第159話 予想外の再会
「さあ、既に両者の火花飛び散る中、さっそく試合をスタートさせるわん!」
「アゲアゲー! ゴーッ!」
解説席に座る、ママンと備山の合図と共に、ゲームスタート。
だが、スタートした瞬間に、ゴリラの一人が既に中央からシュート体勢。
「おーっと! これは不意をついたわん! キングコングスが開始と同時にシュート! でも、彼らのパワーならどれだけ離れていてもゴールごと相手を彼方に飛ばす破壊力! これは、さっそく先制かしらん?」
「まずは一点一殺! ネオ・ゴリラーショット!」
まるで大砲だ。
ボールの激しい回転が唸りながら迫ってくる。
だが、
「ふわふわセービング」
今の俺には手頃だぜ。
「残念。零点零殺で終わったな」
俺の新たなる力。
「ッ! な、ば、バカなウホ! 俺のゴリラーショットが! あんな小さい人間に!」
何重にも空気の壁を作ってシュートの威力を殺して、最後は激しい乱気流を纏った俺の手でボールを触った瞬間には、既にボールの威力は全て相殺された後。
チロタンとの一戦を乗り越えた今の俺にはこの程度の威力は通じねえ。
「なななな、なんとー! 驚いたわん! 抜群の破壊力を誇るゴリラーショットを、ゴレイロのヴェルト選手が難なくワンハンドキャッチ! これはショックが大きいわん!」
「やべーっつーか! ドヤ顔のヴェルト選手! 対してキングコングズのショックは大きいか?」
ギャラリーもざわつきだしている。なかなか、良い気分だ。
こうやってボロクソ言ってくる奴らを見返すのはな。
「クレラン!」
「任せて、弟君!」
すかさず、俺はクレランにボールを放る。ボールを受けたクレランの前には、ディフェンスに回ったゴリラが一匹。
「止めるゴリ!」
「ふふ~ん。トランスフォーメーション・ミラージュラビット」
「なあっ!」
ドリブルで上がろうとするクレランの耳に、突如ウサギの耳が。
可愛い? じゃなくて、目の前で対峙するゴリラは面食らって狼狽えて、アッサリ抜かれた。
「えっ? アッサリ抜かれたじゃん!」
「あれは、ミラージュラビットよん! エルバンド高原に生息するミラージュラビットは、蜃気楼を生み出す能力を持っているのん。その能力で、凶暴な肉食獣から逃げ延びると言われているんだけど、それをドリブルに応用するなんて、正に蜃気楼ドリブルよん!」
蜃気楼ドリブルという、あまりにもソレっぽい名前に、観客からも感嘆の声が漏れてざわめき出す。
それにしても、クレランに食われたウサギも、まさかこんな能力の使われ方をされるとは思わなかっただろうな。
「さあ、ウラちゃん、お願いね!」
「任せろ」
ディフェンスを抜き去ったクレランが、ウラにボールを転がす。
ウラの前にはディフェンスとゴレイロの二人。
「いかせんウホホ!」
「蹴散らす」
ウラは構わずシュート体勢。だが、ゴリラもクリアをすべく、蹴る体勢。
「逃げるウホホ。そんな小さな体で、俺のパワーとぶつかったら、体がメチャクチャになるウホホ」
「心配いらん。私の体をメチャクチャにしていいのは、ヴェルトだけ。それ以外は、この世の誰にもこの体を好き勝手させん」
「いくウホホ! 剛力ック!」
「魔極神空手・壊激下段蹴り!」
両者渾身の一撃が同時にボールを介してぶつかり合う。
激しい爆発にも似た音と閃光が飛び散る中、一匹のゴリラが宙を舞った。
「ななななな、ぶぶ、ぶっとばしたわーん! な、なんとあんなか細い女の子が、パワー勝負で競り勝った!」
「マジありえねーっしょ! てか、朝倉、浮気したらマジで殺されんじゃね?」
ああ、俺もそう思う。
「ちっ」
しかし、ウラからは舌打ちが漏れた。
競り勝ち、その強烈なシュートがゴールに向い、ゴレイロは一歩も動けないと言うのに……
「方向まで調整できなかった。修行が足りない」
大きな振動音が響き渡った。誰も一歩も動けない中、ウラから放たれたシュートがゴールバーに当たった音だった。
「おーっと、おしいわん! 僅かにバーに嫌われたわん!」
「ボールがこぼれてるじゃん! 早く追いかけな!」
惜しいがノーゴールだ。ゴールポストに弾かれたボールが宙を舞った。
「クソが。ちゃんと入れておけ」
誰もが、弾かれたボールを見て、すかさず飛びつこうとする前に、味方ゴール前に居たはずのファルガが、そのボールを拾い、そのまま自分の体ごとネットにダイブした。
この場にいた全員が、その結果にようやく気づいた時、バッシングから、どよめきと、沈黙に続き、ついには大きな歓声がフィールドを包み込んだ。
「ゴーーーーーーーーーーーール!」
「な、ちょ、なんだ、今のは!」
「あ、あの人間、なんてスピードだよ! 一瞬消えたと思ったら、気づいたらゴールの中に飛び込んでるんだから!」
「いや、その前のゴレイロだよ! あのゴリラーショットを片手でキャッチできるか? 普通!」
「あの、女もだよ! アッサリとドリブルで抜いたし!」
「魔族の女も、あんな細い体格で、とんでもねえパワーだった!」
それは正に、度肝を抜く。そのものだった。
「しっかし、なんかワープしたみたいだったけど、あのオレンジ頭の兄さん、何やったんだ?」
「ふふーん、あれはねん、究極の踏み込み、『瞬地』ねん」
「しゅんち?」
「走るのではない。歩くのではない。踏み込んで飛ぶ。剣や槍で、突きに特化した戦士が身につける高等な技。彼はたった一歩の踏み込みで、自陣のゴール前から、目にも見えない速度で相手ゴールに飛び込んだのよん」
「はあ? まじありえねーじゃん!」
「天賦の才能、鍛え抜かれた全身の筋肉と、自身の体の構造を理解した力の伝導方法、そしてタイミング。全てを身につけた者でないと会得できない力よん。すごいわね~ん」
そんな正式名称があったなんて知らなかった。
しかし、これってフットサルか? いや、魔法を使った俺が言うのもなんだが、どいつもこいつも能力を応用しやがって。
「今のは、私のアシストだな」
「クソが。鉄枠に当てるぐらいなら、そのまま入れりゃいいんだ」
「もー、喧嘩しないの。二人とも、ナイスプレー!」
「うおおお、拙者、拙者は何もしていませぬ! 今度こそ、今度こそは拙者が切り込むでござる!」
「ナイスゴールっすよ、兄さん!」
「みなさーん、とーっても素敵ですよ!」
「きゃう! ばー! ばー! ばう!」
まっ、いっか。
なんか、審判もギャラリーも文句を言ってねえし。つか、観客が普通に盛り上がってるし。
「しっかし、思いの外うまく行ったな。魔法や能力使っていいんなら、優勝できんじゃねえか?」
「何を言う、ヴェルト。優勝を狙っているに決まっているだろう!」
「面倒だが、やるからには勝つ」
優勝か。そんな単語、体育祭以来初めて聞いたな。
みんなで力を合わせて頑張りましょう。うすら寒い青春ドラマだ。
なのに、今の俺はそれをたまらなく楽しんでいる。
そうだな。くだらねえ意地張ってないで、楽しむか。
優勝狙ってみるかな?
俺は素でそう思っていた。
すると、その時だった。
「へ~、すごいね。さすがは局長が認めた人たちだね」
一人の亜人の声が聞こえた。
大勢のギャラリーが集っている中で、どこか異質な感じがして、俺たちは思わず振り返った。
「僕も、早く試合したいな」
若い。そして中世的な顔つきで、一瞬女かと思った。
優しそうな微笑み、前髪にかかるくらいのサラサラの黒髪。物腰はゆったりとしていて、威圧感や迫力は感じない。
だが、その亜人が近づいてきた途端、
「あ、あああああああああああああ!」
ムサシが大声を上げた。
「やあ、ムサシ、元気かい?」
爽やかに挨拶を返す、男。あれ? てか、こいつどこかで?
すると、その男の存在に気づいた亜人たちが、興奮の声を上げた。
「キャアアアアアアアアア! ステキーーー!」
「うお、うおおお、やっぱり来てた! 今大会優勝候補ナンバーワン!」
「あの、シンセン組の中から勇士を募って集めた、フットサルチーム!」
「去年の大会MVP!」
「大会三連覇中、亜人界ナンバーワンの天才プレイヤー!」
あっ、思い出した! こいつは、シロムで会った、ムサシの元上司!
「シンンセン組一番隊組長! ソルシ・オウキ組長だ!」
おい! なにやってんだよ、シンセン組!
「ふふふ、さあて、もう少し見せてくれるんだろ? それとも、それが君たちの限界かい?」
あ゛?
気に食わねえ。
こっちが何をやっても涼しい顔。
まるで親が子供に「すごいすごい」と褒めているかのような上から目線。
「ネオ・ゴリラーショット!」
「ふわふわセービング!」
それを、どうにかして度肝を抜いてやりたいと思った。
「おーっと、すごいわん! ヴェルト選手、またワンハンドキャッチ! ボールの威力が完全に無効化されて防がれてるわん!」
「うわああ、や、やばいじゃん、あいつ! つーか、マジあいつ、魔法の世界にどっぷり浸かってんじゃん!」
「これは、キングコングスも茫然自失! さあ、ここはトンコトゥラメーンの追加点が欲しいところ! おーっと、ムサシ選手が猛アピール!」
試合の流れは正直、俺たちに傾いている。
出会い頭の一点を獲得して、続いて相手の強烈シュートも難なくキャッチ。
でかい図体がうろたえているところに、追加点を奪ってトドメを刺したいところ。
「へ~、やるじゃないか。さすがは、局長が気に入った坊やだ。リモコンのヴェルトくん、腕を上げたじゃないか」
だから、リモコンはやめろっつーの! そのあだ名を世界に広めたらぶっ殺す!
「殿ーッ! 拙者に! 拙者にボールをいただきたくお願い申し上げまする!」
「よっしゃ、いけー、ムサシ! かつての上司の度肝を抜いてやりな!」
「はっ! ありがたく! 誠に恐悦至極にございまする! さあ、いくでござる!」
見てやがれ。どうせなら、圧倒的点差でそのヤサいツラを驚かせてやるからよ。
クレランもファルガもウラも持ち前の力と能力を駆使した。次は、お前が魅せろ! ムサシ!
だが……
「よっ、おろ、あた、ほっ、あら」
「……………もらったウホ!」
「ああああああああああ!」
……おい……
「な、なんと、ムサシ選手! へっぴり腰でボールを蹴り損なって、アッサリボールを取られたわーん!」
ムサシ、トラップミスでボールを奪われる。
「ぬぬ、今度こ、おろ?」
「ムサシ選手、空振り! これは恥ずかしいわん!」
ムサシ、おもくそ空振り。
「う、浮いたでござる。拙者が確保ッぶへ!」
「ムサシ選手、顔面強打よん! おっーと、鼻血ブーだわん!」
ムサシ、浮いたボールをトラップしようと思ったらボールに顔面強打。
「おおおおおっと! ムサシ選手、またもやミス! ボールの支配率はキングコングス優勢!」
……………おい!
「お、おりょ~、と、との~~~~~」
ムサシ、既に半泣き状態。ここまで来れば、もはや思いはひとつ。
「な、なあ……」
「あの、虎人族の娘」
「ムサシお姉」
「ムサシ様」
「お姉様」
「やれやれ、ムサシは……」
「なんと……」
そう、
「「「「「死ぬほど下手くそじゃねええかああああああああああ!」」」」」
戦闘ではあれほどキレのある動きを見せるムサシが、センスの欠片も感じられないほどの運痴を披露。
もはや、学校で体育の授業でなにもできずに右往左往している奴と同じだ。
「ピーーーーーーーーー! それまで! 三対零で、トンコトゥラメーンの勝利よん!」
試合は………なんとか勝った。
「うう~、拙者なんて、拙者なんて……」
だが、一名へこんだ。
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