第101話 上げて落とす
敵は巨大多数。単純な白兵戦を挑めば勝敗は火を見るより明らかだ。
いかに一騎当千の実力者が数人ぐらい居たとしても、軍の質が違う。
凶暴で強力な魔族の軍団に対して、ほとんどが初陣を飾る新兵による防衛戦だ。
だが、あいつらはどいつもこいつもやってやろうという意志が表情に表れていた。
「さあ、ゆけえええええい、誇り高き人類大連合軍の戦士たちよ! 貴君らはほぼ新兵で構成されているが、それはこの戦の勝敗となんら関係ない! 何故ならば、兵士となった時点で貴君らは、人類の宝であり! 国の必殺の剣であり! そして、私の絶対の信頼を持つ仲間だからだ!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」
「のこのこと現れたサイクロプス共の唯一の目玉をぶっつぶし、鍛え上げられた人類の牙を刻み込んでやろうぞ!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」
帝都に駐留していた将軍らしき男。真っ赤なオールバックと野性的な瞳、そして顔面に無数に刻まれた傷跡が百戦錬磨を思わせる。
「く~、燃えてるね~、ソクシ将軍!」
「ああ。あの人だけでも帝都に残っていたのは不幸中の幸いだ」
「うおおおお、姫様が戦ってるんだ! 俺たちがビビっていられるかよ!」
「この身を人類のために捧げるなら本望だ!」
「二人とも出過ぎてはダメよ! これは防衛戦! 援軍が駆けつけるまで持ちこたえれば私たちの勝ちよ!」
「あのデカ物ども、砲弾でぶっつぶしてやる!」
鳴りやむことのない人間たちの咆哮に、砲撃の音。
中には、体格差を恐れずに刃を構えて五倍近くの巨大を誇るサイクロプスに飛びかかっている奴らも居る。
「やっぱりだ! こいつら、パワーはすごいけど、動きがのろい! いける!」
「よし、バーツが一個隊の指揮官を討ち取った! あとは、指揮を失った雑兵! 確実に刈り取るんだ!」
「よっしゃ、第七部隊、出陣だ!」
「第八部隊、出陣!」
数とパワーで、建物を容赦なく砕いてその破壊力の脅威を見せるサイクロプスに対し、人類は見事に統率の取れた連携で対応していく。
新兵? 関係ない。あいつらは、ちゃんと密度の濃い時間と鍛錬で鍛え上げられている。
「土魔法部隊! 奴らの足場を奪います!」
「氷魔法部隊! 奴らの動きを封じます!」
「風魔法部隊! 奴らの視界を奪います!」
「炎魔法部隊! 奴らを根絶やしにします!」
舗装された地面が割れ、極寒の氷柱がサイクロプスの四肢を串刺しにし、巻き起こる竜巻が敵の視界を覆い尽くして、最後は巨大な炎の塊を落とす。
「射ええええええええええええええ!」
「よっしゃあ! 見たかってんだ、化け物共が!」
「人間なめんじゃねえ!」
強い。
小さい奴が大きい敵を倒す。何とも王道的でスカッとする。
「アヂヂヂヂヂヂヂヂ」
「アデ? オデノ体、動ガナイ?」
「イデエエエエエエエ」
サイクロプス族はその巨体とパワーは確かに桁外れだ。
だが、そのデカイ体に備わっている知能自体はそれほど高くない。
勿論、中にはラガイアのような人間型のハーフや、知能がずば抜けて高い高位種も存在する。
そうでなければ、国が成り立たないからである。
だが、帝都を今襲撃しているのは、ほとんどが雑兵だ。
敵に捕まったりさえしなければ、新兵とはいえ鍛えられた兵士ならば十分に対抗できるレベルだった。
―――イケる!
恐らく、この光景を見ている人類は、その思いが強く高まっただろう。
だが、その時、不気味な声が世界に響いた。
「あーら、強い、ん~、ハンパねえ。いや~、いいんじゃね?」
一人高みの見物のようにくつろいでいる、マッキーラビットだ。
着ぐるみ被っているから素顔は分からないが、少なくともまるで驚いている様子はない。
それどころか、余計にニタニタと薄笑いを浮かべていると思われるような口調で話し続けている。
「修羅場は潜ってないけど、鍛錬も積んで士気も高い。こういうのは、頭をさっさと倒せばいいんだろうけど、その大将もパナい。ラガイア王子と互角だよ~」
「え~、どうしよう、マッキー。このままじゃ、サイクロプスたち可哀想だよ~」
「くふふふ、モーマンタイだよ、マニーちゅあ~ん。言ったでしょ? そもそも、軍の質が違うんだって」
なんだ? 一体何が?
その時、このメンツの中で唯一戦争を経験したことがある、ウラが何かに気づいた。
「ん? ちょ、ちょっと待て!」
「あっ? どうした、ウラ」
「いや、その、確かに人類大連合軍は快進撃を続けているが……前に出過ぎだぞ!」
前に出過ぎ? そう思って空の映像を見上げると、確かにそう見えなくもなかった。
「おっしゃあ! 俺も負けてらんねえ!」
「うん、どっちがいっぱい倒すか競争だよ!」
「いいね~、じゃあ、食堂のデザートを賭けるか!」
言われて、俺自身もハッとした。
そもそも、この戦は守備戦のはず。
帝都を守り続けて、援軍が駆けつけるのを待つというものだ。
だが、映像に映る兵士たちの姿を見ていると、「守る」というより「倒せ」という意識に変わってるように見える。
だからこそ、その異変に指揮官もすぐ気づいた。シャウトがこの状況を見て、驚愕している。
「なっ、じ、陣形が崩れている! 何をやっているんだい、みんな! 前に出すぎだ! 急いで持ち場に戻って、防衛に努めるんだ!」
だが、シャウトのその声は届かない。熱気溢れる積極性、「俺にもできる」という気持ちが強く出過ぎている。
だからこそ、それが敵の作り出した罠だったら?
「ぬっ、ちょっと待て! 今飛び出したのはどこの部隊だ!」
帝都の最後方に本陣を構える、ソクシという名の将軍がその異変に気づいたのは、最前線で指揮を執っているシャウトより遅れてのこと。
「だ、第十部隊に十一部隊、それに、壁上の弓兵部隊まで出ています!」
「なんだと! 誰だ、そんな指示を出したのは! 今すぐ呼び戻せ!」
「あいつら、きっと独断で動いたんだ! おい、全員急いで戻れ! そんなに全員が前に出たら―――――」
そして、もうその頃には敵の矢が到達していた。
「ギャアアアアアアアアア!」
「げぷあ!」
「ガッ!」
その時、帝都に人間の悲鳴が届いた。
皮肉にも、その音声や映像は、一部始終映し出されていた。
「くくく、バカな人間共だぜ」
「勢いだけで戦が出来ると思ってやがる。歯ごたえがなさ過ぎる」
そこに移っていたのは、帝都に群がる巨大なサイクロプスとは異なる。
図体は人間とたいして変わらない。その代わり、巨兵が上半身剥き出しなのに対して、そいつらは全員が甲冑を纏っていた。
兜の下から見える一つ目と、不適な笑み、そして目の前に転がる人間の死体とその血を吸って赤く染まった剣を掲げていた。
「な、貴様ら、ハ、ハイサイクロプス! どうやってここまで!」
全体の指揮を執っていた将軍の居る本陣を、人型サイズの武装した知能の優れた高位魔族、ハイサイクロプスという種族の兵が数百人ほどで取り囲んでいた。
「貴様ら、いつの間に!」
怒りに満ちたソクシが殺気を飛ばすが、ハイサイクロプスたちは平然としていた。
「くくく、どいつもこいつもやる気出しちゃってよ~、本陣の守りがガラ空きじゃねえか」
「ふん、守る貴様らが攻めてどうする。愚かな人間共が」
俺ですら分かっていたこと。
戦争は大将を殺してなんぼだと。
「甘く見るな、一つ目どもめ! 若き頃より神族大陸の中央を舞台に暴れ回った私の剛剣は、貴様ら程度の策略に潰されるものではないわッ!」
「ハハハハハ、知るかよ、過去の栄光にすがる、老害雑魚が!」
斬りかかるソクシ将軍に対して、一人のハイサイクロプスが前へ出る。
その手には、体格に似合わない巨大な棘のついた金棒。
鎧の下から見えるのは、真っ赤な皮膚。
だが、次の瞬間、皮膚だけでなく、そのサイクロプスの鎧までもが全て真っ赤に染まる。
「しゃああああああああ!」
高々と吹き出す血の噴水。
そこには、人間の下半身だけしかなかった。
「くくく、だが、なかなか良い気迫だったぜ、ジジイ。その肉片は鳥の餌にでもなって、世界の糧になりな」
ボタボタと落下する人間の肉片。
それはつい先ほどまで、人類を、そして若い兵士たちを鼓舞し続けた男。
「ソ、ソクシ将軍ッ!」
「うおおおお、貴様ら!」
将軍の側に居た側近たちも怒りに任せて飛びかかるが、一人残らず斬られ、潰され、死んでいく。
その中で、将軍を討った赤いハイサイクロプスは拳を突き上げて宣言する。
「人類大連合軍のソクシ将軍は、この独眼魔童隊副長のレッドロックが討ち取った!」
太陽に映し出される映像というものは、希望を同時に世界全土に伝えるだけではない。
絶望すらも同時に映し出す。
「なっ、う、うそだろ! 本陣が壊滅したってのか!」
「将軍が! 将軍が討ち取られた? そ、そんな!」
「あ、あの野郎! くそ、どうすんだよ、俺たち!」
「フォルナ様はどうした?」
「フォルナ様はラガイアと一騎打ちだ! っ、ちょっと待てよ、指揮官無しで俺たちはどうすりゃいいんだよ!」
将軍の戦死は即座に帝都全土に流れる。
当初は意気揚々と飛び出していた若い兵士たちも、激しい動揺と混乱の中。その状況を敵は見逃さない。
「さあ、もはや敵兵は指揮を失った雑兵のみ! 我らサイクロプスの誇り高き同胞たちよ! 愚かな人間共を蹂躙しろ!」
「「「「「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
その瞬間、数分前とは打って変わって、人間たちの勇ましい雄叫びが一切消え、変わりに戦意を砕かれた者たちの悲鳴が世界に響いた。
「くそ、た、体制を立て直す! 急いで残存する隊を集めぎゅぶへぶあ!?」
「た、隊長! こ、こんな路地裏に! くそ、よくもたいちょううべあう!?」
そこから先は、ただの地獄だった。
次々とサイクロプスたちが混乱する兵士たちを見つけては、踏みつぶし、砕き、そして、
「や、やめろ! は、離せ! 離して! いやだ、いやだああああ、死にたくなあぺぐ!?」
掴んで人間など簡単に引き千切られる。
その凄惨な光景は、ライブ中継のために全世界同時生中継だった。
「あっひゃっひゃっひゃ! いや~、マジパナイね~、マーカイ魔王国軍は! 人類に希望が見えたと思った瞬間に、希望を根こそぎ砕く。マニ~、こういうのを何て言うか知ってるかい?」
「う~ん、マニ~、分かんない~」
「答えは~、上げて落とす♪」
無慈悲な戦争が始まった瞬間だった。
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