第112話 おとなのキス

「加賀美……」

「にゃはは、まあ、仕方ない。しばらく臭いメシとやらを食ってくるよ。まあ、これも一つの人生経験。またね、朝倉くん♪」


 加賀美とマニーは大人しく捕まった。

 駆けつけたフォルナや続いてこの場を包囲した人類大連合軍の前に観念したのか、ニタニタ笑いながら縛についた。

 一応、裁判はあるのか? それとも問答無用で死刑か? それがどうなるかは分からないが、ひょっとしたらこれが最後かもしれない。

 そう、最後になるかもしれないのに……


「ねえ、マッキ~、私も行くの? 買い物は?」

「お~、マニーちゃんは大物だね~。シャバに出たらいっぱいしよう」


 こいつは相変わらずだった。


「加賀美!」

「……ん?」

「最後に……確認させてくれ……加賀美……お前の心はどうやったら救われるんだ?」

「ひはははは、パナイ無理♪」

「ッ……」


 そして、悔しかった。

 結局俺はこいつを救うことも、終わらせてやることもできなかった。


「連れて行きなさい。くれぐれも油断しないように」

「はっ! 承知致しました」


 フォルナに命じられて厳重に鎖で縛られたまま、加賀美は連行される。

 だけど、加賀美は振り返らず前を向きながら……


「朝倉くん」

「ッ、あ、ああ……」

「たぶん、裁判はすぐ開かれると思うからさ……ちゃんと顔出してよね♪」

「加賀美……」


 最後にそれだけを言い、加賀美は行ってしまった。

 戦いに決着はついた。

 だけど、俺たちはまだ何も終わっていない……


「フォルナ様、とりあえずこの後の処理についてですが………むぐっ」


 そんな加賀美たちを連行する若い兵士たちが、これからのことについての指示をフォルナに仰ごうとしたら、その口を巨大な腕で塞がれた。


「おっと、それまでだ」

「むぐっ、あ、こ、これは、ガルバ様!」


 現れたのは、ガルバだ。

 サイクロプスたちとかなり激しい戦闘をしていたようだが、多少の傷のみで目立った大怪我は見当たらない。

 無事でなによりだ。


「よう、ガルバ、久しぶりだな」

「ヴェルトくん………」

「あんたはあんまり変わってないな」

「う、うう……」

「ん?」

「う……うおおおおおん、ヴェルトくーーーん!」


 ガルバに軽く再会の挨拶。するとガルバは俺をジッと見ながら、途端に目が潤みだして、次の瞬間泣きながら俺を抱きしめた。

 って、いてええ!


「いて、うおおおお、いてえええ、ったく、離せよ!」

「立派に! 立派になったな、ヴェルトくん! おおお、すっかり立派な男の子だ!」

「ま、まあ、五年も会ってなけりゃな」

「ああ! 君が駆けつけてくれたとき、どれだけ私たちが嬉しかったことか! 本当にありがとう、ヴェルトくん!」


 照れくさい。正直、俺は加賀美をボコっただけで、目立った活躍はしていないんだが。

 つか、離せよ、暑苦しいは鎧が堅いはで痛い……と文句を言おうとしたら、ガルバはパッと手を離した。



「さて、ヴェルトくん。君とはもっと再会の言葉を交わしたいところだが、私は後回しだ」


「はっ?」



 そう言ってガルバは俺の横に居るフォルナを指さした。



「姫様。とりあず、この後の処理や避難した国民の誘導や報告などは私がしておきます。今は、どうかごゆるりと……あっ、しばらくこの場は立入禁止としますので、どうか今だけは辛い日々をお忘れ下さい」



 何だか、スゲーいい顔でウインクしながら、ガルバは新兵たちを強引に連れて行ってこの場から立ち去った。

 すると、それにつづいて俺の隣に居たウラが、何だか不満気に口をふくらませながらも、スタスタと立ち去ろうする。


「……………ふん、ファルガたちと合流してくる」

「おい、ウラ?」

「ッ、フォルナ! 言っておくけど、今日だけだからな! まあ、五年もハンデがあるんだから、今日ぐらい、というか、今日だけだぞ!」


 言われたフォルナは目をパチクリ。だが、


「あらあら、送った塩で決着ついてしまいますけどよろしくて?」

「フザケルナ……ふんだ」


すぐにニッコリと微笑んで頷いた。


「…………………………」

「…………………………」


 結局、残されたのは俺とフォルナの二人だけ。

 周囲には誰の気配もない。

 何だかま~、みんな、気を利かせてくれているわけだが……………


「ヴェルト……」


 傍らにいたフォルナが、そっと俺の手を握ってきた。

 温かい。でも、小さい。

 手足が伸びてガキの頃よりお互いでかくなってるはずなのに、こうして触れると、こいつはこんなに小さいんだな。

 それでいて、俺なんかじゃ想像もできないほど大きなものを背負い込んで、戦って、傷だらけになって、でも多くの人に期待されているから投げ出すことも逃げ出すこともできない。


「フォルナ……」


 さて、握り返してやったものの、俺はこいつに何を言ってやれるか?

 つらかったな?

 大きくなったな?

 強くなったな?

 久しぶりだな?

 いい女になったな? あっ、これは却下だ。

 いや、考える必要もない。ただ、純粋に言ってやれることを言ってやればいい。



「フォルナ。会いたかったよ」


「ッ………ヴェル………ト」



 あれ? なんだ? いきなり体が重くなって、それでバランスが崩れて……


「う、うっ………うあああああああああああああああああああ!」


 気づいたら尻餅ついていた。

 ああ、そうか、俺はフォルナに抱きつかれていたのか。

 隙間などないほど、そして絶対に離さないという意志が伝わるほど強く。


「あ、あああああああああああああああああ! ヴェルト、ヴェルト、ヴェルト!」


 五年か。そりゃ長いよな。

こいつはその間、命がけの戦いを繰り返し、血まみれになり、時には仲間の死とも直面してただろうな。

その時、こいつは泣けたんだろうか? 自分の感情をさらけ出せていたんだろうか? 

今のこいつは、まるで何年も溜め込んでいたものを吐き出しているかのように、ただ、泣いていた。



「ワタクシも、ずっと、ずっと、ずっと、あいだぐで、でも、あえなぐで、みんなが、みんなを失いたくなくて、戦わなくちゃいけなくて」


「ああ」


「う゛ぇるどと会うまでは、絶対に死ねない………絶対にまだヴェルトど会うんだって、どんなときもかんがえていて……………」



 俺の胸の中で、小さな体を震わせてただ泣きじゃくる姿は、昔を思い出した。気づいたら、頭を撫でてやっていた。

 すると、俺はあることに気づいた。

フォルナの髪に結ばれているリボンだ。

水色のリボンで、どこか使い古していて安っぽくて、でも見覚えがあって…………


「お前、このリボン……………」

「はい? あっ、これですわね。これは、ワタクシの一生の宝物ですわ」


 思い出した。俺がガキの頃に買ってやったんだ。

 先生の家で働いて初めて稼いだ金で、まあ、気まぐれで………そんなものを後生大事に持っていたわけか………

 何だか、こ~、照れくさいというか、なんというか………



「新聞や噂でお前の活躍を聞くたび………お前はもう遠くの世界の住人になったと思っていたけど?」


「えっ? えっ! ちょっ、それはどういうことですの! 遠い世界も何も、ワタクシとヴェルトの何が変わると言うのですの! ワタクシは昔からずっと、ず~っと何も変わっていませんわ!」


「そうか~? まあ、ビービー泣くところは変わってないな」


「ワタクシが泣くのはいつもヴェルトに関することですわ! でも、心は変わっていませんけど、少しはヴェルトの言う、イイ女とやらになったとお思いません?」


「くはははは、まあ、顔つきは少し変わったか? この五年で素敵な彼氏でもできたのか?」


「ヴェルト史上最低の冗談ですわ! あなたの唇は冗談を言うためにあるのではなく、ワタクシの唇と重ね合わせるためのものですわ」


「あ~、よせよせ、十歳ならまだしも十五歳は、も~アウトだろ。それこそ冗談じゃすまなくなる」


「昔からワタクシのキスは真剣でしたわ。大体、冗談ではすまない大人の口づけをワタクシが何年欲したと思っているんですの?」



 あっ、こいつ……目を閉じて、どんどん近づいてきて………


「こら」

「ふぎゃ」


 なんか、昔のノリでフォルナの鼻を摘んで捻ってやった。


「も、もう! 何をしますの! 今のはそういう流れだったではないですの!」

「くははは、バーカ。背伸びすんなよ、マセガキが」

「あっ、いつまでそんなことを言いますの! ワタクシはもう、子供ではありませんのに!」


 いーや、子供子供。十五歳って言ったら中坊だしな。

 ヴェルト・ジーハの肉体も年齢も十五歳だが、朝倉リューマの年齢と換算するといい歳だ。

まあ、自分にそんな実感はないけど、十歳の頃から見ているこいつは、俺から見たら歳の離れた妹ぐらいにしか見えな……………



「もう、ワタクシは子供ではありませんわ! ですから、ヴェルトとはもう、こういうキスをするんですから!」



 あ……………


「ん」


 俺たちの唇が重なった。

 いや、重なっただけじゃない。

 どこか緊張しながら、それでいてぎこちなく、それでも閉じていた俺の唇と歯をかき分けて、フォルナの一部が俺の中に入ってきた。

 絡みつくように、絡ませるように、フォルナは俺から離れなかった。

 というより、現状を把握するのに俺も時間がかかり、しばらくされるがままだった。

 酸素と二酸化炭素の出し入れが鼻からしか出来ない。

 だが、苦しいと言うよりも、不覚にも俺の心がどんどんドキドキしていくことの方が問題だった。


「ぷは………はあ、はあ、はあ、ふう………もう、………子供ではありませんわ」

「ん、……………あ、おお……………」


 多分俺の顔も赤くなってるんだろうが、今のフォルナはそれ以上のはず。

 涙と赤面でいっぱいの表情でも胸を打つような笑顔を見せた。



「ヴェルト、来てくれてありがとう……今も昔もこれからも、世界で一番愛していますわ!」



 確かに、そこにいたのは、もうマセガキじゃなかった。

 一人の女だった。



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