回りに広まり始める。

 半分笑いながら見ていたジャレンガやルシフェルのこの反応が証拠だ。


「当たらない? あれだけの超接近戦で、父上の拳打が、当たらないだと?」


 そう、俺にはこれがある。

 未知の魔法や未知の能力を相手にすると、戦闘経験の少ない俺は対処が出来ない。

 だが、単純なド突合いなら、俺には「これ」がある。

 当たらない。触れられない。完全な回避方法。



「分かるんだよ。空気の流れ、筋肉のきしみ、その全てが雄弁に俺に教えてるぜ?」


―――魔極神空手・手刀横一文字


「お前が次に何をしてくるか、手に取るように分かる」



 チロタンとの戦いで身につけた。フットサルで磨いた。

 そして、ファルガとの再会で感覚を取り戻した。

 当たれば死亡? 当たらせねえよ。



「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、コスモス無事かアアアアアアアアアアアアア!」


「あ~、チーちゃん、おちつくっしょ。もー、パナイKYだからさ」



 うおっ、アブね!

 何事かと思ったじゃねえか! 急に天井に大穴が空いて、陽の光が地下に注ぎ込まれてきた。


「つおっ!」


 急な爆発と怒声に思わず集中力が乱れた。

 何の前触れも無い二人の男の声に、俺の表情は引きつり、対する闘技場全体の空気が一気に熱く響き渡った。


「何事だ!」

「王を守れ!」

「お、おい! 見ろ! ちょ、えええ?」

「間違いない、表皮の色は変わっているが、あの風貌は紛れも無く、奴だ!」

「そんな、死んだんじゃなかったのか? 七大魔王のチロタン!」


 慌てふためく闘技場の中、堂々と参上して第一声に俺の愛娘の安否を気遣う魔王。

 それを宥めるのは人類最悪の男。

 つか、スゲーコンビだな……


「マッキー! それに、チーちゃんっしょ!」

「……よりにもよって、クズと危険ゴミか……」


 頼もしいんだか、恐ろしいんだか、一応は仲間の二人の登場に、安堵していいのか微妙な顔のアルテアとユズリハ。

 だが、二人の登場は確かに、VIPたちに衝撃を与えた。


「へ~~~~、あらら、本当に生きてたの?」


 ニタリと不気味な笑みを浮かべる、ジャレンガ。


「ふむ、猛る心。清々しいじゃないか」


 あくまで爽やかに微笑む、ルシフェル。


「侮るな。海でリヴァイアサンを粉々に仕留めてきた奴らだ」


 そして、なんかメンドくさそうに溜息を吐く、ネフェルティ。

 反応はそれぞれだが、闘技場の天井に大穴明けて降り立ったチーちゃんは、VIP席を見上げながら、興味深そうに頷いた。


「あ~ん? おいおい、ガハハ……なんで、テメエらまでいやがる?」


 一応魔王だったし、顔見知りなんだろう。ニヤリと笑みを浮かべるチーちゃんに対して、ルシフェルやジャレンガも同じような笑みを浮かべた。


「や~、おひさかな~? げ~んき?」

「君が生きていたのに、二年間も静かだったのは驚きだな、チロタン氏。死にかけたみたいだが、体も元気そうだ」


 過去にどれほどの交流があったかどうかは分からない。

 だが、表情は笑みを浮かべていても、友好的だったわけでも、ましてや気の良い悪友って感じでもなさそうだ。

 僅かな一押しで拳が飛びそうな雰囲気がチーちゃんから溢れている。

 その緊迫感は、他のギャラリーも感じ取っていた。

 そして……


「おっ?」


 チーちゃんが、ネフェルティ、ジャレンガ、ルシフェルを見渡し、そしてある方向で視線が止まった。

 何かに気づいたチーちゃんは余計にニヤニヤと笑みを浮かべた。


「おいおい、まさかテメエまで?」


 俺も特に気にしていなかったが、そこには外で見た『バフォメット』とかいう魔族の親玉らしき奴。

 頭に王冠と、黒いフードつきの外套を纏った怪しい奴が居た。

 そいつは特に声を発することも無くジーッと表情も変えずにVIP席から見下ろしているが、チーちゃんは言う。


「くだらねえ祈りや儀式ばかりで神を馬鹿にする……『冒涜魔王ラクシャサ』……引きこもりのバカが何やってる? ……って、それどこじゃねえ! コスモスはどこだあああああああ! つーか、クソガキ! テメエはなんで、遊んでやがる! コスモスはどこだコラァ! 無事じゃなかったらこの世界を消滅させる!」


 あれも魔王だったのかよ! いや、まあ、王冠被ってるからそれっぽいし、ネフェルティも七大魔王国家の王族が揃ってるとか言ってたからそうなんだろうけどさ、これはあれじゃね?

 王族のバーゲンセールだ……と、まだまだアンデットシャークリュウとの戦いはこれからだというのに、ちょっと俺は頭を抱えた。

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