第297話 俺にすがれ!

「おっと、あぶな」



 って、外野のやり取りに気を取られている余裕はない。

 今俺は、オールオアナッシングの舞台に立ってるんだから。



「んで、アルテアちゃん。無事で何よりだけど、このパナイメンツの中で、ヴェルトくんはなにやってんの? ウラ姫は閉じ込められてるし」


「おお、マッキー。いやさ、なんか、ケットーだって。……鮫島の死体と……」


「ほっ? ………はあ………へえ、そう来たか………そっか、ネクロマンサーだからね~」



 それだけで状況を理解したマッキーは、少し驚いた表情を見せたが、すぐに鼻で笑った。


「らしくないね、ヴェルト君。喧嘩じゃあるまいし、決闘なんてパナイ寒いことするなんて、いつからそんな戦士みたいなことするようになったの?」


 いや、お前、こうしてる間もシャークリュウのパンチキックを避けて戦ってる俺に、なんちゅーこと言いやがる。


「るせーな! こっちには色々と事情があるんだよ!」

「え~? そんなことしないでさ、そこのネフェルティ魔王を殺してウラ姫攫っちゃえば、めでたしめでたしでしょ? 君の魔法ならさ、この地下を操作して天井を完全崩落させて自分以外の連中を生き埋めにできるんじゃない?」

「ああ~? それで全員倒せりゃ苦労しねーよ!」


 多分、あの『四人』は百パーそれじゃ勝てねえだろうしな……


「おい、なんか、あの人間すごくないか?」

「ああ、仲間とやり取りしたり、よそ見しながら、シャークリュウの攻撃を回避してるぞ?」


 色々と雑音が入るし、マッキーの俺に対する「らしくない」発言も分からんでもないが、それでもこれは必要な儀式なんだよ。


「ったく、それじゃあ、証明できねーだろうが」

「証明? 誰に? まさか、鮫島君の器を目の当たりにして、パナイつまらない感傷に浸ってるの? それこそらしくないんじゃない? だって、それはもう……ただの空っぽな人形でしょ………」


 マッキーは、茶番だと鼻で笑った。ウラがネフェルティに求めて目の当たりにした今の現実。それに対して俺が体張ってるのは、くだらないことではないかと。

 まるで、ウラを嘲笑うかのような視線をぶつけながら。


「マッキー……ラビット……」


 マッキーの視線を受けて、ウラは顔を背けた。

 複雑な思いを抱きながら唇をかみ締め、ウラ自身も、何も言い返すことができずにいた。


「ふむ。しかし、色々と茶々があるものの、ヴェルトとやらは余所見しながらも攻撃をくらっていないのは、見事ではないか」


 マッキーの言葉を遮るように告げるネフェルティの言葉に、チーちゃんたちの登場で騒然としていた観客も「そういえば」と再び視線を俺に戻した。


「うん、やるじゃん?」

「ああ、そうだね。だが、感心すべきところは、ヴェルト氏の見切りのみではない。それは、シャークリュウ氏の攻撃を前に、まるで恐怖を感じていないところだね。ミスをしないし、体に余計な力みもない」


 なかなか爽やかに評価してくれるルシフェルの言葉。見切りではなく、恐怖を感じていないという点。

 確かに、それが俺にとっては一つのポイントでもあった。



「マッキーの言うとおりさ、こんなもん空っぽのただの人形だ。怖くねえよ」



 戦いの最中に言い切った俺の言葉には、ある理由があった。



「俺は知っている。魔王シャークリュウの本物の強さ……恐怖……魂を!」



 恐怖も感じず、次にどんな攻撃が仕掛けられるかも分かるからこそ、カウンターも簡単に合わせられる。

 右の正拳突きを掻い潜り、相手の腕と交差させるように、気流を纏った警棒の突きを顔面に食らわせる。


「うほ。パナ! 警棒の突きでクロスカウンター!」

「いったあああ! あれ、マジ普通死ぬっしょ! 死んでるけど!」

「うっ、…………い、いたそう…………」


 手に伝わる振動や手応えは、シャークリュウの顔面を打ち砕く一撃だった。

 無論、痛みのない相手にひるむ様子はない。しかし、倍返しのカウンターの一撃は、アンデットの性能云々に関わらず、威力に押されて闘技場の上を転がった。


「ち、………父上…………」


 歓声は上がらずに一瞬静まり返った闘技場。

 ウラのか細い声だけが響きながらも、シャークリュウは肉体を破損させながらも、無言の無表情で再び立ち上がった。


「ッ、あ……ち……ちうえ……」


 だが、それは返って、ウラに対して今のシャークリュウがただの人形であると理解させるには十分な光景でもあった。



「ウラ……お前は俺のことを覚えていないかもしれないが、お前の親父が死んだ日のことぐらいは覚えてるだろ?」



 立ち上がったシャークリュウ、そして肩を震わせるウラに俺は語りかけた。



「あの日、俺は魔王シャークリュウ、そして父親としてのシャークリュウの底力を見たぜ」


「ヴェルト・ジーハ?」


「思い出せよ、あいつの最期の激を」



 そうだ、あの日だ。ギャンザに追い詰められ、全滅するしかなかった軍に、あいつは最期の号令を放った。



『聞け! 愚かなる人間どもよ!! 我こそは、七大魔王最強のシャークリュウである!!


大海たいかいを血に染めながらも、いつかは素晴らしき世界を手にしようと我らは戦った!


しかし、この身は既に、強き勇者の聖剣にて、まもなく滅びを迎えるだろう!


だが、我はただでは死なん!


潔き死ではなく、我は生き残すための死を選ぶ!


未来へ我の命より大事なものを繋ぐために!


我が誇り高き同胞たちよ! 貴様らの命、今こそ我に捧げよ! 


我らは誰一人殺されてはならん! 


今ここに、魔王シャークリュウ最後の策を貴様らに授ける! 


全員、我について来い!』



 魔族でなくても、胸を熱くさせた。


『ニンゲンドモ。恐怖セヨ。コノ圧倒的ナチカラノマエニ、平伏スガヨイ!!!!』


 魂を燃やし尽くすほど、力の限り暴れたあの姿。

 あの恐ろしさに比べれば、こんなアンデットに俺がビビるわけがねえ。


「あの時の、あの姿が魔王シャークリュウだ。だからウラ…………こんなもんにすがってんじゃねえよ」


 いや、俺が言わなくても、ウラだって所詮これがアンデットであり、シャークリュウではないことは理解している。


「分かってる…………言ったはずだ…………お前なんかに言われなくても……でも、私には……私は……それでも会いたかった……どんな形でも……父上に」


 ただ、どうしようもなく心が弱くなり、手を伸ばしてしまったんだ。

 俺と一緒に住んでいた五年間では一度も見せなかった弱さ。

 しかし、俺の記憶を失い、それがさらけ出されてしまった。

 だからその責任を取る意味で、俺は証明しなくちゃならねえ。


「ああ。でも、お前のすがりたい過去の亡霊は、今この場で終わらせる」

「……でも、……私はそれでも……」

「だから、これからは………俺にすがれ………」

「なっ……そんなの…………」


 七年前から変わらねえ。


「先生が居て、ハナビとカミさんが居て……そして俺もいる。そうすりゃ、もう、最強だろ?」


 空白の二年は、これから埋める。


「ふざけるな! な、な、そ、それでは……し、しかし、その、だ、だいたい、貴様にはエルジェラやコスモスが……そもそも、お前は人間だろうが!」


 俺の言葉の意味を深く理解してしまったらしいウラは、少し顔を赤くしてアタフタしているが、それでも俺は構わずにいった。



「そんな問題、俺には興味ねえよ」



 それに、それは先生との約束でもあり、あいつとの誓でもあったからな……



―――朝倉、後は頼んだぞ!



 前世から、バトンから娘まで託された想いは、もう手放さねえ。


「……ッ! 危ない、ヴェルト・ジーハ!」


 その時、ウラが何かに気づいて叫んだ。

 つーか、俺も気づいてるよ。空気の読めないアンデットが、再び俺に攻撃仕掛けてくるのは。


「いい加減、安心して眠ってろ!」


 警棒ぶん投げて、空気弾もついでに飛ばして応戦。だが、案の定シャークリュウは構わず突き進む。

 ちっ、これはこれでメンドーだな。会心の一撃でも、強固な肉体を完全に破壊するまでにはいかねえ。

 決定打にかける。

 チーちゃんの時みたいに相手の魔法を吸収するやり方は、格闘でしか攻めてこないシャークリュウには使えねえ。

 なら、どうする?


「単純に空気を爆発させたり、気流をぶつけるだけじゃ足りねえ……もっと……もっと!」


 もっと、世界を掴んで更に圧縮させるほど強く、溜め込んで………



「ふふ、頭の固い軍人たちも表情に戸惑いが出ているな。あの、ヴェルトとやらの青い発言にな。いつの間にか余を含めてこやつらに見入っておる。より盛り上げるために、少しアンデットのレベルを上げるかな。より鮮明に魔王の力を再現するために」



 その時、集中しきっていた俺には、ネフェルティや周りの雑音は耳に入ってこなかった。



「しかし、惜しいな。これほど面白ければ、余らだけでなく、もっと大勢の者たちに見せてやりたかったがな。それが残念だ」


「ひはははははは、いや~、魔王ネフェルティ、ずいぶん機嫌よさそうじゃない」


「ん? おお、ヴェルトとやらの仲間の人間か。まあ、そうだな。見ていて面白い。所詮、魔族と人間、種族が違えば理解することはできん。だがな……そこにいる人物が、『漢』であり、『バカ』であることは理解できるというものだ。そして、同時に想いは、『本気』であり『本物』であることも理解できてしまうのでな」



 なんか、ネフェルティとマッキーが楽しそうにコソコソしていたみたいだが、特に気にしなかった。



「さてさて、魔王様。おたくはもっと大勢の人たちにこの光景を見せたかったとおっしゃってますが~……実は俺はさっきからこれを使っております。監獄でも看守どもに気づかれずに隠し持っていた……キラキラ輝くペンダント……」


「それは……『サークルミラー』か?」


「イエース! パナイコレクト! 絶賛生放送中ナウ」


「………………おい、貴様、ヴェルト・ジーハの仲間ではないのか?」


「トモダチっしょ! 知ってる? 真に人をおちょくっていいのは、友達だけ。気兼ねのないのがマブダチってね」


「なぜ、そんなことを?」


「おもしろそーだから」


「なるほどな……鎖国している余の国の内部を見せるのは嫌だが……もはや、秘密もクソもあるまい。今日より魔族大陸の歴史が変わるか」


「ほら、パナイ愛は世界を変えるっていうじゃん?」



 気になんないというか、でも、少しだけ何話してんのか気になりそうだったけど、それでも気にしないようにした。



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