第237話 現状とこれから

「そんなことが……まさか、神族の真実に、そんなことがあったなんて……」


 言葉だけとはいえ、一通りの真実を聞いた綾瀬は、やっぱりかなり戸惑っているようだった。


「タイラー将軍が……オルバント大臣が……いえ、聖騎士たちがまさかそんな計画を……」

「あのキモ豚大臣もテメエのとこの人間だろ? なんかそういう空気は全然なかったのか?」


 と言っても、俺もタイラーのことはガキの頃から知っていたが、そういう様子はまるでなかったけどな。


「しかし、それで亜人や魔族を滅ぼさせないために、世界征服とか、そういう発想に至る君たちも君たちだけどね」


 綾瀬からしたら、今日一日で何度驚いたり衝撃の真実を知ったりしなければって感じだな。

 もう、表情が色々と疲れてきているな。

 だが、そんな疲れた状態でも、綾瀬は一つの疑問にたどり着いた。


「この真実をフォルナは……」

「知っている」

「そう……それと、もう一つ。その、聖騎士、聖王……それと……」


 そう、この真実を知る者はまだ居る。

 いや、居なければならない。

 それは、組織で言うなら、聖王が社長。

 聖騎士が部長。

 ならば、まだ足りない役職が存在する。

 取締役だ。


「聖騎士が仕える各国の王も……この真実を知ってると見て、間違いないのかしら?」


 多分そうだろうな。ちなみに、表情の曇る綾瀬が今思い浮かべている人物、それは、アークライン帝国の皇帝。つまり、この世界での綾瀬の実の父親のことだろうな。

 そして、俺にとっての近しい存在といえば、一人。


「タイラーはそこらへんはボカしていた。だが、エルファーシア国王も知ってるだろうな」


 もちろん、まだ可能性の話だ。あのお人好し過ぎて王に向かないあの国王が、俺の知らないところでそんな考えに苦しんでいたとは思いたくねえ。

 何よりも、鮫島との問題があったとき、ウラを救ってくれたのは、国王のおかげだったから。

 だが、正直問題はそこじゃねえ。


「綾瀬。色々あるだろうが、正直な、もうそれはどうでもいいことなんだよ」

「……朝倉君?」

「俺たちは名探偵でも刑事でもないんだ。真実を解き明かすことも、それを白日の下に晒すことも、何の意味もねーことなんだよ」


 そうだ。真実を追究してそれを世界に公表するだけで問題が解決するなら、そんな簡単なことはない。

 問題なのは、それをやってしまったら、魔族と亜人の反感を買い、滅ぼされるのが人類だから困るんだ。


「だから、俺たちのやることは一つだけだ。この世を征服し、根本的な争いの根を絶つ。馬鹿みたいな提案をしたのは加賀美だ。だが、馬鹿みたいな提案を選択したのは、俺の意思だ」


 それが、亜人にも魔族にもつながりが出来ちまった、俺の出した答え。


「綾瀬。テメエはどうだ?」


 そのたどり着いた答えが交わらなかったから、俺は俺の記憶を失ったフォルナと相対することになっちまった。

 それは、真実を知ったこいつも同じじゃないとは言い切れねえ。

 どうする? その問いかけに、綾瀬は目を瞑った。


「………なるほど、フォルナ……つらかったわね……苦しかったわね……」

「綾瀬?」

「そんなこと、それこそ君との記憶を消さない限り、できるはずないもの」


 なぜ今、フォルナの名前が?


「もし、フォルナがあなたとの記憶を忘れていないままだったら、そんなこと絶対に出来るはずがなかったでしょうね。なぜなら……フォルナにとって異種族よりも、人類よりも、国よりも……、君のほうが大切だから」


 自惚れるわけじゃねえが、綾瀬の言ってることは多分そうなんだろうと、俺は頷いた。

 タイラーも、国王も、多分そのことを気にかけていたのかもしれねえ。


「そして困ったことに、私は君のことを忘れていない。本当に困ったわね」


 困った困ったと言いながら、何だかどこか切なげに微笑む綾瀬。

 それは、王族の見せる表情じゃねえ。歳相応の、高校生の綾瀬が見せていたような笑みだ。

 だが、今度はすぐにガラでもねえのにイタズラの思いついたような表情を見せた。


「朝倉君、君たちの案なのだけれど、一つ大きな穴があるわ」

「なに?」

「それは、世界征服する組織というより国を神族大陸に作るなら、当然、将来的には君の意思を継ぐ子も必要でしょう?」

「俺はバツイチなんで」

「あら、バツイチ子持ちぐらい気にしないわ」

「いや、そんな、どやァって感じのドヤ顔されても困るんだが」


 そんな穴は見なかったことにしようと、俺はドッと疲れながらも、それは無視した。


「そんじゃ、綾瀬ちゃんは俺たちと同行しちゃうで、ファイナルアンサー?」

「ファイナルアンサーよ。まあ、それは君たちの考えに賛同するというよりは、やはり聖王の計画に賛同できないという気持ちが大きいわね。私、納得できないことはしない主義なの。全てを滅ぼすなんてマネ、絶対に見過ごせないわ」


 正直、前世がどうとかっていうのはあまり関係ないはずなんだが、それでもやはり気持ちがこう伝わるのは、嬉しい気もするな。

 やっぱ同じ境遇に居ると、そんな風になるのかもしれねえな。



「まっ、それに君たちの監視にもなるしね。世界征服といっても、やはりやり過ぎないようにブレーキをかけられる人材が居ないとね。特に、加賀美君のような非道な人は、放置できるはずがないわ」


「おほ~、怖い怖い、これだから堅物委員長さんは困るよね! パナイパナイ。でも、そういう堅物だから一度ドップリ恋にハマると暴走しがちってのはよくある話なわけだけど」


「おお~、ミス綾瀬、ならばユーの応援ソングを一曲」


「はは、ええやん。ワレどんな歌を歌うんか、聞かせてみい」



 あっ……なんだ?

 いま、一瞬だけ、高校時代の制服着た、前世の頃の俺たちの姿が一瞬だけ写った気がした。

 もう二度と戻らない生活だ。

 でも、世界と魂を越えて俺たちはこうやって再び……



「くはははは……宮本や備山もいりゃ……同窓会だったな……」



 先生……鮫島……俺たちはここに居るぞ?

 そう、教えてやらないといけないなと、俺はふとそう思った。


「おい、ゴミ。お前たち、どういう繋がりだ?」

「ん? いや、ん~、遠い遠い旧友ってところかな」

「ん? ん? ん~、ゴミはいつも思わせぶりなことばかりだ。正直、ムカつく」

「くはははは、まあ、そう言うな。俺たちの間柄はあんまり……簡単には言えねえんだよ」


 ユズリハだけじゃねえ。多分この世界の俺たち以外には絶対に理解できない関係。

 誰にも理解されないからこそ、俺は誰にも言ったことはない。

 いや、一人だけ……フォルナには教えたことあったっけ?


「ユズリハ。カー君。まっ、今度話してやるよ。別に隠すことでもねえしな」


 まあ、どうしても隠さなきゃならねえわけでもねえし、構わねーか。


「さてだ。とりあえず今後についてだけど……綾瀬ちゃん。俺も監獄の中に居たからこの世界について、少し疎いんだけど、実際のところ今の世界の勢力図はどうなってんの?」


 歓迎会の前に、まずは現状確認。歓迎会はその後だ。

 加賀美の真面目な問いかけに、綾瀬も表情をキリッとさせて返してきた。



「正直なところ、神族大陸に駐屯している兵達の間での小競り合いは続いているわ。小さな砦や領土の奪い合いは、無くは無い。でも、国全体が軍を動かす大規模な戦争は無くなっているのは事実よ」


「やれやれ、まさか本当にそんな世界になっているとは驚きだゾウ」


「まっ、それでもいつ何が起こるか分からない。だからこそ、神族大陸の人類大連合軍総本部を始めとした要所には、常に交代で光の十勇者を筆頭に、主要な軍で警備に当たってるわ。今の時期は、フォルナ、バーツ、シャウトの十勇者三名がガッチリと前線で構えてるわ」



 かつて世界で暴れまくったカー君が、少しだけ寂しそうな表情をするのも、まあ分かる気もした。


「一番落ち着いているのは、亜人大陸よ。元々、七年前から亜人は、淫獣女帝エロスヴィッチが率いる軍だけで神族大陸の領土確保に乗り出していたから。でも、それがラブ・アンド・ピースとユーバメンシュの協力により、その勢力も徐々に縮小されていると聞くわ」


 確かにそうだ。たった四人で世界をひっくり返せるほどの勢力。

 しかし、その一人が今ここに。ママンは戦争やる気なし。むしろ平和に目覚めてる。

 そして、唯一この状況を打破できそうな武神については……


「あの父も、正直やる気ない」

「せやな~。なんや、シロム襲撃と奴隷解放の後辺りから、すっかり隠居しとるからな~。実際、シンセン組を指揮しとるんわ、ソルシとトウシの二人やし」


 イーサムもその様。確かに亜人こそが、今のラブ・アンド・ピースの思惑にすっかりとハマっているとも言えるわけだ。


「問題は、むしろ魔族かもしれないわね」

「ん? どういうことだ?」

「魔族大陸は、実質今は五人の魔王が存在しているのだけれど、人類が情報を収集できるのは、サイクロプスのマーカイ魔王国と鬼魔族のジーゴク魔王国の二つだけ。魔王シャークリュウの死亡によりヴェスパーダ魔王国は滅び、魔王チロタンも行方不明。よって、残る国は三つ。だけど、その三つに関してはどうしても情報が得られないのよ」


 情報が得られない? つっても、ここにその種族に精通しているどころか魔王でもあった奴がいるんだけど?


「村田くん…………」

「ああ、残る三つ………『コワイ魔王国』『ヤーミ魔王国』そして………あそこだね」


 ミルコがもったいぶる、その国は? ぶっちゃけ、俺も名前だけは知ってる。その伝説も辛うじて知っている。

 だが、知っているのはそれだけだ。

 人類大陸に入る新聞には詳しいことは載ってないし、神族大陸での戦争も、正直その国はそれほど目立った動きを見せていない。


「ええ、そうよ。ジーゴク魔王国と双璧を成す魔族大陸最大最強国家。ヴァンパイアの王国。『ヤヴァイ魔王国』ね」


 ヴァンパイア。正直、会ったことねーんだよな。まあ、イメージ的なのは色々とできるが。

 ほんとキリがねえ。だが、今この場でそれをあーだこーだ言っても仕方ねえだろうが。


「そんな怪物たちが出てこようと来なかろうと、やるべきことは変わらねえよ」

「朝倉くん…………」

「どっちにしろ、行く場所は決めてんだ。あとは、行くだけだ」


 だいたい、このメンツで慎重に作戦考えて動くとか、それこそ反則だろうが。

 結局、綾瀬も加賀美も仲間を見渡して、そりゃそうだと納得したように頷いた。


「じゃあ、そろそろ行くぞ。寄るところが出来ちまったしな」

「おっ、ヴェルト君。では、さっそく神族大陸に?」


 ああ、いくつもり……だった。地下カジノに行く前は、このまま神族大陸に行くつもりだった。

 だが……


「ワリ、カー君。少し、寄りたいところがある」


 本当は、色々と問題があるんだろうけど、今の綾瀬の話で更に固まった。


「なあ、綾瀬。さっき、フォルナ、バーツ、シャウトとかは神族大陸で警備してるって言ってたな?」

「ええ、そうだけど……」

「なら、丁度いい」


 遭遇したらかなりメンドくさいことになりそうな連中が居ないんだ。

 だったら、むしろいつ行くか? 今しかねえだろ。



「温泉でリフレッシュして、カジノで金を集めて、仲間もそこそこ集まって、後は腹ごしらえだ」


「腹ごしらえ?」


「そこでそのまま新しい仲間の歓迎会だ。オススメの店を紹介してやる。メチャクチャうまい、ラーメン屋があるんだよ。俺が作るよりずっとな……」



 俺が、人生を変える一杯と出会った、あの場所だ。

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