第156話 それでも親子

「あらん?」


 俺たちに衝撃を与えて登場したユーバメンシュは、ファルガとウラを交互にジーッと見つめている。なんだ?


「ふふ~ん、あなたたち、お名前は? フルネームで」


 まずいな、何かに気づかれたか?

 つか、さすがにファルガとウラのフルネームは、亜人世界でも有名すぎるだろう。

 ここで名乗って大丈夫か?

 だが、二人とも最大限の警戒態勢を見せながらも、堂々と答えた。


「ファルガ・エルファーシアだ」

「ウラ・ヴェスパーダだ」


 その名前に、備山は素で意味分かんね~的なアホヅラだが、亜人のジュウベイたちや、店の従業員たちはその意味を理解して驚きを見せている。

 中には、持っていた皿を落としているメイドもいる。

 そして、ユーバメンシュはと言うと、二人の名前を聞いた瞬間、花が咲いたようにニッコリと笑った。


「やっぱり~、あなたたち、『ファンちゃん』と『シャーちゃん』の子供達ねん! 目つきや身に漂う雰囲気がソックリ!」

「なっ……に? テメエ、クソおふくろを知ってるのか?」

「父上を知っているのか?」


 ファルガとウラがビクリと肩を震わせて身を乗り出した。



「あの、ヴェルト様? どういうことです」


「そうだな、エルジェラたちは知らねえか。多分、ファンちゃんってのは、ファルガの母親で、エルファーシア王国の女王であり、光の十勇者でもある『女王大将軍・ファンレッド・エルファーシア』のことで、シャーちゃんってのは、ウラの親父の七大魔王のシャークリュウのことだと思うぞ」


「まあ、二人共世界に名を轟かせる種族の代表だから、面識あるのかもね」


「お、おい、人間! あの二人、そんなスゴイ素性だったのか?」



 まあ、そりゃ~、驚くよな。

 だが、これで逆にこのオカマも、やっぱり四獅天亜人なんだなと思わせるようなことでもあった。


「ママン、誰のこと?」

「うふふ、ママンの古い戦友よん。共に種族は違うけどん……それぞれが抱えて背負うものを理解し合うことができる、尊敬すべき敵でもあったわん」


 その時、俺たちはハッとした。


「ファンちゃんは、これがも~、敵に一番回したくないタイプ。究極のサディスティックで、い~つも戦場を恐怖で包み込むしん、シャーちゃんに関してはスゴイ堅物で一本木で義理堅い。かつては、死ぬほど憎しみあって殺し合った中だけどん、やっぱり敵でも同じ時代を苦楽を共に駆け抜けてきた相手。引退してからは、余計にそう思うわん」


 女王や鮫島のことを語りだしたユーバメンシュの瞳が、とても純粋でキラキラと輝いていることを。


「ファンちゃんは今でも頑張ってるみたいだけどん、シャーちゃんが五年前に死んだと聞いたときは、もう涙が出るほど悲しかったわん」

「五年前? ママンがしばらく酒を浴びるように飲んでたころ?」

「そうそう。その頃よん」


 俺は、どこか心を大きく打ち抜かれた気がした。

 ユーバメンシュは俺たちとは考え方や駆け抜けて見てきたものが根本的に違う。

 俺たちの想像もつかないような世界と時代を駆け抜けてきたからこそ言えることかもしれない。

 殺し合いをした相手のことを嬉しそうに語るこの亜人は、途方もなくデカイ奴だと、俺は身震いした。


「……父上のことを知っていたのか」

「ええ。でも、その忘れ形見のあなたと会えるなんて、本当に人生って分からないものねん」


 そう言って、ユーバメンシュはウラの頭を撫でた。

 その大きな大きな手で、包み込むように、そして優しく。



「よく、頑張って生きてきたわねん。会えて嬉しいわん」


「……ッ! わ、私は……私は、ただ、生きてただけだ……父上やみんなが守ってくれて……ヴェルトが居なければ、私は……」


「ヴェルト?」



 ユーバメンシュと正面から目が合い、思わず俺はビビりそうになった。

 ヤベエ、……いきなり、手を斬られたりしねえよな? 四獅天亜人は何するか分からんからな。


「ああ、その子ねん。ラブ・アンド・マニーのクソ生意気なガキをぶっとばして、ファンちゃんの娘のフォルナちゃんを助けたのは」

「おっ、おお……」

「ふふ~ん。ちょっと、小生意気な感じだけど、可愛いわねん。ほら、アルテアの用語で何だっけ? ツンデレ?」

「誰がツンデレだ! てか、アルテア用語って、別にお前が考えたわけじゃねえだろうが!」

「あらやだ、人の娘に向かって、お前~なんて、プンプン」


 はっ、いつものクセでツッコミを……あぶねえあぶねえ、これでイーサムに腕切られたんだから、マジ自重しねえとな。


「あ~、ママン、そいつはいいよ。そいつとは、ケッコー知らねえ中じゃねえし」

「あらやだん。ひょっとして、アルテアのイイ人?」

「ふふ~ん、どうっていうか~、まあ、そんな時もあったかな~っていうか」

「も~、ちょっとなになになに~! ひょっとして、ヴェルトちゃんってプレイボーイ? ファンちゃんの娘さんに、シャーちゃんの娘さんに、私の娘にまで手を出して、やるじゃな~い!」

「あたし、手ェ出されてねーよ?」

「当たり前でしょ! 結婚する前に手を出してたら、私がぶっとばしてたわん! 大事な大事なアルテアのお婿さんは、私のテストを合格しないとねん!」


 マジ勘弁しろ。お前の娘には百パー………娘……


「あんたの……娘か……」


 気づいたら、俺はこの奇妙な二人組を、いつの間にか普通の親子だと見てしまっていた。


「どうしたのん?」

「い、いや……つか、……仲……いいんだな?」

「そうでしょ~ん。私たちは、太くて、固くて熱いもので結ばれてるのよ~ん。って、あらやだ。エッチな意味じゃないから勘違いしちゃダメよん」

「いや、してねえよ……つか……」


 そう、本当に不自然なのに自然な二人組。

 どうしても目を奪われて、俺には興味が絶えなかった。


「なあ、どうし………」

「ん?」


 どうして、お前らはそんな風に接することができるのか? 

 ダークエルフの国を滅ぼしたとき、備山を保護したのはどうしてだ?

 思わず聞きそうになった。


「……いや、なんでもねえ……」


 でも、俺は聞くのをヤメた。

 こいつらの間柄はこいつらだけが分かっていればいい。

 それを俺がイチイチおかしいとか聞く権利もねえし、正直野暮ってもんだ。

 たとえ、こいつらの素性がどうでも、本物の親子だと互が思ってれば、それでいいのかもな。


「備山」

「ん? つかさ、備山とかやめろっつーの。みんなキョトンとすんだろうが」

「………なんつーか……結構、救われた」

「……はっ?」

「俺も正直、恵まれた環境に居すぎて、戸惑ってたんだ。これまで再会した奴らは、鮫島も、宮本も、加賀美も、綾瀬も、みんな前世と現在の自分で揺れ動いていたからさ。でも、お前みたいに、今を本気で楽しんで生きてる奴見ると、それも間違ってねえって思えるからよ」

「……朝倉……」

「あまりにも予期せぬ再会だが、誰かと再会してこんなに楽しい気分になったのは初めてだ。会えて良かったよ」


 本心で、俺はそう思えた気がした。


「朝倉……お前、あたしのこと口説いてんの?」

「くはははははははははははは、残念でした。俺には婚約者やら嫁さんやら奥さんやらも居るし、娘もできたんでな」


 俺は何だか楽しくて、そして嬉しくて、心の底から笑ったかもしれない。


「ウラ」

「あ、ああ」

「あとで、プリクラ貼って、先生とカミさんとハナビに手紙でも書くか」

「ッ! あ、ああ! そうだな! うん、書こう!」


 エルファーシア王国から旅立って、まだそんなに経ってもいないのに、どこか懐かしくて、久しぶりに会いたくなった。

 まさか、こんなガングロギャルにそう思わせられるとは思わなかったけどな。

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