第59話 虎のトラウマ

 海は広いな。そして、日が昇っていたと思ったら、いつの間にか沈んでやがる。

 それでも波は穏やかで、今のところ船は問題なく進んでいる。

 問題は船の中だけだった。


「木刀か。懐かしいな」


 朝倉リューマ時代に喧嘩で使われたことは何度もあるが、ヴェルト・ジーハになってからは見たことがない。

 ためしに、ファルガやウラも知らないようだ。

 ならば、この木刀は、そして虎ガキのジューベイが持っていた日本刀チックな刀は誰が考案したのか?

 答えは、ほとんど出ていた。


「うう~、ん~、大ジジ~、ぐ~、ぐ~」


 にしても、人間をアッサリとぶっ殺しといて、このノンキな寝顔は何だ?

 

「やれやれだぜ」

「クソネコが」

「は、はは、めんこいな」


 コタツで丸くなってる猫か? 一応、年齢は俺と同じ十五歳らしいが、気を抜いてると完全にガキだな。

 気を失っているかと思えば、今ではグッスリと寝ているムサシを見ていると、俺の心は複雑にざわついた。


「ちっ、さっさと起きろ、この虎娘」

「あぎゃっ!」


 両手足を錠で拘束し、とりあえず檻の中に転がしておいたが、あまりにも起きないので、頭を木刀でつついてやった。


「き、貴様、死ね死ね死ね死ね死ね! よりにもよって、お姉を!」

「ムサシ様の頭を小突くなんて酷いだよ!」

「刀さえ取り戻せば、人間なんて簡単に殺せるの!」


 三人揃ってガキは余計にうるさくなった。

 服すら着させられていなかった、虎人族のジューベイにはウラの計らいで服は着せてやったものの、基本的に刀は没収して全員檻の中だ。

 ちなみに、一緒に入れているのは、猫人族のウシワカと、狐人族のベンケイ。三人とも十三歳で、ムサシの後輩でもあり妹分だそうだ。


「うっ、こ、ここは? ん~、ご飯はまだでござるか? ふにゃ~~あ」


 ようやく起きたかと思えば、何をノンキなことを言ってやがる。


「オイ」


 起きた猫か? アクビとともに耳や尻尾の毛が少しだけ逆だっている。

 

「ん? え~っと……はっ!」


 だが、段々と現状を思い出した様子で、俺を見た瞬間にいきなり檻の中からギャーギャー騒ぎ立てた。


「貴様ァ! よくも、よくも拙者に!」

「うるせえよ。元々テメェらが強襲してきたのが原因だろうが。つか、元を辿ればテメェら亜人が人間の領土で密猟していたからだろ?」

「何を言うか! 戦争で拙者らの領土を奪い、同胞を家畜以下のように扱う非道な人間が理屈をこねるなでござる!」


 あ~、檻に入れといて良かった。話が全然進まねえし。


「くだらねえな。人間だ亜人だの種族問題は道徳の時間にでも講義してろよ。俺には興味ねえ」

「なにを~! おぬしのような人間が居るから、我々亜人が虐げられるでござる!」


 人間に対する憎しみの目。なんか、ワケアリくせーな。

 すると、俺たちのやり取りにビクビクしながら、怯え切った亜人の捕虜たちが口を挟んできた。


「な、なあ、あんた、あんたたちは奴隷商人じゃないって本当なのか?」

「その、ジードやシーシーフズの仲間でもないって」


 まあ、そりゃ気になるよな。だって、ジードやシーシーフズの連中が死んだ以上は、こいつらの命は俺たちが握ってるわけだから。


「えっ! この者たちは奴隷商人ではないでござるか?」

「うそ! こんな死ぬほど目つきの悪い奴らが?」

「嘘だよ! こいつらだって仲間だよ!」

「私たちをどうする気なの!」


 んで、今頃気づいたか。早とちりしやがって。

 だからといって俺たちに心を許すとか、そこまで物事は単純じゃなさそうだけどな。


「し、しかし、どちらにせよ、人間! 薄汚い人間であることには変わりないでござる!」

「ふ~ん、そう来たか。えい」


 そう、物事は単純じゃない。

とはいえ、ちょっとムカついたので、木刀で軽く頭を叩いてやった。


「ぬっ、こ、小突くな! 拙者の愛刀で、拙者の頭を、あた、あた、あた、っ、なんという屈辱! 拙者の身動きが取れないことをいいことに、恥を知れ! これだから人間は悪逆非道!」

「ふ~ん、それ、コチョコチョコチョコチョ」

「にゃ、にゃああ、や、やめるでござるにゃ、わ、脇、脇はやめるでごじゃるにゃあ!」

「くはははははは、ほーれ、ほーれ、薄汚い人間様に生意気な口聞きやがって」


 お、おお、何かおもしれえ。脇腹を木刀で弄りまわしたら、笑い転げやがった。


「死ねええ、貴様、何だその顔は! ムサシお姉で遊ぶな!」

「ヒドイだよ! やめるだよ! ムサシさまを犯すなら、わ、私を犯すだよ!」

「姉さまの体に触るななの! 薄汚い人間めなの!」

「ヴェルト、お前、その小悪党ヅラはどうにかならんか?」

「クソくだらねえ」


 だいたいよ~、俺は確かに綺麗な人間ですと言う気はねえけど、少なくともこの十五年は亜人に迷惑かけた記憶は一切ない。

 つーか、俺の方が亜人に対する恨みは募ってんだよ。

 それを一括りにして言いたい放題いいやがって。


「オラオラオラ、にゃあにゃあ、喚くなよ、うるさいにゃあ! くははははは!」

「ぐっ、ぐう、せ、拙者、この程度の陵辱などでは、決して心は折れ、折れ、にゃあああ、くすぐったいでごじゃる~!」

「虎ならガオーだろ? あ~、おもしれ。猫じゃらしはねーかな?」

「くうううう、なんという屈辱! 人間ごときに、人間ごときに!」

「ったく、随分と人間を嫌ってるな~、家族でも殺されたか?」

「ッ!」


 おっ、目つきが変わった。

 これは、憤怒だ。

 どうやら、俺が軽口で言った言葉が、随分とこいつの触れられたくない部分に触れられたようだな。

 いや、それはチビッコ三人組も同じ様子だ。随分と怒りに満ちた目で俺を睨んでやがる。


「貴様に、貴様らなどに分かってたまるものか!」

「ああ? なんだよ、何かあったか?」

「黙れ、貴様などに、貴様などに死んでも言うものか! 拙者たち亜人の受けた屈辱を、悲劇を、怒りを! 誰が言うものか! 家族でも殺されたかだと? 簡単に吐き捨てるなでござる! 殺されたどころではない、奪われたのだ! 貴様ら人間に!」

 

 言っちゃったよ。

 死んでも言わねえとか言ったくせに。


「こいつ、マジメだけどバカだな」

「こら、ヴェルト」


 空気読めと見えない角度でウラに脇腹を小突かれた。


「おぬしらは知っているか? 我ら亜人の中でも最も神聖とされる、幻獣人族を!」


 知らねえよ。つか、普通に語り始めやがった。

 なんか、メンドクセーパターンだぞ。


「拙者たちのような一般的な亜人ではなく、かつて滅んだ神族の末裔とまで言われる、亜人の中でも高貴な存在。幻想的な歌声の人魚族、亜人大陸を緑豊かにしたエルフ族。拙者らミヤモトケンドーを学んだ剣士は、元服を過ぎればそのような方々のお側付となり、『殿との』と崇めて生涯かけてお守りする。それが拙者たちの誇りでござった!」


 あ、これは嫌な展開だ。

 多分、こいつこのあと、泣き出して、幼い頃のトラウマを語りだすんじゃねえか?


「う、ううう、しかし、人間は、人間は! 人魚の肉は不老不死の効力があるなどと世迷いごとで神聖な人魚を武力を持って乱獲し、エルフの女はその神秘的な美しさ故に、欲情した人間どもが、中には、高値で売れるからと年端もゆかぬ少女まで……う、ううう」


 ほらな、泣いた。


「亜人大陸のフリューレ国の西に位置するカイデ森に居たエルフ族は、拙者の父がお使えしていた方々。高貴な身でありながら、幼い拙者をとても可愛がって下さった。しかし、しかし! 戦争で主力の軍が神族大陸に派遣されていると知るやいなや、突如現れた人間のハンター共が亜人大陸に乗り込み、美しい森を燃やし、エルフたちを攫い、そして、抵抗した父をも無残に殺した!」


 そして、とうとう全部語っちゃったよ。

 あ~あ、胸糞悪い話を聞かせやがって。

 何なんだよ、この世界は。

 こっちはこれっぽっちも聞きたくねーのに、どいつもこいつもトラウマは語っちゃう系なのか?


「クソみてーな話だが、まあ、間違ってねえな。エルフや人魚の雌は、シロムでも破格の値段で取引されている。人魚の肉が不老不死の薬って噂が迷信だと分かっても、幻獣人族は希少価値がクソ高い」

「えっ、マジで? 食ったやついんのか? つか、ファルガもハンターだろ? そういうのは関わってねえの?」

「クソくだらねえ。金に困ってねえ俺が、そんなことしてどうすんだ?」


 まあ、そりゃそーか。

 つーことは、別に俺たちはコイツに対して何かを申し訳なく思う必要もなさそうだ。


「でさ、んなもんはどーでもいいんだけどさ」

「ッッッ! き、キサマアアアアア! どーでもいいだと!」

「だから、俺には興味ねえし、関係ねえ話だって言ってんだよ! つか、さっさと俺に質問させろ!」

「こ、殺してやる、殺してやるでござる! 血も涙もない最悪の種族め!」


 だから、俺にそんな話をしてどーしろって言うんだよ! なんだ? 土下座して謝って欲しいのか?


「やめぬか、ヴェルト」

「ぬっ!」


 その時、俺の服の裾をウラが掴んだ。


「ああ? 何で俺が引き下がるんだよ! 俺には関係ねーじゃん!」

「確かにな。だが、私はこやつの気持ちも何となくだが理解できる」

「はあ?」

「ここは、私に任せてくれないか? ヴェルト」


 気持ちが分かる? なんでだよ、ウラも人間が嫌いとか言うのか?

 あっ、でも、確かにウラは内心では人間を嫌っていてもおかしくないっていうか……


「そうだな。好きにしろよ」


 そうだよな。一緒にいすぎて忘れていたが、こいつも人間にしんどい目に合わされてるわけだしな。


「ムサシと言ったな。私も自己紹介をしよう」

「ふん、薄汚い人間の名など知りたくもない!」

「いや、私は人間ではない。亜人でもないがな」


 相手を落ち着けるように、やさしくゆっくりとした口調で話しかけるウラは、自分の被っていた真っ白い帽子を取った。

 その時、ウラの美しい顔に亜人共も一瞬言葉を失うほど見惚れていた。

 だが、その耳の形や瞳の色を見て、ムサシは全身をワナワナと震わせた。


「そ、その赤眼! 角! お、おぬしは、魔人族! ま、魔族か!」

「ああ。私は紛れもなく魔族だ」

「ば、バカな、バカな! なぜ、なぜ魔族が人間と一緒に居るでござる! 魔族は亜人とも戦争をしているが、同時に人間とも戦争しているではござらんか!」


 まあ、驚くのも無理はねえだろうな。

 理解不能といった表情で、ムサシも他の亜人も動揺しているのは明らかだった。


「私の名は、ウラ・ヴェスパーダ。魔族大陸の、今はなきヴェスパーダ王国の者だ」

「ヴェス……パーダ? って、それは、かつて七大魔王国家と呼ばれた、魔王シャークリュウが治めていた国!」

「そうだ。そして、当時『少年勇者』と呼ばれた英雄率いる人類大連合軍との戦に敗れ、そして滅んだ」

「ッ!」


 もう、五年も前になる話だが、どうやらあの事件は世界的にも有名だったようだ。

 亜人のこいつも開いた口が塞がらないといった様子だ。



「戦争とはいえ、私も大切なものを人間に奪われた。父も母も、幼い頃から共に過ごした親しいものも、国も、全てな。もちろん、当時は恨んだ。人間への憎しみは今でも思い出す」


「バカな、ならば、なおのこと、何故人間と!」


「しかし、全てを失った私に、新たに多くのものを与えてくれたのも人間だった。新しい幸せ、新しい家族、全力でぶつかれる好敵手、そして……生まれて初めての恋もな」



 ッ! 不意打ちだ! 不意打ちすぎる! そこで、顔を赤らめてそっと俺の手を握ってくるんじゃねえ!

 思わず、ドキッとして顔が熱くなっちまった。

 あ~、びっくりした。危うく顔に出ちまうところだった。

 にしても好敵手……ライバル……フォルナのことかな?


「もちろん、人間を好きになれと言うつもりはない。ただ、人間を一括りにして、ヴェルトやファルガまで恨むのはやめろ」

「あっ、そう、それ! 俺もそれが言いたかった!」

「ジードたちが死んだ以上、お前たちをどうする気もない。もう、私たちに危害を加えぬというのなら、黙って解放するし、剣も返そう。それで、良いか?」


 ウラの提案に対して、ムサシたちはどこか戸惑ったような表情だ。

 だが、それでも言いづらそうにしながら、言う。


「やはり、いや、おぬしの言いたいことは分からなくもないでござる。だが、しかし、それでも許せぬ。拙者は、人間を……」


 まあ、そう簡単に説得で態度を入れ替えるやつでもないだろ。

 これだから糞真面目な奴はメンドくさい。

だが、それでもウラの言葉は何かしらの影響を与えているみたいだがな。

 と言っても、ムサシが人間をどう思おうと俺には関係ない。

 俺が興味あるのは、最初から一つだけ。


「一つ、空気読まねえで申し訳ねえけどよ」

「んっ、何でござる?」

「ムサシって名前はさ、元々は人間の剣士の名前だって知ってたか?」

「なに!」

「そして、侍も元々は人間のある国の剣士のことをそう呼ぶんだぜ?」


 こいつもチビッコ三人組は知らなかった。まあ予想通りだけどな。

 問題なのは、


「聞きたいのは、テメエにムサシって名前を与えた奴は、誰だ? そして、サムライソードとかのデザインを考えたのは誰だ?」


 ずっとしたかった質問。

 その質問の意図は誰にも分からない。

 ムサシも何で尋ねられているのか分かっていない様子だ。


「そ、それは、それは、全部、拙者とジューベイの祖父である大ジジが……」

「大ジジ?」

「そうでござる。八十年ほど前にミヤモトケンドーを開いた剣士、『バルナンド・ガッバーナ』でござる」


 バルナンド。その名前には心当たりはねえ。

 だけどそうか……戦ってたときは焦ってあんまり聞き取れなかったが、こいつらの剣術……


「宮本……剣道ね」


 いたな。そんな奴。


「なあ、そのジーさんってさ」

「ぬ?」

「結構、口下手だったりするか?」

「なっ! そ、それは、た、確かに、大ジジはかなりの恥ずかしがり屋で、口数も少ないが……」


 なるほど。

 それじゃあ、


「ちなみに、人を褒める時は語彙力無さ過ぎて、『お見事』しか言わなかったりするか?」

「ッ、ちょっと待つでござる! なぜ、何故おぬしが大ジジの口癖を知っているでござる!」


 ああ、この感覚、懐かしいな。

 俺が鮫島のことを知っていた時のウラと同じ反応だ。


「ヴェ、ヴェルト、ど、どういうことだ?」

「愚弟。テメェ、本当に何を探してやがる」


 ウラとファルガも驚いている。

 まさか、こんなに早く見つかるとは思わなかった。


 それにしても、「大ジジ」か……随分と長い間、待たせちまったようだな。


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