第110話 決着

 闇が光に飲まれようとしていた。


「ッ、何故だ! なぜ、僕の力が通用しない! 難敵や過酷な死線を何度も乗り越えたこの僕が、愛だの恋だの生ぬるい平和ボケしたあなたに、何故!」


 戦況はもはや一方的だった。


「バカな、つ、強い! 強すぎる! ラガイア様がここまで一方的に!」

「金色の彗星フォルナ。これほどのバケモノとは…………」


 ラガイアの力も魔法も、もはやフォルナに届くことはなかった。

 史上最年少で将軍となり、光の十勇者の称号を得た神童の力は伊達じゃなかった。 


「なぜだ! たかが恋人が一人戦場に現れただけで、何故これほどの力の差が生まれる!」


 スカしたツラが不満と怒りに満ちていた。

 だが、そんな怒りを、フォルナは微笑んで包み込んだ。


「その愛こそが、世界を変える力になると何故気づかないのです?」

「なに!」

「愛があったからこそ、ワタクシは何年もの切なさにも耐え、絶対に死ねないと誓い、あらゆる死地を乗り越えてきましたわ」


 愛があれば世界が変わる。そして、救われる。

 そんなキャッチフレーズを聞いたことがあるな。

 朝倉リューマの時は鼻で笑っていたが、今はそこまで笑えねえ。


「ふざけるな! そんな生ぬるい想いで越えられないのが現実だ! 甘えに生きてきた者に、世界を変えられるものか!」

「それはあなたが愛を知らないからですわ! 愛も知らずに、世界を変えられるものですか!」


その瞬間、憤怒を包み込むような微笑みと共に、フォルナの放った収縮された雷がラガイアに降り注いだ。



愛雷あいらい世界ヴェルト!」



 その雷を受けて、ラガイガは苦悶の表情を浮かべるどころか、むしろ心の闇が晴れたかのような曇のない表情へと変わった。


「―――――ッ! こ、これは…………痛みがない…………心が…………」

「この技は、雷の電気信号を通して、相手に想いを伝える技。ワタクシが何を考え何を思っているか、言葉ではなく相手の心に直接伝えるための技」

「…………なんだ、これは、この温かさ…………幸せそうな想いは……」

「ワタクシが、彼を想うだけでどれだけ幸せになるか……愛することがどれだけの力になるか……いつか、ひねくれものの彼に直接伝えるために開発した技ですわ」


 愛を知らずに世界を呪って強さを手に入れたラガイアには、分からないことだっただろうな。

 そんなものが、どれだけ人生の救いになるかなんて。

 だが、それは絶望と過酷な人生のみを過ごしてきたラガイアの戦意を削ぐには最も有効だったようだ。


「…………まったく…………ムキになるのもバカバカしいよ…………フォルナ姫」


 全てを出し尽くしたかのように悔いの見られぬ表情で、ラガイアはついに倒れた。

 多くのサイクロプスが涙を流し、多くの人類大連合軍が血の海の中でもその光景を目に焼き付け、今すぐにでも、フォルナの次の言葉を待っていた。


 大将同士の一騎打ちの決着は、いかなる戦況にあろうとも戦争の終結となる。

  

 だからこそ、フォルナは言う。

 帝都に、天に、人類に、世界に向かって決着の言葉を。



「この戦は! 人類大連合軍の勝利ですわ!! マーカイ魔王国軍は、武器を捨てて直ちに投降なさい!!」


「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」



 あらゆる犠牲を生み出しながらも、今この瞬間に全てが報われたかのように、凄まじい熱気の勝鬨がしばらく帝都と人類大陸に響き渡った。

 もはや、映像を見なくても、声だけを聞けばその勝利が伝わる。

 戦いは終わった…………


 だからこそ、こっちはこっちで落とし前をつけとかねえとな。 


「終わったな」

「くっ、はあ、はあ、はあ」

「さあ、俺たちもさっさとケリを付けようじゃねえか。なあ? 加賀美」


 重力で相手をコントロールして、いたぶる。

 それがこいつの戦い方。

 だから重力の影響を受けずに、ふわふわ浮いて動くことができる俺の存在は予想外だったみたいだな。


「はあ、はあ、はあ、ッ、グラビディナックル!」

「遅ェ、ふわふわどんでん返し!」

「ぐほぉ!」

「瓦礫や石に埋もれてのたうち回りな! ふわふわ世界!」

「ぐああああああ、いた、つああああ!」


 そしてなによりも、組織の頭であるこいつがタイマンをやるなんていうこと自体が、そもそもの想定外。

 常に手の届かない場所で人をおちょくって、からかって、機嫌良さそうに笑う。それがこの世界のこいつのポジション。


「くはははは、頑張るじゃねえか。まあ、クラスメートと話をするのに、部下も罠も用意しないで二人きりになったのが間違いだったな」

「はあ、はあ、はあ、はあ…………」


 着ぐるみを脱いだことにより、こいつの苦痛や疲労で歪む顔がよく分かる。

 まあ、高校時代の加賀美の顔をボコボコにするのに躊躇いはあるが、そうも言ってられねえからな。


「そうやって立ち上がって生意気なツラをしてくるたびに殴るぜ? いい加減……観念したらどうだ? 意外に俺の情けで助かるかもしれねえぜ?」

「ふう、ふう、ふ~……重力魔法・グラビディフィー」

「おっと! ふわふわどんでん返し!」

「つっお、がっ!」


 立ち上がって何かをしようもんなら、足場を浮かせてひっくり返す。

 何度も何度も背中を地面に叩きつけ、既に加賀美もボロボロだ。


「ッ、クソがァ!」

「ほほお、ついにそう来たか。だが、テメエに喧嘩ができんのか?」


 とうとう、キレたか。ついに魔法も使わずに殴りかかってきた。

 素の殴り合いじゃ、俺には勝てねえってのによ。


「らっ! せい! らっ!」


 やっぱりな。こいつは常に自分の命を張らない戦いしかしてねえ。

 誰かを殺す経験はあっても、命をすり減らす戦いはこなしてねえ。

 不格好なパンチの横をすり抜けて、ローキック。


「い、いてぇ!」


 逆の足にもローキック。

 痛みでガードが下がった瞬間にハイキック。

 そして、ふらついたところに、前蹴りをみぞおちに叩き込む。


「ぶゅ、うえ、あっ、があ…………」

「おやおや、エグイことを繰り返した人間が吐くなんてだらしねえ」

「ッ、あ、朝倉…………ッ、はあ、はあ」

「狂ったチャラ男の根性なしが、やけに粘るじゃねえかよ。だが、一体何のために頑張るんだ? 大事なもんなんて何もねえくせに」

「う、うるせえ! 狂ってんのはお前らだ! 俺は戦争映画やアクション映画みてぇにこの世界を楽しんでるだけだ! 実際に死ぬかもしれねえってのに、戦争や喧嘩やってイキイキしている、テメェの方が狂ってんだよ!」


 今度は、素の顔にサッカーボールキック。

 顎の骨をくだいた感触、鼻を確実に潰した手応えが俺の足に残った。


「ギャアアアアアアアアア、ぐあああ、こ、ぐあ、ああああ!」

「おいおいおい、今更誰が狂ってるかなんて論議しても意味ねえだろうが。俺を否定したけりゃ方法は一つ。喧嘩で勝った方が正しい。それが異世界でも日本の高校生だろうと、殴り合いにおける唯一無二の共通ルールだ」

「あ、……あさくら~!」


 俺を呪い殺すかのような歪んだ目。激痛で今すぐにでも飛びそうな意識も、怒りでギリギリまで保っている。



「テメエが自分で選んだんだ。この第二の人生、既にテメエには居場所はねえ。味方もいねえ。誰もてめえに心も開かねえ」


「あ? ああああああああああ? 知るかよ、そんなもん! パナいどうでもいいんだよ!」


「だから、どうしてお前がここまで壊れちまったかを理解しようとする奴なんていねえ。たとえ、転生の話を信じられたとしても、誰も今のお前を救おうとしねえよ」


「ッ、もういい加減死ねよてめえええええええええ! 重力最大出力! スーパーハイグラビディフィールド!」



 そしてついには、その魔力すら尽きた。


「ッ…………ま、魔法が………………で、出ねえ」


 ウンともスンとも言わない。ただ静かな環境の中、俺は加賀美の胸ぐら掴んでもう一度殴り倒した。



「だからこそ……だからこそ! お前の……お前の気持ちを理解できたのは…………俺たちだけだったはずなのに……」


「ッ…………あさくら……くん……」


「ばかやろう……」



 その時だった。射殺すように睨んでいた加賀美の目が、途端に穏やかな瞳に戻った。

 全身の力も抜けて虚脱したように。

 しかし、それもほんの一瞬。

 すぐに加賀美は立ち上がり、最後の力を振り絞るかのように俺に飛びかかってきた。



「だったら…………俺を救う気がないなら、早く殺せええええええ!」



 そして、一度目の人生の死を心の底から悔やんだ男は、最後に自ら死を望むようになったか。

 とことん、哀れな野郎だぜ、お前は。



「ふわふわパニック」



 前後左右高速のバイブ。相手の意識を一気にぶっとばす技。

 既に投げやりだった加賀美は完全に今ので心が折れただろう。

 だが、意識が完全に飛ぶギリギリの一瞬で、加賀美がつぶやいた言葉が俺の耳に残った。


「…………マジパネエじゃん…………朝倉くん」


 それを最後に、気を失った加賀美は、そのまま地面に倒れ込んだ。



「本当に……この大バカ野郎!!」



 決着。

 だが、この世界に来て色々な奴と戦ったが、ここまで虚しい勝利は初めてだった。

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