第八章 新たに紡がれる仲間と家族、そして天使な娘

第249話 みんな便利

 風景が次々変わっていく。

 雲を突き抜けて、地上を見れば、広がる大草原が見えたかと思えば、すぐに森林、かと思えば山を越え、あっという間に前方には広がる大海が見えてきた。


「はや……こんだけパナイはやく移動できるんだったら、そりゃー、亜人大陸から人類大陸来るのも楽勝っしょ」

「そうでもないで~、亜人大陸のワイらの国の上空には常に竜騎士が警備しとるからな。まあ、その点、人類大陸まで来たら、後は楽勝やけど」

「つかさ、ユズリハやジャックポットみてーなのが居たら、簡単に人類大陸攻め落とせるんじゃねえの?」

「ふふ、そうね。でも、彼らが特別なのよ、朝倉くん。ここまで能力の高い竜族や竜人族は、本当に世界でも数える程しかいないもの。現に神族大陸を攻める亜人の軍にも、有名なのは二人ぐらいしかいなかったと思うし。私も名前しか知らないけど」

「ほ~、アルーシャ姫よ。それはエロスヴィッチの配下の二人か? 懐かしいゾウ。まだ生きておったか、あの二人」

「ああ、あの『百合竜』と呼ばれたドラゴンなら、ミーも知っているね」


 今、気づいたんだが、俺は自分の能力で風圧や気流の流れをコントロールして、何とかふっとばされねーように堪えられてるが、みんな余裕でドライブを楽しんでいるような感じで談笑してる。生身なのに、なんか不公平じゃねえか? 


「しっかし、もうすっかりエルファーシアが見えなくなったな~。なんかあっという間だな」

「そうね。でも、先生と会えてよかったわ。姿かたちは変わってるのに、昔の姿が鮮明に思い出せたわ」

「あっ、それはパナイぐらい同意。つか、俺、緊張したし」

「ミーも、会えて良かった」


 確かに、あの場にいた俺たちは本当に昔に戻っていた。姫も犯罪者も鬼の肩書きなんてなく。

 それを全部受け入れ、なおかつ背中を押し出してくれた。

 心も、相当軽くなった気がした。


「でも、ハナビちゃんって可愛かったわね~。あんな妹がいたらな~」

「当たり前だ。俺はハナビが居たからこそ、兄貴であることを嬉しいと思ったんだ」

「そうね、ハナビちゃん……幸せね。両親から深い愛情、ちょっとイジワルだけど、家族思いのお兄さんもいるしね」

「お姉ちゃんもいるぞ? ウラも、ハナビにだけはデレデレだからな」

「ふふ……私も兄さんには小さい頃よく甘えてたから、お兄ちゃんって存在は嬉しいわね」


 確かに、家族っつうのも不思議な感覚だな。

 俺は前世でそれほど家族の繋がりを意識しなかった。

 それなのに、あの空間を温かいと思い、かけがえのないものと思った。

 もし、神乃にこだわることがなければ、俺はずっとエルファーシア王国に住んでただろう。

 そして、先生の願い通り、多分ウラと結婚して、子供でも作って……

 なんだか、死ななきゃ体験できないことばかりだな。


「……そういうもんなんだな……」


 思わず笑っちまった。


「朝倉くん?」

「ん? いや、なんだろうな……後悔先に立たずっていうか、死んでから分かることが色々あるなって……」


 親父とおふくろが死んで、もっと甘えれば良かったと思った。

 だが、それよりも前に、前世でももっと父親と母親と向き合ってれば、何か色々なことが違ったのかな?

 それこそ、もう後悔したところで意味のないものだが、不意にそう思っちまった。

 別にもう前世に未練があるわけじゃねえが、「もしも」を考えちまったな。まあ、神乃の件は除いて


「……って、なんだよ? 綾瀬、ジト目で……」

「……ねえ、朝倉くん、ひょっとして……美奈のことを考えてた?」


 いや、確かに最後の方で考えたけど、何で分かるんだよ。


「君の前世って、それしか未練がないのかしら? まあ、君らしいけどね」

「あんだよ、悪かったな。つかお前は? 加賀美やミルコのことは色々聞いたけど、お前のことは聞いてないからよ」

「あら? 嬉しいわね、朝倉くん。当時君に仄かな思いを寄せていた女の過去が気になるのかしら?」

「その勝ち誇ったような笑みはやめろ、別に、話の流れだよ」


 まあ、確かに気になるといえば、気になった。

 加賀美は未練タラタラ。ミルコの場合はこの世界でもロックやって、何だか充実している気がする。

 十郎丸がどうだったかは、ジャックポットの記憶がどうにかなりしだい聞けるが、綾瀬には聞いたことがない。

 前世でもこの世界でも、相当ハードな人生だったとは聞いたが。


「でも、前にも話したじゃない。忙しい毎日だったからね。でも、うん、未練と聞かれればあるかしら。やはり、父さんと母さんに何も言わずに死んでしまったこと、楽しみにしていた小説の続きが読めなくなったこと、テニスで全国制覇ができなくなったこと、行きたい大学もあったし、なりたい職業だってあったわ」


 まあ、そうなんだろうな。

 俺も、加賀美もミルコも黙って聞いていた。

 何よりコイツは、リア充の加賀美の強化版みたいなやつ。

 ただ友人や慕うやつが多かっただけじゃなく、能力も高かったから、見えている景色や世界も違ったはず。

 色々な未来や可能性が一番あったやつでもあるわけだ。

 だが……


「でも、そうね……一番の未練は……」


 すると、急に上目遣いで俺との距離を詰めてきた。


「好きな人に、告白できなかったことかしら?」


 うっ! い、いきなり俺の体温が上がった気がした。


「ひゅ~、アグレッシブ綾瀬」

「ひははは~、いいねいいね~十代は。青春なんてとうに過ぎた俺たちには、パナイ目の保養」


 おい、綾瀬も自分で言っておいて恥ずかしそうに顔を赤くしてんじゃねえよ。

 だけど、その目はまっすぐ俺を見て、目をそらさねえから、俺がそらした。


「でも、まあ、今は今で……とても大切な人生を過ごしてるわ……」

「お、おう、そうか」

「ええ、そうね」


 くそ、こういうときだけ、加賀美やミルコは俺をガキ扱いしてニヤニヤ。

 ジャックポットも「ええの~、あんさん」とか笑ってるし。

 いや、カー君! その「若いものはええの~」みたいな年寄りくさいのはどうにかしてくれ!



「……………………………………………ふん!」



 うおっ! あっぶね! なんか急にユズリハの体が大きく左右に揺れて落ちそうになった。


「あっぶね」

「びっくりした……ユズリハ姫、どうされたのですか?」

「……知らん……なんか落としたくなった………いや、うそだ。今のは事故だ。だから怒るな」


 ムクレテそっぽ向くドラゴン。だが、まあ、いい具合に場をごまかしてくれて少しホッとした。

 少し甘ったるかった空気か飛び、何だか気づけばもう周りは海一面でどこらへんを飛んでるのかも分からなくなっていた。

 それからも、俺たちはくだらない話や、それぞれの話題を振って時間を潰していた。


「しっかし、随分飛んできたけど、本当にこの先に島なんてあるのか?」


 昼頃に飛んできて、しばらく談笑していて、もうどれぐらい経ったかは分からないが、まだ島も陸地も見えない。

 気づけば、青い空と青い海の景色が変わり、沈みゆく夕日が辺りを赤く染めていた。


「確かに、船なら何日もかかる距離だけど、これほどのスピードで来ていたらそろそろ見えてもおかしくないわね」

「だね、方角さえ間違ってなければ」


 目を凝らすが、俺たちにはまだ水平線しか見えない。

 まだ、それなりに距離があるのか?

 そう思ったとき、ミルコとカー君、ジャックポット、そしてユズリハが反応した。


「うっ!」

「ぬううっ!」

「な、なんや!」

「くさっ!」


 えっ? どうしたの? ユズリハも急に空中でストップした。


「お、おい、何が……」

「うむ、島が近いゾウ……相当の悪臭がこの距離でも感じるゾウ」

「YES。ここからストレートに行けばある」

「あっ、ほんまや! 島や!」


 すげーな、異種族の感覚って。

 だが、言われた方角をよーく目を凝らしてみると、確かに前方に何かが浮かんでる。

 あれが、島か?


「おい、ゴ、ゴミ! むり! むりむりむり! お願い、むり! ダメ! これ以上、いきたくない!」


 そ、そんなにか? ハッキリ言って全然わからないが、みんなが言うならそうなんだろうな。

 さて、さすがに尻を叩いて無理やり行かせるのも可愛そうだし、どうるすか?


「とりあえずさ、マスクでもするっしょ」


 って、なんか加賀美が当たり前のようにポケットから白いマスクを……って、懐かしいッ!


「おお、なんやこれ!」

「マッキー、これは何だゾウ?」

「これはマスクっていってね、こうやって耳に引っ掛けて口に付けるの、ほら、これで少しは軽減されたっしょ?」


 いや、何でお前、そんなの持ってんの?


「準備いいわね、加賀美くん」

「花粉症対策でね、開発したんだ」

「クズ、私にもそれ貸せ!」


 つか、黒スーツにサングラスに白マスクって……まあ、いいけどさ……


「ユズリハ姫もこれ以上は無理そうだし、ここからは歩いて行きましょう。それほどの距離はないみたいだし」


 その瞬間、綾瀬が普通にユズリハの背中から飛び降りて、海に落下していった。

 だが、俺が驚くよりも早く、綾瀬が何か詠唱を始め、そして手を海にかざした。


「シーアイス!」


 綾瀬が着地した半径十メートル程度が氷の地面と変わった。


「私が海を凍らせながら歩くわ。これで島まで行きましょう。島の近海はヘドロみたいだけど、海面を凍らせれば問題ないと思うし」


 ああ、そーいや、こいつ天才だったわ。


「でも、マスクでも完全に匂いは消せないけど、どうする? 近づけば近づくほどパナイぐらいヤバイっしょ?」

「心配いらん。空では無理だが、海の上であれば、何とかなる」


 次に飛び降りたのはカー君、着地と同時に綾瀬が作った海氷に何かをした。


「アイスミント!」


 なんか、カー君が歩く周りにだけ、巨大なハッカが氷の形で咲き乱れた。


「小生の周囲に清涼感のある植物を咲かせたゾウ。これで匂いも誤魔化せるゾウ」


 わお、便利な能力。


「グッドだ、ミスターカイザー。ならばミーのソングは、さらなるパフュームをワールドに!」


 今度はミルコが歌いながら落下していく。

 すると清涼感あるミントの香りがさらに強化されて俺たちの周囲に包まれていく。


「ああ、疲れた~」

「はは、すごいやんか、みんな。ほれ、ユズリハも、よーがんばった。ワイの背中で寝とれ」


 竜化の解除されたユズリハがバテバテでジャックポットの背中にしがみついたまま、二人も降りていく。

 俺はぽつんとふわふわ空を浮かびながら、ちょっと黙ったままだった。


「あら? どうしたの、朝倉くん。やけにおとなしいわね」


 いや、お前らがすごくて、やることなくて、どうしようもないだけだよ!

 や、別に役に立たなくて凹んでるわけじゃないんだが。

 とにかく、行くのも困難とか言われてた島には、予定よりも早く、予定よりも簡単にたどり着きそうで、俺たちは問題なく足を前へと進めた。

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