第250話 おろ?

 夕日が沈み始め、青い海が赤く染まり行く中、海面を凍らせて海の上を歩く俺たちの足元は、どす黒く滑りのある足場となっていた。

 青と黒の境界線はあったはずなのに、それに気づかなかった。見渡す限りに広がる海がソレだった。

 よく、川が汚いとかそういう話はあったが、海がここまで死ぬものなのか? 思わずゾッとするような光景に、鳥肌が立った。


「んで、あれか……」


 だが、体の底からゾッとしたのは、海を見たからだけではない。

 それは、俺たちの視界にようやく入った島……いや、これを果たして島と呼べるのか?

 見えてきたのは、海岸線に砂浜すら見えない、腐敗した瓦礫や建造物の破片、難破した船の残骸など散らばり、それが山となっている世界。

 島の広さは大してでかくない。運動場と校舎を含めた学校の敷地ぐらいだろう。

しかし、元の状態がまるで想像することができない、この海に浮かぶ異物は、俺たちの想像を遥かに絶する世界だった。


「ただのゴミ山なのに、なんか怖いな」


 ゾッとした。

 こんなものを見ると、環境保護団体が黙っていないもんだが、この完全に諦めたかのような世界は、これまで戦争という地獄を見てきたみんなも、初めて見るような世界だった。

 そして、何よりも恐ろしいことは、こんな死んだ世界に、本当に人が住んでいるのか? ということだった。


「ヴェルト君、あまり不用意に歩かない方がいいゾウ」

「ん? そりゃ、どうして?」

「この苛酷な環境化、この近海には突然変異した海獣なども多発するという噂だゾウ。まあ、用心に越したことはあるまい」


 そりゃそうだな。こんな所に居たら、仮に生息できてもまともに育つはずがない。

 相当グロテスクに育った化け物を想像しちまうってもんだ。


「ゴミ世界。ゴミゴミゴミゴミ………ゴミだ」

「は~、ワイもダラしないほうやけど、ここまで身の回りのゴミを放置できるんもすごいわ」

「いーや、ジャックよ、ユーのルームもベリーダーティーなはずだ。……ビフォーのライフではな」


 足の踏み場もねえこの島のどこから上陸すれば? 結局はゴミを足場にして踏み越えていくしかなさそうだ。

 まあ、俺はふわふわ浮けるけど。


「朝倉くん、ずるいわ!」

「ゴミ、私に散々飛行をさせておいて、肝心なところは自分ひとりだけ浮く気か?」

「ええい、離せ。こんなの踏んで歩いて足くじいたり捻ったりする方が嫌だ」

「君の能力なら、私たち全員浮かせることできるでしょ」

「がぶうううう!」

「だ~、もう分かった分かった。ほれ、あんまジタバタすんなよな? おい、ユズリハ……おまえ、なんかアマガミになったな」


 とりあえず、あんまりこの島の上を歩きたくないんで、ぷかぷか浮かびながら島をとりあえずグルッとしよう。

 俺が全員をふわふわさせようとした。

 しかし、その時だった。


「ん!」

「……少し、大きいゾウ」


 氷の海面に振動が伝わった。斜め前の氷にヒビが入った。

 何度も何度もぶつかる音と共に揺れ、明らかに自然の現象ではなく、何かの生き物が海から海面に顔を出そうとしているのが分かった。

 そしてついに、氷の海面の一部が粉々に砕け、海中から鯨のように巨大で、蛇のように長く太く、巨大な口を広げて威嚇する、真っ黒い生物が顔を出した。



「あれは! 恐蛇・アナコンザウルス! ……なのかしら? っ………」



 人間どころか、巨大なサメすら丸呑みできそうな巨躯。

 だが、俺や綾瀬がゾッとしたのは、その巨大さではなく、その変貌してしまった異形な姿。


「ところどころ鱗が剥がれ落ち、まるで汚染されたかのような斑点……爛れた皮……こんな状態で、よく生きて……」


 かなり気性が荒そうで、俺たちを威嚇するようにネットリとした目で見下ろし、一瞬の隙をついて捕食する気か?

 さすがに蛇はあんま得意じゃないが……まあ……このメンツなら。


「あ゛?」

「ん゛?」

「OH~」


 カー君、ジャック、ミルコの三連睨み。

 並みの生物なら恐怖のあまり野性の本能で逃走しようもん……


「キシャアアアアアアアアア!


 あれ?


「ぬおっ!」

「ちょっ!」

「あら?」


 意外なことに、アナコンザウルスは口あけて俺たち全員に飛び掛ってきた。

 あぶな! 反応が遅れて喰われるところ……


「ギシャアアアア!

「げっ! ふわふわ緊急脱出!」


 回避したと思ったら、急に顔を俺に向け、巻きつくように方向転換して飛び掛ってきた

 上空へ危うく緊急回避。正直、かなりビビッた。


「ちょっ、なんなの! 威圧しても全然怯まないじゃない」

「ちょっと、パナイんだけど、どうして?」


 威圧しても一切怯むことなく飛び掛ってきた大蛇に面食らったが、カー君たちはこの状況を冷静に分析した。


「ふっ、空腹か、それともこのような死んだ海で生存し続けて、本能を壊しているようだゾウ」

「せやな。感覚がぶっ壊れとる。こいつ、ワイらのことも多分見えてへんわ。ただ、目の前に飲み込めるもんがあるから飲み込もうとしてるだけや」


 野生の危機感知能力など、とうに壊れている。

 恐怖という概念が壊れるほど、この死の世界に毒されている。

 見ていて哀れなもんだな。


「おーい、カー君か村田君、どうにかしてよ。俺の重力魔法じゃ全員海にパナイ沈んじゃうし」

「なに、心配いらぬゾウ」


 カー君が足で軽く海面をかく。まるで牛や馬がダッシュ前のストレッチをしているような姿だ。

 大蛇が暴れ周り、そしてその標的にカー君の姿を捉えた。カー君を丸呑みしようと直線の伸びで飛んだ。

 すると……


「有象量象!」


 カー君の身に纏ったオーラ? 魔力? が目に見えるほど輝き、そして広範囲に広がった瞬間、そのオーラが巨大な象の群れのような形になり、一斉に大蛇へと突進して、向かってきた大蛇をバラバラの肉塊にした。


「うえっぷ。すごいけど、容赦ないな~」

「ふっ、これが弱肉強食の世界だゾウ」


 実に実感のこもったセリフでキメてくれるカー君。

 だが、のんびり賞賛している場面じゃなさそうだ。


「キシャアアア!」

「グリュギャアアアア!」

「バギュラアアアアア!」


 なんか、次から次へと俺たちの上陸を阻むように、異形な巨大海洋生物たちが海中から出現してきた。


「うっわ、グロ」

「しかも、仮に捕獲しても全然食べられなさそうなのが、パナイやだね~」

「まだヘドロの海の中のほうが安全なものを」


 しかし、最初は驚いたが、所詮は二番煎じ。

 負ける気は全くしなかった。


「ふわふわ空気弾!」

「アイスワールド!」

「Are you ready?  波乗りビッグウェーブ!」

「いくでー! ドラゴニックスーパーデリシャスグレートマックスパワートルネードコークスクリューブローや!」


 邪魔するなと、今度は真っ直ぐ歩きながら、群がる海獣たちを蹴散らした。

 空気がはじける音も、氷付けにされる海獣も、巨大な津波に飲み込まれるものも、なんかすごいパンチでぶっとばされるのも、どちらにしろ俺たちのそこまでの脅威にはならない。

 案外楽勝で島の上陸までたどり着けそうだ。ユズリハなんてジャックポットの背中で寝てるしな。

 だが、その時だった。

 俺たちの前方に巨大な影が現れた。

 これは、後ろ!


「ちっ」

「わお! ビックリ、後ろからとかパナ!」


 背後から忍び寄ってきたのは、巨大なゾンビのようなイカ!

 巨大な十本の足が俺たちの体を細くしようと伸びてくる。

 だが、俺たちはあわてることなく、冷静に回避して反撃に出ようとした。

 すると、その時だった。



「ングラウエウイアア!」



 なんとも言えぬイカの奇声と共に、イカの頭部が爆発した。

 これは、砲撃?


「おお、ちょ、見てみ! なんか、向こうに船が見えるよ!」


 加賀美が指差す方向に、確かに船が見える。

 そして、船の船首の部分から上がる煙。砲撃はあの船か? 俺たちを助けてくれたのか?

 だが、それよりもあの船……


「なんか、可愛い船だな~」

「うん」


 船は大してデカくない。恐らく乗員は数名程度だろう。

 だが、小さいながらも船の外観は実にしっかりしている。

 しかし、俺たちは船についてどうこうより、むしろ船の帆のほうが気になった。


「あれは……アゲハのバタフライ!」


 カラフルなアゲハ蝶がデカデカと飛び交っている絵が書かれた帆。

 所々、ハートマークも見える。

 あんなの航海に出ようとしても気が抜けるだろうが。

 だが、俺たちがノンビリ旗に目を奪われていると、砲撃の爆炎の中からイカが断末魔のような叫びを上げながらも、その足を最後の力を振り絞るように、俺たちに向けて伸ばしてきた。

 だが、それと同時に、離れた場所の船から一つの影が海へ飛び出した。


「ぬっ!」

「あ、えっ、えええええ!」


 その小さい影は明らかに人影。

 その人影が船から飛び降りてこっちに向かってくる。

 とてつもないスピードで。しかし、どうやって? 泳いで? 違う。



「か、海面の上を走ってやがる!」



 そうか、片足が沈む前にもう片方の足を前に踏み出し、その足が沈む前にまた足を前に踏み出すのか! んな、アホな!

 だが、事実その人影は疾風のごとく駆け抜け、そして最後には飛び跳ねた。

 格好は紺色のお洒落甚平で、足には雪駄、頭には手ぬぐい、そして腰元に携えているのは、紛れもなく日本刀。

 それは、老いた一人の亜人だった。



「宮本剣道・瞬天抜剣!」



 刀の鍔の音が鳴り響いた。


「あっ」

「えっ!」

「う、そ」


 抜刀の構えから刀を抜いた瞬間を追いきれなかった。気づけば既に事を終えたのか刀は納刀したまま。

 巨大なイカは一瞬で両断された。


「この剣は、まさか!」

「う、うそおおおおお!」


 驚いたのは、海を走ってたからでも、あまりの剣撃に驚いたからでもない。

 現れた、枯れ枝のように細い腕と、小さな体からは想像も出来ないほどの鋭さを見せた老亜人に驚いた。



「大丈夫だったかのう、おぬしら。この近海はこのような大型種がウロウロして……おろ?」



 おろ?


「宮本!」

「宮本くん!」

「みやもっちゃん!」


 それは紛れもない、宮本だった。


「ええええ! ってか、ええええ! あさく、いや、あやせさ、え、かがみく、えええ! なんか、色々な意味でえええええっ!」


 落ち着いた侍老人が一瞬で目玉が飛び出るぐらいのテンパりを見せて、つか、そこらへんはムサシに似てるな。

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