第192話 魔王キシン
「待て、ユーバメンシュ! 貴様、キシン様のところへと行く気か!」
「ええ、腹を割って話をするためにねん。邪魔するなら構わないわん。私も今はまだ第三者。でもん、邪魔するなら私は大切なお友達のヴェルちゃんの味方になるわん」
ママンを敵に回す。それの意味を誰よりも理解しているのがゼツキだった。
そして、他の連中も同じ。六鬼大魔将軍の一人を指一本でぶっとばしたママンに対して腰が完全に引けていた。
だが、ゼツキもただでは行かさない。
「待て、ならば吾輩も行こう!」
それが最大限の譲歩だった。
「やはり、貴様をこの場で相手にするのは明らかに分が悪い。尋常ならざる被害を被るだろう。だが、キシン様が貴様の話を聞いて拒否されたら、それまでだ。力づくで話を聞かせようとしても同じ。吾輩が命に代えても貴様を殺す」
「いいわん。もし私が無粋なマネをするようなら、抱くなり犯すなり好きになさいん」
ありえない展開だった。戦うためでなく、話をするために魔王城に乗り込む、魔族、亜人、そして人間。
ん? 人間?
「って、何で俺が行くんだよ! 関係ねーじゃん!」
「あるわよん。だって、あなたが鍵なんだからん」
鍵?
「そう。マッキーの作り上げた、愛とお金の組織はもう必要ない。お金はもはや組織において重要な要素ではないからん」
「愛と金? ラブ・アンド・マニーのことかよ」
「ええ、そうよん。でもね、もう今度からは違うん。愛と……平和を目指す組織へと生まれ変わるのよん」
「って、ちょっと待て! ママンは乗るのかよ! 断ってたじゃねえかよ、第四勢力の話!」
「だって、うちの娘が~、前世で好きな子と現世で結ばれるなんて、とてもロマンチックな恋じゃな~い! そして共に平和な世を目指す。素敵じゃやな~い!」
「おま、ふざけんな! だいたい、いらねーよ、あんなガングロビッチエルフ!」
ふざけんじゃねえ! 何で俺があんなギャル女と!
大体、愛と平和? それって、
「新組織。『ラブ・アンド・ピース』の設立よ」
「ダ、ダッサアアアアアアアアアアアアアアア!」
俺の知らないところで、俺の世界が動き始めていやがった。
「ヴェルトくん……あなたって人は……」
「俺はもうお前が分からねえよ……」
「我らがアルーシャ姫もあいつに何だか惚れてたかだったし……あいつ、もう、何なんだよ」
「しかも、サラりとユーバメンシュの娘と結婚とかなんとか……」
「し、信じられないであります」
「そして、あの四獅天亜人のユーバメンシュ相手にあの態度はなんなり!」
「ヴェルト様! 我々は心底、あなたに付き従うでしょうが!」
いや、そこ、感動してんなよ!
つか、このまま流されるわけには……
「じゃあ、掴まって、いくわよ~~~~~~ん!」
「はっ? って、どうわあああああああああ!」
「ま、待たんかー!」
その時、俺とゼツキを両脇に抱えて、ママンが猛ダッシュ。
ってちょっと待て、すげえ風圧! つか、どこ走ってんだよ! このままじゃ、城にぶつかって……
「おほほほほほほほほほほほほ! おっほほ~のほ~~~!」
あり得ねえ……
普通は、城の内部に入って、階段を登ってくんじゃねえの?
そんで、通路で敵と遭遇して戦って突き進むのが、魔王城攻略の定番だろ。
なんで、城の外壁を直角に登ってんの? しかも手を使わずに。
しかも、途中からダッシュじゃなくてスキップになってるし!
「もう、いやだ。なんか、スゲー色々と……」
「若造よ。少し気になったのだが、ユーバメンシュの娘と結婚するのか?」
「はっ? しねーし! 何で?」
「いや、ただ、覚えておくとよい。ユーバメンシュの娘とつがいになるということは、ユーバメンシュは貴様の義理の親になるということを」
それだけはゼッテー嫌だ!
いや、ありえねえし。てか、何で俺を憐れんだ目で見てんの?
「苦労しているようだな」
「ああ。だから、楽しんでるよ」
なんか、お互い何もかもがアホらしくなって、気づいたら俺たちは互いに苦笑していた。
ママンはそんな俺たちのやり取りに機嫌を良くしたのか、鼻歌交じりでさらによじ登って行った。
「うふふ、見えてきたわん」
そして俺は、まるで天変地異が起きているかのように荒れ狂う世界の中で、全てを懸けて戦う鬼と勇者たちの死闘を目の当たりにした。
まるで神話のような光景としか形容のしようがなかった。
ハンニャーラの頂上は平面の舞台で、その舞台で七人の勇者と鬼が一人、戦っていた。
七対一? 卑怯? そんな常識を覆す、化け物がそこに居た。
「あれが、魔王!」
誰も俺たち三人に気づいていない。
その鬼は、赤でも青でもない。黄色だった。
いや、黄色いのは髪だけだった。肩口ぐらいの長さの癖っ毛。
体も細い。というか、普通の人間と同じぐらいの体格だ。
稲妻柄のマントと黒一色の長そで長ズボンと軽装。
手に持つ武器も、金棒ではなく、二本の短剣。
「鬼の王……鬼、なのか?」
俺が何よりも驚いたのが、鬼の王が鬼らしくなかった。
二本の角が額から出ているが、その容姿は人間に近い。
いや、それどころか若いぞ? 異常に若い。
ゼツキの相棒ってことは、四十~五十は余裕であると思っていたのに、二十代にしか見えねえぞ?
しかも、無駄に端正な顔立ちすぎて、イケメンでロアといい勝負じゃねえか!
奴は一体?
「鬼魔族とは一線を引く種族よん。かつて、人間との奴隷の血を引いた子が、突然変異のように覚醒した。鬼人族! 年齢は、七十歳ぐらいだったかしらん?」
人間との奴隷? あのサイクロプスのラガイアのような存在か?
っか、七十! ジジイじゃねえかよ!
世にも珍しい不老長寿って奴か?
色々驚くことがありすぎる。
「ふふふ、やるではないか、愚かなるヒューマンたちよ」
すると、勇者との戦いに高揚しているのか、魔王キシンが口を開く。
威厳に満ちた表情と声で……
「グッドなパッションだ。久々にマイ・ソウルもフライ・ハイだ。このバトルは一つのレジェンドとして、ユーたちのことはフォーエバーに、マイ・メモリーにセーブしておくとしよう。さあ、カモン! ベイベーたちよ!」
……のっけから、スゲー不意打ちなダイナマイトパンチを放ってきやがった。
「なぁ……人類大連合軍の陣営に、お前らの魔王のメッセージ付きの魔鏡が送られてきたが、あの文章から想像できない鬼だな」
「あの文章は吾輩が書いた」
「なるほどな。つーか、お前も苦労してんだな」
目の前で次元違いの死闘を繰り広げる勇者と鬼。
本来ならその光景に目を奪われ、世界の行く末を案じて、勇者やフォルナたちの勝利を信じて祈りでも捧げているところなんだろうが、俺の頭の中には別の思いがあった。
「どう、ヴェルくん。あれが魔王キシン。私はねん、キーくんから、私の娘やあなたと似た何かを感じるのよん」
ママンが俺に耳打ちしてくる。
俺はただ、目を細めながら、心を整理していた。
あいつ……うそだろ……まさか……
「ふははははは、どうした? ミーのボディにはその程度のアタックなどノープロブレムだぞ?」
この世界で俺は何語を話しているのか?
正直な話、この世界の文字と漢字の違いは分かるが、この世界の言語と日本語の違いがよく分からない。
だけど、これだけは分かる。
この鬼の喋り方は明らかに異質であった。
そしてそれだけじゃない。
その異質が、俺には懐かしく感じるものでもあった。
そして、逆手短剣を両手に持ち、鬼が踊る。
「ワタクシが行きますわ! ギャンザ、フォローを! 天翔ける、疾風迅雷!」
「悲しい。私はただただ、悲しいです、キシン。分かり合えないこの無念! 神聖魔法・神炎!」
フォルナが光速で陽動し、五年ぶりにその姿を見た俺のトラウマのギャンザが無慈悲な炎をキシンに向ける。
だが、キシンはまるで二人の攻撃が予めわかっていたかのように、無駄な動き一切なく回避していく。
「ふふふ、ベリー惜しいな」
いや、惜しくはねえ。明らかに余裕を持って回避した。
「臓物を細切れにしてくれる!」
「ぶっとばしてやるんだから!」
だが、キシンが回避することを分かっていたのか、キシンの後方から二人の勇者。
「聖魔斬烈剣!!」
確か、暗黒剣士レヴィラルだっけ?
「精霊英化!」
精霊戦士ヒューレだっけ?
あんまよく知らない二人だが、恐らくはフォルナと同格。
さらに、
「くらえ! シューティングスター!」
捕まってたみたいだけど、助かったのか? 流星弓のガジェだっけ?
巨大な黄金の弓矢を持った、勇者たちの中で一番の巨漢の男が、魔力で作られた矢を連射する。
フォルナとギャンザが陽動で、残る三人の勇者で叩く?
何とも豪華すぎて胃もたれするぐらいのフルコースだ。
俺なら前菜で腹一杯になってるところだ。
だが、
「ふっ、ミーの魔曲を聞いても、まだ懲りぬか? なら、アンコールだ! 響けソウル!」
その時、二本の短剣の形状が変化した。
二本の短剣が重なり合い、V字の武器に変化した。
ブーメラン? いや、違う!
「フライーーーーーーング、ブイ! アーユーレディ?」
弦が付いている!
「ロックンロールファンタジーィィィィィィィ!」
武器じゃねえ! 楽器だ! しかも、ギターだ!
この世界じゃ一度も見たことがねえ、かつての世界にあったもの。
稲妻カラーのフライングV。
「あ、あの野郎!」
アレを、俺は知っている!
「来るわ、ヴェルちゃん! 魔王が放つ暴力的な音楽戦闘術! 『狂暴音術士キシン』と、世界と歴史にその名を刻む怪物よん♪」
「ふふ……ちなみに、キシン様はその渾名はあまり好きではないようだがな……そこは、『リモコンのヴェルト』と同じだな。そして、キシン様はご自身のことはこう呼ばれている――――」
まさか、まさか!?
あのふざけまくった口調で歌う馬鹿を俺は知っている。よく知っている。
ママンがあいつの二つ名を口にしたが、ゼツキはまた違う異名を……
――――――ロックの魔王
それは、こいつが俺の思った通りの男だと証明するものだった。
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