第109話 かわいそうなやつ

 灼熱の闘志がついに金剛の力を燃やし尽くした。


「ば、馬鹿な! 我が最強の金剛の一撃を……溶かしただと! なんだ、なんだこの炎の力は!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 咆哮するバーツの炎剣が、あらゆる力を粉々に打ち砕いてきたレッドロックの金棒を消滅させる。

 限界を超えたそのさらに先にある力。正に執念だ。


「これで、終わりだァァ!」


 振り下ろされる最後の一撃。

 その時、完全に無防備になったレッドロックの行動は?

 既に、全身の力を抜いていた。

 そして、抵抗するわけでもなく、ただ、強い眼差しでバーツを見上げ。


「改めて……貴様の名を問おう」


 その瞬間、赤い炎の熱が洗練され、青い炎へと進化し、バーツの渾身の斬撃とともにレッドロックを包み込んだ。


「炎轟バーツ。それが俺の名だ」

「…………お見事………………」


 断末魔ではなく、最後に放った一言は敵への惜しみない賞賛だった。

 命を超えたやりとりが、立ちはだかった種族の壁すら超えた言葉が戦場に響いた。


「テメェも…………熱い炎のような奴だったぜ、レッドロック」


 両断されて、美しい炎に包まれて昇華していくレッドロックを眺めながら、バーツもハッキリと答えた。

 そして、戦場に、帝国に、世界に、天に向かって叫ぶ。



「独眼魔童部隊副長! レッドロックは討ち取ったァ!」


「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」」」」」



 戦の途中でありながらも、勝利の歓声を上げる人類大連合軍。

 それは、世界全土が全く予想しなかった、大番狂わせでもあり、『炎轟バーツ』という名を世界に轟かせた瞬間でもあった。


「うおおおお、レッドロック副長…………」

「レッドロック様が……」


 レッドロックの部下のハイサイクロプスたちの数はまだ十分に居た。

 立て直せばまだまだ戦える軍勢は十分に残っていた。

 だが、その大半が既に武器を落として茫然自失している。

 それだけで、レッドロックという戦士がサイクロプスたちにとって大きな存在だったというのが分かる。


「だが、まだ終わっていない! 我らには、我らにはまだ、ラガイア様が居らっしゃる!」


 しかし、一部のサイクロプスたちはまだ諦めていない。

 まだ、希望は残っているとその瞳が語っている。


「はあ、はあ、はあ、ラガイアか……、いや、それはないぜ」

「なっ!」

「だって、ラガイアと戦っているのは誰だと思っているんだ? 我らがフォルナ姫だぜ?」


 ハイサイクロプスたちが出したラガイアの勝利を否定するバーツ。

 だが、ハイサイクロプスたちは即座に食ってかかった。



「何を言うか! 貴様らはラガイア様の恐ろしさを何も分かっていない! 王族の血筋とは無縁の地獄のような日々の中、深い悲しいと絶望の中で戦ってきたラガイア様の闇を、貴様らごときが超えられるはずがない!」


「そうだ、ラガイア様は負けぬ! 魔王様に忌み嫌われ、常に過酷な死地に送り込まれ、しかしそれを全て乗り越えてきたお方だ! 度重なる死地を乗り越えて、熾烈なマーカイ魔王国軍の競争を勝ち上がり、ついには全てのサイクロプス族にその存在を認められ、英雄にまで上り詰めた! 貴様らとは見てきた世界が違うのだ!」



 過酷すぎる人生を乗り越えた、サイクロプス族の王子の半生。

 同胞として誇るその最後の希望にサイクロプスたちは全てを懸けると叫ぶ。

 だが、それほどの話を聞きながらも、バーツの眉は一つも動かなかった。



「確かに俺たちは、ラガイアの様な深い悲しみや過酷な人生を過ごしてねえかもしれねえ。でもな、それでも分かるんだ。勝つのはフォルナ姫だ」


「な、なにを戯言を!」


「知ってるか? フォルナ姫って、意外にスゲー単純なんだよ。好きな男の前でイイ所を見せつけたい。カッコつけたい。そんな普通の女の子なんだ」


「はっ? なんだそのフザけた話は! そんなフザけた女が、ラガイア様を超えられるはずがない!」


「分かってねーな。五年だぞ、五年。国民が呆れるぐらい毎日毎日ベタベタイチャイチャしてたバカ夫婦が、五年ぶりに再会したんだ。あのヴェルトが見てるんだぞ? 自分の成長した姿を見せつけるためにも、フォルナ姫が負けるわけがねえ」



 戦いのモチベーションは人それぞれ。

 金のため、名声のため、正義のため、大義のため、愛する者のため、中には戦が単純に好きな奴も居る。

 だからこそ、どんな理由でも自分のモチベーションが最高潮になるというのなら………… 


「ッ! な、なんだ、この音は!」

「おい、上空を見ろ! 闇と光がぶつかり合っている!」

「な、なんという神々しい…………」


 突如上空を縦横無尽に駆け巡る攻防を繰り広げる、闇のオーラを纏った者と、雷の光を纏った者がぶつかり合っていた、

 激しい雷轟を響かせながら、ぶつかり合うその二人に、誰もが戦いを忘れて呆然と空を見上げていた。

 そして、誰もが驚愕した。


「…………バ、バカな…………」

「そんな…………」


 鈍い打撃音。鳥肌が立つような抉れた音。肉の潰れた音。


「こ、これは、一体…………」


 神々しい光景とは裏腹に響き渡る生々しい音。

 そして、飛び散る鮮血の中で戦い続けるフォルナとラガイア。

 その戦況を目の当たりにして、サイクロプスたちは背筋の凍るような思いの中で、驚愕の声を上げた。



「あ、あのラガイア王子が……一方的に押されている!」



 一言で言うと…………ボッコボコだった。


「がはっ、あ、ぐっ、はあ、はあ、はあ、はあ、…………くっ! おのれええ!」

「………………遅いですわ」

「がっっ!」


 闇の衣をまとったラガイアの手刀を回避しつつ、カウンター気味に雷を纏った掌低をフォルナが叩き込む。

 顔面を腫らして、鼻まで潰れ、激しく動揺を見せるラガイアは、ただただ「ありえない」とばかりに言った。


「な、なぜ……これほどの力の差が…………あなたは一体…………」


 その問いかけに、凛とした表情でフォルナは堂々と答えた。



「この世でもっとも凶暴な男の妻ですわ」



 台無しだよ……とっ、誰も突っ込めないほど、圧倒的だった。



「ッ…………確かに、あなたは強い。光の十勇者が伊達ではないことは理解した。だが……僕は負けない! 幾度も幾度も、仲間と共にこのような死地を乗り越えてきた!」


「確かに、あなたはくぐり抜けた死線の数や有能な仲間にも恵まれ、自身の天賦の才も見事ですわ。でも、足りませんわ。まだ、あなたには愛が足りませんわ!」



 これが、この戦争の行く末を決める最後の戦いになるだろう。

 この際、過去がどうとか、想いがどうとかは別にして、勝った方が勝ちだ。

 そして、俺はもう分かっている。

 フォルナ勝つ。絶対に。 

 だからこそ俺も、あいつが心置きなく勝利を誇れるように、こいつをどうにかしないといけねえな。



「あはは、パナいね~、朝倉くんの嫁さんは。あんな嫁さんが居たら、この世界を受け入れたくなる気持ちも分かるね~。でもさでもさ、イイところ見せるなんて息巻いちゃって、結局やってるのは戦争と殺しじゃん! 戦争で殺し合いして? 誇り高い戦い? はあ? 死ぬかもしれないのに一騎打ちして、お見事とか言って死んじゃってるバカもいる。自分が負けたら戦争も負けて、同胞は皆殺しになるかもしれないのに、バッカじゃねーの? ねえねえ、朝倉くん。俺とあいつら、パナいぐらいイカれてんのはどっちよ? ほんとパナいクソッタレな世界だよ。それを、十代のガキがキリッとした顔で言ってるから、余計に始末が悪い」



 フザけた軽口を織り交ぜつつも、この世界を呪う言葉を吐き続ける加賀美。

 マッキーラビットの着ぐるみのままなら、まだ俺も軽口で応じられたかもしれない。

 だが、着ぐるみの下から出てきた顔が、それを許さなかった。

 


――マジパネエじゃん、朝倉くん!



 加賀美は今でもそんなフザけた軽口を俺に言う。

 だけど、この瞬間だけは昔を思い出した。

 どこか懐かしさを感じさせる、高校時代の加賀美の姿を。


「加賀美……テメェ……」

 

 加賀美がこの世界でどんな人生をこれまで過ごしていたかは興味ねえ。

 だが、こいつにも、どうしようもない心の苦悩、そして絶望があったんだろうな。


「それがお前の素顔か? それとも、それも何かの仮面か? どうなってやがる」


 マッキーラビットの着ぐるみを蹴飛ばして、加賀美の素顔をあらわにした訳だが、どういうことだ?

 俺の問いかけに。加賀美は俯きながらも答えた。


「くふふふ、この世界で生まれ変わった俺の名前も顔も家族も繋がりも既に一切ない。この顔もね、整形したのさ……世界中から肉体や顔の形を操作できる医者や魔法使いを探し出し、前世の記憶を只頼りに時間を重ねてこの顔を作り上げた」


 そこに居たのは「加賀美」だった。

 この世界で生まれ変わった加賀美の顔じゃない。

 かつて同級生だったクラスメートの頃の加賀美の顔がそこにあった。


「加賀美、テメェはそこまでしてこの世界を受け入れらんなかったか」


 短髪茶髪に耳ピアス。正に精巧に再現された、クラスメートだった加賀美自身のかつての顔。

 

「ふふ、うふふふふふ、そ~んな哀れんだ顔をするなよ、朝倉くん。仕方ねーじゃん。この世界で生まれ変わった時の俺の顔も確かにソコソコイケメンだったけど、俺の人生何度輪廻転生しようとも高校生・加賀美の頃がサイコーだったんだからさ」


 どこまでも前世を捨てきれず、未だ過去に縋りつくその姿は、痛ましかった。



「誰も彼もが君たちみたいにこの世界を受け入れられるとは思わないことだね。つーか、そもそもファンタジー世界に転生とか、オタクの引きこもり以外には喜べねえことなんだからさ」


「……テメェ……」


「俺からしたら、簡単に前世を捨てて、この世界でのうのうと生きてられる君たちの方が、パナい哀れだけどね」



 いいや、そんなことはねえよ……どう考えても哀れなのは……

 俺はついさっきまで、こいつをただ「ぶっ倒す」としか考えていなかったのに、目の前の男の顔を見た瞬間、心が大きく揺らいだ。



「ほんと惨めな野郎だ」

 

「ふん、だったら君はどうなんだい? もしさ、高校時代に美奈ちゃんと……神乃美奈と恋人同士になれていたとして、その直後に死んで異世界で赤ん坊からリスタートですってなったらどうだ? この世界がパナいクソッタレにしか思えねえだろうが!」



 そうだな…………その通りだよ。

 俺も、昔はそうだった。


「ああ、そうだ。お前の言うとおりだよ。俺もこの世界をクソだと思っていた時期があった。お前ほどリア充な前世じゃなかったのにな」


 朝倉リューマのことを知っている人間も、俺が知っているものも何一つない世界に、どうしようもなく失望していた時は、確かにあった。



「俺は何のために生まれ変わったのか。何のために、朝倉リューマの記憶がよみがえったのか。いつもそんなことばかり考えていたよ。でもな、出会いが俺を変えてくれた。テメエほどリア充だったわけじゃないが、俺も前世に未練があったよ。それでもどうにか割り切ることができた。ヴェルト・ジーハとして生きようと思えた」



 そうだ。

 俺も運が悪ければこいつと同じになっていた。

 本当に、俺と違ってこいつは運が悪かっただけなんだ。



「テメエは惨めだな。誰よりも満たされていたはずの人生をいきなりゼロにされ、そして、こうしてテメエは俺たちに哀れまれる存在になっちまった……お前は、かわいそうな奴」



 先生やフォルナたちが居なければ、俺もこいつと同じことをしていたかもしれない。

 だから、こいつの気持ちが分からねえでもねえ。

 同情だってしているし、哀れだとも思っている。

 そんなことは戦う前の会話から気づいていたが、こいつを許せねえって気持ちの方が勝っていた。

 そして俺は……こいつを救う選択はせず、フォルナたちのためにも、加賀美を敵として倒すことを選んだ。

 でも、前世のツラのまま狂っちまったこいつの叫びを今、改めて聞かされると……どうしても心が苦しくなる。

 前世より今の方が大事だと割り切ろうとしても……こいつの……元クラスメートのツラを見せられたら……嫌でも俺も前世の想いが呼び起こされるからだ。

 


「ふ、ふふふ、まさか君に哀れまれる日が来るとはね……ッ、ダメ不良が人を見下して哀れんでんじゃねえよ! カスみたいな前世を過ごした奴が、何をキリッとした顔でカッコつけてんだよ! 何様だ!」



 ああ、そうだよな。

 何様だよな…………俺は…………

 


 教えてくれ……先生……



 俺はどうすりゃいい?

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