第209話 地の奥底での再会

「は~、本もほとんど読み終わったし、退屈だぜ。たまには外に出るか、他の奴らと話をしたいぜ」


 タイラーが立ち去ったドアを見ながら、俺も気を紛らわせるように大げさなアクビをしながら立ち上がると、看守のおっさんが注意してきた。


「だから言っているだろうが、お前は囚人なんだと」

「分かってるよ。でも、こう毎日会ってんのが、ムサイ看守たちと、たまに来る将軍様だけじゃ、つまらねえってだけだ」


 そう、俺が毎日会える奴らは限られている。

 だから、こんな刺激のない、部屋付き飯付きの生活をどう面白おかしくするか。どう変えるか。

 方法は一つしかない。味方を作ることだ。


「せ、先輩、つ、こ、交代の時間なんだな。次は、僕が引き継ぐんだな」


 豚……あっ、豚じゃなかった。人間だった。

 油まみれ汗まみれの気持ち悪い豚……じゃなくて人間。

 看守の制服を来てなければただのキモオタにしか見えない男。


「キモーメンか。分かった。ちゃんと見張っておけ」

「わ、分かりましたんだな」


 看守による監視も一人なわけじゃない。

 三勤交代制だ。

 と言っても、俺の監視なんて難しい話じゃない。

 部屋に閉じ込めてドアの前に立っておけばいいだけだ。

 この二年、俺は暴動も脱走の試みもしていないし、ハッキリ言って誰にでもできる簡単な仕事だ。


「ささ、行くんだな、ヴェルトくん」

「おお。つか、お前、また太ったか?」

「ふ、太ってないんだな。ちょっと大きくなっただけなんだな!」

「昔はウマいもん何でも食えてた金持ち貴族豚だったみたいだが、勘当されてから更に太ったってどういうことだ?」

「し、仕方ないんだな! お金なくて、最近は帝国でブームになってる、『ハンバーガー』っていうのばかり食べてたらこうなっちゃったんだな!」


 普通に生活していれば、一生関わることも話しかけることもないような気持ち悪いやつ。

 しかし、出会いがなく、退屈ともなれば、俺はこんな奴とでも話をしちまうようになった。

 ちなみに、このキモーメンというのは、帝国の貴族のボンボンだったらしいが、家の力を使ってやりたい放題し過ぎた結果、家から勘当されてしまった哀れなやつだ。

 一応、親の最後の情けで働き口だけは与えられたようだが、性格的な問題やら人間関係の問題やら多々あり、紆余曲折経てここにたどり着いたとか。

 最初は俺の警備体制も超厳重だったが、俺が大人しく、脱走もできないような環境のため、見張りもやることがないとのことで人数を減らされ、今ではやることのない暇な奴が俺の部屋の前でつっ立ってる仕事を任されることになったのだ。

 まあ、その代わり何か問題があればいつでもエリート看守たちが駆けつけちまうわけだが。

 しかし、俺がこの二年、このキモーメンとギブ・アンド・テイクしていたことは、この監獄で知ってる奴は一人もいなかった。


「はい、ヴェルトくん。腕輪の鍵を外すから」

「おう」


 まず、俺がギブしてもらったもの。それは、魔法が使えなくなる腕輪を外してもらうことだ。

 と言っても、外してもらったからって、脱走するわけでもねえ。

 ただ単に、ガキの頃からずっと『浮遊レビテーション』の魔法で日常生活を過ごしてきた俺にとっては、不便だからだ。

 だから、俺はキモーメンが監視をする八時間ほどは、『マジックジャミング』の腕輪を外すことが出来た。

 その間だけ、俺は気持ち的にもあまりストレスのない時間を過ごせた。


「でね、ヴェルトくん。つ、次の、次のなんだけど………」

「おう、俺の要望で取り寄せたエロ本……『お姉様たちの巨乳乱舞』だ」

「お、おおお、す、すごいんだな! う、うぷぷぷぷ、楽しみなんだな! こ、これ、くれるんだな?」

「ああ、好きにしろ」

「やったんだな! ずっと休暇もなしで買い物にも行けない僕に、と、とと、とっても貴重なんだな!」


 気持ち悪い奇声を聞くだけで吐き気がするが、これが俺の与えるテイク。

 貴族時代の頃、金と権力にものを言わせて女を好き放題していたこいつだが、勘当されてからそれが出来なくなった。

 そんなこいつに、俺はタイラーから俺宛に送られる物資の中に、年相応の必需品としてエロ本を要求して、それをこいつにくれてやった。

 地図にも載っていないような秘密の島の地下奥深くの大監獄のため、ここで働いている奴らは滅多に休みもなければ買い物にもいけないし、娯楽も少ない。

 エロ本一つでかなり貴重なもののようで、これをくれてやってからはキモーメンはすっかり俺に心を開いてくれた。


「けっ、エロ・イズ・ノーボーダー……江口のエロバカの言葉をこんな形で理解しちまうとはな……」


 そんなキモーメンから、前世のクラスメートの存在が不意に頭を過った。


「それよりだ、例の調べ物はどうなった? 言っただろ? 『アレ』を調べてくれなきゃ、今後の報酬は無しだってよ」

「そ、そんなことはないんだな! ちゃんと調べたんだな!」


 それと、俺の腕輪を一定時間外させる……だけではなく、俺はキモーメンを使いっぱしりにして、色々させていた。

 その一つが、監獄内の調べものだ。


「ヴェルトくんの言ってた囚人が収監されている場所、見つけたんだな。それで驚いたことに、ここが最下層の地下六十六階だとして、その囚人は六十九階に居たんだな!」

「なに? ここって最下層じゃねえのかよ! ここより下があったのか?」

「うん、僕も知らなかったんだな。どうやら、超特別危険人物は、全員その幻の六十九階に収容されているようなんだな」

「は~、なんてこった。これまで、『あの野郎』がどこに居るか、ずっと上の階を探してたってのに、まさか下があったとはな」

「今の時間は、僕がちゃんと賄賂した奴と弱み持ってる奴が当番だから、行っても問題ないけど、どうする?」

「行くさ、決まってんだろ」


 そして、もう一つがこれ。正直、これをギブされるには、相当キモーメンのご機嫌取りをしたが、今では何とかなるようになった。


「はい、じゃあ、この制服に着替えるんだな」


 俺はキモーメンが用意した看守の制服を着ることにより、限られた範囲の中だけ監獄内を徘徊することができたのだった。

 まあ、バレたら当然ヤバイわけなんだが、キモーメンも性根はクズだが心を開けば義理堅く、色々と有能だったりするのでありがたかった。

 最初は気持ち悪くて仕方ない奴だったが、裏表ない分かりやすい奴ってのは嫌いじゃないから困ったもんだった。



「くはははは、しっかし、この大監獄も年々質が低下してきてるな。まあ、本当に優秀な奴らは戦争に駆り出されるんだろうけどな」


「仕方ないんだな。それに、ここ最近はラブ・アンド・ピースのおかげで他種族の大物捕虜や、大犯罪もなくなってきたし、囚人の数もずっと減ってきてるんだな」


「ああ、らしいな。他種族の捕虜もほぼ返還。一度履歴書にペケの付いた前科持ちの奴らも、ラブ・アンド・ピースの管理のもとで更生と社会復帰。着実に世界は変わってきてるな」


「うん。これも、タイラー大将軍兼社長代理と、真勇者ロア様の功績だって、人類大陸中が言ってるんだな」



 そう、タイラーたちの真の目的はどうあれ、世界は確かに現時点では着実にいい方に向かっていた。

 さらに、魔族や亜人の大物捕虜の相次ぐ解放などもあって、他種族も今の状況を壊してまで大きな戦争をしようという空気も無くなってきている。

 部屋の中で読む新聞では、いつも『和平』だ、『休戦協定』だの単語が飛び交っている。



「果たして……奴はこの未来をどう見ていたんだろうな……」


「ヴェルトくん?」



 皮肉な笑ばかり浮かびながら、俺は看守の制服に身を包んで、キモーメンと一緒に、公表されていない更なる地下へと続く階段を下りていった。

 そこには、これまで他種族の大物が居たと思われる巨大で強固な無人と化した監獄がいくつもあった。

 無人の六十七階、六十八階、そして、明らかにドス黒い瘴気が溢れ出ている六十九階へとたどり着く。

 扉の前には、二人の見張り。


「僕なんだな」

「お、おう! キモーメン。そいつが例のか?」

「そうなんだな。それじゃあ、約束通り、二十分だけ中に入らせて貰うんだな」

「ああ、その代わり、分かってんだろうな?」

「分かってるんだな。経費の嘘報告は、ちゃんと黙ってるんだな。ちゃんとお金も払ってるんだな」

「ったく、じゃあ、二十分だぞ? 二十分」


 キモーメンの執念には恐れ入った。ここまで見事に働いてくれるとは思わなかった。

 俺は、キモーメンの『これでいいよね?』と褒められるのを待っている子供のような純粋な顔に爆笑しそうになりながらも『おう』とだけ答えて最下層の悪の深淵の領域へと足を踏み入れた。



「デカ……」



 そこにはドームのような巨大な空間。そして、その空間のど真ん中には、見上げるほど巨大な四角い鉄格子の檻が向かい合うように四つ並んでいた。

 人の気配は……一人……いや、二人か?

 まあ、誰が居ようと俺が用のあるのは一人だけ。



「くははは……居た居た」



 そいつは、全身を鎖でグルグル巻きにされ、一歩も歩けない状態のまま床に座らされていた。

 髪もボサボサで、ヒゲも伸びきっている。全身からあふれる腐臭と拷問を受けたのか、痛々しい生傷が全身に見られる。

 正直、見違えた。俺と違って、真っ当な監獄生活を送っていたのだろう。

 だが、それでも俺はひと目でそいつが分かった。



「マニーはここには二度と来ないぜ? あいつは、とっくにテメェのことを切ってるみたいだからな」



 そいつの忌々しい目だけは絶対に忘れないからだ。



「………おやおや……………こりゃ、珍客だ」



 俺の存在に気づいたそいつは、か細い声で笑った。

 だから、俺も笑って返してやった。



「よう、しばらく見ない間に、随分と男前になったじゃねえか……加賀美」



 そして、俺の……ヴェルト・ジーハの物語が二年の時を経て、再び幕を開ける。

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