第185話 最強クラスの鬼

 敵の将を一人減らし、敵の軍も大幅に乱れた。

 だが、それだけで勝敗が決したと思うのは早計みたいだ。

 何故なら、元々の両軍の兵力差は倍以上があるようだ。

 鬼魔族相手に同規模の兵力でも勝ち目はないというのに、その差は決定的。

 相手が態勢を立て直せば、一気にまた状況が変わる。


「おい、シャウト。ちなみに人数は?」

「人類大連合軍七万。ジーゴク魔王国軍十六万」

「聞くんじゃなかった」

「なに、全部を倒す必要はない。今、彼らも全軍を動かし、城の中は手薄。その中で、光の十勇者七名が最上階に居る魔王を討ち取れば、僕たちの勝利だ」


 おお、まさにゲームだな。魔王城に乗り込む勇者一味。まあ、中にもそれなりに兵隊が居るんだろうが、それは問題じゃないだろう。

 

「七大魔王のキシンね~、どんだけ強いか分からねえが、イーサムクラスと考えると、心配だな」

「ヴェルト、僕たちの役目は出来るだけ六鬼大魔将軍を戦場に縛り付けておくこと。彼らが城に戻って、ロア様たちと戦えば、いらない消耗をしてしまう。勇者様たちはなるべく体力を温存した状態で、魔王キシンと戦ってもらわないとね」


 だろうな。魔王にたどり着いたけど既にヘロヘロですじゃ話にならねえ。

 特に、勇者は前回魔王に負けてるわけだし、少しでも温存したほうがいいに決まってる。


「ちなみによ、どういう作戦だったんだ? フォルナたちはもう城の中に入ってんだろ?」

「ああ、簡単さ。まずは捕らえられた将たちの処刑という話があったね? それを救出するために、まずは姫様たち光の十勇者といくつかの軍を分散させて、敵の横陣を掻い潜って城の四方から奇襲。敵がそれに反応した瞬間に、正面から僕たち全軍が突撃。敵軍が挟撃に合っているうちに、姫様たちが魔王を倒すって寸法さ」

「なるほどね~。じゃあ、今のところ予定通りってわけか」


 しかし、お留守番するはずの俺が、どうしてこんなに前面に出てんだよ。

 まあ、もういいけどさ。


「あ~、それにしても、何で俺が勇者の引き立て役みたいなことすんだか。なあ? バーツ。テメェも本当は魔王と戦いに行きてーんじゃねえの」

「茶化すなよ、ヴェルト。今の俺の実力は十分に分かってんだ。暗黒の時代を終わらせるのは、俺じゃなくてもいい。俺の力でそれを僅かに手伝うことができりゃ、本望だ」

「な~んだよ、かわいくね~な。昔はテメエが勇者になる的なノリだったじゃねえかよ」

「魔王になった奴に言われたくねえよ!」


 随分とバーツも大人な思考になったもんだ。

 ここまで大人になられると、からかいがいがねえ。


「ふん、くだらないね」


 すると、そんな俺たちのやりとりを冷めた言葉でハウが一蹴した。


「な、なんだよ、ハウ」

「バーツ、あんたは昔からそうだね。戦争を経験してきてるくせに、そういうことを言う。魔族を倒せば暗黒の時代が終わる? ホント浅いね」

「ッ、なんだと、ハウ! 戦争ばかりが続くこの時代、戦争を終わらせるために戦うことの何がおかしいんだよ!]



 おいおい、喧嘩すんなよ。


「やめろやめろ、うるせえな。つか、ハウ。テメエもそんなことでつっかかんじゃねえよ」

「別に、私は事実を言ったまでさ。魔族が滅ぼうと、人間が滅ぼうと、仮に亜人が滅ぼうと、この世界は破滅しかない。誰もそれが分かっていない。いや、分かっていても戦う。だから茶番にしか思えなくてね」


 ん? なんだ? この感じ……

 なんか、つい最近、似たような話を聞いたような?


「意味分かんねーよ! いつも黙ってるくせに、急にそんなこと言いやがって!」

「やめないか、バーツ。ハウもよしたまえ! 味方同士で争ってどうする」

「そうだよ、やめてよ! せっかく……せっかくみんなで頑張ろうって時に、喧嘩なんて」

「ハウ、今のはあなたが悪いわ、バーツに謝って」


 かつての旧友たちも慌てて二人を仲裁する。

 そうだな、喧嘩している場合じゃねえな。

 気分が盛り上がっているのもそうだが、敵さんも……


「おい、来たぜ~、次が」

「総員準備!」


 ドレミファとソラシドが立ち上がった。

 前方を見ると、大規模な横陣を引いて、魔王城ハンニャーラを守護する鬼魔族たち。

 どうやら、混乱した兵の整理がついたようだ。


「カテー守りだな」

「旗は見えるかい?」

「ああ、……トゲニー将軍の旗と、……厄介だな、それにあの旗は……ッ!」


 その時、望遠鏡を除いたソラシドの表情が固まった。


「ッ、あ、あの旗は……ッ!  やはり、避けては通れませんね」

「おっ、てことは、当たりを引いたのか? ソラシド」

「ええ、ドレミファ、当たりです。あの将軍がここに居ます」

「よかったぜ、アルーシャ姫やロア王子が城にうまく入っても、魔王とあの将軍二人を相手にしたら、分が悪いからな」

「ふふ、その代わり、私たちが相手をしないといけませんがね」


 おいおい、それって良くねえだろうが。

 つまり、お前らがそんな脂汗をかくようなヤバイ奴がいるってことじゃねえか。


「おい、シャウト」

「ヴェルト。見てごらん、あの青鬼が描かれた旗。あれこそ、六鬼大魔将軍にして、ジーゴク魔王国軍筆頭の大将軍。魔王キシンがこの世で最も信頼を置く、最強の鬼。『蒼鬼そうきのゼツキ!』と呼ばれた鬼だ」


 見えねえよ。こっからどんだけ距離があると思ってんだよ。

 なのに、


「なっ! ゼツキでありますか! ゼツキがこの戦場に?」

「くそ、五年も経つのに、今だ健在なりか」

「当然といえば当然でしょうが」


 ルンバたちですら冷や汗をかいてる。

 あ~、もう、聞くんじゃなかった。明らかにヤバそうじゃねえかよ。

 すると、その時だった。


「ね、ねえねえ、バーツ、みんな! 誰か、一騎前に出てきたよ!」


 サンヌに言われて前方を見ると、横陣を引いた鬼たちのど真ん中から、誰かが出てきた。

 かなりの距離がある。なのに、その何者かが一歩々々前へ歩くと、自然と前進していた人類大連合軍の動きが止まった。

 いや、それだけじゃない。


「な、なんだ? あちーな……汗?」


 汗をかいていた。

 ただ、誰かが歩いてくるだけで、俺は自分の心臓が高鳴っているのが聞こえた。


「ッ、シャウト!」

「な、なんだい? ヴェルト」

「………このジジイを含めたのが六鬼大魔将軍だよな? 全員同じぐらいのレベルじゃねえのか?」


 だいたいこのジジイと同じレベルのがあと五人? まあ、そこまで都合は良くないか。



「……六鬼大魔将軍は、昔よりあった。しかし、かつての戦では、六鬼大魔将軍よりも恐ろしい二人がジーゴク魔王国に居たと聞いたことがある。それが、『キシンとゼツキ』の二人。キシンが戴冠前の幼少より共に育ったふたりは、共に戦地を出て二人でかつてないほどの武勇を上げた」


「ヴェルト様、それは本当であります。魔族大陸において、『キシンとゼツキ』の名を知らぬものはいないであります。そして、魔族においての共通認識として……ゼツキの力は、ほぼ七大魔王と同格であると」



 一つの国に、二人の魔王クラス?

 そんなのメチャクチャにも程があるだろうが。

 それが、今の俺には、決して誇張でないということが空気を伝わって分かっちまうから困る。

 そして、



「吾輩が、六鬼大魔将軍のゼツキである!!!!」



 突風が駆け抜けたかと思った。

 鼓膜が破れたかと思った。

 あまりにも広大すぎる、万を超える戦い。

 なのに、たった一人の声。たった一人の声が万を超える人間に響き、そして狼狽えさせた。



「先の大敗から、そして脆弱な人間でありながら、この奮闘ぶりは真に感服する!!!!」



 あれ? 褒められてるのか?

 巨大な金棒担いだ、鬼族にしては少し小さめ? といっても、二メートルぐらいはあるが、赤だの赤黒い肌の色ばかりが目立つ鬼族の中では珍しい、青色の鬼。

 鎧はまとわず、肌と、黄色と黒の稲妻模様のパンツを一枚履いただけ。

 顔はどこか人間に近く、黒髪短髪で顔の造形も爽やかで、一瞬アスリートのように見えなくもなかった。



「貴君らの希望、光の十勇者は見事、我らの城へ乗り込み、今頃我らが魔王キシン様と対峙しているであろう!」



 その言葉に、人類が大きくざわついた。

 何でだ? そんな情報人間にとってはこれ以上ない朗報だろ?

 それを何で教える?

 そして、それを知りながら、何で王を守りにいかない? 

 なんで、まったく慌てない?



「しかし! その程度のことを希望と思うのなら、勘違いも甚だしいぞ!」



 激怒。小さい頃、大人に全力で真上から叱られて体が萎縮したかのような、この圧倒的な圧迫感は何だ!



「何故我らが慌てぬか? それは簡単だ! ジーゴク魔王国の誰よりもキシン様は強く、そもそもお守りする必要がないからだ! 真勇者ロアなどという若造が人類最高の希望だと? 笑わせるな! 先日、同じような戦いを仕掛けて、光の十勇者が束になってキシン様に挑み、返り討ちにあったのを忘れたか! 勇者ロアなど、キシン様に傷一つ負わすことができなかったではないか!」



 その話は本当だったみたいだ。新聞でも、光の十勇者が二人死んだと載っていたからな。



「今回、光の十勇者たちが城へ乗り込んだのは、突破したからではない! キシン様直々に引導を渡すために招き入れられたに過ぎぬ! 今頃奴らは地獄に送られているであろう!」



 負け惜しみ言いやがって……とは、誰も言わない。

 この鬼がそう言うのなら、本当にそうなのかもしれないと誰もが思ってしまうほどの説得力があったからだ。



「だがしかし! 残るは雑兵だと思い込んだ我々に一矢報いたことは素直に褒めよう! 絶対なる六鬼大魔将軍の一角であるスドウを、勇者ではなく貴様らが崩したのだからな!」



 おい、そこで味方は全員、俺を見るんじゃねえ。目ェつけられるだろうが。



「そこで、貴様らの奮闘に対する褒美と、冥土の土産を与えてやろう! 吾輩一人で、貴様ら全員を葬り去ってやろう!!!!」



 …………はっ?

 い、今、なんつった?

 一人で?



「誇るが良い! 側近も動かさず、吾輩一人で暴れまわるのは十年ぶりのこと! 貴様ら万の軍で吾輩一人の首を落とせば勝ちだ! もっとも、全軍で戦ったほうが遠慮もあり、さらには味方を巻き込まぬよう気遣ってしまう分…………この方が地獄だったと思うだろうがな!!!!」



 その時だった。

 青鬼が、巨大な金棒を地面に叩きつけた。



――――――――――!!!!!!!!!



「なっ!」

「ちょっ、な、なんだ!」

「じ、地面が、地面が割れた!」



 地面が? そんな可愛いものじゃねえ。

 大地が、いや、まるで世界が割れた!

 突如起こった巨大地震と巨大な地割れが、人類大連合軍全軍を巻き込み、襲いかかった。



「さあ、行くぞ! 猿の大陸の青瓢箪ども! 無限の地獄を味あわせてくれよう! 魔道兵装・百鬼地神!」



 青鬼が走り出した。その全身を青く輝く魔力に包み。

 そして、本当に、後ろの鬼の軍団はピクリとも動かねえ。

 たった一人……たった一人でこの万の軍に殴り込んできやがった!



「く、来るぞ! 迎え撃て!」


「相手はたったひとりだ!」



 そうだ、ビビってる場合じゃねえ。

 意を決した人類大連合軍。中でも将軍クラスと思われる威厳ある老将が剣を上げた。




「人類大連合軍、敵は『蒼鬼のゼツキ』だ! 奴を討ち取れ! 奴を討ち取ったものには、一生使い切れぬほどの莫大な恩賞と、この戦の勝利を決定づけた絶大なる勇者の称号が与えられるであろう! 味方が何人死のうとも、決して怯むな! この場で全てを出しきれ! 奴を必ず討ち取れェェェェ!」



「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」




 やるしかねえ。武器と気迫を掲げた人類大連合軍がゼツキを迎え撃つ。


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