第210話 支配者

 こいつは、最初から面白おかしくできればそれでよかった。

 部下に裏切られようと、地の底に落ちようと、特に取り乱すことも慌てることもない。

 こいつは最初から狂っているからだ。

 信じてもいない部下がいつまで経っても救出に来ないことぐらい、どうでもいいことなんだと感じさせてくれた。

 そんな出来るだけ関わりたくない奴なのに、俺はこうして探して、自らの意思で会いに来ちまった。

 俺は本当に、みじめなもんだ。


「二年ぶりぐらい? こういう形で会うと思わなかったじゃん。どしたの、朝倉君?」

「捕まった」

「はっ? 捕まった? マジ! えっ、俺sugeee人生歩んでる朝倉君が捕まった? なにそれ、マジパナイんだけど!」


 ずっと捕えられ、衛生的ではない過酷な環境下に居ながらも、こいつは随分と元気に口も良く回る。

 伸びきった髪や髭が顔中を覆い、変わりきってしまった風貌でありながら、こいつは何も変わっていないし、反省なんか微塵もしていないことが良く分かった。


「でさ~、朝倉君は何をやっちゃったの? ついに、お姫様たちを怒らせちゃった系? それって、マジパネエじゃん」


 俺の状況に興味心身で身を乗り出す加賀美に対し、俺はただ一言でまとめた。


「聖王のシナリオを知っちまった」

「……………おや……」


 その言葉が予想外だったのか、それとも予想通りだったのか、加賀美はアホみたいな声を挙げた。

 その様子を見るだけで、俺には殺意に近い想いが込み上げてきた。


「テメエの所為だ、加賀美。テメエがふざけ半分でマニーに俺が組織のリーダーとかふざけたことをヌカしたおかげで、タイラーたちがその気になった。そのタイラーが俺を説得する過程で、俺は全部知っちまったよ。世界のシナリオにな」


 ああ、そうだ。俺がタイラーの提案を断り、全てを知ってしまったことで、俺は、今ここに居る。

 その全てはこいつから始まった。

 しかし、加賀美は何一つ悪びれた様子はない。むしろニヤニヤと開き直ってやがる。


「おかげで、分かったでしょ? 戦争だ正義だと下らねえって」


 否定できないから余計にムカついた。


「この真実を知ってるのは、聖王、六人の聖騎士、そして六人の王。あとは、マニーちゃんと俺ぐらいだったんだけどね。朝倉君も知っちゃったんだ」

「もう一人居る。俺と一緒に真実にたどり着いた、魔王がな」

「ふふん………で? 合ってるかどうか答え合わせしてあげるよ。言ってミソ?」 


 二年前。俺が知ってしまった世界の真実。


「二年前まで、三種族の争いは均衡を保っていたようで、実はその軍事力の差は既に明らかだった。これまで三種族の争いが均衡だったのは、魔族と亜人が、自身の大陸を統率できていなかったからだ。それぞれ大陸内同士で牽制し合いながら人間と戦争をしていた。だからこそ、全勢力を他種族との戦争につぎ込めなかった」


 そう、本来であればジーゴク魔王国のように、一国で人類大連合軍を壊滅寸前まで追い込む力がありながら、これまでそれが出来ていなかったのは、他の魔王国の攻撃や侵略を警戒してのこと。

 それは亜人たちも同じこと。人間が大陸内を統率して全人類の総力を持って戦っていたのに対し、亜人も魔族も、一国のみで戦っていた。

 だからこそ勝てなかった。



「そうだよねん。本来、七大魔王や四獅天亜人だって、他国と連携していれば敗れることはなかったんだよね。まあ、そこらへんは人間と考え方が違うからアレなんだけどさ、あいつら人間よりパナいバカだから」


「ああ、だからこそ、実はこの戦国時代は実に簡単な構図だった。三竦みの争いに見えて、その力は均衡していない。魔族か亜人が他国と連携さえすれば、実は一番早くに人間が滅亡していたってことだ」



 そう、簡単なことだった。光の十勇者の何人かがジーゴク魔王国との戦争で犠牲になったように、人類は三種族の中で最も弱く、もっとも滅亡する可能性が高い。


「正解。聖王と聖騎士なんて、所詮は人類。人間が滅亡せずに世界に存続し続けるためにはどうするかを考えるしかなかった。しかし、戦争で勝ち残るのはほぼ不可能。だからこそ、別の案を考えるしかなかった」


 そう。そこまで言われて俺も頷き、二年前に知ったことを口にした。



「神族という第四の存在を持ちだして、争いを一時沈静化。世界の軍事バランスが崩れた瞬間に、神族が復活するという『嘘』を世界に広める。その間に、人工的に神族復活の準備を進め、神族の力を利用して、一気に魔族と亜人を殲滅すること」


「せーかい」



 そう、全ては世界のためではなく、人類が生き残るため。

 ラブ・アンド・ピースはそんな目的の下に設立された。


・三種族の戦争で一番最初に滅ぶのは人間

・人間が滅んだら、魔族と亜人の全面戦争。どちらが勝つにしても、多大な犠牲を被る。


 タイラーたちはそこを利用した。


・魔族と亜人の戦争が終われば、神族が復活して全種族を滅ぼすと嘘を広める。

・魔族と亜人はためらって、大きな戦争ができなくなる。


 しかし、神族復活という嘘を言ったところで、そう簡単に信じる連中は居ない。だからこそ、魔族と亜人の中でも主要な連中を抱き込む必要があった。


・ラブ・アンド・ピースに七大魔王クラス、四獅天亜人クラスの者を抱き込み、神族復活の危機感を煽ることにより、それぞれの種族の争いを制御させる。


 そして、争いが沈静化し出したら、後はその間に準備を進めるだけだ。



「神族の軍事力。それは、カラクリドラゴンのようなこの世界では脅威となる能力。理由は良く分からねえが、どうやら聖王や聖騎士は復活した神族をコントロールできるみたいだな」


「ああ、俺もそう聞いたよん。んで、その力を利用して他の種族を始末する。こうして世界は人間だけの世界が作られる。ひはははは、なんとも素敵なシナリオだね~」


「ああ、吐き気がするほどにな。俺にはそんな嘘を背負うことも、ましてやあいつらを裏切ることもできねえぐらいに繋がっていたってのにな」


「そう、裏切りだ。何故なら、ラブ・アンド・マニーという組織において、亜人や魔族と手を組むのは、三種族の調和のためじゃない。あくまで神族対策というお題目のもとに利用しているだけに過ぎないんだからね」



 この真実を知った瞬間、俺はタイラーをぶん殴ろうとした。

 力の限りぶっ飛ばしてやろうと思った。

 だが、その結果、俺は今こうしてここに居るわけだ。


「そっか……朝倉君、負けたんだ」

「いや、負けたわけじゃねえよ……ちょっと、色々あったんだよ」

「ひははははは、ん? あれ? でもさ、おかしくない? 朝倉君が真実知ろうが知るまいが、君がこんなところに入れられてたらさ、絶対に君の仲間たちは黙ってないんじゃない? ほら、パナい女の子たちがいっぱいいたっしょ?」

「ああ………『居た』な」


 そう、居たんだ。

 二年前までは俺にな。


「過去形? なにそれ、まさか死んじゃった?」

「いいや、生きてるよ。配布される新聞にもバリバリ活躍してるっぽいこと書いてるからな」

「……ふ~ん……じゃあなに? えっ? まさか見捨てられちゃった? 愛想尽かされた? え? マジマジ?」


 何で、目を爛々と輝かせて面白がってんだよ、こいつは。

 別に見捨てられたわけじゃねえよ。

 まあ、近いと言えば近いこともあるけど。


「なあ、加賀美。この大監獄の特徴はなんだ?」

「ん? それがどしたの?」

「この大監獄は、外部からの攻撃や侵入を防ぐために、監獄の外部を強力な魔法障壁で覆っている。だから、気付かなかったんだよ、そしてお前には影響が及ばなかった。二年前、六人の聖騎士が世界に放った魔法をな」


 その時、加賀美が首をかしげた。今日初めて、驚いたような顔をしている。

 俺の顔をマジマジと見ながら……


「朝倉君……泣いてるのかい?」

「ッ!」


 気付かなかった。俺の視界がボヤけていた。

 俺は、気づけば涙腺に涙が溜まって、少し瞬きをすれば零れそうになっていた。


「な、なんでもねえよ……」


 知った真実の他に、俺に何があったのか。俺は何を失ったのか、そのことを思い出すだけで、俺はこんなに弱くなっちまうとは思いもしなかった。

 俺は誤魔化すように頭を振って、ただ加賀美を睨むことしかできなかった。


「真実を知って、それでいて協力的でない俺は、タイラーたちにとっては脅威でしかない。そして、俺は俺でこの真実を知ったところで、この真実を公表することもできねえ。何故なら、公表した時点で人類が魔族と亜人の総攻撃を受けて滅ぶからだ」


 結局、俺には何も出来ねえ。真実にたどり着いても、それに賛成することも、反対してぶち壊すことも、俺には出来ねえ。

 何も出来ねえからこそ、俺はこうしてずっと引きこもったままになっちまった。

 そんな俺に何ができるか?


「加賀美、俺はこんな真実知らなくてもよかった。関わらなくてもよかった。でもな、全部テメエから始まった」


 俺に出来ること……八つ当たりだけだ。

 気づけば、俺の手の中には圧縮した空気の塊が渦巻いていた。


「………昔話を懐かしみに来たわけじゃなさそうだね。君が俺を探していたのは………復讐かい?」


 今更こいつをボコボコにして泣かせたところで、何の意味もない。そんなことは分かっている。


「俺はただ……神乃を探して……その後は、ただ、普通に生きていければそれで良かったんだ。なぜ、……なぜ俺を巻き込みやがった!」


 もし、ラブ・アンド・ピースのリーダーに、こいつが俺を推薦さえいしなければ、俺は何も知らないまま、自由に生きることができた。

 こいつさえ、言わなければ。


「テメエが! テメエが全部ぶち壊した! 加賀美!」


 構わなかった。こいつがたとえ元クラスメートだろうとも、俺の中にグツグツと流れるマグマみたいな怒りが、どうしても冷めることがない。

 この二年、豚みたいな怠惰な暮らしの中で、俺は悩み、何度も考え、そして最後にたどりついたのは、どうしてこんなことになったのか? それだけだった。

 一度死んだ経験もあり、この世界に思い入れも未練もないこいつを殺したところで、こいつには何の苦しみもないっていうのに。


「……………でも、殺さないのかい?」


 それでもぶっ殺してやりたい。そう思ったのに、どうして俺は殺せねえんだよ!


「くそ……くそ! くそくそくそくそくそ! 俺が何をした! 俺は、何もしなかったじゃねえかよ! 何で俺がここに居る! なんだったんだよ! ヴェルト・ジーハの人生は何だったんだよ!」


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