第100話 雷光と闇

 帝国を一望できる空中庭園は、もはや人類の手の届かない境地のようにすら感じた。


 俺たちだけじゃない。人類、いや、世界がこの光景に注目しているはずだ。

 そして、俺はふと思った。

 俺は戦争は知らないが、この世界の戦はたいていが大将を仕留めてこその勝利ってことぐらいは分かる。

 もし、ここでフォルナが倒れれば、人類は致命的な大損失をするだろう。

 だが、もしここで敵を倒すことができたら?

 人類にとっては大きな勝利になることだろう。


「前へ出なさい、ラガイア王子。今この場で決着をつけさせていただきますわ」


 構えを取るフォルナ。その身から抑えきれぬ雷電が時折はじけて、音を出す。

 だが、フォルナの誘いにラガイアは簡単に乗らねえ。


「ふっ、一騎打ちかい? 下らない戦士の矜持だね」


 次の瞬間、ラガイアが指を弾いた。

 すると、フォルナの眼前には五メートルほどの巨大で上半身の筋肉をむき出しにした、四体のサイクロプスが出現した。


「ッ、ラガイア! あなたは…………」

「独眼巨暴部隊。さあ、あなたのお手並み拝見といこうか、フォルナ姫」


 あくまで上から目線。俺がその場にいたら、そんなガキの頭を一発引っぱたいてやるところだ。

 だが、一騎打ちを妨げられても、フォルナの表情に戸惑いはない。

 すると、


「ぜあああああああ!」


 次の瞬間、強烈な爆音とともに繰り出された強力無比な一撃が、サイクロプスの一体を跡形もなく粉砕した。


「姫様一人で戦わせませぬ。この騎士としての心得なき不届き者共は、全て私が粉砕する」


 ああ、思わず俺はニヤけそうになった。

 こいつも随分懐かしい。

 五年前、フォルナが帝国に行ったと同時に、フォルナの従者として共に帝国へ付き従い、今ではフォルナの副官として共に戦場を駆け抜けるあの男。


「ガルバ、ワタクシ一人でも問題ありませんでしたわ?」

「問題なのは、姫様のお手を煩わせることです」


 エルファーシア王国護衛隊長。俺も幼い頃からよく世話になっていた、ガルバだ。


「ほう、巨人殺しのガルバか」

「ラガイア王子。そしてマッキーラビット。貴君らの悪巧みはこれまでだ。正義の名の下に断罪する!」


 相変わらず、あの野郎はどこまでもフォルナ命の野郎だ。


「さあ、姫さま! こやつらは自分が請負います! 姫様は、ラガイア王子を! 敵の大将首をお願い致します!」

「ええ、引き受けたわ!」


 チラッと見ると、ファルガも無表情だが少し機嫌良さそうなのが分かる。

 例え映像越しだったとしても、やっぱ五年も会ってなけりゃ、感慨深いもんがある。

 テレビ電話もない世界だからな。


「ヤッバイハンパネー! どーすんの、ラガイア王子、ピンチっしょ! パないっす!」

「怖いよー、逃げようよー!」


 だが、人がそんな気分に浸っているのに見事にぶち壊してくれる。

 マッキーラビットとマニーラビット。つーか、もう加賀美でいいか?

 だが、それに対してラガイアの反応は冷めたもんだった。


「嫌なら逃げなよ。ここまで来たら、後は僕だけで十分だ」


 わーお、すげえ自信。微笑んでるフォルナも、プライドに触ったのか、ちょっとイラっときてるな。


「ならば、試されますか? ラガイア王子」

「ふん。ならば、僕も教えてあげよう。遥か昔からある、七大魔王も四獅天亜人も光の十勇者という称号も、もはや既に過去の遺物だということをね」


 あのガキ、世界中の英雄に喧嘩売ったぞ。


「ふふふふ、おかしなことをおっしゃいますね、坊や。ならば覚えたほうがよろしいですわ。光の十勇者の称号は遺物ではなく、受け継がれる意志だということを!」


 その瞬間、空を翔る俺たちの前方で巨大な落雷が光った。

 まだ見えない、アークライン帝国の方角だ。

 まさか? そう思って再び映像に目を向けると、フォルナの体が金色に光り輝いていた。


「雷神の乙女よ、その涙を纏いし力に変えて、無限の雷轟、世界に光れ! 魔道兵装・迅雷烈覇!」


 懐かしいものだ。五年ぶりに見たその姿は、昔よりもはるかに洗練され、神々しさを増していた。

 雷のエネルギーを放出するのではなく、そのエネルギーを身に纏う。

 人類の中でも数える程しか使い手のいない魔法技術の極み。


「ふふ…………面白い!」


 ラガイアも動く。全身に禍々しいオーラが溢れ出し、その手を眼帯に当てる。


「見せてあげよう、一つ目族禁断の二つ目の瞳を! 魔眼覚醒!」


 それは、眼帯によって普段は封じ込められていた魔力的なものだろう。


「サイクロプス族には決してありえない二つ目の瞳。その禁忌の闇を触れてみるかい?」


 眼帯を外してその溢れんばかりのエネルギーを身に纏うことで、フォルナの光と反対に、どこまでも深淵の闇がラガイアを覆っていた。


「……なんと深く、禍々しい闇かしら。なんて悲しい……」

「さあ、始めようか! 金色の彗星・フォルナ!」


 闇と光。異なる力が同士が、互の全てを飲み込まんとぶつかり合う。


「雷鳴拳!」

「ダークネスインパクト!」


 それは、正に神々の戦い。頂上決戦。

 遥か彼方の空が、光と闇が拡散していた。


「ふふ、大したエネルギーだ。面白い、久々に全力で僕もやれそうだ」


 上空に飛び上がるラガイア。その拳に黒い渦が渦巻いていく。

 その渦はやがて威力を増し、巨大な大渦となってフォルナに向かって放たれる。


「ダークメイルストロム!」


 舞い上がる全ての物質を闇の中に飲み込んでいく。

 巻き込まれたらどうなるか分からない。

 だが、フォルナは表情一つ変えずに、むしろ自ら渦の中に飛び込んでいった。


「ワタクシを誰だとお思いですの! 深淵の闇など、ワタクシの光で世界を照らして差し上げますわ!」

「ふっ、甘く見ないことだ! 全てを飲み込む闇の空間。君では耐え切れないよ?」

「それが甘いと言いましてよ! ワタクシが耐え切れない? 愛する人と会えない辛さに比べれば、この世のどんな地獄にも耐え切れますわ!」


 思わず眩しいと思った。

 映像を通して光るフォルナか、それとも実際に世界が輝いたのか、それは分からない。

 だが、フォルナから目を覆うほどの膨大な光が、闇の渦を粉々に砕いて突進した。


「なんというエナジー! ッ、ならば、世界を覆う黒木衣よ、この世の因果を覆いつくせ!」


 砕かれる闇の渦に目を見開いたラガイアは、即座に防衛の魔法を発動する。


「天元雷光神!」

「ディープブラックカーテン!」


 再びぶつかり合う光と闇。だが、このぶつかり合いを制したのはフォルナだった。


「ッあ!」


 その威力に耐え切れず、砕かれた闇のカーテンごとラガイアは吹っ飛ばされて地面に激突した。


「はっはっはっは! さすが、姫様! これは私もウカウカしていられませんな! さあ、来るが良い、巨暴の一つ目たちよ!」

「ぐらあああああああああああああああああ!」

「せいやああああああああああああああああ!」


 これは、何とかなるんじゃねえのか? まだたどり着かない俺たちだが、そう思うには十分すぎるほどの展開だった。

 フォルナは強い。ガルバも負けてねえ。

 バーツやシャウト、成長した頼もしい奴らが、人類を終わらせねえ。

 最初は絶望みたいな表情しかしていなかったチェットも、表情がやわらいでいる。

 このままいけるか?

 いや、そこまでは甘くないか…………


「なるほど、光の十勇者、その力は伊達じゃないか。さっきの失言は撤回しよう」

「あら、丈夫ですわね。ですが、心配いりませんわ。失言は撤回させるのではなく、後悔させるものだと決めていますので」

「ふっ、なかなか厳しいお姫様だね。それじゃあ、結婚相手を探すのも難しそうだね」

「ご心配なく。ワタクシの婚約者は十年も前から決まっていましてよ」


 ……え? ガチで俺のことか? あいつ、もう十五だろ?

 十五っつったら、この世界でも結婚してもおかしくない年齢なんだから、あんまりギャグを引っ張ってんじゃねえよとツッコミ入れたいところだな。

 だが、そんな冗談を言ってる余裕もなさそうだ。


「なら、残念だね」

「あら、何が…………ッ!」


 その時、高速の闇の刃がラガイアの指から飛ばされ、フォルナの頬を掠めた。

 頬が切れて血が滲み出すフォルナ。その表情はより一層厳しく相手を睨みつけている。


「残念だけど、君が婚約者と想いを遂げることはないよ。何故なら、君はここで死ぬのだから」

「なんという……闇が、さらに深く……ワタクシとしたことが、鳥肌? 本領発揮というわけですわね」


 ラガイアの雰囲気も変わっている。

 どうやら、様子見を終わったといったところか? 

 つか、あれで様子見とか、どんだけ化けもんなんだよ、二人共…………


「姫さま! くっ、いまそちらに………うおっ!」

「王子ノ邪魔サセナイ。人間シネ!」

「ふっ、主を守るか。例え知能が足りなくても、その心意気は私と同じ! だからこそ、譲れぬ!」

「オマエシネ!」


 さすがに、一人じゃキツいか? ガルバもサイクロプスの三匹に囲まれて、うまくフォルナのフォローに行けなそうだ。

 だが、不安なのはそれだけじゃねえ。


「ひははは、どいつもこいつも必死で……パナイくだらねー♪」


 今、戦場でもっとも不気味な男がまだ動いていねえからだ。






――あとがき――

まだ、たった百話……まだまだ終わらんです。

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