第160話 亜人も目を奪われるオッパイ

 漆黒の人狼たちが笑みを浮かべていた。


「我らは、黒狼旋風団」

「個人技に特化し、決して群れることのない誇り高き人狼よ」

「しかし、我らが手を組めば、フィールドに解き放たれた野性を抑えるすべはない」

「孤高を目指す我らの前に、情欲などくだらぬもの」

「野性において重要なのは、食うか食われるか。それ以外のこと囚われることなど………」


 と、まあ、何やら色々と語ってくれている人狼で構成されているチームなわけだが……


「エルジェラ、ヘディングだ!」

「任せてください、ウラさん!」


 ハイボールが上がった。しかし、マークの厳しいウラに敵が密集しているのを見計らい、ウラは絶妙のスルー。

 その背後に高いジャンプを見せるエルジェラが、ボールをたたき込む。

 そう、ヘディングで狙うはずが……


「あっ、あれ?」

「馬鹿、飛びすぎだ!」

「きゃあ!」


 翼のあるエルジェラのジャンプ力は予想を超え、ヘディングのつもりが、胸でトラップ……


――ボヨーーーーーーーン!


 胸でトラップかと思ったが、そのありあまる山脈の弾力にボールが弾かれてしまった。



「「「「「おっぱいゆれたああああああああああああ!!!!」」」」」



 人狼たちを筆頭に、会場全体が揺れた。

 そして、エルジェラのそのプレーに目を奪われた人狼たちは身動きとれず、ボールはそのまま敵ゴールに吸い込まれた。



「ゴ、ゴーーーーール! またもやビッグプレー! エルジェラ選手の必殺、パイショット! 会場中の男たちの心を鷲掴みよん! っていうか、男じゃなくても鷲掴みしたーい! あれには、一体何が詰まってるのん? っていうか、あれって本物よねん!」


「この会場でそれを知るのは二人だけじゃん! 一人は燃え尽きた灰のように真っ白になったムサシ選手に抱っこされているコスモスちゃんじゃん? んで、もう一人は旦那のヴェルト選手っしょ! 朝倉~、あんた、揉んだことあるんでしょ? どうだった? つか、もう吸った?」



 柔らかかった……美味しかっ……じゃねえ!

 そういう茶々いれんじゃねえよ。なんか、俺が人間っていう理由以外で睨まれてるんだが?


「くそ、見せてやる! ブラック・ファング・シュート!」

「あめえ!」


 だが、試合に関してはいい感じ。

 一回戦でまるでいいところのなかったムサシに変えてエルジェラを出したが、十分な働きとともに俺たちの快進撃が続いた。


「コラー! ゴレイロ! 誰もテメーのセービングなんか見てねーんだよ!」

「とったら、すぐにエルジェラに渡せって言ってんだよ!」

「間違ってもファルガとかに回すんじゃねえぞ!」


 なんか、かなり最初とは違うブーイングが流れ出した。

 亜人のムサシを引っ込めて、さらに批判されるかと思ったが、なんか男中心に色々と言われるようになった。


「まっ、いっか! おら、エルジェラ! ドリブルで上がれ」

「はい、ヴェルト様! がんばります!」


 とりあえず、リクエスト通りにエルジェラにボールを投げてやった。

 丁寧にボールを足で止めて、エルジェラが上がる。だが、その前に敵ディフェンダーが立ちはだかる。


「パスは絶対にさせねえ! 俺を抜けるもんなら抜いてみな!」

「くっ、だ、ダメですね……私では抜けません。ここは一旦後ろに……」


 相手を見て、一旦後ろにボールを戻そうとするエルジェラ。

 だが、


「パスするな―! エルジェラ! 抜け―! お前なら、抜ける! 行けー!」

「勇気を出せ、エルジェラ! いける! フェイントで抜け!」

「左右の動きを見せろ! 上体を左右に揺らせ!」


 俺やファルガへのブーイングとは一変し、なぜかエルジェラがボールを持った瞬間に、後押しするような声援。


「ヴェ、ヴェルト様?」

「あ~~~~~、がんばれ」


 いいよ。もう、行っちゃえよ。

 俺はエルジェラにゴーサインを出した。

 すると、



「わ、分かりました。お相手致します」

「来い! おっ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 エルジェラが右に左に上体を揺らす。



「「「「「キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」」



 その瞬間、たゆんたゆん、ばいんばいん、二つの山脈が激しく揺れた。

 サムライブルーのユニフォームにそびえ立つ、二つの富士山が揺れた。いや、むしろエベレストか。


「な、なんだ、あれは! 本物なのか!」

「あの、ヴェルトとかいうのは、あれを毎晩揉みしだいてんのかよ!」

「ちくしょー! ウラの美脚だけじゃなく、あんな全生命の至宝を独り占めしてんのかよ!」


 な、なんて、なんて分かりやすいアホなんだ、こいつらは……


「や、やった、抜いた!」

「うぐっ………何もしていないのに、ヌカれた」


 一瞬の隙をついて相手を抜き去るエルジェラ。

 何故か中腰のまま前のめりに倒れる人狼は、昇天したかのように穏やかな笑みを浮かべていた。


「ウラさん!」

「う~、お、おち、お乳を揺らしおって、私だって、形には、形には……自信があるんだぞ!」


 上がったボールに対して足を九十度上げてかかと落としの要領で相手ゴールにたたき込む。

 その破壊力、間違っても脳天に食らっちゃいけないほどの威力だった。


「ゴーーーール! そして、ここで試合終了よん! トンコトゥラメーン、五対ゼロで、黒狼旋風団に勝利! 無傷の連勝を重ねて、決勝進出決定!」

「初出場でこの成果、マジやべえじゃん! おまけに、ウラっちは今大会の得点王候補じゃん!」


 勝っちゃったよ。


「クソ上出来だな」

「おう」


 鉄壁の守備で無失点記録を更新してしまった、俺とファルガのコンビは気持ちが乗ってハイタッチ。

 なんか、女三人に攻撃任せたら、これがモロハマリで、俺たちは破竹の勢いでトーナメントを勝ち進んでいた。


「うほほーい、やったっぜベイベーっすね!」

「きゃう! きゃーお、きゃきゃきゃ!」

「せ、拙者が抜けてから、まるで苦戦なく……」


 大ハシャギで俺たちを迎えるドラとコスモス、そして一人某ボクサーのように真っ白な灰となったムサシ。


「ったく、騒ぎすぎなんだよ。まあ、ムサシが球技ダメってのは驚いたがな。ほーれ、コスモス、来いよ」

「うっ、うううう~~~、拙者としたことが~」

「きゃう、きゃ~~~うる!」


 落ち込み気味のムサシからコスモスを預かる。なんか抱っこしてほしそうだったからな。

 すると、コスモスは笑顔で俺の頭を撫でた。


「きゃ~ぷ、ぷぱ! ぷぱ!」

「くははは、なんだ? エライエライってか?」

「きゃぷる!」


 ニコッと笑いやがって! かわ……ふう、落ち着かねえとな。


「ふふふ、コスモスも分かってるんですね。パーパが大活躍したことを」

「むま! まー! ぶ、まー!」

「あら、あらあら、マーマの頭も撫でてくれるの?」

「ぶんぱ!」


 俺の腕から手を伸ばしてエルジェラの頭を撫でるコスモス。

 な、なんだ? この、アットホームな感じは。


「きゃうぅ! ぶあ! ぶあ!」

「はいはい、次も頑張るよ」

「ぶんぱ!」

「だー、わかったての、ほーれ!」

「きゃおぅ!」


 俺は、寝っ転がってコスモスを高い高い。コスモスはニコニコしながら、合いの手を入れるようにイチイチ反応して笑った。

 最初は亜人大陸に来て、身の危険を感じたのは何だったのか?

 今までにないぐらいの安全で幸せで気の抜けた時間に、俺は素直に気分が良かった。


「あらあら、コスモスちゃんに応援されたら負けるわけにいかないよね~」

「でも、いい調子っす! この勢いで優勝っす!」

「そうですね。私、戦いというものはツラいものだとばかり思っていました。ですが、ここまで爽やかな戦いと、心地よい勝利がこの世にはあるのですね」

「ふん、クソみてえな生ぬるさだがな」


 優勝ね~、勝っちゃったらどうなるんだ? 


「おいおい、まずいじゃん? いくらなんでもさー、みんな負けすぎっしょ!」

「でも、あいつら、マジでツエーぞ?」

「つか、ありえなくな~い? だいたい、サルコンで彼女とか奥さん持ちが参加してるとかさ~、マジ冷やかしじゃん!」

「いや、それもそうだが……このままあいつらが優勝したら、俺たちはどうなるんだよ? 亜人の恥さらしだぞ?」

「ほんとだよ、誰かあいつらを止めてくれよ。うすぎたねえ、人間や魔族に負けるとか、ありえねえよ」


 まあ、さすがに勝ちすぎたな。しかも圧倒的に。

 お祭り騒ぎで盛り上がる時もあるが、徐々にその視線も変わっていく。

 このまま人間や魔族が活躍したからって、さすがに暴動は起きねえよな?

 まあ、そこらへんは備山がフォローしてくれんだろうけど……


「ヴェルト様、コスモスを預かります」

「あん?」

「コスモスもお腹が空いているでしょうから……」


 少し考え事していて反応が遅れた。

 俺からコスモスを受け取ったエルジェラが、途端にユニフォームをめくって……


「はい、コスモス、一杯飲むのよ」

「きゃう!」


 授乳のじかん…………って、おい!



「「「「「ぶううううううううううううううううううううううううううう!!!!」」」」」



 種族の壁がどうとかの問題が一瞬でブッ飛ぶほどの衝撃で、会場中に集まった奴らがズッコケた。


「あ、あの、みなさん、何が?」

「バカ野郎! だから、人前でボロンすんなっつったろうが!」

「……あっ! や、やだ、私ったら、ヴェルト様の言いつけを破るなんて……」


 この、ある意味天然女は! 


「さ、最高だ……な、なんなんだ、あの方は!」

「こ、この気持ちは……俺たちは、何を見たんだ? 桃源郷なんてもんじゃねえ。聖母の降臨を見た!」

「エルジェラ様だ……あれは、人間でも魔族でも亜人でもねえ、エルジェラ様だ!」

「やば、いいな~、私もあんぐらい欲しいっつうか、何を食ったらあんなに大きくなるんだ?」


 慌ててユニフォームを下げて胸を隠そうとするエルジェラだが、その一連の動作だけで、既に多くの亜人たち、主に男の心を掴んでいた。いや、女も羨むその体は、女の心も鷲掴みだった。


「ヴェルト様……申し訳ありません。注意されていましたのに。コスモスとヴェルト様のものである、私の体を晒すようなことに……」


 ワザとやってんのか? 潤んだ目で上目遣いで、谷間を寄せて……いや、天然か?

 そういうことをするから、俺へのブーイングがスゲーんじゃねえのか?


 ただ、そのオッパイで少し雲行き怪しくなった空気も一変したようで、それはそれでホッとした。


 やっぱ、種族関係なくオッパイってスゲーんだな……

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