第91話 シメの一杯

 宴会はまだ続いているみたいだ。外が騒がしい。

 こういうのを「オール」って言うのか? 異世界でそれを目の当たりにするとは思わなかった。

 だが、さすがに俺たちは、今日は疲れたし、身動きも取れねえから、さっさと寝よう。

 ノリが悪いと言われながらも、宴会を途中で抜け出して、俺たちはさっさと寝ようとした。

 だが、部屋に戻っても、ウラとムサシはベッドの上で膝を抱えたまま座り、ずっと俯いたまま黙っていた。

 宴会の途中から呆然としだした二人は、ハンターの連中に対して適当な相槌をしながら、心は空っぽで、喉に何も通っていない様子。

 ただ、どうしようもない気持ちでグチャグチャになっているのだけは分かった。


「おい。いつまでそうやってんだ、二人共。疲れた体で一晩考えたって答えが出るわけでもねえだろうが」


 二人のことは心配ではあったが、俺の体は気持ちとは無関係に意識が飛びそうなほどヤバイ。

 だが、このままじゃ気持ち良く寝れない。

 いつもの俺なら、「まあ、俺には関係ねえ」で、済ませられたはずなのに、そういうわけにもいかないのが悩みどころだ。


「ヴェルト。私は……あの二人を……自分の体を安売りする淫乱だと思っていた。だが、事実は違った。誰だって、金のためとはいえ、好きでもない男に抱かれて喜ぶはずがない。それなのに私はあの二人が元々そういう奴らだったと決めつけたうえに、まさか奴らの人生を狂わせたのが私や父上だったとは……」


 クリとリス。魔族の軍に家族を殺され、国を滅ぼされ、全てを奪われながらも生きるために、その身体を汚していった。

 そして、そんな二人がそんな人生を歩むきっかけを作ったのが、ヴェスパーダ王国であり、軍を率いたシャークリュウであり、ウラたちである。


「皮肉なもんだな」


 その一言だけでは済まない。でも、俺には正直、それしか言えなかった。


「殿。拙者は、拙者は……なぜ、あんなにヘラヘラと……家族を、みんなを殺して滅ぼしたハンターたちと……なにをヘラヘラと……」


 ウラの逆がムサシ。

 幼い頃、両親が仕えていたエルフの国。ムサシ自身も大層可愛がられたようだが、その国も、両親ももう居ない。

 ハンターが滅ぼし、殺し、そして奪った。高値で取引されるエルフがその後どうなったかなど、想像もできないし、知りたくもない。

 それをやったのが、この村で出会ったハンターたちだ。


「しんどいな」


 その一言では済まない。でも、俺にはムサシにもそう言うことしかできなかった。


「ウラは白状するのか? 自分がヴェスパーダ王国の姫だったと。ムサシは復讐するのか? お前たちが殺した連中こそ、自分の家族だと」


 答えられるわけがない。二人だってその答えが出ないからこそ、ずっと黙っているし、戸惑っているんだ。

 立場はまったく逆なのに、皮肉すぎるタイミングが重なって、二人はずっと俯いたままだった。

 いや、だからこそ待っているのか? 答えが出ないからこそ、誰かの意見を。

 この場にいるのは、俺とファルガだけ。

 俺は、何と言ってやればいいか?



「幸せな五年間だった。人間も、エルファーシア王国も心地よくて、だが、それに目を奪われ過ぎていた。私が人間を嫌わなくても、人間が私を憎んでいることだって十分に考えられたのに」


「ファルガ殿や殿と出会い、人間もハンターもクズばかりではないと考えるようになった。しかし、何故よりにもよって今日、奴らと出会う!」



 重すぎるな。二人共。半端でそれっぽい言葉で濁すことなんてできやしない。

 大体、俺にはそれを言うほどの何かがあるわけじゃないからだ。

 だからこそ、俺が言えることは、二人に真実を語らせて想いに決着をつけさせることではない。

 

「なあ、だったらさ、ほっとけばいいんじゃねえのか?」

「えっ?」

「な、なんと?」


 俺は何も変わらないでいて欲しいからそう言うことにした。

 案の定、真面目な二人はうろたえている。だが、俺としてはその方が望ましかった。



「剣道家や空手家みたいな武道家かぶれは、何でもかんでも嘘付いたり隠し事したりするのが嫌いみたいだが、そんなに苦しむなら、無理に真実をさらけ出す必要もねえだろうが」


「馬鹿な、では、ヴェルトは! 私があの二人の敵だと黙ったまま誤魔化せと言うのか!」


「殿は、拙者の目の前に全てを奪った人間が居るというのに、放置しろと仰るのでござるか?」



 まくしたてるように俺に噛み付く二人。正直、気持ちは分からなくもない。

 だが、俺はそうだと頷いた。



「ウラ、別にあの二人だけじゃねーだろ。ボルバルディエ滅んで何人死んだと思ってるんだよ。お前は生き残りに会うたびにそんな顔すんのか? キリがねえだろ」


「それは、そうだが」


「ムサシ、あのおっさんたちだけじゃねえだろ、お前から全てを奪ったのは。真実を知った瞬間に我を忘れて斬りかかることが出来なかったお前が、これから先も仇に会うたびに悩みまくりながら斬りまくるのか? それもキリがねえよ」


「しかし、しかし拙者は……拙者は……では泣き寝入りしろと?」


「つーかよ、あの女もおっさんも今更それ言われても困るんじゃねえのか? せっかく人生一発大逆転で大騒ぎしている日に、実は私は仇です? 実はお前らは仇です? 暗くなるだけだ。せっかく笑ったままで別れられそうなんだから、そのままにしといていいんじゃねえの?」



 そう、わざわざ何でもかんでもケジメを取る必要も綺麗に決着をつける必要もねえ。

 半端なままウヤムヤにしたままでいられるならそれでいい。


「まあ、この場合、ウラはいいとして、ムサシが問題だよな。にっくき仇とバカ笑いしたまま別れることができるかどうかだがな」

「ッ、で、できるわけが……ありませぬ! 拙者はやはり許せませぬ!」

「そうか。じゃあ、やっぱぶっ殺すか? まあ、それも仕方ねえのかもしれねえけどな。なんせ、今の俺の体じゃお前を止めることもできねえ」

「ッ、そ、それは、そうでござるが……」


 許せない、というよりは簡単に答えが出せるわけがないと言っているようにも見える。

 まあ、実際に俺も同じ立場になった場合、そこまで寛大になれるかどうかは分からねえがな。

 もし俺の親父とおふくろを殺したのが、ウラとムサシだと最初から知っていれば、俺は多分二人を殺したいほど憎んでいたと思うし、殺すか殺さないかは別にして、殺意と憎しみを感情のままにぶつけていた。

 だが、もし今、二人が仇だと言われたとしたら、それは俺には何とも言えねえ。

 どうしたらいいのか、ずっと悩んでいるだろう。

 今のムサシは正にそんな状態なんだ。


「クソ亜人。一つだけ言っておくことがある」


 それは、ずっと黙っていたファルガだった。



「テメエが殺したシーシーフズの連中にだって家族は居たはずだ。連中の場合はクソ因果応報クソ自業自得と言ったらそれまでだが、残されたもんからしたら、そんな理屈じゃ抑えきれねえ。テメエが殺したと知れば、当然復讐するはずだ」


「ふ、ふざけるな! 一緒にするな! 連中は、金目的のために全てを奪ったのだぞ! 父を、母を、みんなを!」


「だから、大義のために殺そうと、金目的の下衆な理由で殺そうと、残されたもんからすれば関係ねえってことだ。特に、人を殺したことがない愚弟から見たらな」



 まあ、正直な話、俺はこの話の結末は既に見えていた。

 絶対に答えがでないまま朝を迎える。

 考えてもキリねえし、この世の誰も正解を答えられるわけがない。

 そんなもの、朝倉リューマの時代から分かっていたこと。

 やれ、死刑にしろだ、死刑は反対だとか、情状酌量とか。

 そんなもん立場が変われば答えは変わる。

 

「っ、私は……どうすれば……」

「拙者は……拙者は……」


 ファルガの言葉が余計にのしかかったのか、ムサシとウラは余計に俯いた。 

 じゃあ、どうすればいいのだ? 

 ここで頭でも撫でたり抱きしめてやったりすれば男らしいんだろうが、その後にかけてやる言葉がないから、俺もそれをしなかった。


 そう。今の俺に出来ることは「何もなかったことにしろ」と言うだけだった。


 だが、もしそれ以外で何かしてやれることはないかと聞かれたら?

 


「仕方ねえな」



 俺の体は怪我で動けない。だから、無理やり動かすことにした。

 固定したギブスを魔法で動かして、俺自身が動くように。


「ヴェルト、何をしようとしている!」

「殿、お体を悪くします。どうか安静に」


 安静にしたいのに、無茶させてるのはお前らのせいだ。

 昔の俺なら、興味ねえとか関係ねえとか切り捨てられたのに、メンドクセーことこの上ない。


「おい、宿の人に厨房貸してくれって頼んでくれ。んで、今から言う食材を持って来い」

「はあ? ヴェルト、お前は何を!」

「酒飲んで、ラーメン食って、んで、風呂で汗流して寝る。くははは、温泉で溺れねえようにしねえとな」

「と、殿?」


 昔、先生が言っていた。

 自分はコレしかやってこなかったと。だからこそ、これしか伝えられるものがないと。

 同じようにこの五年間、俺もそれを伝えられたからこそ、俺に出来ることはコレしかねえ。


「戦争行かねえで、ふわふわ時間タイムを磨きながら、ラーメンしか作ってこなかった。だからよ、俺もこれしかできねえ。笑わずにはいられねえぐらい旨いラーメンを食わせてやるよ」


 やっぱ体が痛え。こんなのでスープ作りとか水切りとかできんのか?

 いや、クレランやドラゴン倒すよりはマシか?


「バカ、寝ていろ、ヴェルト! それに、たかがラメーンでどうするというのだ?」

「殿、料理はまたいつかの機会に。今はお休みください」


 何でラーメン? たかがラーメン。

 そりゃそーだよ。

 だが、俺にはそれしか出来ねーんだから、仕方ねえだろ。

 それに、たかがでもねえよ。先生だって、ラーメン作りに命と人生を捧げていた。

 大体、今だからこそ、ラーメンなんだよ。だって、宴会やってるんだぞ?

 

「俺も良くは分からねえんだが、社会人や大学生は宴会の後はラーメン食うらしいぜ? メッチャ太るらしいけどな」

「だから、それが一体何の意味があるのだ? だいたい、シャカイ人とは何の種族だ?」

「女は気をつけろ~、メッチャ太るからよ」


 まあ、俺はやったことねえけどな。

 だが、総称は知っている。宴会の後に食べるラーメンを一般的にはこう呼ぶ。


「飲み会の後に食うラーメン。それはこう呼ばれる。『シメのラーメン』ってな」


 締めのラーメン。だが、何か言ってみたい言葉だな。

 それに、今一番ふさわしい名前の料理のような気がした。

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