第193話 悪友との再会


「フリーダムをディスターブするユーたちは、スカイの彼方へフラーーーイトせよ!」


 それは、爆音と神技のスキルが加わった、ギターソロでのライブだった。

 リズムとメロディーに乗せて叫んだキシンの叫びがそのまま衝撃波のように空間を破裂させ、襲いかかる勇者たちを吹っ飛ばした。


「っ、レヴィラル! ヒューレ! ガジェ! ッ、なんという威力! 魔導兵装がかき消されるほど!」

「その耳障りな音、人間には理解不能です。分かり合えないことを更に決定づけるとは、悲しいです!」


 仲間たちが吹っ飛ばされながらも、それを怒りに変えて、フォルナがキシンの懐に一瞬で飛び込んだ。

 ギャンザがゆらりとキシンの背後に忍び寄った。


「ですが、隙だらけですわ! 砕け散りなさい、雷帝脚!」


 フォルナの雷速のハイキック。

 速度と破壊力とセンスの全てを組み合わせた蹴りは、キシンの顔面をグシャッと潰すような音を響かせた。


「クロノスクルセイド!」


 ギャンザの神速の十字斬り。かつて、あのルウガを一瞬で細切れにした恐るべき斬撃。

 キシンの肉体がルウガよりも強固だったためか、キシンは細切れにならない。

 だが、それでも夥しい血が噴水のように飛び散った。


「お、おい!」


 まさか、倒したのか?

 どう見ても会心の一撃だ。

 なのに、なぜ、配下のゼツキは慌てねえ?

 なんで、ママンはほくそ笑んでいる?



「ミーのロックは誰にもストップできはせん!」



 それは、異常だった。


「あいつ! え、演奏が止まらねえ」


 キシンはギターを引く手を止めていない。

 未だに耳つんざくほどの爆音ギターで熱唱している。

 それどころか……


「ミーは何度でもリターンするさ! ロックの魔王がそう叫ぶ。ロックは止まらない! 何度でもよみがえる!」


 どういうことだ?



「Rock'n'Roll never die!」



 熱唱しながら、傷が……



「お、おい! あんなに血だらけだったのに、歌えば歌うほど……治っていきやがる」



 そう治っているのだ。回復魔法? 自己治癒力? なんだ、あの力は。

 つか、何で演奏を止めないんだ?

 いや、それどころか、この熱気! この、世の中に不満をぶつけるような雰囲気はなんだ?


「邪魔するな! ば・く・は・つ・せよ! ボンバーせよ! ボンバーせよ! ボンバアアアアアアアアアアアア!」


 その時だった。巨大なハンニャーラの最上階フロアの半分を飲み込むほどの大爆発が起こり、フォルナとギャンザの体が爆炎に包まれた。


「あっうつ!」

「フォルナ、水属性魔法を纏いなさい!」


 二人は無事だ。だが、それでも美しい肌に傷が見える。


「フォルナ! ッ、なんなんだ、なんなんだ、あの野郎は!」


 いや、多分、誰かに聞くよりも俺の方が分かっているはずだ。

 なのに、俺はそう叫ぶことしかできなかった。


「あれが、キシン。その、想いを込めた言霊を歌にすることで、それは実現するのよん」

「な、なんだと! こ、言葉が現実になるだと!」

「よく分からないけど、禁止用語とかいう制限はあるみたいで、直接相手に「死ね」とかの命令は下せないみたいだけどん、キーくんが口にすることは大概が現実となるのよん」


 言ったことが現実に? それって、有言実行どころの話じゃねえぞ?

 そんなこと、もし、本当に出来るなら……


「ワールドを揺るがすこの叫び! バイブせよ! ワールドバイブレーション!」


 振動? 揺れ? こ、これは地震!


「うお、うおおおお!」


 デカイ! 地響きなんてレベルじゃねえ。

 立つことすら困難なほどのこの大きさ。

 地震だ! 嘘だろ? 地震まで起こしたってのか?


「よくもみんなを! 魔王キシン! 僕たちは必ずあなたを超えてみせる!」

「ほう、傷をリカバリーしてリターンしてきたか、ヒーローよ!」


 その時、爆風を切り裂いて、輝く剣を携えてキシンへ飛ぶ勇者が一人居た。

 その勇者こそ、真勇者ロア! 全人類の希望!


「火、土、雷、風、水、闇、光、無!」

「ほほう、クールではないか! それぞれの魔法の精霊たちが、まるでユーに跪いているかのようだ」

「八つの属性全てを一つに! アルティメットスラッシュ!」

「だが、負けられぬは、ミーも同じ! ホープを含めてクラッシュクラッシュ!」


 それはこれまで全ての絶望を切り裂いてきたのだろう。

 魔族を、亜人を、人類の敵をどれほど葬り積み上げてきた力だろう。


「ッ、ば、ばかな、こ、こんなことが!」


 その、人類の希望が繰り出す最強の剣が粉々に砕け散った。


「リアリーだ。ビフォーのバトルでアンダースタンドではなかったか?」

「くっ、だが、諦めない! たとえ剣が砕けても、僕たちの正義の心は砕かれない!」

「ふっ、身の程知らずなストゥーピッドめ!」


 激しい演奏の一連の動きから、暴力的な動きへと。

 まるでバンドのライブで興奮したロックンローラーがギターをブン回して叩きつけているかのようだ。

 それだけで、かまいたちが巻き起こる。


「バイオレンスなロックもノープロブレムだ!」

「くっ、紋章眼よ、僕に力を!」


 よくわからんが、よく選ばれた勇者が身につけているアレな能力か?

 突如、小さい魔法陣のような紋章が勇者の瞳に浮かび上がった。



「無駄だ。紋章眼の能力。一度見た魔法を解析してしまい、コピーしてしまう恐ろしいスキルだ。人類の異端児。ファイブハンドレッドに一人現れるかどうかの禁断の体質」


「だが、それでもあなたの能力を完全に解読しなければ希望は繋がらない! この未知の力を見破らぬ限り、人類に明日はない!」


「見破る? その時点でミステークだ! 音楽は解読するものじゃない。フィーリングするもの。たとえ、魔法の力を解読できても、音楽性をアンダースタンドできぬユーに、ロックの魔王……いや、ロックの神は微笑まない」



 勇者は剣を失っても素手でキシンのギター攻撃と交戦する。

 回避された攻撃が、そのまま拳圧が壁に激突して砕け散る。

 一方で、キシンがギターを振り回せば、空が斬れ、雲を切り裂いた。



「ふふ、初めて見たけど、あれが真勇者ちゃんねん。あの年齢でやるじゃないん。仲間と力を合わせてとはいえ、カイザーやシャーちゃんを倒しただけはあるわねん」


「だが、キシン様とは積み重ねた戦歴、そして何よりも魔王としての質が違う。あの方は七大魔王でも一~二を争う力だ」



 そうなんだろうな。確かにツエーよ。

 でも、何でだ? 俺は素直に賞賛できねえ。


「ぐあっ!」


 その時、キシンのフライングVの尖った箇所が、ロアの頭部を殴った。


「ビフォーの再現だな、ネオ・ヒーローよ」

「ぐっ、キ、シン」


 ロアの頭部が割れた。血が噴出して、髪が真っ赤に染まって膝を着く。

 ダメだ。俺にもわかった。

 ハッキリ言って、さっきから想像を絶するほどの力の応酬。なのに一方的だ。

 つまり、差があるんだ。

 それほどまでに、圧倒的な差が、キシンと光の十勇者との間に。


「さあ、フィナーレだ!」


 ギターの形状が解除され、今度は元の短剣ではなく槍へと変わった。



「演奏時間は三分間だけ。しかし、その三分間はお客さんを傷つけることができても、殺すことはできないん。そういう条件らしいわよん? ただし、演奏が終わってさえいれば……」



 まずい! 槍が、ロアの心臓めがけて突き刺そうと……



「やめなさい! 村田君! 兄さんから離れて!」



 その時、一人の女の声が響いた。

 その声に、キシンがピタリと動きを止めて振り返った。

 それは、綾瀬だ。腕を抑えながら、足を引きずっている。あいつまでやられたのか?

 だが、問題はそれだけじゃねえ。



「ふふふふふ。綾瀬、いや、アルーシャ姫。さっきもセイしたはずだぞ? そのネームでミーを呼ぶのはやめろとな」


「ッ、どうしてなの? ……どうして、こんなことに……まさか君が……」


「オフコース、ミーもサプライズであった。まさか、綾瀬までがこのワールドで転生し、勇者のシスターとしてミーの前に現れるとはな」



 ロアへの止めの手を止め、笑みを浮かべて振り返るキシン。

 その表情は、正に笑う鬼人そのものだった。

 だが、綾瀬は言う。



「この世界にはみんな居る! 先生も、備山さんも、加賀美くんも、宮本くんも、そして……朝倉くんだって! 朝倉くんだって、今この大陸に来ているわ!」



 くーるびゅーてぃー(笑)で知られる綾瀬の悲痛な叫び。


「いやよ、どうしてこんなことに……」

「音楽性の違いというやつだな……それにしても、リューマか……懐かしい……あいつには会いたいな……このファイトをエンドさせたら!」


 それを見ただけで理解出来た。綾瀬は戦っていない。戦意が折れていることを。

 しかし、そんな綾瀬にキシンは狼狽えることもない。

 そんな取り乱す綾瀬の頬を、傷だらけのフォルナが叩いた。



「アルーシャ! 今がどういう事態が分かっているのですの? 事情は分かりませんが、シャンとなさい! ワタクシたちの戦いに、仲間が、ヴェルトが、全人類の命運がかかっているのですわ!」



 フォルナの叱咤に呼応するように、次々と勇者たちが立ち上がる。


「姫、あなたは以前、亜人のシンセン組と交戦した時も同じような反応を見せました。しかし、ここは戦場。二人の間に何があったかは知りませんが、我々は戦争をしているのです」


 暗黒剣士レヴィラルが、


「アルーシャ。私たちの目的忘れんじゃないわよ! 話し合いで解決しているなら、とっくの昔にできている! こいつを倒せるのは、私たちしかいないのよ!」


 精霊戦士ヒューレが、


「嬢ちゃん。辛く苦しい運命かもしれねえ。でもな、俺たちが支える! 俺たちと一緒に乗り越えろ!」


 流星弓のガジェが、

 そして、


「その通りだ。僕たちは負けられない。今ここで、彼を止めることができるのは、僕たちにしかできない! それが、僕たちにできること!」


 血だらけの勇者ロアが立ち上がる。

 その心意気、成すべきこと、それは綾瀬にも十分理解できているのだろう。

 

「分かっているわ。そんなこと、理解もしている。でも……そうじゃなくて……どうして、加賀美くんや宮本くんのときみたいに……彼まで……」


 でもな、そうじゃない。それはそうだが、それだけじゃない。

 綾瀬の気持ちが痛いほど分かった。



「グッドな気迫だ、ヒーローたちよ。そして、綾瀬、もうフィッチでもいいことだ。ヒューマンはバニッシュする。このワールドからな。そして、ユーのこともな。さすがに七十年以上昔の、たかが一年程度クラスメートだったガールに、しかもそれほどフレンドリーでもなかったユーと、ミーたち鬼魔族のフューチャー。セレクトするものは決まっている」



 喋り方はふざけているのに、目は力強く、それはまっすぐに道を示していた。


「ワールドのヒストリーをチェンジする。トゥデイこそ、その日だ!」


 ああ、こいつもまた、途方もなくしんどい人生を……



「いや、もう、もうこんなの! 助けて……朝倉くんッお願い、助けて!」



 人目もはばからず、堪えきれない現実に涙を流して叫ぶ綾瀬に、凛とした強さが失せてしまった。

 ただの、十代の女のように、綾瀬は勇者たちにも見せたことがないであろう、弱々しい姿を見せた。

 だからだろうか?

 俺の足は自然と前へ出ていた。



「やめろ、ミルコ」


 ―――――――――――――ッ!!!!



 俺の声に、誰もがいっせいに振り返った。


「……ヴェ、ヴェルトッ! ちょ、あなた! な、なぜここに!」

「あなたは……五年前の坊や!」

「やつは、フォルナ姫の……」

「ちょっ、なんであいつが居るのよ!」

「何もんだ? いや、確か前に空の……あのマッキーをぶちのめした……」

「ヴェルト・ジーハさん!?」


 ああ、驚いているな。フォルナは今にもブチ切れそうだ。

 こんな危ないところに来やがってと。

 でも、仕方ねえさ。俺でも無視できねえぐらいだったからな。



「あっ、ああ、あ、あさくら……くん」


「よう」



 泣きじゃくる綾瀬の横を通り過ぎ、俺は目を白黒させているキシンの下へと歩み寄った。



「……Who are you?」


「My name is ヴェルト・ジーハ。アイム、ベリーヤンキー」


「ふっ、………くくく……アハハハハハハハハハハハハハハハハ!」



 俺の回答に、キシンは笑った。

 それは、勇者との戦いで高揚した笑いではなく、まるで、子供のように。



「聞かなくても、アンダースタンドだ。綾瀬の言うとおり、その、ひねた目つきはワンハンドレッド経とうともリメンバーだ。くくくく、なあ? リューマよ。How are you?」


「ベリーファインとでも答えりゃいいのか? なあ? ミルコ。相変わらず下手くそな英語だな。ハーフだけど実は英語あんま喋れなかったのに、カッコつけて喋れるふりしてた、昔のままだ」


「ふっ、ユートゥーだ」


「ああ、ミートゥーだな」



 それが、俺の魔王キシンとの出会いでもあり、村田ミルコとの再会でもあった。

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