第135話 天使の乱痴気騒ぎ

 俺が生まれた頃から世界三大称号は存在していた。

 その一人一人まで知っているわけではないが、その絶大な栄誉を持った英雄を筆頭に、世界の戦争の歴史は作られてきた。

 帝都を襲撃したサイクロプスのラガイアは、三大称号など過去の遺物と言ったが、その栄誉はフォルナの手によって守られた。

 だが、これはどうだろうか? 

 あの、鮫島と同等クラスの力を持っていたのではと思われる七大魔王が、三人の天使にアッサリと捕らえられて牢に閉じ込められた。

 その、地上世界の歴史や誇りをアッサリと打ち砕かれたような現実に、俺たちはしばし呆然としていた。


「光の十勇者のフォルナや、四獅天亜人のイーサムと並ぶ称号の持ち主が、あのザマだからな」

「正に恐るべしだな。世界が知らない怪物が、私たちがいつも見上げている空の上に居たとはな」

「クソ不条理もいいところだ」

「拙者もまだまだ修行が足りませぬ。上には上がいる」

「さすがに~、あれを食べたら食あたりしそうだね~」

「あの姉さん達、怒らせないようにしないとまずいっすね」


 雲の上はパレード状態だった。

 戦勝や贔屓の騎士の活躍を目の当たりにした天空族たちは、凱旋する戦乙女たちに声援を送っていた。


「キャアアアアア! レンザ様ステキ!」

「ロアーラ様、なんて圧倒的なのかしら!」

「抱いてください、エルジェラ様!」


 戦う女たちに愛ある声援を送る女たち。

 一見、百合百合しい光景ではあるが、まあ、それも文化だからあんまりつっこまんどこう。

 それに、もはや百合だなんだは、さっきまでの戦争の光景が衝撃的すぎてどうでもよくなった。



「敵軍の総大将は捕らえた。これで再び我らの領空も穏やかな日々に戻るであろう。みな、大義であった! 今日は国を上げて酒を飲んで語らおう!」


「「「「はいっ!」」」」



 ロアーラの激励の言葉で、一斉に鎧を脱ぎ捨てて兜を空に放り投げる戦乙女たち。

 彼女たちはその喜びを体で表すように、ウェットスーツ一枚、中には全裸になって走り出し、大きな湖に飛び込む者たちもいた。


「やっほーう!」

「きゃあ、も~、やったな~、それー!」

「ああん、もう! えい! えい! えい!」

「えへへ、やったね、私たち」

「当たりまえさ。私たちが力を合わせたんだ。さあ、その顔をもっと私に見せて、その唇を堪能させて」

「あん、ダメ、みんなが見てるよ~」

「ああ~ん、私も恋人欲しい~、彼女欲しい~」


 目の保養……


―――グサッ


「ぐおおお、目が! 目が! ウラ、おま、目潰しはシャレにならん」

「だ、黙れ。お前がまた、私やフォルナ以外に興奮するのは許さん。エッチなことは私がしてやる!」

「わ~、やっぱ女の子しか居ないから開放的なのね~」

「う~む、大胆でござるな」

「うっひょ~、鼻血ブーっす! マジ最高の絵っす! 頭に焼き付けたっす!」

「クソくだらん。あんなのに、七大魔王が負けやがって。地上代表の恥さらしが」


 だが、それでも間違いなく天空王国は強かった。特に、軍を率いた三人の天使は圧倒的だった。

 だからこそ信じられない。あの三人が、間近で接するとこうだとは……


「ヴェルト様! 今、戻りました!」

「お、おお。エルジェ……って、なんで全裸なんだよ!」

「あっ、申し訳ありません。今日は無礼講ですし、戦で甲冑や服が汚れましたので」

「服が汚れたから全裸になればいいじゃないなんて、どこの世界の裸族の発想だ!」


 俺の背中に抱きつくように、エルジェラが飛びついてきた。

 しかも全裸だ。

 ヤバイ……何だか、また……


「ッ、ダメだ、ヴェルトからいい加減に離れろ! 最初は命の恩人として見過ごしていたが、これ以上は……ひゃああ!」


 顔を真っ赤にして、俺からエルジェラを引き剥がそうとしたウラだが、その首根っこを誰かに掴まれた。

 それはレンザだ。


「へ~」

「ッ、何をする!」

「いや、お前、スゲーいい女じゃねえか。地上人にもこんな良い女がいたんだな。好みのタイプだぜ」

「……はっ?」

「今夜、オレの寝所に来な。抱いてやるぜ」

「は? ……ふ、ふざけるなー! 私は同性愛の趣味はない! 私には恋人が居るんだ! って、ヴェルト! お前の女が女に寝取られそうなんだから、助けろ!」


 既に酒飲んで酔っ払ってるのが、レンザがウラにしなだれかかって口説き始めた。

 いつもならぶん殴ってるウラも、生理的にゾッとしているのか、すっかり怯えきっていた。


「きゃーなに、この子、可愛い!」

「わー、お姉さんと一緒にお話しよう」

「あら、可愛いお胸」


 そして、お姉さま方にロックオンされているのは、……


「は、離すでござる~!」


 目をグルグル回してパニクってるムサシだった。

 羽織袴をドンドン脱がされて、されたい放題だった。


「ファルガさん。それでは、先ほどの話に戻ります。是非にチンチンを私に見せていただきたい!」

「あのねー! 冗談としては最高だけど、真顔で言うんだったら許さないからね! 私だって見たことないんだから!」


 おお、意外な修羅場。

 なんか、真剣にスゲーことを頼み込んでいるロアーラに、少しマジになったクレラン。

 

「クソ共が」

「「逃げるな!」」

「ぐおっ!」


 ファルガはド無視してその場を後にしようとしたが、その瞬間、二人の女に首根っこ掴まれてしまう。

 おお、ファルガがうろたえてる姿を初めて見た。


「ドラちゃんすごーい!」

「いけー、とべー、きゃはははは!」

「わたしもわたしものりたいー!」

「わう、そんなに暴れないでくださいっす、順番っすよ~!」


 湖の中では、巨大化したドラが、なんかアスレチック的な役割で、子供たちに大人気。

 小さな天使たちを背中に乗せてハシャイでる。

 俺たちの意思なんか関係なく、既に俺たちは飲み込まれているのかもしれない。


「ツエーな。お前らが俺たちに警戒しなかったのは、俺たちが問題起こしてもすぐに取り押さえられると思ったからか?」

「違います、ヴェルト様。あなた方と、先ほどの地上人の方々では瞳の色が違いました。理屈ではなく、私は直感であなた方は信じられると思いました」


 器のデカさ。

 こいつらにとっては、地上で人類、魔族、亜人で繰り広げる神族大陸での戦いすら、取るに足らないものなのか?

 そう考えると、少しだけ悔しい気持ちもした。

 その戦で、生きるか死ぬかを日々過ごしているフォルナたちを考えると。

 まあ、俺にはそんな資格はないんだけどな。


「ふう、ちょっとどっかの木陰で休んでくる」

「あら、どちらへ? まだまだ料理やお酒、それに聖歌隊や楽団の催しがあるのですよ? 戦勝とあなたたちの歓迎を込めて」

「ああ、そいつはありがたいんだけど、こうも無防備な姉さん達が裸でスキンシップしてくると、ヤバイんでな。地上の嫁さんにぶっ殺される」


 俺の理性もやばそうだし、ちょっと離れておこう。


「ヨメ? ああ、つがいのことですね。聞いたことがあります。地上世界では性別の違う者同士が心を通わせて生涯を共にすると。ヴェルト様にもそのパートナーの方が?」

「まあな。だから、こんな場面を見られたら、浮気だと言われてぶっ殺される」

「うふふふふ、とても幸せそうな話ですね。もしよろしければ、お話を聞かせて頂けませんか? 私のお気に入りで、静かになれる見晴らしの良い領空があるんです。是非、一緒に」

「………おい、移動したら凍え死ぬとかないよな?」

「大丈夫です。少し離れた場所ではありますが、問題ありません」

「は~……まあ、いいぜ。ただし、何か着て来いよ。お前には、礼も言っときたかったしな」

「あら、とても誠実な方なんですね、ヴェルト様は。では、参りましょう」


 こうして「まあいいか」という軽い気持ちでエルジェラの誘いに乗った俺は……





 後の人生を色々と大きく変えてしまう出来事に遭遇してしまう。

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