第155話 ギャルも波乱な人生

 甘さと、喉に伝わる懐かしい刺激を感じながらコーラを飲み干して大満足だ。

 当たり前にあったはずのものがない世界。

 当たり前にあったはずのものを誰も知らない世界。

 そんな世界でようやく見つけた前世の記憶は、感慨深い思いにさせられた。


「うまいだろ? 加賀美も、コーラとかギャルアイテムとかの貿易みたいなのを持ちかけに、何年か前にあたしに会いに来たのさ」


 喉が潤って満足げに一息ついていた俺に、備山が少し遠くを見つめる目で語り始めた。


「まあ、交渉中に互いの正体を知ってさ、そっから加賀美があたしを仲間にしようとしたけどさ、話の内容が意味わかんなすぎて、断ったよ。商売の方もね。あたしは別に十分楽しんでるし、金にも困ってないからね」


 奴隷商やらオークションやらに目が行きがちだが、加賀美はこの世界でも手広く商売をしていた。

 確かに、亜人の若者でブームになったギャルアイテムとか、人類大陸でもヒットする要素は十分あっただろうからな。


「あいつ、頭おかしくなってたよ。スゲー痛々しかったつーの?」

「……お前はどうだったんだ? 記憶を取り戻して、自分が備山だったころを思い出して」

「ん~、いや、特になーんも。困ったことに、あたしはそんなに思いつめたりしなかったからさ」


 転生した俺たちの誰もが一度は経験する前世と現世の自分との間で揺れる何か。

 それが、こいつには無かった? 


「あたしさ、こ~、情熱? そんなもんに費やしてる時なんてなかったし、学校もそこそこ楽しかったし行事もけっこう真剣に出てたけど……正直、そんなもん、だから何なの? つー感じだったかな」


 俺はそんなこと考えられないと思った。そんなことありえるのかと。

 だが、備山は苦笑しながら、俺に答えた。


「あたしはさ、記憶が戻る前から結構波乱万丈でさ。小さい頃に、これまで自分を育ててくれた親が、あたしに懺悔をしたんだよ。自分が、本当のあたしの両親や家族や国を滅ぼした張本人だって。瓦礫の中から赤ん坊だったあたしを拾って、哀れに思って拾ったんだって。でも、その罪の重さとあたしへの愛情が大きくなるにつれて隠すことができなくなったから~、とか言ってさ」


 親? それってまさか、ダークエルフの国を滅ぼした、四獅天亜人のことか?


「つってもさ、ダークエルフとか戦争とか、あたし何も分かんないわけ。つか、その実際の両親の顔なんて赤ん坊の頃だったから、覚えてないわけ。それどころかさ、それまでずっと大好きだった人がさ、いきなり泣きながら頭を下げて謝られてもさ、なんつーの? 恨むとか憎むとかより、自分の所為でこの人は泣いてる? とか思っちゃって、あたしも泣いたことだけは覚えてるな」


 それは、俺にもウラにも、そしてムサシにもあまりにも異常すぎる出来事と言ってもいい。

 だってそうだろ? 

 自分の家族を殺した張本人に、愛情を持って育てられるなんて、どれほど皮肉で異常なことか。


「その時だよ。あたしさ、てっきり自分が悪いことをして、この人は悲しんでるとか思ってさ、何とか仲直りしたくて、記憶は戻っていなかったのに、ホンノーってやつ? チョー下手くそなネイルアートをお揃いでやったんだ。そしたらさ、その人……もう、ワンワン泣いてさ、あたしもまた泣いちゃってさ……でも、なんだろ。その時、あたしはあの人と本当に家族になったんだって思えたよ」


 嘘だ……そんなことありえるのか?

 だが、語っている備山の瞳にはウッスラと涙が溜まっている。


「それからだよ。その人は傭兵を引退してさ、あたしと当時田舎町だったここで小さなレストランやろうってことになってさ。でもさ、だんだん人が集まったり、あたしも新商品開発とかしていったらスゴイことになってさ。もう、それからは毎日が忙し過ぎっつーかさ。まあ、その間に記憶が戻ったんだけど、正直、だから何? 的な? だからさ、加賀美と再会したときも、『よう!』って感じだったし、世界を滅茶苦茶にしたいって言われても、『はあ?』って感じだったんだ」


 正直、意外だった。

 ガングロケバケバメイクの、すげえ軽い女だと思っていた。

 だが、この女は想像以上に複雑な人生を歩んできたのかもしれないと思わされた。


「自分の家族を殺したものを……そんな、赤ん坊だったから覚えていないとはいえ……」


 ウラも、色々と感じ取ったのだろう。うつむいて拳をギュッと握っていた。

 しかし、それでも俺はどこかまだ信じられないでいた。

 そんなことが本当に……



「たっだいま~~~~~~~~~~~~ん」



 その時、酒場に怪しく野太い声が響き渡った。



「あ、ママン。お帰りっしょ~」


「「「「「お帰りなさいませ、店長!」」」」」



 ママン? 備山が軽く手を挙げて応える相手を、俺たちは自然と振り返る。

 すると……



「あらん、見ない子ね~。アルテアのお友達~」


「そんなとこ~」


「ん? あら~、ちょっと~、なかなか可愛い子達じゃな~い。それに、魔族と人間まで居るわねん」



 俺たちは、卒倒した。

 何故なら、そこには、


「うおっ!」

「ひっ!」

「ッ!」

「こ、こ!」

「うおおお!」

「ひい!」

「ほぎゃあああああああああああああ!」


 コスモスが大絶叫するほどの化物が居た。


「あらやだ、失礼しちゃうわねん。こ~んな美人に悲鳴を上げるなんてねん。美しさも、罪なのねん」


 いや、だってさ……この人……網タイツに黒いレオタードという非常にセクシーな服装でありながら、姿は巨漢というか、デブ? 肌は色黒で、巨大な口に、スキンヘッド。

 頭部にチョコンと小さな耳二つ。


「河馬人族で、あたしを育ててくれたママン」


 そして……どう考えても……


「な、なあ、備山、こいつさ……オスだよな?」

「いや、ママンはオスの体で、男心と女心を持った人だよ」

「……それって、オカマ?」


 だって、巨大な口には真っ赤なルージュが塗られてるし。

 てか、その巨大で逞しすぎる手に、カラフルなネイルアートがどう見てもミスマッチだし!

 だが、備山のママンが巨大なオカマだったことだけでは、ファルガたちもそこまでは驚かない。

 問題なのは……



「ッ……四獅天亜人、狂獣怪人ユーバメンシュ」



 そう、この巨大なオカマ怪人こそが、あのイーサムと肩を並べる、四獅天亜人の一人だったからだ。


 

「って、俺も名前しか聞いたことなかったけど、オカマだったのかよ! つうか、絶倫ジジイに続いては巨大オカマとか、もっとマシな英雄は居ないのかよ!」


「と、殿! ど、どうか落ち着いてほしいでござる!」


「そうだぞ、ヴェルト。気持ちはすごいわかるが、そういう生意気なことを言って、イーサムにどんな目に合わされたか、忘れたか」


「こ、これは、食べられないね」


「ぎゃあああああああああああああ、怖いっすうううううううううううう!」


「これが地上世界の驚異! くっ、コスモスは守ります」


「ホギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」


「私たちも初めて見た……」


「と、とんでもない、オーラだよ」


「このお方があの伝説の方なの」



 亜人のジュウベイたちにとっては、膝まづいて崇めるほどの存在。

 それが、こんなモリモリのクセにクネクネした怪物なのか?



「も~、やーねー、そんな物騒な名前で呼んで。私のことは、ママンと呼びなさい! それが嫌なら、ユーちゃんでもオッケーよん」



 しかしまあ、こうして対峙してみると、恐怖というか、絶対に戦いたくないという意識ばかりが生まれてくる。


 どっちにしろ、怪物であることだけは確かではあった。

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