第113話 複雑な勝利

 懐かしいメンツとも再会できたし、戦争にも勝った。

 笑顔で喜びを分かち合おう……………というわけにはいかない。



「ヴェルト。この光景を、忘れてはなりませんわ」


「……何人……なんだろうな……」



 フォルナと再会を喜び合ったあと、しばらくしてからフォルナが真面目な顔つきになり、俺の手を引いて帝都へと戻った。

 途中から無言でただ帝都の中心へと向かったフォルナに連れられて、開けた広場にたどり着いたとき、俺は絶句した。

 中央に設置された巨大な噴水以外は円形状に開けた場所。

 だが、その広場に隙間なく、横たわるものに俺は息を飲んだ。


「うっ、くそ、くそ、くそ!」

「うそつき! 卒業したら一緒になろうねって、約束したのに! うそつき!」

「うおおおお、なんでだよ! なんでなんだよ! 何でお前が死ななくちゃいけないんだよ!」

「ひっぐ、彼が、彼は私を庇って、私の代わりに……私が死ぬはずだったのに!」


 泣きじゃくる数百人の新兵たち。

目の前には、状態の良いものから見る影もなく無惨な姿となってしまった戦死した新兵たちの亡骸が、何列にも横たわっていた。


「人類は勝ったんだよな?」

「ええ、勝ちましたわ。彼らの犠牲の上に」

「何人いやがるんだ?」

「犠牲になったのは、六百名前後。ほぼ新兵で構成された軍でありながら、七大魔王国軍の正規軍にこの戦果。明日には人類の大勝利として人類大陸全土に広がりますわ」


 六百名の犠牲で大勝利?

 つまり、今日の戦で俺と同世代の連中が、高校の全校生徒分ぐらい死んだってことか。



「中にはサイクロプスに肉片も残らぬほど弄ばれた者も居ますが、戦死者の照合にはそれほど時間はかからないと思いますわ」



 俺の手を握りながら淡々と喋るフォルナ。

その目は揺らぐことなく、真っ直ぐだ。

 それが、こいつにとっての当たり前なのかも知れない。

 つい先ほどまで、俺の腕の中でワンワン泣いていた女じゃない。

 これが、人類大連合軍の金色の彗星・フォルナの顔なんだろう。


「だからって、姫様や俺たちが何とも思ってないなんて思うなよな」

「これが今の僕たちの居る世界でもあるんだよ」


 その時、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、バーツとシャウトがいた。

 シャウトはそれほど怪我はなさそうだが、バーツは全身包帯だらけでヤバそうだ。


「バーツ、シャウト。よくやりましたわ。お二人はこの戦で飛び抜けた功績を残しましたわ。バーツは敵軍精鋭の将を討ち取り、シャウトは将軍亡き後に見事な指揮で全軍の勝利に貢献したと言っても過言ではありませんわ。勲章授与が楽しみですわね」


 勲章か。やっぱそういうのあるんだな。

 まあ、そういうのが無ければ、何のために戦うのかも分からなくなっちまうしな。


「ヴェルト。お前もだ。いや、王子を含めたお前たちだな」

「はっ?」

「人類大連合軍が劣勢の場に現れ、見事に全軍の士気を取り戻し、その力を持って戦況を覆した。何よりお前は、全ての黒幕でもある悪漢・マッキーラビットを一騎打ちの末に倒した。兵士じゃないお前に昇格はないけど、見返りはきっとすごいぞ」


 見返りか。まあ、貰えるもんは貰うつもりだが、正直な話この場でそれほど飛び跳ねて喜べねえ。

 目の前で仲間の死を悲しんでいる連中が何人も居るしな。

 何よりも、加賀美を救えず、ただ倒しただけで得られる褒章なんてな……

 だが、そんな俺の複雑な心境を感じたのか、シャウトが俺の肩に手を置いた。



「僕やバーツはみんなよりも早くに今日のような経験をした。お世話になっていた先輩や上官、兄弟のように可愛がってくれた人も居た。そんな彼らを失った悲しみは、色々な人が口を揃えて、『涙ではなく力強い敬礼で送ってやれ。それでも涙が流れるのなら、仲間と共に酒を飲んで大騒ぎをして笑いながら泣け』……と言われた」


「……ほ~、お前みたいなボンボン坊ちゃんが、随分と体育会系チックな弔い方を言うもんだな。でも、そんなんで本当にやってられるのか?」


「ははは、ヴェルト……やっていられるわけがないよ……仲間の死に慣れるなんて、簡単に出来るものじゃないよ」


「だよな……」


「でもね、ヴェルト。それでも敵は攻めてくる。僕たちも攻めなくちゃいけない。僕たちが戦わなくちゃいけない。それはね、もう絶対に変わらないんだ。この世の戦争が全てなくならない限りね」



 強い目。昔のなよっちいシャウトには出来なかった目だ。


「だからね、僕も泣くときは泣く。でも、仲間の犠牲と共に得た功績は彼らの魂と一緒に喜ぶ。そして、今日泣いて、悲しみにくれても、もし明日敵がまた攻めて来たら僕たちは誰よりも迅速に戦いに駆けつける。それが、僕たち人類大連合軍だ」


 その時、俺は気づいた。ただ単に強くなったり逞しくなっただけじゃないんだ。

 フォルナだけでなく、こいつらも俺の知っているころよりも大きくなっていた。


「けっ、これだから誇り高いエリート様たちは心まで強くてやってらんねーよ」


 また、誰かに声をかけられた。

振り返ると、やつれきった表情のかつての旧友たちが揃って俺たちの下へ集まっていた。

 

「シップか」

「久しぶり………だな、ヴェルト。まあ、こんな状況じゃなけりゃ馬鹿笑いしながら手え叩いてたのによ」


 随分と神妙な顔つきだ。

 どうやら、初陣でかなりでかい心の傷を負ったようだ。


「久しぶり……だね……ヴェルトくん」

「うん、君と会えて、君が来てくれて本当に良かったよ」


 一応表面上の挨拶をする侯爵家娘のペットと、その双子の兄で俺たちをここに連れてきたチェット。


「そうね。まさか、君に助けられるとは思わなかったけどね。ただ、やっぱり、ありがとう………と言うべきよね」

「…ふん………」


 昔はよく俺をウザがってた教会育ちのメガネ委員長のホークに、相変わらず口数が少ないクールな娘のハウ。


「っぐ……うう、う」


 そして、いつもニコニコしている学校一可愛かったお嬢様のサンヌだが、今はずっと泣いたまま何も言わなかった。

 これで全員。

 五年前、飛び級で帝国へ向かった俺の同級生。先輩後輩を除いてこれで全部だ。


「なあ、ヴェルト。ガウとシーのことは覚えてっか?」


 シップが俺に問う。そして俺は頷いた。それほど仲良かったわけじゃねえけどな。



「あの二人はここに運ばれてねえ。あいつらは、俺やサンヌの目の前で肉体の部位が残らねえほど無惨にやられちまった」


「ああ……俺もここに来るまでの空の映像で見ていた」


「兵士になった以上、俺たちはいつガウやシーみたいになったっておかしくねえ。どんなに泣きわめいて茫然自失していても、戦争になりゃ退役か戦死しない限り俺たちは戦わされる。なのに、ヴェルト。テメエはもうこれ以上は興味ねえとか言って、どっか行っちまうんだろうな」



 俺たちは命がけで世界のために戦っているのに、お前は逃げるのか? まるでそう言っているように見えた。



「こら、シップ! ヴェルトにそんなこと言っても仕方ない。ヴェルトと僕たちの進む道は五年前から分かれたんだ」


「あのなあ、シャウト。十歳の時の発言を今でも有効なんて考えんなよ? ましてや、ヴェルトは落ちこぼれだの、才能無いだと言われてたくせに、実際には一騎打ちでマッキーラビットを倒しちまうほどだ。こいつも、ファルガ王子もな」



 こいつらも子供の頃は憧れ気分で帝国に来ていたかもしれない。

だが、実際に軍人として育成され、兵士としての現実、戦争の過酷さを思い知ったところに、俺やファルガのように好き勝手に生きる奴らが現れて良い気分がしないのも無理はねえ。

 すると、シップはすがりつくように俺の両肩にしがみつき、涙を流した。


「ヴェルト、俺……こえーよ! 死にたくねえよ! ガウやシーの最後の瞬間がチラついて離れねえ! 俺はただ、人類大連合軍に入れば、金持ちになって、楽できて、女にもモテてって思ったのに……もう戦いたくねえよ! これ以上、友達が死ぬところも見たくねえよ!」


 シップの悲鳴のような泣き声に、誰も「臆病者」とは言わなかった。

 この場にいる連中は、誰もがその気持ちを理解できたからだ。

 だが、


「でもな、俺たちが……戦わないわけにはいかねーんだよ」


 それは、とても弱々しく頼りない言葉だった。

 つつけば今すぐにでも粉々に砕けそうな心だった。

 だが、それでもシップは言う。


「かーちゃんを、とーちゃんを、五年も会ってねえ、ちっちぇ妹を、あんな目に合わせられねえから……」


 気づけばその言葉に、かつての同期や広場に居た新兵たちもみんな泣いていた。

 分かってるんだ、こいつらは全員。

 怖くて、戦いたくなくて、逃げ出したいのに、自分たちは戦わなくちゃいけないと。


「けっ、情けねえこと言っちまったな。お前に言っても仕方ねえのに」


 ひとしきり叫んだあと、シップは涙を拭きながら少し落ち着いて、とても儚い笑みを浮かべた。


「とりあえず、ヴェルト……助けに来てくれて……ありがとな」


 その、小さなありがとうが、今の俺の心には大きく突き刺さった。

 どいつもこいつも、何でそんな悟ったような顔しやがる………

 ひねた俺まで泣けてきた。

 だが、泣き顔を見せたくなかった俺は………


「ッ……あ~~~~……うおおおおおおおお、りゃあ!」


 誤魔化すように大声を上げて噴水に飛び込んだ。

 噴水の水が音を立てて水しぶきを上げる。


「くそ、そおおおおおお! あああ、もう!」


 水に俺は当たり散らした。

 そんな俺の奇行に呆然とする旧友や新兵たち。

 俺は、フォルナやシャウトたちに水をかけてやった。


「うりゃ!」

「ちょっ、ヴェルト! こんな時になにを!」

「濡れてしまったではありませんの!」


 知るか! 俺はさらにかけ続けた。

 すると………


「うおおおおおお!」

「ちっくしょおおおおおおお!」


 バーツとシップまで走り出し、噴水にダイブした。


「ちくしょおお、勝ったぞ! あいつらは死んじまったけど、俺たちは勝ったんだ!」

「くそ、死ぬかよ! 死んでたまるかよ! あいつらの分も、死ねるかよ!」


 ただ俺たちは騒いで、噴水の水を蹴り上げ、殴り、そして盛大にかけ合った。


「あなたたち、何をバカな………ッ、よくもかけたわね! 仕返しよ!」

「みんな、おかしいよ! 悲しくないの? シーとガウが………ッ、うううう!」

「だからこそ、ですわ………まったく、いい歳して水遊びですの?」

「って、姫様まで………うっ、うわあああああん!」

「やってくれたね………馬鹿男子」


 気づけば俺たちは全員噴水に飛び込んでいた。

 空元気? それでも騒ぐ。



「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」



 溜まっていた全てのものを吐き出そうと、バカみたいに騒いで、ただ必死に悲しみをぶっ飛ばそうとした。

涙を水で覆った。

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