第181話 俺にできること

 作戦は至って単純。

 魔王城ハンニャーラの真下で行われる、人類の将達の処刑。

 その処刑時刻に強襲をかける。

 そして、その混乱に乗じて、ロア、フォルナ、アルーシャたち、この場に居る全ての光の十勇者たちを魔王城へ侵入させ、魔王を討つという作戦らしい。

 敵軍の露払いは他の兵たちの仕事。

 城の中と外、二つで繰り広げる両軍総力戦。

 軍の最後方の補給と後方支援部隊の固まりに居る俺には、最前線の詳しい状況は分からない。

 だが、それでも分かる。

 全人類の命運をかけた、歴史の一つの節目となる戦いの幕が開けたことを。



「「「「「オオオオオオオオオオッ! 突撃ィィィィィッ!!」」」」」


「右翼、突撃! 左翼、中央軍の崩れを利用して回り込め!」


「引くな! 敗北は己の中にあると知れ! 勇者様たちの勝報を信じ、我らは我らの成すべきこと!」


「今までの戦いと多くの犠牲、絶対に無駄にするな!」


「一斉射出! オーガ族の目を狙え!」


「ッ、まずい! 左手から『鬼騎兵部隊』が突っ込んできます!」



 空が暗黒に染まっている。

 帝国での戦いとは比べ物にならないほど、血の匂い、肉が潰れて裂かれる音、人の悲鳴から雄叫び、そして死の空間が広がっている。

 立ちふさがるのは、サイクロプス族のように四メートルから五メートル近い巨躯で暴れまわる、赤黒い皮膚と鋼鉄のように固い全身の筋肉を搭載させた、子供の頃に図鑑でも見たことがある、『オーガ族』の大群。

 そして、人型ではあるが知能と魔力が桁外れに優れている人型サイズの『ハイオーガ族』。

 その全てをひと括りにして、鬼魔族と呼び、そんな奴らの世界を、ジーゴク魔王国と呼ぶ。



「本当にまあ、おっそろしい世界だぜ」



 フォルナたちの計らいで一番の安全地帯でお留守番の俺だが、それでも敵も味方も含めて魂の叫びが聞こえる。

 数秒先には死んでいるかもしれない世界。

 ああ、これが正真正銘の戦争なんだな。


「ぼやっとするなよ。流れ矢や魔法が飛んで来ないとは限らないんだから」

「ハウ。つーか、何でお前がここに?」


 同じように後方支援に回されているハウ。こいつ、もうちょい優秀だったんじゃねえの?


「姫様やロア様の命令だ。あんたのおかげで姫様の調子は最高潮だけど、あんたを失えばもう戦えなくなるから、念の為に護衛だってさ」

「お、おお、そいつは面倒かけるな」

「ほんとだよ。こういう大きな戦こそ、手柄を挙げて昇格しやすいんだけどね」

「はん、興味ねーくせに」

「……まあね」


 俺の護衛としてこの場に居るように命じられたというハウは、冷めた目で前方の戦を眺めている。

 何考えてんだ?


「なあ、ハウ。テメエが人類大連合軍に入った理由って何だ?」

「なんだい、藪から棒に」

「別に、ただの話題作りさ。ずっと人の悲鳴やら死んでいく音を聞くと、精神がまいっちまうからな」


 そう、異常なまで人が死んでいく光景は、見ているだけで気が狂っちまいそうな凄惨さだった。

 噴水のように飛び散る血や、紙くずのように千切られる人間の体。

 それは、鬼も同じだった。敵も味方も、何百何千の死が、神族大陸に流れている。


「まずい、陣形がバラバラだ! 鬼の数、そして力が予想以上に!」

「くそ、怯むな! 勇者様たちが、もうすぐ魔王城へ乗り込む! ここは死んでも引き下がるな!」

「攻めろ! 攻撃こそは最大の防御なり!」


 だが、そんな光景の中、ハウの口から予想外な言葉が出てきた。


「言ったはずだよ。私にはくだらない思いしかない。子供の頃からも、そして今もね。私はただ………言うことを聞いて人に褒められたかっただけさ……父さんに」


 ハウの父親? 

 何度か会ったことあるけど、エルファーシア王国の騎士団だったよな?


「父さんが私に、世界のため、人類のためってさ……私はその本質を分かっていなかった。ただ、言うとおりにしたら褒めてもらえるとしか思っていなかった……」

「別にいいんじゃねえのか? シップなんて、金持ちになって女にモテるとか言ってたし」

「ああ。でもね、あいつは今は変わってるよ。シーやガウが死んでからかな……あいつらに笑われないようにって、同期の中でもバーツとは違う意味でのムードメーカーさ」


 俺は少し、妙な感覚に囚われていた。

 ハウ。この女はただの冷めたガキだと思っていた。

 だが、目を見て、話を聞いていると、何かが違う。

 ただ冷めているのではなく、何か見ているものが違う気がする。

 バーツやシャウトたちとは、何かが根本的に違う違和感が、不意に過ぎった。

 だが、今この場でそれを確認している状況でもなかった。



「デヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャハ!」



 品のない、不気味な笑い声が戦場中に響き渡った。

 何か、音声機器を通しているかのような、拡大されている声。

 どこからだ?


「なんだ?」

「ッ、上を見な!」


 ハウに言われて見上げた空には、宙に浮かぶ何者かがいた。

 魔道士のローブを纏った、二本の鬼の角を生やした、小さい老人?


「六鬼大魔将軍の一人、『妖幻鬼スドウ』!」

「六鬼? ああ、あのジジイがその一人ってか?」

「ああ。卑劣な策略や非情な戦術を用いて、人類大連合軍に多大な損害を与え続けていた、ダニのような鬼だ」

「確かに、友達少なそうな顔だぜ」


 戦場の上空に現れた、スドウという鬼。

 そのチビ鬼ジジイの姿に、人類大連合軍もその姿を目から離さなかった。

 それは、目の前の敵から目を離しても、このジジイから目を逸らすわけにはいかないという思いが見えていた。

 すると、スドウが口を開いた。


「デヒャヒャヒャヒャ、愚かな人間どもめ、亜人とも変わらぬ低脳ぶりで、ワシら誇り高き鬼に勝てると思っておるか? 何ともお笑いじゃのう!」


 うわあ~


「なあ、あのジジイ、ぶっとばしていいか?」

「動くなって言われてんだろ?」


 六鬼大魔将軍ね~、どんだけ強いんだ? 

 今なら俺のふわふわパニックでどうにかできねえか?

 いや、そういう相手の強さを分かんねえまま戦って、今まで痛い目みたし、さすがにこの場で迷惑かけんのもまずいしな~


「お前たちに絶望を教えてやろうか? どうやら、今、最前線で勇者たちがワシらの城に乗り込もうとしておるが、それは不可能じゃ! なぜなら、その入口には最強の六鬼大魔将軍が三人も待ち構えているからじゃ!」


 なんだよ、結構親切なやつだな。戦況を教えてくれたよ。


「さらに、ワシを除く残る二人は、イエローイェーガーズだとかいう若造軍団と、炎轟バーツに、風閃のシャウトとかいう小僧どもと戦っておるが、所詮は積み重ねた戦歴が違う! ワシらの相手ではない!」


 なるほどな、主要な奴らは敵の大幹部と交戦してるわけか。

 いいことじゃねえか。



「そして、残るは貴様らじゃ! 雑兵ごときではワシら鬼たちを止められぬ! そして今、それを決定的にさせるわい! いでよ、ワシが開発した『超狂鬼部隊!』よ!」



 その瞬間、遠目からでも分かるほど巨大な塊が敵の本城から飛び出して、大地を揺るがした。


「で、でか!」


 デカイ。十メートルはあるぞ。それにデカイだけじゃねえ。なんか、目がイッてヨダレダラダラで、明らかに正常じゃねえ。


「魔族秘伝の筋肉増強及び精神開放の秘薬を持って、ワシが開発した最強部隊じゃ! 現在の兵数ですら貴様らが半分以上劣っておる状況でこれは決定的じゃろう! さらにじゃ!」


 さらに? まだ何かあんのかと思った瞬間、最後方の俺たちの位置から近い場所で揺れが発生。

 近いぞ! 


「ッ、なに!」

「……げっ!」


 後ろを振り返る。

 最後方だと思っていた俺たちの背後から、鉄檻がいくつも地中から飛び出してきた。

 その檻が解放された瞬間、囚人服のような縞々の服を着た、魔族たちが出てきた。


「こ、こいつら!」

「待て、鬼じゃないぞ! ま、魔人族?」


 手枷と足かせをハメられている。

 だが、次の瞬間、その全ての枷が壊れて地面に落下。

 晴れて自由の身となったこいつらの下には、上空から大量の剣やら槍やら、武器やらが………


「そやつらは、かつて人間に国を滅ぼされた魔族の残党じゃ! 国が滅んだと同時に、その領土をワシらが占領し、こやつらをワシらの捕虜とした」


 おい、なんかこの魔人の連中、目を怒りに満ちた真っ赤に染めて、俺たちに殺意と憎しみを抱いてやがる。



「かつて、貴様ら人類大連合軍に国を滅ぼされ、王を殺され、この数年間その怒りと悲しみをぶつける場所もなく牢に閉じ込められていた死兵たち。その怒りは生易しいものではない!」



 やばい、囲まれた。



「デヒャヒャヒャヒャ! 後方から死兵たち! そして前方から無敵のジーゴク魔王国軍! この蹂躙陣形からもはや逃れる術は無し! さあ、全員……滅びるが良い!」



 最後方の俺の周囲に居るのは支援部隊。

 戦える奴らは全然いねーし、ビビりまくって腰が引けている。


「くそが!」

「ッ、逃げるよ、ヴェルト! あんただけは死んだらダメだ! この場を見捨てでもあんたは生き延びないとダメだ!」


 ハウが慌てて俺の手を掴んでこの場から離脱しようとする。

 だが、どこに?

 前方は………


「ギャハハハハハハハハハハハハ!」

「しししししししししねねねねねねねねねねねねええええええええ!」

「左翼、突撃! 奴らを勇者様たちの下へと向かわせるな!」

「くそ、くそ、くそ! 死んでたまるか!」

「後方の支援に!」

「馬鹿、俺たちが動いたら、勇者様たちが!」


 前方は大混戦中。無理だ、逃げ場なんてねえよ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 人間どもめ!」

「仇だ仇だ仇だ仇だ仇だ仇だ仇だ仇だ!」

「魔王様の仇! 王女様の仇! 死ね、一人残らず死ねェええええええ!」


 今すぐにでも飛び出してきそうな死兵軍団。

 もう、目が怒りでイッちまってやがる。

 誰もが鼻息荒くして、今にも俺たちを粉々にしそうだ。

 そんな中で、死兵たちが怒りを前面に出しながらも、それぞれの陣形を整え始めた。

 これだけの怒りの中でも、そういう頭は働くのか? 恐ろしすぎる。


「こ、これは、何人居るんだ?」

「何千だ? 多すぎる」

「ッ、しかも、おい、あの死兵たちの前に立つ三人を見ろ!」


 支援部隊が恐怖で顔を引きつらせながら指を差す。

 そこには、全員同じ囚人服なのに、何か異質な空気を放っている三人が居た。


「あれは、バカな! 生きていたのか! 五年前、勇者様たちとの戦いで死んだはずなのに!」

「だが、間違いない! 『魔法銃士ルンバ』、『召喚術師バルド』、『カラーテ拳闘士ジョンガ』だ!」

「ああ、歴戦の猛者三人!」

「間違いない、かつて『あの七大魔王』の一人に仕えた、ロイヤルガードの三人だ!」


 そう、異様な空気を放っている三人。

 魔人族は人間とそれほど変わった容貌ではない。せいぜい、耳が少し尖ってるぐらいだが、それでも三人の雰囲気は魔が溢れていた。



「五年ぶりの実践と外の空気でありますね。主の死に帯同できなかった愚かなる私たちにできることは、一人でも多くの人間どもを道連れにすることであります」



 服もボロボロ、髪もボロボロ、なのに魔の光が引き込まれるような魅力を放っていた。

 囚人服なのに、頭にはカウボーイのようなデンガロンハットを被った、赤毛そばかすの女。

 その両手には、銃口が大きい銃を両手に構えている。



「ルンバ。分かってるなり。でもなり、暴れるのは文句ねえなりが、スドウの話も忘れるななり」



 僧侶みてえなスキンヘッドの魔人の男。目を瞑っているのか開けているのか分からないぐらいの細目。

 その手には、ゴブリンのような紋章が入った身の丈以上の大きな杖。



「バルド、当たり前でしょうが。ここで我らが暴れて功績を上げれば、ジーゴク魔王国が真っ先に人類大陸の帝国を攻めてくれるって話でしょうが。スドウが約束してくれたでしょうが」



 特徴、前髪が長くて目が隠れている。でも、尖った耳だけは見えている、中肉中背の男。

 以上。

 とにかく、この三人が桁違いだった。



「ジョンガ、わかっているであります。スドウの話では、五年前、魔王様が人間どもに殺されて、幼かった姫様は捕らえられて帝国の大監獄に幽閉されていることを」


「そうなり。我らの復讐は大事なりが、今一番大事なのは、姫様を救出することなり」


「姫様を守れなかった我ら『ロイヤルガード』と『女王騎士部隊』の力で、姫様を必ず救い出すでしょうが! そのためには、ここは力の限り暴れるでしょうが!」



 来る! 血に飢えた魔族どもが!


「ちっ、仕方ねえな………」

「ヴェルト! 何する気だい!」


 仕方ねえだろうが。余計なことはしないけど、これは余計なことじゃねえ。

 だって、今は俺しかできねえからだ。



「フォルナと約束したんだ、死ねるかよ!」



 俺は、できることをやることにした。



 この展開が、やがてとんでもないことまでやらされる羽目になるとは知らずに。

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