第180話 真勇者

「ちょっ、アルーシャ姫までですか?」

「あら、ダメかしら? 私もラーメン食べたいのだけど」

「い、いえ、その……だって、二人は……」


 色々とある。どういうわけか、アルーシャ姫が俺を好きだったとか。まあ、色々だ。

 フォルナだけは、俺と綾瀬のつながりを知ってるだけに、だが知ってるからこそどこか面白くないのか、若干頬を膨らませている。


「とりあえず、ギャンザたちは帰ってきて、中央でみんなといるわ」

「ふ~ん、そっか」

「……喧嘩は……しないでね。過去の経緯からも複雑でしょうけど……」


 ああ、それを言うために俺を探していたわけか。まあ、そうだろうな。

 だいたい、ギャンザはメチャクチャ貴重な戦力なわけだしな。


「安心しろ、俺はもういいよ。今はウラもいないし……鮫島もそんなこと気にする奴でもねえしな」


 ああ、もういい。

 なんか、天空世界でコスモスを抱っこして以来、俺自身はそういうのはもう大丈夫だった。


「いいの? わだかまりがあるんじゃないの?」

「ああ、いい」

「そう……なら、良かった。今、光の十勇者は七人。『ファンレッド』様……エルファーシア王国王女は間に合わないから、今いる勇者だけで戦うしかないからね」


 ああ、ママは……っと、王女は別の遠征中だから、ここには居ねーのか。まあ、俺、あの人は苦手だからいいんだけどさ。


「そーいや、他の十勇者ってどんなのだ? 俺、あんま知らねーんだけど。確か残りは、『真勇者』、と誰だっけ?」

「あなたね~、本当にそういうのに興味ねーのね」


 綾瀬だけじゃねえ、全員呆れてる。

 いや、お前、アレだぞ?

 朝倉リューマの世界なら、各省庁の大臣全員答えろって言ってるようなもんだぞ?

 サッカー興味ねえ人間に、日本代表全員答えろって言ってるもんだぞ?

 分かるわけねーよ。

 すると、その時だった。



「姫、時間です」


「いつまでやってるのよ~、もう、待ちくたびれちゃったじゃない! 準備、できてるわよ!」


 

 二人組の見たことない奴らまでもが現れた。

 多い。多いよ、つか、来んなよ。せっかく気をつかって端っこでやってたのに。


「その男が、例の者ですか?」


 誰だ?

 一人はクールな黒髪ロン毛の長身男。毛先がクルンクルンしてやがる。なんか、雰囲気がファルガに似てるな。全身黒一色に黒マントとか、葬式か?


「あ~、そいつじゃん! あの、マッキーラビットぶっ飛ばして、すっごいスカッとしたわよ!」


 そして、もう一人は……なに? 桃色の長い髪を後ろで束ねた女なんだけど、青短パンに黄色ビキニ? 何? こいつ、妖艶ハンターのクリとリスの親戚か? それともハワイ帰りか?


「紹介するわ、ヴェルトくん。光の十勇者、『暗黒剣士レヴィラル』と『精霊戦士ヒューレ』よ」


 うわ、むしろそれぐらいの階級じゃねえとな……こんな格好して、一般兵とかだったらイタすぎるからな。

 すると、俺を一瞥したレヴィラルという男が話しかけてきた。


「ファルガはいないのか?」

「はっ?」

「行動を共にしていたようだが? 帝国の防衛戦でな」

「あ、あ~、今、はぐれちまった」

「そうか」


 アレ? ファルガの知り合いか? そう思ったら、すぐにレヴィラルは後ろを向いた。


「なぜここに来てしまったかはどうでもいいが、戦場ではあまりウロチョロしないことだ。お前に何かあって、フォルナ姫の力が半減することの方が問題になる」


 えっ、なに? こいつ。何で俺、ため息つかれてんの?

 初対面のヤローに。


「へへ、まあまあ、落ち着いてね、フォルナの旦那さん。レヴィラルはいつもあんな感じ。でも、本当はすごく仲間思いで良いやつだからさ」


 そして、今度はレヴィラルと真逆でなんかスゲー気安いヒューレという女がフォローしてきた。

 つうか、なんだろ……戦えば強いんだろうけど……



「つっても、なんか、ギャンザより普通だな」


 

 いや、あいつが異常過ぎたのか?


「えっ、ギャンザ? あんたってばギャンザと知り合いなの?」

「ヒューレ、その話は……」

「どうしたの? アルーシャ。って、それよりも、アルーシャもフォルナの旦那さんと仲良いんだね」

「いえ、その、まあ、色々と……」

「えっ、なになに? なんか、あるの? どーする、フォルナ? 旦那さんが~」

「あなた、面白がっていますわね。自分こそ、『ロア』とはどうですの?」

「ふぇ!? いや、だって、あいつモテるし、いつも女の子にいっぱいキャーキャー言われてるし……」


 しかし、まあ、なんつーか、全員若いな。女王を抜いたら、もう後は十代二十代ばっかじゃねえかよ。

 まさか、俺の知らないところで世界の命運をこいつらが握ってるとは知らなかった。


「それよりも、ヒューレ、時間ですのね?」

「うん、とうとうアイツが、準備出来たってさ!」


 アイツ? 誰のことだ? そう思ったとき、フォルナと綾瀬。

 それに、バーツやシャウトたちも、一斉に立ち上がった。


「今、アイツが全体に号令を出すわ。行きましょう!」

「ええ、兄さんが再び立ち上がってくれれば、私たちはまだ戦えるわ!」


 兄さん? 綾瀬の? それって確か……


「ヴェルト、行きますわ。あなたもせっかくなので見たほうがよろしいですわ。人類の希望を一身に背負った、『真勇者ロア』こと、帝国王子、『ロア・アークライン』様の姿と言葉をね」


 ああ、勇者か。子供の頃から、その名前と功績だけを耳にしていた。

 顔はあんま覚えてねえけど……そうか……正に、人類の総大将の登場ってわけか。

 そう思うと、少しだけ楽しみに思えてきて、俺はフォルナたちと一緒に広場へ向かった。

 すると、そこには今か今かと時を待っている兵士たちが見渡す限りに集い、特別に設置されている壇上にその目を集中させていた。


「お、あいつが……あれが、勇者か」


 そして、ついに壇上にその姿を現した勇者。

 ひと目で勇者と分かる出で立ち。

 銀と水色の鎧。赤いマント。勇者の額あて。定番だな。

 その姿を見た兵士たちが無言で全身に力を入れた。

 空気がビリビリと伝わり、腹の底まで熱くなりそうだ。



「みんな、僕の話を聞いてください」



 これが、勇者ロアの声。

 随分と落ち着いた、透き通るような声だ。

 野太い声ではないのに、何故かその声は響いて聞こえた。

 


「魔王キシン、そしてジーゴク魔王国軍は強大です。そして、僕たちは一度彼らに敗れました」



 ん? つか、どこかで聞いたことある声だな。



「そして、僕たちはそれでもなお、戦わなくてはいけません。なぜなら、この場で彼らを止めなければ、人類は滅亡するからです」



 おいおい、つか、あれ? 



「敵は屈強。こちらは偉大なる勇者や英傑たちも多く失い、既に戦力は大幅に低下。


この状況で戦えば、更なる犠牲と血が流れることになると思います。


僕自身もまた、魔王キシンと戦って絶対に勝てるとは言えません。


返り討ちに合う可能性の方が高いと思います。


ですが! それでも僕たちは滅びず、そして戦うしかないのです! 


それが、僕たちにしかできないことだからです!」



 あいつは……あの、無駄にイケメンなのは……



「例え僕たちが死んでも、人類が存続し続ける限り、僕たちの意思を継ぐ者たちが必ず現れます。


そして、いつの日かこの戦乱の時代を必ず終わらせてくれるはずです。


しかし、今、人類が滅んでしまえば、その意志が途切れてしまいます。


今、そのいつかを守るのは、僕たちしかいません! 誰にも代わりなんてできない! 


今、この場にいる僕たちが戦うことでしか、その未来を守ることはできません!


それが僕たちにしかできない、今、僕たちのなすべきことです!」



 何だ? じ、地震か?

 いや、違う! この揺れ、この腹の底から込み上げてくるのは……



「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」



 滅びの運命に反逆する人類の叫びだった。



「全軍! 人類の存亡を懸けた戦い、全てを懸けて、最後まで戦う時が来ました!」


「「「「「オオオオオオオオオオオッ!!!!」」」」」


「この世界に生存する権利を勝ち取るため、次の世代へ意思を託すため! 人類を絶対に守りきりましょう!」


「「「「「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」」」


「さあ、行きましょう! そして今日を、人類の伝説としましょう!」



 と、鳥肌が……なんつう世界だ……これが、勇者か、これが真勇者ロアか!

 ひねくれもんの俺ですら震えてきやがるぜ。

 今、この場にいた人類全員に火を点けやがった。

 そして、その時だった。


「……あっ………」


 この大衆の前で、偶然にも真勇者ロアが俺と目が合った。

 遠めだから分からねえはずなのに、何故か、俺も向こうもこの距離で気づいた。

 俺は、思わず全身が硬直した。

 すると、ロアが何か口パクした。言葉は聞こえない。

 だが、空気を読めるようになった俺は、全神経を集中させて、その声を解読した。




――――ア……リ……ガ……ト……ウ……ヴェ……ル……ト……ジ……イ……ハ……サ……ン




 とりあえず、俺たちのことは二人だけの内緒にしておこう。

 勇者の弱音を見たなんて、結構やばいことだしな。

 つか、やべ。俺ってタメ口で勇者に「戦わなくていんじゃね?」とか言っちゃったよ。

 本当に戦わなかったら、俺が人類滅ぶきっかけになったのかな? なんかそう考えるとスゲー怖い。


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