第278話 ノーカウントキッス
千鳥足。
十代の酔っ払いなんて初めて見たな。
しかもよりにもよって、清廉潔白でなければならない人類を代表する帝国のお姫様のこの様子はなんだ?
絶対に帝国民には見せられねーな。
「ヴェルト君、エルジェラ皇女、姿が見えないと思ったら、こんな人目のつかないところで何をしているのかしら? 親子三人水入らずかと思って、お邪魔したらまずいかとも考えたのだけれど、こんな純粋無垢な可愛らしい娘を抱きかかえながら、あなたたちは何をしようとしているのかしら? よもや、キスとか……それ以上のことまでしようとしていたのかしら?」
どうなんだ? コラ、答えなさいよ。と若干座った目で睨んでくるアルーシャは、なんか絡みがウゼー。
「あの、アルーシャ姫……キスは分かりますが、それ以上のこととは……やはり……」
「ッ、そこで具体性を聞きにくるあたり、天然かしら? それとも私に対する皮肉かしら! 当然、子供が出来る行為のことよ!」
「……そ、そんな……ヴェルト様との間にもう一人だなんて……うふふふ、考えただけで、私、幸せで火照ってしまいそうです………」
「くっ、そういうところが、エッチなヴェルト君に…………エロヴェル君がそそられるのかしら? ゴクゴクゴク……ぷは」
エルジェラの反応に若干イラっときているアルーシャだが、エルジェラは照れながらも相変わらずのマイペース。
アルーシャは、負けねーぞ? と相手を威圧するように、ワインを更に口に含んだ……て、お姫様がラッパ飲みかよ。
これ、マジで帝国民に見せられねえな。
「でも、そうですね……私たちパッパとマッマですのに……私、まだ、ヴェルト様のチンチンを愛でておりません」
「ぶぶほおおおおおお!」
あっ、アルーシャが真っ赤な液体を吹き出した。状況が状況じゃなければ、姫が大量の血を吐いたように見えなくもねえだけに、恐ろしい。
つか、愛でられたことはないけど、記憶をなくす前は包み込まれたことはあるけどな…………
「ヴェ、ヴェルト君」
「まあ、飲兵衛はアッチ行ってろ。さすがに俺もこの場では……その、な。コスモスも居るしな」
「ッ、ならば、コスモスちゃんが居なければ、君はシテいたとでも言うのかしら? そうなの? 昨晩、誘惑した女の居る空間で、次の夜に違う女性を抱こうとする、ヤリヴェルくんは!」
シテないとは言い切れない……仕方ねーだろうが、そんなのは。
「いや、まあ、でもあれだ。今の今は気分的にもかなり萎えたし、今日はもう、まったりするよ」
「ッ、ヴェ、ヴェルト君と一晩まったり……寄り添いながら……そ、それもそれで羨ましいわね……」
「ああ? じゃあ、どうすりゃいいんだよ。さすがに今日はコスモスの傍に居てーし、エルジェラ居ないとそれはそれで、コスモスはぐずるし」
「……なによ、受身のウケヴェルくん。情けないわね」
「俺は何ヴェルまであるんだよ!」
相当酔っているのか、散々グチグチ言った挙句に、なんか普通にアルーシャがエルジェラとは反対側の俺の隣に腰を下ろした。
そしてまたボトルごとゴクゴクと……って、
「おいおい、テメェそんぐらいにしておけよ。いつまで飲むんだよ。酒の所為で失敗した有名人を前世から見てきてるだろうが」
「のらりくらり誤魔化すのはやめてくれるかしら? ヘタレのヘタヴェルくん。まだ二本目なんだから、この程度問題ないわよ。私がどれだけ戦場で仲間たちと宴会をしていたと思っているの?」
「アルーシャ姫、お体を壊しますよ?」
ダメだ、聞いてねえ。そして聞いたことがある。飲んでいる人間が言う「問題ない」「酔ってない」は全部真逆に捉えよと。
そーいや、親父もガルバと昼間から宴会して、俺とフォルナはそれ見ていつも呆れて……と思ったら、アルーシャにパーで頭を叩かれた。
「っ、い、いた、なんで殴るんだよ!」
「何、昔を懐かしんでいるような、ノスタルジックな顔をしているのかしら? ノスヴェルくん」
「…………もういいや、お前、そのまま酔いつぶれて勝手にブッ倒れてろ。ゲロは向こうで吐けよな」
「うふふふふふ、あらあら。何だか羨ましいです、アルーシャ姫とヴェルト様。遠慮のない言い合いで息もぴったりですね」
「ヴェルト君、この皮肉ゼロの純粋度百パーセントの本心を言ってくれる皇女様を叩いていいと思うかしら?」
つか、コスモスが気持ちよさそうに熟睡してるのに、俺たちはこんな所で何やってんだ?
離れた広場では、未だにキシンやマッキーたちは歌って騒いでるのに、俺たちはこんな人影もない場所で密着して……
「は~~~~~………………」
その時、アルーシャが何だか深い溜息を吐いた。
かなり強烈に香る酒の息に、俺もクラっとなりそうになるが、少し落ち込んだような顔で、アルーシャは訪ねてきた。
「ヴェルト君…………私って…………ウザイかしら?」
「はっ?」
「重いかしら? ズレてるかしら? 引いてしまうかしら? 君にとっては、別に好きでもない女にまとわりつかれているものだものね。…………アルテアさんとマッキーくんがからかうようにさっき言ってきたんだけど、でも、本当にそうなのではないかしらと、思ってしまったの」
……今頃気づいたか? ……と言ったら、まずい気がする……言葉を選ばねえとな。
「まあ、なんだ? 正直お前のこと好きかって聞かれたら……恋人になってくれとか言われたら、断ると思うけど……でも、いや、まあ、そこまでウザイとかは思ってねえよ。お前には色々と救われたし、ブスならあれだけど、お前、ツラは普通に美人だし、男としては悪い気はしないけど…………あれ?」
「ひっぐ、う、う、………………うえええええ~~~~~~~ん」
「あ、あれ? フォローしたつもりなのに!」
あれ、おかしい! やんわりと言ったつもりなのに、なんか膝抱えて号泣されたぞ!
「ヴェルト様、それはヒドイです! アルーシャ姫は、コスモスの弟か妹を作ってくださる方ではなかったのですか?」
「お前の注意もかなりズレてるけど、つーか、お前は黙ってろ!」
つーか、仮にも、クールビューティー名乗るんなら、こんなことぐらいで号泣すんなよな?
どんどん誇り高きお姫様が遠のいていくぞ?
「本当にひどいわね、君は。サイテーよ」
「あっ?」
「兄さんはね……女性にとてもモテるの。告白なんて腐るほどされているわ。そして、兄さんはね、格好良くフルのよ? たとえば『僕のような血に汚れた人間に、恋をする資格はありません』とか、『君が汚れてしまうから』とか、『僕の果たすべき使命のため、今は誰か一人を愛することはできません』とか本当にタチが悪いの。そんな言い方されると、自分に何か問題があるわけじゃないんだって女の子も分かっちゃうから、だからフラれて余計に女の子は兄さんを好きになるの。いつか振り向かせようって、未来に希望を抱いて」
カッコいいのか? それ。中二病過ぎて、ウスラ寒くて爆笑しそうなんだけど。
「なのによ? 君は……恋する乙女に、お前のこと大して好きじゃねーしとか平然と言うし! 普通に誰かさんに未練タラタラだし、挙げ句の果てにパッパになるのも、まっいっかみたいなところもあるし!」
「知るか、んなもん。そんな男を好きになった、お前が悪いんだろうが!」
「そうよ、悪かったわね、私が悪いのよ! 何か文句があるのかしら!」
そう言いながら、アルーシャはヤケ酒を更に飲み始めた。いい加減まずいんじゃねえの?
「アルーシャ姫、もうそれ以上はおやめになった方が……」
「だいじょーぶよ、まだよっれないわよ」
エルジェラの言う通りだが、聞く耳持ってねえ。
帝国の姫がアル中になったなんて、笑いもんだぞ?
だが、興奮したアルーシャは、さらに目がかなりヤバイことになりながらも、俺に隣で密着して絡んできた。
逃げようにも、反対側からはエルジェラに押さえつけられ、暴れようとするとコスモスが目を覚ますだろうし……
「キスしたくせに……私に、キスしたくせに……どうして、フォルナやウラ姫とさっさと結婚してなかったのよ……キスしたくせにキスしたくせに」
「あ~、もう、うるせーなー、つーか、キスなんてしてねーだろうが! 事故チュウのことなら、ノーカンだろうが!」
「あ゛? 君は何を言っているのかしら、事故であれ、チュウがついてるものにノーカウントなんてありえると思っているのかしら? 女の子の方から言うならまだしも、男から言うなんて、それこそ減点発言よ!」
「知るか、んなもん! 俺からすりゃ、ノーカンなんだよ、ノーカン、ノーカン!」
だが、その発言がどうやら、酔いどれアルーシャに火を付けたらしい。
「あら、そう! そうなの。ふ~ん、そうなの。分かったわよ。なら、あれはノーカウントで構わないわ」
と言いながら、物凄い眼光で俺を睨んだかと思ったら…………
「あ、のみすぎてあたまがくらくらしてきたわ~」
物凄い棒読みとともに、俺の頭をガッシリ掴んで、俺の唇を…………
「んんんんっ!」
俺の唇が……喰われた……
「ぷはっ!」
「………………お、おま…………」
「まあ! アルーシャ姫ったら……」
突然すぎて反応できなかった俺に対して、アルーシャは「どうだ」とばかりに俺にガンつけて来た。
「今のは事故。ノーカウントよ」
「て、テメエ、ふざけっ――――」
「ん~~~~!」
また喰われた。
「んっ! はあ、はあ、……これもノーカウント」
「てっ――――――」
「んん…………ふう…………これも、カウントゼロよ」
「ゴッ――――――」
「もうっ、さいってい! これも、ん、これも、ん、これも、ん、これも! 全部、ぜ~~~~~んぶ、カウントゼロ! ノーカウント!」
もう、頭が真っ白になりすぎた。
こんな感覚、こんな連続は、事故もクソもなく、フォルナとウラ以来の連続攻撃で……って意外と経験あるが、それもあくまで幼い頃の話。
思春期絶頂時にやるのは、絶対におかしい行為でありますですがどうなってりなん、やばい、頭の中でも言葉が回らない。
「はあ、はあ、はあ、ざまーみなさい! つつつつ、つまり、そういうことなの! 一回でも十回でも同じなの。君はたった一回だったからというとんでもない理由でノーカウントなんて言ったのよ? それがどれだけ傷つくことが全然理解していないと、そういうことなのよ! そして、そそそそし、て、つまりね、ノーカウントなの! だから、そんな顔しないの! 君の望む通り、それならそれでノーカウントでもいいと私が言っているのよ! でも、その代わり、これは分かりなさい!」
真っ白な俺に、アルーシャ色を侵食させるかのように、頭を鷲掴みにされて、今度は喰われるのではなかった。
「ん~~~んんんんんん! んんんんッ!」
蹂躙された。
熱烈なそれは、頭ごと押し付けるかのように俺に吸い付いてきて、俺たちは同じ唾液を交換し合っているかのように……二年ぶりだ……女の子の舌……
「ぷはっ……これは……カウントワンなんだから……」
「こ……こわ……」
「もういや……こんなのが初めてなんて、ロマンチックの欠片もない……さいてーよ……でも、こんなことにずっと踏み出せないでいたなんてね」
マーキングキッスというものらしいが、もうなんか、怖くて普通に俺はビクついてしまった。
これは、あれだ! あの時だ! 十歳の頃に、ギャンザに犯されそうになった日を、俺は何故か思い出して……
「~~~むう、ヴェ、ヴェルト様!」
「あっ? んぐっ―――!?」
「ちょっ、エルジェラ皇女!」
いきなり呼ばれてエルジェラに振り返ると、エルジェラが俺に唇を何の前触れもなく吸い付いてきた。
数秒重なりあった唇を離して、エルジェラはイタズラした少女のように笑った。
アルーシャも驚いてる。
「私も、カウントワンです♪ ふふ、何だか、もっと幸せになりました」
「ちょ……もう、ちょっと待てお前ら……頭痛くなって、なんか気持ち悪くなってきた……」
悪い、俺、もうカウントいくつか分からねえ。
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