第116話 同じ舞台

 俺が表彰される?


「「「「「「「………………………………………………………………」」」」」」」


 全人類が沈黙する中、俺は夢か真か分からない意味不明な状況に、思わず叫んじまった。


「って、聞いてねええええええええええええええええええええ!!」


 なのに、何でファルガとか当たり前のような顔してんだ?


「いってこい、愚弟」

「ヴェルトの晴れ舞台だな」

「殿! 拙者、拙者! 殿にお仕えできて、実に感無量であります!」

「がんばれー、弟くん」

「兄さん、代表っすよ!」


 こいつら……知ってやがったのか!


「え、いや、えっ? な、何で俺が……お前らは何で……?」

「メンドクセーから断った」

「魔族の私が受け取るわけにいかんだろ」

「拙者もウラ殿と同じ理由で」

「美味しいものくれるならいいけど、勲章にキョーミないしね」

「オイラはよく分かんないっすから」


 俺だって嫌だよ! つか、何で俺なんだよ! 加賀美をボコっただけじゃねえかよ!

 パレードに参加して、後で王様に面会するだけじゃなかったのか?

 あっ! 舞台に立ってるフォルナたちが、笑いを堪えてやがる!


「さっさといけ」


 ファルガに尻を蹴られて俺はよろけて、そのまま前のめりにズッコケた。



「あ………………………」


「「「「「「「………………………………………………………………………」」」」」」」


 

 今、俺は何万人もの視線を一身に浴びていた。

 ヤベエ、汗が噴き出る。手が、足が、全身が震えてる。

 この状況下で「興味ねえよ」と言って逃げ出す勇気が俺にはなかった。 

 まるで油の切れたロボットのように、俺はゆっくり、ゆっくりと舞台へ向かって歩いた。


「ぷっ」

「なんだあれ、ガチガチじゃないか」


 情けねえ。

 俺の緊張ぶりに、とうとう周りがざわめきだした。


「なあ、あれがフォルナ姫の恋人か?」

「ああ、あれが噂の。名だたる貴族や将がフォルナ姫に交際を申し込んでも、瞬殺だとか」

「え、えええ? なんか、目つき悪いけど」

「う~ん、でも、昨日登場したときは確かに格好良かったけど」

「確かに、昨日はあのマッキーラビット相手にスゲエ堂々ぶりだったもんな」

「でも、おかしい。なんかブリキのおもちゃみたいな歩き方」


 クスクスと笑われ始めた。やばい、恥ずかしすぎる。

 顔も真っ赤になってんのが分かる。

 つか、こんなに注目されるのは人生初めてだ。

 朝倉リューマの時に出席した、小学校の卒業証書授与式以来か? 中学は卒業式もサボったし。

 

「ぐっ、っ、くそ」


 ダメだ、頭もフラフラしてきた。てか、舞台までまだ距離がかなりあるぞ。

 このままだったら、緊張しすぎて倒れちまいそうな気が…………

 すると、その時だった。


「ったく、普段はすげえ生意気なくせに、緊張しいな奴だぜ!」

「でも、君の貴重な姿を見れた気がするよ」


 気づいたら、俺の目の前に、笑ってるシップとチェットが来ていた。

 そして、俺の後ろに回り込んで腰を下ろして、


「見てらんねえから、迎えにきてやったぜ! お連れするぜ、お嬢さん」

「あははは、それ、よっこいしょ!」


 ――――なっ!


 二人が、左右で挟んで俺を担ぎ上げやがった。


「おおおお!」

「ちょっ、なんだあれ!」

「えっ! シップ! チェット! あなたたち何をやってるの!」


 いや、本当に何やってんだよ!

 由緒正しい式典の場で、俺を担ぎ上げてど真ん中を進み始めた。


「お、おま、お前ら、ななな、なにをやってんだよ、下ろせ! 恥ずかしいだろうが!」

「うるせえ、英雄は黙って笑顔で手でも振ってろ!」

「僕たちのヴェルトくんを、みんなに知ってもらわないとね!」


 なんだか、スゲーいい顔で俺を運び始めた二人。

 その様子に、当然広場はザワつき始めたが…………


「まったく、仕方ないわね」

「はは、でも、いいんじゃないのかな」

「ふん、何年経ってもバカだね、あいつは」

「よし、それじゃあ…………」


――――パチパチパチパチ


 誰かが拍手をした。

 それは、呆れた顔のホークたちだった。

 それに伴い、徐々に集まった市民やこの場にいる兵士たちからも拍手が漏れ始めた。


「いいぞー! 若いの!」

「ピューピュー!」

「あははははは!」

「うおおおお、ヴェルトくん! 立派に、立派にいい! 見ていますか、ボナパさん、アルナさん! お二人の子供は、とても立派になりました!」


 み、見世物だ……

 真ん中を通りながら、傍に居た兵士たちが俺に「よくやった」と体にタッチしたり叩いたりしてる。

 ウ、ウゼエ……


「おーい! バーツ! シャウト!」


 ゆっくりと進みながらも、ようやく舞台の真下の階段までたどり着いた。

 シップとチェットは、そこで俺を下ろしたり、階段に登ったりせず、ただ舞台の上にいるバーツとシャウトを呼び、


「受け取れ!」

「おお!」

「任せて!」


 なんと、俺を放り投げやがった。


「な、なん、何しやがる!」

「よっと! おおお、到着!」

「あはは、歓迎するよ、ヴェルト」


 投げられた俺をキャッチするバーツとシャウト。

 こいつら、よくこんな状況下で笑ってられるな。


「なんだ? 彼は、バーツ隊長やシャウト隊長とも仲が良いのか?」

「ああ、隊長達も何だかとても自然体に見える」

「あんな子供のように笑う隊長、初めて見たぞ」


 周りから色々と聞こえるが、正直俺にそれを聞き取る余裕はない。

 バーツとシャウトの二人がついていながらも、舞台に上がった瞬間、さらに緊張が高まっちまった。

 地平線の彼方まで続く人の集まり。俺は、本当にこんなところに居て良い人間か?

 情けねえけど、ビビっちまった。

 だが…………


「ほれ!」

「さて、ここから先の数歩の案内人は、このお方にお任せしましょう」


 …………あっ?

 そう言われて顔を上げると、目の前にはフォルナが居た。



「そこまで、ご一緒してもよろしいかしら?」



 右手の甲を上に向けて、俺に差し出すフォルナ。

 なんだか、社交界だか舞踏会でダンスにでも誘われてる気分だ。

 だが、なんか、コイツの顔まで見たら急に気分が楽になってきた。



「ったく、仕方ねーな」


「ちなみにですけど、今度からこういう時は、一度手の甲にキスをしてから受け取ったほうがよろしいですわ」


「できるか、アホ!」



 急に緊張が取れた気がして、俺は少し笑って、フォルナの手を下から掴んだ。

 すると、フォルナが握った手を握り返してきて、微笑んだ。



「ヴェルト、あなたは昨日言いましたわね。ワタクシがもう遠くの世界の住人になったと思っていたと」


「まーな。つか、今もそう思ってるよ」


「ですが、ご覧なさい。あなたはこうしてワタクシと同じ舞台に上り、同じ景色の見える場所で、こうやってワタクシの手を掴んでくれましたわ」



 言われて気づいた。

 そうだ、俺は今、全人類の英雄とまで言われて称えられているこいつらと同じ舞台に立っているんだと。



「子供の頃からそうでしたわ。あなたは、ワタクシが迷子になっても、どんなに絶望の中にいても、どれほど遠く離れた場所にいても、今も昔もこうしてワタクシを見つけ、ワタクシのところまで来て、ワタクシの手を取ってくれる」



 そうか…………俺はこの手を…………当たり前のように掴んでいたんだな。


「大好きですわ!」

「ッ、おま、そんな何回も言わなくても知ってるよ」

「ふふ、イジワルなヴェルトには何万回でも言いますわ」

「~~~、もういい、さっさと行くぞ」

「あっ、もう、ヴェルト、待ちなさい! 歩き方はもっとゆっくりと」

「イチイチ注文多いやつだな!」


 ヤベエ、恥ずかしい。照れた表情を見られたらこいつは図に乗るだそうし、さっさと行こう。

 って、あれ? 

なんか……

周りが静かなような……?

 あれ? やば、結構俺たちは、やらかしてるか?

 ひとり残らずキョトン顔で静まり返ってるじゃねえか!

 だが…………



「ひっぐ、うう、ひっぐ」


「ちょっ、何を泣いているの、サンヌ」


「ううっ、だって、ホークだって、目が潤んでるよ?」



 全員が言葉を失っている中で、何故か目を輝かせて笑っているかつての旧友たち。

 なんだ?



「みんな、言葉を失うぐらい……心を奪われてるよ。みんな、驚いているよね。平民とお姫様なのに……この二人は……」


「まあ、悔しいけど認めるしかないわね。昔からそうだったもの。すごい身分が離れている二人なのに、何故かこの二人の組み合わせは、あまりにも自然に見えるんだもの」


「シーとガウにも見せたかった。そう、私たちは……こんな風に笑う姫様とヴェルトくんを見てるのが、大好きだった!」



 静まり返ったのは一瞬だけだった。

 次の瞬間には、自惚れではなく俺に、いや……俺たち二人に向けられたのはこの日一番の歓声だった。

 まるで天地が震えるような歓声の中、俺とフォルナは歩いていた。



「大儀であったな、ヴェルト殿」



 厳しい顔つきで俺を待っていた軍総司令官と王様。

 間近で見えるとやっぱすげえ、迫力だ。

 しかも、なんか、笑ってねえけど……場をふざけさせた俺たちに、ひょっとして怒ってるんじゃないか?

 そう思った時だった。

王様が宝剣を俺に差し出しながら、ハッキリとした口調で言った。



「そなたの働きは大儀であったが、フォルナ姫の心を奪った罪と、これまで姫に寂しい思いをさせた人類史上でも最悪の罪は、これからの人生で償うように」



 真顔で言った王様の言葉に、会場のは爆笑の渦に包まれた。

 前言撤回だ。この王様………かなりノリのイイ人だった。



「が………がんばります………………」



 とりあえずこれは、恥ずかしすぎて二度と体験したくない経験だった。

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