第58話 サムライガール

「お、お、おまえらああああああ! お、お前らは一昨日逃げた、ガキども!」


 こんな奴らは、死んだって心も痛まねえ。

 むしろ取っ捕まって打ち首にでなればいいと思っていた。

 しかしそれでも、いざこういう光景を見せられると、心が打ちのめされそうになる。

 シーシーフズのチンピラ共が両断された姿で血みどろの甲板の上に転がっている。

 そんな中で、俺は血の海の上に立つ三人の女たちに目を奪われた。


「ムサシ様! こいつだよ、こいつが頭だよ!」

「後ろの三人は知らないの! でも、こいつの首を落とせば全て終わりなの!」


 この二人は捕まっていた虎ガキ娘と同じぐらいの年齢に見える。

 そして、二人のガキ剣士の後ろに佇む一人の女。

 虎の耳と尻尾を生やし、虎ガキ娘に似た容姿。

 だが、姉と呼ばれているものの年齢はかなり若いぞ。

 十代後半か、下手したら俺と同じぐらいの年齢だ。

 そして印象的なのは、その衣服。この世界では見たことの無い形。

 しかし、どこか前世の記憶では懐かしく感じる、「和風」を思わせる服装。

 黒い袴に、ピンク色の羽織。

 その手には、日本刀は持っていないが、何故か二本の木刀を持っている。



「おぬしが、我ら亜人の同胞を攫いし悪漢共の親玉でござるか?」



 しかも、「ござる」を使いやがった!


「なにもんだ、テメェ!」


 ああ、俺もすげー気になる。

 突如現れたこの女は何者か? すると女はキリッとした顔つきで睨みつけてきた。



「拙者はムサシ・ガッバーナ! 亜人大陸、フリューレ国のマヤト村出身の誇り高き虎人族にして、我が祖父が開祖となった亜人最強剣術、『ミヤモトケンドー』の使い手! 人呼んで、双剣獣虎そうけんじゅうこのムサシ! 拙者、悪党に名のる名など持ち合わせておらぬわ!」



 全部名乗っちまいやがった。聞いてない情報まで。ん? 待て、こいつ今……何ケンドーって言った?!


「我が妹ジューベイをはじめとする亜人の同胞を救うため、拙者は参上した!」


 それにしてもこいつ、正義感の塊のような熱い目をしてやがる。

 つうか、捕まってたあのガキはジューベイって名前だったのか。


「このクソ亜人、馬鹿だ」

「馬鹿だな」


 ファルガ、ウラ、そう思うのは無理もねえが、まあ許してやれ。

 多分、そうなんだけど。


「よくも、よくも俺の子分どもを! ぶっ殺してら!」


 ジードが駆け出しだ。

 正直、俺の反応はムサシという女に色々と気を取られてしまい、遅れを取ってしまった。

 だが、それでも次の瞬間にどうなるかぐらいは、すぐに分かった。


「ッ、やめろ、ジード!」


 ハッキリ言って、ジードはお友達でも何でもない。

 いや、それどころか吐き気がするようなゲス野郎として、死んじまえばいいとすら心の片隅では思っていたかもしれない。

 だから、どうしてそんな俺がジードを止めようとしたかは分からない。

 目の前で誰かがぶっ殺されるのが我慢できなかったか? 

 どちらにせよ、俺の静止も既に手遅れだった。

 

「愚かな。そのような怒号では、拙者の大義に届かぬと知るでござる!」


 ゆらりと、二本の木刀が陽炎のように揺れた。


「ミヤモトケンドー・紅蓮壊破面!」


 それは、斬るというより、大破させた。

 脳天への一撃がジードの頭部から胴体まで粉砕し、粉砕した肉片も炎と包まれて灰になって消えた。

 まさに一瞬の出来事。

 ジードは断末魔すら上げる時間もなく、一瞬で跡形もなく消え去ってしまった。


「この女!」

「……出来る」

「ふん、やるな」


 さすが、ファルガとウラは実戦経験や戦場の経験もあるからこそ、頭の切り替えが早い。 

 ジードがゴミクズのように殺されたというのに動揺せず、ムサシに完璧な注意を向けている。

 そして、ムサシが俺たち三人を睨む。


「さあ退くがいい、奴隷商人ども。大人しく同胞を解放すれば命までは奪わぬでござる」


 舐めやがって。

 俺はファルガとウラのように冷静ではいられなかった。


「このクソガキがァ!」


 気づいたら、俺はムサシに駆け出していた。


「ッ、愚弟!? テメエが何で奴の仇を――」

「お、おい、ヴェルト!」


 勘違いするな。仇討ちなんてくだらねえことはしねえ。

 ただ、この女は俺をナメた目で見やがった。

 ジードと同じようにゴミクズを見るような目だ。

 ふざけるんじゃねえよ。


「お前みたいな下っ端なんか、ムサシ様が相手するまでもないだよ!」

「私たちが相手なの!」


 うるせえよ、ガキども。

 俺の前に、ヒカリもんを持って立つんじゃねえよ!


「どいてろ、ガキども! ふわふわ分断!」


 ふわふわ分断。

 目の前の相手を浮かせて左右に吹っ飛ばして通り道を作る技。

 

「えっ、な、なんだよ?」

「体が勝手に浮いて、キャーなの!」


 ウルサイ二人のガキは、いとも簡単に吹っ飛んで両端の壁に背中からぶつかった。


「なっ! ウシワカ! ベンケイ!」


 また、随分とスゲー名前だな。

 名づけた奴に非常に興味が沸くが、その前にまずはこのバカをどうにかしねえと気がすまねえ。


「ちっ、おのれえ、よくも我が妹分を!」


ム サシ、速い! 


「うおっ!」


 一瞬で懐に入られた。

 ふわふわ技で動きを封じようとしたが、速すぎて狙いが定まらなかった。

 まずい!


「お命頂戴!」

 

 触れたらヤバイ。ジードと同じになる。


「ふわふわエスケープ!」 

「ぬっ!?」

 

 だが、押してダメなら退くだけだ。俺自身を後方へ浮遊で飛ばして回避。

 

「……からの~ふわふわアタックッ!」

「ッ!?」

 

 そして、ムサシが空振りしたと同時に今度は前へ飛び込むように俺自身を飛ばす。

 威力を上乗せした警棒で脳天に振り下ろす。


「させぬっ! ッ!? な、こ、この重さ……」

「ちぃ!」


 だが、ムサシは二刀流。もう一方の木刀で俺の警棒を防ぐ。

 もっとも、片腕だけで抑えられるほど、俺の警棒もヤワじゃねえ。


「そうらぁぁぁああ!」

「ぬ、ぬぬぬ!? こ、この男……一撃が重い……!」


 そして、俺も警棒二つ。二刀流だ。

 ムサシに休む間もなく振り下ろし、突き、払う。

 そんな俺の警棒を、ムサシは木刀で受けて直撃を防ぐ。

 しかし、俺の重量ある警棒の一撃に防御で手一杯で動揺してやがる。


「う、うそだよ! む、ムサシ様が!」

「あ、あの、男、何者なの! お姉様が防戦一方なの!」


 見たかよ。俺だって…… 


「舐めんじゃねえぞ、ドラ猫!」

「この動き……見たことのない戦法や妙な力を使うでござる……こやつ……できるでござる!」


 こっちはこの五年間、ただふわふわ技を鍛えただけじゃねえ。


「ほう……キレてるじゃねぇか、愚弟。流石に五年前から俺の槍を相手にしてきただけはある。まぁ、あのクソ亜人もできるがな……」

「おお……うむ。私といつも組み手をやって体も鍛えているしな。花婿修行としてな」


 こちとら時間さえあれば、ファルガとウラにしごかれ、スパーリングされ、そうやって自分自身もイジメてきたんだよ。


「くっ、これほどの手練れと戦うのは……同胞以外では久しいでござるな。だが、これほどの腕を持ちながら、奴隷商人などという畜生にも劣る所業を行うとは、おぬしの技が泣いておるぞ!」

「あ? 誰が! 変な勘違いしやがって。だが、仮に俺の技が泣こうが喚こうが、俺は俺のやり方でこの世界を渡る!」


 とはいえ、やはりこいつは強い。

 ファルガとウラ以外では、たまに盗賊やらお尋ね者たちと戦うことがあったが、そいつらなんかとは比べ物にならねえほど強い。

 こいつの動揺が収まり、単純な武器での打ち合いになったら、俺が負ける。

 単純な打ち合い……ならな。


「そうらぁぁぁ!」

「ぬぬぬっ!?」


 打ち合いの最中で俺は後方へ飛び、同時にムサシ目掛けて警棒をぶん投げた。

 ムサシもまさか俺がいきなり警棒を投げるとは思わなかったようで、一瞬目を見開く。

 だが、寸前のところで脅威の反応速度で回避。

  

「ッ、危ない……しかし、武器を自ら簡単に手放すとは愚かなり!」


 回避された俺の警棒が海へと回転しながら飛んでいく。

 でも、態勢が崩れた。十分だ。


「だからどうした! 警棒はもう一本あるんだよッ!」

「小賢しいッ!」


 崩れた態勢のムサシ目掛けて警棒を振り下ろす。

 しかし……


「ミヤモトケンドー・不動受け!」


 野生の獣の反応速度は俺の想定を超えている。

 ムサシは瞬時に木刀を頭上で交差させて、気合を入れて受けやがった。

 その衝撃でムサシの両足が床板を突き破って沈んでやがる。


「やるじゃねぇか……これも防ぐか……」

「なんという威力! おぬし、何者でござる!」

「だが、もう終わりだ」

「な、なにを……ッ!」


 あの態勢で今の一撃を受けたのは天晴れだが、もう完全に隙だらけだ。

 両足も沈んで身動き取れねえだろうし、既に遅い。


「ごぼっ!」


 鈍い音が響き渡った。


「がっ、あ、う、あ、が」


 急に酔っぱらいのように状態がフラフラと揺れだすムサシ。

 その後頭部には、俺の警棒がぶつかっていた。


「な、んで、こ、これが?」


 俺が投げたものの、回避されて船の外へと放り出された警棒は、俺の能力でブーメランのように舞い戻ってきて、完全に油断していたムサシの後頭部へ直撃。

 五年前は、一本五十キロだった俺の警棒も、今では重さ百キロ。

 さらに、遠心力と速度をつけて相手にぶつけたら、その威力はハンパじゃねえ。

 それを無防備な後頭部にモロに直撃されたら、さすがのムサシも無事じゃ済まないだろう。


「な、こ、なんと、せ、拙者が、ぐっ……」

「ちっと寝て大人しくなりな。目が覚めた頃には色々答えてもらうからよ」

「ぐっ、む、無念………しかし、お、……お……おみ、ごと」


 バタっとようやく倒れたムサシ。

 結構危なかったが、何とか一人でどうにかできた。


「クソウルサイ猫だったが、ようやく大人しくなったか。まぁ愚弟の能力を初見だとこうなるのも無理ねえか」

「うむ、見事だったぞ、ヴェルト。ご褒美にチューしてやるぞ?」

「はいはい、ほっぺにしとけよ」


 勝ちは勝ちだ。そして、そんな俺をファルガもウラも軽く労ってくれる。


「そ、うそ、うそ、うそだよおおおおおおおお!」

「お姉さまああああああああああああああああ!」


 さて、とりあえず、ムサシが起きていきなり暴れねえように縛っておくか。


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