第90話 無礼講の宴

 村長と呼ばれた年老いた爺さんが、深々と俺たちに頭を下げた。


「村をドラゴンの脅威から守って頂いただけでなく、まさか温泉まで与えてくださるとは、なんとお礼を言ってよいやら。元々、空気と美しい森だけが見所の何もない貧しい村でしたが、これで活気がつくでしょう」


 村の広場で俺たちは持てなされた。

 広場で俺たちを含めた三十人ほどのハンターが横並びで少し派手目の絨毯に座らされ、目の前には深々とお辞儀をする年寄りたち。

 広場には皿に盛りつけた果物やら、獣の丸焼きやらが目の前で豪快に焼かれ、頭に花の髪飾りをつけた村の若い娘がヒラヒラのロングスカートと少しへその出した格好で踊ったり、俺たちに酌をしたりとしてくれる。

 ようするに、俺たちは何故か持てなされているのだ。


「う、うわぁ……ど、どうしよう……」

「ヴェルト、知らん顔してもてなされておこう」

「うう~、しかし、拙者も心が痛むでござる」

「クソ気まずい気分だぜ」


 村人には、俺たちは突如出現したドラゴンを退治して、更に村に温泉をもたらしたと思われている。

 だが、真実は俺がクレランに喧嘩売って、クレランが出したドラゴンをファルガたちが倒して、俺はクレンランとの戦いで森をメチャクチャにして暴れただけ。正直、温泉は偶然だった。

 その温泉だって、意外とマジメだった他のハンターたちが、最低限の森を整備していたときに偶然見つけたものだ。

 それなのに、ここまで感謝されると胸が痛む。


「がっはっはっは、カラクリドラゴンを捕まえられなくて、今回はタダ働きだと思ったら、こんなお土産付きとはな!」

「ねえねえ~、一応さ~、これは発見した私たちに所有権があるんでしょ~? もう、ハンターなんてやめてさ~、ここらで温泉経営してもよくなくな~い?」

「だよな。温泉なんて、人類大陸でも数えるほどしかねえ。近隣の王国や、帝国の貴族たちだって来るぞ?」


 人生一発大逆転。そんな感じで浮かれるハンターだが、正直その気持ちはよく分かった。

 この世界にある温泉の大半は冒険者が偶然見つけた地中からわき出ている天然温泉のみ。地中を掘り進んで温泉の水脈を掘り当てるなんて、まずありえない。答えは簡単だ、金がかかるしほとんどギャンブルに近いからだ。一流の土族属性魔法使いや何人もの労働者を雇っても、あんまり地質学が進歩してなさそうなこの世界では、運良く掘り当てられることなどまずありえない。

 だからこそ、温泉は貴重であり、世界に公表されていない幻の秘湯を除けば、観光名所と化している温泉地区は、ほとんどセレブだけが楽しめる特権みたいなものになっているのだ。

 だからこそ、それによって得られる利権はバカにならないのだ。


「ねえ、坊やってば、本当に運がいいよね~」

「ほんと~、私たちも~、もう~、身体を売ったり~、する必要ないけど~、坊やには一回ぐらい~、タダでしてあげちゃわないとね~、お姉さんたちが~、童貞卒業させてあげるよ~」

「うっほー、マジかよ、よっかったな坊主! この二人がタダでヤルなんてありえねーぞ!」

「なあなあ、俺らも一回ぐらい頼むよ~」

「ちゃ~んとお金くれればね~」

「ふざけるな! ヴェルトに貴様らのような女は一生必要ない! 私一人で十分だ!」

「ふにゃああ、きききき、貴様ら、殿にえっちなことするなでごじゃるぅ! 拙者の殿にえっちなことは許さないでござる!」


 温泉を無断で掘り起こしたのはさておき、財宝や温泉など、国が自国の所有物だと予め明言してなければ、たいていが発見した者のものとなる。まあ、その後に資源を国に売却したりとかあるらしいが、どちらにせよ、この温泉は俺が掘り起こして他のハンターが発見したという事実がある以上、この温泉に関する所有権は俺たちにある。

 当然、この温泉を俺たちでどうこうするようであれば、村には場所代なり税金なりを納めるわけだから、こんな質素な村からすればとんでもない収益になる。村も拡張して店も広げ、人も集め、数年後には村から街に変わっているかもしれない。


「でよ~、坊主たち。これからどうするよ」

「どうするって言われても……」

「俺たちはハンター引退して悠々自適に暮らすぜ。この村に移住するってのも考えてるよ」


 早いな、決断が。

 まあ、そういうのがハンターらしいと言えばらしいんだが。


「坊やも一緒に暮らそうよ~」

「私たちも~、この村で~、荒れた森とか直したりしながら~、しばらくして贅沢に暮らすよ~」


 おいおい、ハンターとしての誇りとかどうした? とは言えないな。ぶっちゃけ、ハンターってのはそんなもん。正義感や誇りやロマンだけで動くのは希だ。ファルガやクレランみたいなのが珍しいだけで、大半はバウンティングハンターもトレジャーハンターも一攫千金目指した連中の集まりで、つまり金こそ重要なのである。

 だからこそ、それを成し遂げたこいつらはハンターとして勝ち組とも呼べるのだ。


「しかし、ヴェルトとのどかに温泉宿を経営するというのも悪くないな。いや、いっそのことここにトンコトゥラメーン屋二号店を出すというのも」

「真剣に考えてんじゃねえよ、ウラ。金は大事だしもらえるもんは貰うが、やりたいことやんないうちにゴロゴロしてるわけにはいかねーんだよ」

「当然だ。怠惰な暮らしなどクソくらえだ」

「うむ。殿が欲に目がくらみ、己を高めることを怠るような方でなく良かった」

「私も~。私が好きなのはお金を払って食べることじゃなくて、自分で捕まえて食べることだもん」

「オイラはご主人様のところに帰ることが出来てから、ここに引っ越さないか誘ってみるっす!」


 当然と言うべきか、俺と結婚して安定した生活を求めるウラ以外はみんな、今ここに住むことは考えていなかった。まあ、ウラも少し文句は言うものの、結局は折れて一緒に来てくれるわけだが。


「なんと、ヴェルト殿は住まれないのですか?」

「ああ。ちょっとやることがあるからな。まあ、ここは村長とおっさんたちに任せるよ」

「なんだよ、せっかく仲良くなれそうだったのによ」

「いや、別にすぐ行くわけじゃねえよ。俺の身体こんなだし」


 まあ、出ると行ってもすぐじゃねえ。俺の身体はボロボロで身動き取れないし、数日から数週間は様子見だな。


「でしたら、旅立たれるまでゆっくりしていってください。今日も含めて誠心誠意おもてなしさせて頂きます」

「そうだ、飲もうぜ、坊主! おっちゃんたちの武勇伝も教えてやるよ!」

「おお、そうだな! あれは、東で暴れていた盗賊団討伐の話だ!」

「飲め飲めー! ひゅー、姉ちゃんたち、もっと腰を振って!」


 あいたたた、だから胸が痛いんだって。そんな風に感謝されたりすると。

 だが、そう思ってくれてるんなら無碍にする必要もねえのかな?

 いや、それ以前に、この旅もまだ始まって期間は短いが、この短期間で色々ありすぎた。

 これも息抜きだと思えば、それでいいかもな?

 この日ばかりは、俺たちも少しだけ気分を解放してはっちゃけた。


「だ~か~ら~、ファルガ~、チェーンマイル王国のお姫様に求婚されたって話はどうなったの~! おしえなさーい! 教えないと、爪を剥いで、指から出る血をチューチュー吸っちゃうんだから!」

「テメエ、クソ酔いすぎだろ、クソクレラン」

「うるさい、言え~、言いなさ~い!」


 酔っぱらってハイになって、ファルガに絡むクレラン。


「え~、信じらんない。ウラちゃん、そんなに坊やを好きなのに、まだ坊やとエッチしてないとか、女としてヤバイんじゃない?」

「う、うるさい、お前たち、い、淫乱共と違って、大切にしているだけだ! それに、ヴェルトは意外とマジメだから、もし感情にまかせてシて、子供が出来たときなどを考えているんだ! ま、まだ、その、寝込みにコッソリ……口で……までで……」

「え~、知らないの~? 今はね~、きっちりと避妊できる道具があるんだよ~? 私たちが拠点にしてた街では、伝説の男『フルチェンコ・ホーケイン』が開発した、『ウスウスコンドーくん』ってのがあってね~。ほら、こういうの♪」

「避妊道具!? なんだと、……な、なら、冒険中に万が一という心配もそれで……ぬぬぬ、しかし、種を無駄にと言うのはどうかと……いや、しかし……ぬ、ぬぅ……とりあえず、一つよこせ」


 猥談を繰り広げる女共に…………


「そう、拙者が言いたい言葉は、こ~、いっぱい斬ったあとに~、ふっ、またつまらぬものを斬ってしまったと言いたいでごじゃる~!」

「おおおおお、なんか渋いね~、姉ちゃん」

「姉さん、渋いっす!」


 なんかもー、グデングデンに酔っぱらってるムサシやハンターのおっさんたち。


「いいじゃん。魔族は嫌いだけど、ウラちゃんは可愛い」

「おーい、ござる亜人姉ちゃんも、もう一杯いきな。今日は種族も奴隷も無礼講だ」


 うまいもん食って、飲んで、騒いで、踊って、歌っていた。



 だからこそかもしれないが、俺たちはまったく気づいていなかった。



 今この世界は、人間と魔族と亜人は戦争しているということを。


「も~、ウラちゃんってば、人のことを淫乱とか酷いな~」

「うるさい! 淫乱ではないか!」

「そんなことないよ~、私たちだって昔はピュアだったもん。でも、戦争で家族が殺されて、国が滅んで、文無し宿無し天涯孤独になって、生きていくために仕方なくこうなったんだもん」


 それは、卑猥なことばかり言って人をからかう、クリとリスが初めて、見せた表情だった。

 昔を思い出して切なくなっているのか、儚げな表情だった。



「そうであったのか」


「うん。殺したのは魔族。まあ、滅ぼした魔族たちは恨んだけど、それをウラちゃんに言っても仕方ないしね~。それに、その魔族の国もとっくに滅んだみたいだから、なんかこ~、やるせないよね~」


「必死だったよね。地べた這いずり回って、身体を売ったり、生きるためなら何でもやったし」



 そういうこともあるんだろうな。世界は戦争をしているんだ。この中にも魔族や亜人に家族を殺された連中だっている。

 ウラもムサシも逆に人間に家族を殺され、国を滅ぼされた。

 また、その逆にウラとムサシも人間と戦ってもいる。

 言い出したらキリがねえし、どうしたらいかも分からねえ。お互い様だ。

 それは、他のおっさんのハンターたちも同じだった。

 亜人と魔族に対して色々あったが、それをウラとムサシに言っても仕方ない。

 だが、これだけは予想していなかった。


「お前たちはどこの国の出身だったんだ?」

「うん、ボルバルディエ国だよ。五年前に魔族に滅ぼされた」


 それを聞いた瞬間、ウラの表情が蒼白した。

 さらに、その傍らでは。



「おぬしたちがハンターであったのなら、それなりの武勇伝があろう?」


「ああ、そうだな。まあ、亜人のあんたに言うのは気が引けるが」


「かまわぬ。拙者、殿と出会って考え方を改めた。戦争をしているのだ。そなたたちも亜人を手に掛けたことがあっても不思議ではない」


「そっか。あ~、じゃあ、言うけどな、俺たちが戦った過去最強の敵は、ラブ・アンド・マニーって組織の依頼で、亜人大陸のフリューレ国の西に位置するカイデ森に居たエルフ族の国に攻め込んだ時だ!」


「………………………………えっ?」


「俺たちは用心棒扱いでな、いや~、あの護衛の奴らは強かったよ。結局、全部倒したのはラブ・アンド・マニーの最高幹部の『ブラックダック』ってやつだったんだけどな。ただ、ラブ・アンド・マニーの奴らは森を燃やしたりしてたから、あんまりもう関わりたくねえけどな」



 ムサシの持っていた杯が割れた。

 

 そう、ありえるのだ。こういうことがこの世の中では。


 だが、皮肉にもほどがある。


 気づけば、人間も魔族も亜人も種族を忘れて楽しんでいた、まさにその時に、不意打ちを食らったようなものだ。


 それが何故、今なんだと、俺たちは思わずにいられなかった。

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