第131話 雲の上の王国

 雲の頂上には円状の城壁、その中央には教会を模した建物や宮殿らしきものまで見える。


 四角いタイルを規則正しく並べられた真っ白い床。

 その床の材質は、全て雲を元に作られているとのことだ。

 雲を固めてから、整備して、その上で雲を材質にしたタイルを敷き詰めている。

 それと同じ原理の材料を積み重ねて作られた家。

 雲を溶かして作られた人工的な湖

 緑のない、地方の田舎町のような光景。

 それは、異常なほど汚れの一つも見えぬほど純白だけに染まった世界だった。


 穏やかで、のどかな時が流れる世界の中で、美しい天使たちが地上世界の人間たちと変わらない生活を過ごしていた。

 いや、同じと言ったら少し語弊があるな。


「あら、素敵な音色。この笛の音は、第六皇女のレンザ様よ」

「まあ、なんて美しいのかしら」


 湖のほとりで、笛を奏でる美しい女。絵になる。


「まあ、見て! 第三皇女のロアーラ様よ! 天空世界最強の軍神」

「なんて威風堂々とした佇まいなのかしら」


 天空王国の街の中心を、部下の戦乙女たちを引き連れて闊歩する、鋭い瞳の女。

 行き交う皇女から、それに見惚れる者たちも、全てが美しい天使の容貌。

 本当にここは現世と切り離された天国ではないかと疑ってしまいそうになる。


「なるほどな。世界は広いな」


 死の淵から蘇った俺は、エルジェラの案内の元、天空世界ホライエンドの景色を目に焼き付けていた。

 どれもが地上にあるようで、地上では見られない光景。

 

「らっしゃい! 今日は、あたいが東の雲海で獲った良い空魚がたくさんあるよ~」

「ねえねえ、今日どう? 一杯やってく?」


 中には、天使っぽくない豪快な奴らも存在するが、粗暴さは感じない。

 色が白いだけで、建物の並びや形や規模は、エルファーシア王国とさほど違いはないものの、やはり全員が天使のような美女ばかりだと緊張してくる。


「ヴェルト。体はいいのか?」

「ああ、心配かけたな」

「ほんとだ。もしお前に何かあったらと思うと………ぐす……うう~、しばらくダメだ。涙が止まらない」

「悪かったな。それより………涙と一緒にたまに出す、その黒いオーラをどうにかしてくれないか?」

「いやいや、私は別に怒っていないぞ? エルジェラが覆い隠した翼の中から、お前たち二人が全裸で、エ、エル、エルジェらのお、おぱ、おおお、ぱ、おち、お乳に顔をうずめて、お前の、その、アレを握って出てきたときは……殺してやろうと……いや、怒ってやろうとしたが、そのアレは……」

「人命救助のためだ」

「あ、ああ。そうだ。私だって信じているぞ。その、て、天国ではアレがしゅ、主流だっただけだよな?」

 

 まるで、西洋の美術館の中に居るような光景だ。

 細かいことなど気にならなくなる。


「ふふ~ん、ねえねえ、おとーとくん。それで~、どうだった? エルジェラちゃんの~、お手々とお乳は? 気持ちかった? 美味しかった?」

「人命救助のためだ!」


 おっ、元気に子供が走り回っている。中には、体のサイズにあった小さな翼をパタパタ羽ばたかせている子もいる。

 みんな、女の子だが、無邪気な天使が追いかけっこしている。


「殿ォォォォォォ! 殿ォォォォォォ! よかっだでござる~、よがだっだでござる~、よがっだでござる~」

「おい、あんまりひっつくな。鼻水つきまくってるじゃねえかよ」

「しかも、泣き叫ぶばかりで殿の蘇生を真っ先に行わなかった拙者の怠慢は計り知れませぬ! もう、二度とこのようなことは!」

「おお」

「それに、蘇生方法は分かりましたゆえ、万が一、億が一、同じ事態になりましたら、今度は拙者が同じ蘇生方法で殿を助けまする。こ~、熱く唇を押し付けて生命エネルギーを流し込み、母なる乳房を押し付けて、殿の勇猛なる虎徹を白羽取りすることで、殿が復活すると分かりましたゆえ! おかませくだされ!」

「……、今度、正しい人命救助の方法を教えてやる」


 天空世界は環境操作されているとのことだ。

 地上より高度何万メートルでも、気温や空気は地上世界と大して変わらない。

 雨も雪もなく、四季もないようで、一年中過ごしやすいそうだ。


「にいさあああん、よかったっすね! でも、でも、なんか羨ましかったっす! エルジェラ姉さんのオッパイむしゃぶるなんて、羨ましいっす!」

「人命救助のためだ!」


 見たどころか顔を埋めて吸っ……何でもない。

 とにかく、もしこの世界、そしてこの力を全て独占することができたら? 

 そう考えた魔族どもが、この世界を狙おうというのも無理はないのかもしれないな。


「愚弟。……とりあえず、愚妹には黙っておいてやる」

「お願いします、お兄様」


 だが、この世界は魔族に狙われて、争いが起こっているというのに、街の女たちはそれほど不安を顔には浮かべていない。

 正直、これまで異種族との交流が無かったということは、争いそのものが無かったとも言えるだろう。

 しかし、それにしては街の雰囲気はギスギスしてねえ。

 それはやはり、あの自信満々の面構えで街を見回るカッコイイ女たちの存在があるからかもしれないな。


「ロアーラ姉さま!」

「エルジェラ。ご苦労だった。そこに居る彼らが、地上人なのだな?」

「はい、飛行中に偶然我らの領空にたどり着いてしまったとのことです。右から、ヴェルト様。ウラさん、ファルガさん、ムサシさん、クレランさん、ドラさんです」


 黄色い声援を浴びながら、俺たちの前に立つ、キリッとした表情の女。


「そうか。先程は妹が非常に迷惑をかけたようだな。心より詫びよう。そして、そちらの都合もあるだろうが、珍しい客人だ。心より歓迎しよう」


 真っ赤なショートカットのボーイッシュ。身長も普通の女より大きく、一人だけ特注の緑色のマント風のジャケットを羽織って目立っている。

 カッコイイ女。女が惚れる女。それを絵に書いたような女だった。


「驚いたな。今は魔族の国が狙っているようだが、普段は争いなど滅多にないだろう? なのに、軍人が存在するのか?」


 俺が女たちに美人だなんだと思っている頃、ファルガは違う視点で見ていた。

 確かに言われてみればそうだ。地上世界と何にも関わりのないこいつらの世界で、どうして軍が?

 その問いかけに、ロアーラは僅かに微笑んで答えた。


「ああ、それは、我らに伝わる言伝えより、そのような体制になっている」

「言伝え?」

「ふふ、ここでは何だ。ちょうど腹も減る頃だろう。宮殿へ案内しよう」


 腹? そういえば……言われて俺たちは顔を見合って苦笑しながら頷いた。

 それもそうだ。素直にお呼ばれされよう。

 そう思って、ロアーラの厚意を素直に受けようと思った……すると、その時だった。



「待ちな」



 一人の女の声が響いた。


「むっ」

「あ」

「きゃあああ、かっこいいい!」

「いつ見ても素敵な方!」


 ロアーラに対する女たちの視線が「見惚れる」という表現なら、こっちはまるでアイドルを見ているかのような反応。

 白いミニスカートに、黒いノースリーブのシャツ一枚という、メチャクチャ軽装。

 エメラルド色の長い髪を束ね、天使と呼ぶには珍しく、刀の切り傷が顔に伸びている。だが、女の顔についた傷を、かわいそうというよりも、その傷がより一層女を魅力的に見せているから、不思議だ。


「何の用だ、レンザ」

「レンザお姉さま!」


 さっきまで、湖の畔で笛を吹いていた女だ。


「そう、邪険にするなって。オレはただ、新たな地上人が来たって話を聞いたから見に来ただけだよ」


 これまで見てきた天空族の女たちの中で、唯一荒々しい言葉遣いだ。

 だが、それでもどこか品格を感じるから不思議だ。


「そいつらかい? この間から続いた赤い毛むくじゃら共とは違う、漂流者っていうのは」

「ええ、偶然この国にたどり着きまして。せっかくですので、是非ご招待をと」

「ふ~ん」

 

 腕を組んで俺たちをジーッと見つめてくる、レンザという女。

 っていうか、


「なあ、エルジェラ」

「はい?」

「その、姉妹なのか?」

「ええ、そうですが?」


 似てねえな。いや、そう、三人揃って巨乳なのは同じだ。

 だが、髪の色も違うし、顔つきもどこか違う。

 とても姉妹には見えないが?


「そう言えば、天空族って女しかいないけど、一人で子供を産めるって言ってたわね。あれってどういう意味なの?」

「ああ、そうですね。確か、地上人と天空族の子孫繁栄の仕方は異なっているのですね。確かに、我々も、他種族の異性と交配することで子を成すことができます。しかし、天空族はもう一つ、別の子を成す方法があるのです」

「うんうん、それが気になってたの。まさか、卵とか?」

「いいえ。『分裂出産』というものがあるのです」


 分裂? 体が別れる、あれか?


「天空族は、初潮を迎えてから十代後半から二十代にかけてのどこかの時期に、分裂期という時期を迎えます。生まれてから体内に貯められていた、生命力、超天能力、遺伝子の情報を全て受け継いだ子と母体が二つに分かれるのです。非常に力を消費するため、生涯に一度しかありませんが、出産を確実に行うことで、我々天空族は永業に反映し続けるのです」

「そ、そんな出産方法が? じゃあ、父親はいないの? 母親だけ?」

「あっ、ですが、中には無理やり地上の異種族と交配により子を成した方も何名か居ますので、一概には言えませんが、我々の世界ではほとんどが、親一人子一人です」


 なるほどな。まあ、卵よりはグロくなくて良かったかもしれねえな。

 しかし、結婚も恋人もなしで、生涯に一度は確実に妊娠して子を産むとか、それはそれでどうなんだろうか?

 まあ、子を持ったことのねえ、俺には分からねえだろうがな。


「ん? ちょっと待て。それならば、どうしてこの者たちを、姉と呼ぶ? 生涯に子は一人しか生まれぬのなら、姉妹は居ないはずだぞ?」

「ええ、親は違います。ですが、そこは我々皇族に理由があるのです。それは――――」


 地上と同じようで、同じではない。考えだしたらキリがないほど質問が出ていき、それに真摯に応えるエルジェラだったが、途中でそれをレンザが遮った。


「どーでもいいじゃねえか、そんな細かいことはよ」

「レンザ姉さま!」

「くくく、それより、オレの目と鼻は誤魔化せねえよ。この間の赤い毛むくじゃら共と同じだ。そこの二人」


 そこの二人? そう言われて指さされたのは、俺とファルガだ。



「お前ら……男だろう?」

「………はっ?」

「くくくく、とぼけんなよ。レンザとエルジェラは誤魔化せても、オレは誤魔化せないぜ」



 …………女に見えるのか? そう返そうと思ったら、天国全体に衝撃が走ったような声が上がった。



「「「「「お、男!」」」」」



 男だよ。だから、何なんだ?

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