第117話 デートだ
帝都なんて、クルクル頭のお嬢様や、ザマス口調のおばさんたちがド派手なドレス姿で行き交って、その後を召使いが大量の買い物の箱などを運びながらついてくる光景を想像していた。
だが、実際に来てみると意外と普通な光景が目の前に広がっていた。
「ここのケーキは、価格も非常に庶民的でありながら、造形や食感が奥深く、現在帝都で大人気なんですわ」
人間の逞しさというのは、見事なものだ。
確かな爪痕が残っていても、それでも顔を上げて復興へと向かっている。
戦場となった帝都には、どこかしら破壊された建物や、割れた道や、潰れた店もあるものの、それぞれが協力し合って立て直し、なかには営業再開をしている店まであるほどだ。
「うふふ、ここがすぐに営業再開して良かったですわ。よく休暇の時は、サンヌやホークたちとここでお茶をしていたのですけど、絶対に一度はヴェルトと来たいと思っていましたの」
「けっ、のんきなお姫様だぜ。どいつもこいつも復興へ尽力している時に、おデートかよ」
「あら、売上に貢献しているとおっしゃいなさい。というより、この間の勲章授与式から、帝都中のお店から、あなたと一緒に来店するようお誘いがありまして」
「はあ? 俺と組み合わせで? 何の意味があるんだ?」
俺は、フォルナのお守り……というより、久しぶりのデートだった。
「しっかし、うめーな、このケーキ。なんか、ティラミスに似た感じだな。懐かし~、エルファーシア王国にはなかったからな」
「てぃらみす? とは、何ですの?」
「ん~、いやいや、うまいうまい」
「うふふ、ヴェルト、そちらのケーキもお美味しいですけども、今ワタクシが食べているケーキも美味しいですわ」
「おお、なんかクレープみたいだな」
「くれーぷう? そういう名前なんですの? ケーキは全てシェフの名前になっていますので、正式名称はワタクシも存じていませんでしたわ」
「まあ、どっちでもいいよ、あと、シェフじゃなくてパティシエな」
壊れた建物の補修などで逞しい男たちが職業を越えて慌ただしく動く中、何故か俺とフォルナは、比較的ダメージも少なくスグに営業再開した、少しおしゃれなオープンカフェで向かい合ってケーキを食べていた。
「まあ、よろしいですわ。それより、ヴェルト、その、こちらのケーキも一口どうぞ。はい、あ~ん」
「ん、おお。ほ~、ほどよい甘さでいくらでもいけるな」
「ねえ、ヴェルト。その、もしよろしければあなたのケーキも一口ワタクシにいただけません?」
「はっ? お前はいつも食ってんじゃねえの?」
「よ、よろしいではないですの! はい、あーん」
「ん、まあ、いいけど。ほれ」
ケーキをフォークで一口サイズに切って、フォルナの口に入れてやった。
するとフォルナは満面の笑みで幸せそうにケーキを頬張った。
「く~、ううう~~~」
「おま、何を奇声を上げて悶えてやがる」
「し、しあ、幸せ過ぎますわ。では、次は口移しで。ん~」
「阿呆。どう考えても汚ねえだろうが」
「も~、ヴェルトったら、この程度のことで照れなくても~」
「照れてねえよ」
「いいえ、照れてますわ! 照れてるのでしょう?」
まあ、こいつは喜んでるし俺は構わねえが、なんかこんな大変な時期にのんきにデートなんて不謹慎じゃねえか?
どいつもこいつもあくせく働いているはずなのに、俺たちを見たら不愉快な気分になるんじゃねえのか?
……そう、思っていたんだが……
「ねえねえ、見た見た? ほんと、すっごい仲いいよね」
「きゃ~、フォルナ姫、なんて可愛らしいのかしら。あんなに幸せそうに」
「とても自然に、あ~んをしてたよね」
「く~、俺もあと二十歳若ければ」
「ったく、あの兄ちゃんはなんて幸せもんなんだ」
「だけど、姫様も幸せそうで、本当によかったな」
どういうことだ? 視線がものすごく温かい。
なんか、五年ぐらい前にフォルナがまだエルファーシア王国に居たときに感じた視線と同じだ。
―――ヒソヒソヒソヒソヒソ♡
―――チラチラチラチラチラ♡
―――によによによによによ♡
―――にまにまにまにまにま♥
―――ニヤニヤニヤニヤニヤ♥
……なんだ……この公認の二人を見守る冷やかすような視線は。
「おお、さっそく王様に言われた罪の償いしてんだな」
「これはこれは。相変わらず仲がよろしくてなによりです」
「ごきげんよう、姫さま」
「姫さま! ヴェルトくんおはよう!」
帝都の巡回中なのか、バーツにシャウト、そしてホークとサンヌの四人がゾロゾロと俺たちを冷やかすように通りかかった。
「あのねえ、ヴェルトくん。あなた、姫様とのデートなんだからもっと楽しそうにしなさいよ」
「そうだよ~、姫様はここでデートしている恋人たちを見ながら、いつもさみしそうにため息してたんだからね」
ホークとサンヌ。そういえば、こいつらとはあんまりゆっくりと話をできなかったな。
まあ、ガキの頃、俺が学校にまだいた頃はいつも俺を目の敵にしていた委員長タイプのお堅いホークは置いておいて、サンヌ良い所のお嬢様なのに馴れ馴れしいというか親しみやすいというか、とにかく人気があったのは覚えている。
「つか、てめえらこそ何だ? ダブルデートか?」
「えっ、えええ? デ、デート? あ、はははは、そ、そう見えちゃうかな~?」
「チゲーよ。俺たちは帝都内の巡回だ」
「……バーツ……ふう、サンヌ、がんばりなさい」
デートかどうかの質問に普通に否定したバーツだが、目に見えてサンヌが落ち込んで、フォルナが慰めている。
ああ、そういえば……
・サンヌ→♡→バーツ
・ホーク→♡→シャウト
こういう相関図だったっけ?
「そうだったな。んで、ホークは確かシャウトのことが……」
「ちょっ! ちょちょちょちょ! ヴェルトくん! 君はどうしてそう、昔から重大なことをサラッと言っちゃうのよ!」
「ん、僕がどうしたんだい? ホーク」
「……シャウト……あなたも大概ですわね。むしろ、この中で鈍感じゃない殿方が意外にもヴェルトだけというのはどういうことですの?」
そう、委員長の優等生タイプのホークは、同じ優等生で主席だったシャウトに惚れてたんだっけ?
しっかし、顔を真っ赤にしてるけど、十歳の頃から変わってないのか? つか、気づけよこいつら。
サイクロプスをぶっ倒せるくせに、こんな見え見えのガキの感情に何で気づかないんだ?
「まあ、いいよ。お前らもせっかくだし、椅子持ってきて座れよ」
「おまえ、何馬鹿なこと言ってんだよ! 姫さまはな~、お前と二人っきりの方がいいに決まってんだろ!」
「その通りだよ、ヴェルト。まったく、君は女性の気持ちを少しは理解したほうが良いよ?」
それ、まんまブーメランになってるんだが?
「「ジト~……」」
ジト目のサンヌと複雑そうな顔でホークが落ち込んでんじゃねえかよ。
「そういえば、二人きりってので思い出したけど、ウラはどうしてんだ? てっきり、姫様と修羅場になってると思ってたのに」
「ウラ? ああ、あいつはフォルナの屋敷の庭でムサシと鍛錬中だ」
「へ~、そうなんだ。てっきり邪魔すんのかと思ってたけど」
「あいつはあれで結構筋を通して気を使うやつなんだ。何だかんだで、しばらくはフォルナに花を持たしてんのさ」
「そうなのか? じゃあさ、あいつは今でもお前のことを?」
「ああ。あいつは今でも俺にゾッコンラブラブだ……俺と結婚する気満々みたいだからな……どうしたもんか……」
まあ、相当ふてくされてたから、お土産にケーキを買って帰んねえとな。
「ねえ、姫さま。ヴェルトくんって、鈍感じゃないけどデリカシー無さすぎだよ」
「姫様もウラも苦労しますね」
「まあ、これがヴェルトですもの」
いや、鈍感とかそういう以前に普通は気づくだろうが。
フォルナもウラも気持ちをハッキリ公言してるし。
それとも気づかない方がいいのか?
鈍感でも怒るわ、ハッキリと言っても微妙なツラをするわ、本当に女ってのはメンドクセーな。
「だが、ウラが大手を振って帝都を歩けねえ理由は他にもあるけどな」
俺がそう言うと、ようやくほのぼのとしていたこいつらの顔つきも少し変わった。
「魔族……そして、あのムサシって子は、亜人なんだよね?」
「そうだな。それを感じさせないほどヴェルトと自然に居て、俺たちに力を貸してくれたから、普通に俺たちは受け入れたけど……」
「そうね。冷静に考えると、少し異常な状態よね。何の疑問もなくイチャイチャしたり、殿とか呼ばれているヴェルトくんも異常」
「う~ん、私は二人共あんまり話したことないから分からないけど、悪い子達じゃないもんね」
「ええ、そうですわ。ヴェルトを好きな人に悪い人はいませんわ。めんどくさくて性格の悪いヴェルトを好きになるのは、ワタクシのように広い心の持ち主でないと」
まあ、そうだな。
それと、フォルナ。真顔で次そんなこと言うと、今度は殴るからな?
「ねえ、ヴェルト。君とファルガ王子は彼女たちと旅をしていて、問題はなかったのかい?」
「ああ? あったに決まってんだろうが。ムサシなんて、最初は亜人族の恨み~とか言って斬りかかって来たし、なんやかんやで四獅天亜人のイーサムと戦うハメになって殺されそうになったしな」
「へ~、そうなんだ。君たちが四獅天亜人……の……」
……………………ん?
「「「「「んなわけあるかああああああああああ!」」」」」
帝都にエリートたちの怒声が響き渡った。
「ヴェルト、いつからあなたは嘘を言う人になったのです! ワタクシを心配させるにもほどがありますわ! も、もう、ワタクシ、そんなの想像もしただけで全身が震えてしまいましたわ。ヴェ、ヴェルトが四獅子天亜人と戦うなど……見栄を張るにも人を心配させない嘘になさい!」
「あのなあ、ヴェルト、四獅天亜人って言ったら、世界最強クラスで、光の十勇者ですら束になってかかるほどの相手だぞ!」
「驚かせないでくれたまえ、ヴェルト。一瞬、本当かと思ってひっくり返るところだったよ」
「あ~、びっくりした。あのねえ、普通の人間が四獅天亜人と戦ったなんていう報告自体が嘘の証拠なのよ」
「そうだよ~、だって戦ったら報告するまでもなく殺されるもん。逆に四獅天亜人のイーサムと戦って生き残れる人間なら、世界中の誰もが衝撃を受けるほどの重大ニュースなんだからね」
なんか、嘘つき呼ばわりされた。
そういえば、シロムでの俺たちの戦いはそれほど大きく取り上げられなかったんだっけ?
まあ、嘘つき呼ばわりされるのも癪だが、今のはマジでビックリしたのか、フォルナはガチ切れ状態だし、これで本当だったなんてバレたらぶん殴られて泣かれて、一生部屋に閉じ込められそうな気もするから、そういうことにしておくか。
「あ~もう、めんどくせえな。まあ、とりあえずそれは置いておいて、とにかく当然俺らは色々あったよ。でもな、もうそんなもん関係ねえんだよ。俺らは兵士じゃねえからな」
そう、戦争する兵士じゃないからこそ、俺たちには関係ないんだ。
「亜人でも親父とおふくろを殺したクソ野郎もいれば、ムサシのように面白い奴もいる。この前のサイクロプスどものような奴らもいれば、ウラのような奴もいる。同じ人間同士でも、マッキーラビットのような奴もいる。そういう奴らもいるし、違う奴らもいる。俺たちは多分それでいいんだよ」
まあ、俺がウラやムサシを受けいられられたのも、鮫島と宮本のことがなければどうなったかは分からないがな。
「ねえ、ヴェルト君って、ひょっとして大物?」
「んなことねーよ。ただ、そこを深く考えることに、興味がねえだけだよ」
だからこそ、俺には魔族も亜人もどうでもいい。俺が大事に思うウラや、気に入ったムサシが、たまたま人間じゃなかっただけだ。
もちろん、朝倉リューマの世界ならそれを受け入れられなかっただろうが、ファンタジー世界ならそれもアリだろ。
それが、俺の個人的思想だ。
「ただ、俺は嫌いな奴はとことん嫌う。あの、マッキーラビットのようにな」
好きになった奴の種族は問わない分、嫌いになることにも種族は問わない。
それが、加賀美だ。
もっとも、あいつの場合は特別で、無視した放っておくこともできないから更にタチが悪い。
「マッキーラビットか。そういえば、知ってるか?」
「なにがだ、バーツ」
「今日、急遽開催が決定された審議会において、マッキーラビットの処遇が決定するらしいぞ」
そして俺は今日、連行された加賀美の浮かべた笑みの意味と、人間の世界の複雑でメンドくさい構造を知ることになる。
だが一方で、そんなもんがぶっ飛ぶほどの、もう一つのデッカイ再会が待ち受けている。
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