第39話 プリンセシュラバ2

 朝から散々な目に遭ったぜ。

 女に好かれるのが、ここまでめんどくさいとは思わなかった。

 いや、女というか子供か。

 あの後、ラーメンの出前のついでにウラに王都の街を案内することになり、俺たちは並んで街を歩いている。

 何だウラに無理矢理手を繋がされてるけど、まあいい。

 何故かついてきたフォルナが俺の反対側の手を繋いで、ついてきたのも、まあいい。

 出前だろうと、俺は出前の岡持ちを浮遊レビテーションで運ぶから、両手が塞がっていても問題ない。


「ふー! ふー! ふー!」

「キシャアア!」


 でもさ、俺を挟んで互いに鼻息荒くして威嚇し合うのはやめてくれ。

 お前ら猫か? つか、同じ歳なんだからもっと仲良くしてくれよ。


「ここが本屋だ。まあ俺はあんまり来ないけどな」

「フー! フー! フー!」

「ガルルルルルルル」

「んで、あっちは肉屋。おっちゃんと仲良くなったら試食でハムとか食わせてくれる」

「ギリギリギリギリギリ」

「グルウ、ガルウウ!」

「そんであっちが、俺がたまにいく武器屋で―――――」

「フシュウウウウ!」

「グウウウウウウ!」


 俺の我慢も限界だった。


「テメエらいい加減にしろ! 喧嘩してんじゃねえ!」


 繋いだ手を放して、俺は拳骨で二人の頭を叩いてやった。


「あいた」

「うっ、な、ヴェルト、何をする」


 不良の俺が喧嘩をするなと注意するなんて生まれて初めてだ。

 でも、こいつらは仲悪すぎる。

 

「あのな~、フォルナ。お前は、俺がウラに構ってばっかとかで嫉妬してんだろうけど、仕方ねーだろ? こいつは一人ぼっちなんだから、俺が何とかしてやんねーと」

「うっ、うう~、わ、分かっていますわ。というより、嫉妬という言い方はストレートすぎますわ……もう少しマイルドに……」

「ウラ、おめーもだよ。フォルナをあんまり挑発するな。大体、ちょ~っと俺がお前の力になってやったぐらいで、ベタベタすんのもどうかと思うぞ?」

「ぐっ、ヴェ、ヴェルト、お前は鈍感でないのはありがたいが、デリカシーがなさすぎるぞ! わ、悪かったな、簡単にお前にコロッとしてしまって、でも仕方ないだろ!」


 ったく、だからガキってのは面倒なんだよ。

 そーいや、幼稚園とかでも「大きくなったらリューマ君のお嫁さんになってあげる」なんて言われたことがあったが、本当に大きくなったら全員俺をド無視しやがるからな。

 ほんとにめんどくせー。


「でも、ヴェルト、ワタクシは、この女がヴェルトに対して抱いている感情が分かるからこそ、我慢できませんわ!」

「こいつは、ズルイ! 私の気持ちを知っていながら、自分一人でお前を独占しようとしている」

「独占? 当たり前ではないですの! ヴェルトはワタクシのものですわ!」

「違う! 昨日から私のモノになったんだ!」


 だからさ、こんな公衆の面前でお前らは……ああ~、やだ帰りたい。


「ったく、…………ん?」


 あれ? そーういえば、おかしいな。

 いつも俺とフォルナをからかう王都の連中も、こんな絶好なネタが揃ってるのに何も言わないな?

 いや、見てはいるけど、どいつもこいつも遠くでヒソヒソ話しているだけで……


「ねえ、見て。あの子よ、例の魔族の娘っていうのは」

「本当だ。間違いなく魔族よ。本当に怖いわね」

「ヴェルトが連れてきたそうだが、まったく困ったことを。これで、この国が魔族に狙われたらどうするんだ」


 ああ~、そういうことか。

 俺は、この空気や街の連中がウラに向けている目をよく知っていた。


「そりゃ~、ヴェルトの言うことは聞いてやりたいけどさ~、魔族はな~」

「この間だってボルバルディエが滅んだし、何だか怖くなってきたわ」

「うん。国王様もなんとかして欲しいわ。魔国に引き渡すとか、人類大連合軍に任せるとかしないのかしら?」


 耳を澄ませば、誰もがウラに対してマイナスな印象を持っている。

 仕方ないことだ。

 俺も経験がある。

 神乃に言われて無理矢理学校に登校させられたとき、教室に足を踏み入れた瞬間、誰もが俺に対して向けていた目とそっくりだった。

 厄介者。関わりたくない。どこかに行ってもらえないか?

 そんなところだ。

 ただし、俺の場合は神乃という存在があったからこそ、そんな目を向けていたクラスの奴らも徐々に変わっていき、俺は気づけば普通に学校にも行けるようになったし、みんなも俺に普通に挨拶をしてくるようになった。

 より顕著になったのはいつだ? 多分、体育祭が終わったあたりだ。


「そっか、そうだよな。ウラの場合は俺とは桁違いに事情が違うが、それでも俺が分かってやれることが一つあったかもな」


 俺の時と同じことをすればいい。


「神乃。あのときお前がそうしてくれたように、やり方は違うが俺もやってみるぜ」


 体育祭でどうして俺はクラスにとけ込めたか?

 あの鮫島が、どうして俺にハイタッチをするようになったか?

 簡単だ。共通の敵を作ればいい。


「大体、あなたは魔族とはいえ、今後はこの国に暮らすのですから、もう少し慎みを持ちなさい!」

「うるさい。大体、お前は姫なんだから、ヴェルトみたいな平民じゃなく、どっかの貴族と結婚すればいい」

「ワタクシたちは王国全土公認の仲ですわ!」

「ッ、いやだ! お前には、他のみんなが居るだろ! でも、私にはヴェルトしかいないんだから、ヴェルトはくれてもいいではないか!」

「絶対にイヤですわ! もう、怒りましたわ!」

「ッ、この、ぶったな!」


 二人の共通の敵を作れば、仲良しとまではいかないが、それなりに改善はされるはず。

 呉越同舟作戦だ。


「お前ら、いい加減にしねーと、二人まとめて嫌いになるからな!」

「ふぇっ、なっ、えっ!」

「なな、なに! こ、これは!」


 二人とも驚いている。

 街の連中も驚いている。


「そんなんで、俺を惚れさそうなんて十年早いぜ、おチビども」


 掴み合いの喧嘩に発展しそうだったフォルナとウラの二人が、急に宙に浮いたからだ。


「こ、これは、飛行フライ? いえ、違いますわ!」

「バカな、ヴェ、ヴェルト、お前、一体何をした!」

「なーに、じゃじゃ馬どもにお仕置きだ」


 俺が両手を交差する。それだけで、宙に浮いた二人がぶつかり合い、互いに頭をぶつけた。


「ぎゃっ、あた、あたたた、ヴェルト、あなたの魔法ですか!」

「くっ、どういうことだ、何が起きている!」


 宙に浮いて身動き取れない二人。

 事態の把握に頭がいっぱいいっぱいってところか?


「俺の出来る魔法なんて一つしかねーだろ?」

「何を言いますの! あなたの出来る魔法なんて、浮遊だけだったはず!」

「くっ、しかし、浮遊は物を浮かすことは出来ても、生物を浮かすことはできないはず」


 その通りだった。浮遊レビテーションは触れた物を浮かすことができる。

 だが、人や魔族や動物など、生物を浮かすことは出来なかった。

 でも、別にそんなことをやる必要はない。ようは、物を浮かせばいいだけだ。

 俺は単純に二人が着ている服を浮かせて、それにつられて二人が浮いているだけの話。

 二人がそう思わないんだったら、それはそれで儲け物だ。


「ぐっ、どちらにしろ、こんなの恥ずかしいですわ! ヴェルト、早くおろしなさい!」

「というより、はやく、そのス、スカートが…………」


 ひらひらのスカートの裾を押さえながら、顔を赤くしてモジモジしている二人。

 これで、ちっとは大人しくなるか?


「ほれ」


 俺は指を鳴らして浮遊を解除する。

 本当はこんな動作は必要ないけど、何となくカッコイイからやる。

 すると、急に二人が宙から落下して、受け身も取れずに地面に突っ込んだ。


「ぎゃふ!」

「あた、いた、たた、お、おのれ」


 なるほど。子供とはいえ天才児二人に通用した。やっぱり使えるな、この力。


「どーだ? ちっとは懲りたか? くっだらねー喧嘩してんじゃねえよ。それと、一つ教えとくが、俺はうるさいマセガキは好きじゃねーんだよ」


 まあ、ただ相手の怒りを買うだけの結末になってしまうかもしれないが……


「っつ、ヴェ~ル~ト~」

「ヴェルトのくせに、私になんという無礼なことを」


 ああ、睨んでる。怒りに満ちた目で二人とも俺を睨んでる。



「ヴェルト、ちょっとやりすぎですわ! お仕置きしてさしあげますわ! 妻に暴力を振るうなど、殿方として最低ですわ!」


「ヴェルト、お嫁さんに対してこの仕打ちは、度が過ぎているぞ? 私が教育してやろう!」



 実に息もピッタリで、こんなに簡単に俺の思惑通りにいくとは思わなかった。


「あらら、元気なガキどもだぜ。やり過ぎて、度が過ぎてんのはお前らだろ? つか、俺にお仕置き? やってみろ、チビッコ共」


 もう少しだけからかって……じゃなくて、泥を被ってやるか。


「ッ、子供扱いしないでくださいませ!」

「子供扱いするな!」


 二人が同時に俺に駆け出そうとする。だが、俺は再び浮遊で二人を宙に浮かせる。


「いくぜ、ふわふわ時間タイム!」

「同じ手は通用しませんわ! 身の程を知りなさい!」

「私をいつまでも押さえられると思うな! 身の程を知れ!」


 その瞬間、俺の両手に刺激が走った。

 これは、相手の魔力やオーラによる干渉で、俺の魔法が強制的に解除されたことを意味する。

 

「雷神の乙女よ、その涙を纏いし力に変えて、無限の雷轟、世界に光れ!」 


 空気がビリビリと痛い。

 フォルナの体内から閃光があふれ出し、その全身をスパークさせた金色の雷が覆っている


「こおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ウラは、空手の息吹のように精神統一させ、目に見えるほどの隆々としたオーラのようなものを纏っている。

 そして、


「魔道兵装・迅雷烈覇!」


 な、なにそれ? マドーヘーソー? ああ、何か聞いたことあるな。

 魔法を放出するんじゃなくて、自分にその莫大なエネルギーを宿して身を包み込むことで攻撃と防御を一体化させる、技だっけ?

 だけどあまりにも高度過ぎて、学校の教員も誰もできないぐらい珍しい、魔法戦闘技術の一つだったな。

 なんか、朝倉リューマの時に、コンビニで立ち読みした漫画で見たことあるな。

 

「活!!!!」


 ウラ、お前、それはいかんだろう。

 魔法の世界で相手の魔法を気合でかき消すとか、魔法使いが可愛そうだと思わねーのか?

 つか、お前ら……ごめんなさい……大人げなかったから許してくれ。

 それってどー見ても、最強モード的な奴だろ?


「「さあ、ヴェルト! お仕置きの時間、≪ですわ≫≪だ≫!!」」


 つか、お前ら状況分かってるか? 街中だぞ? 

 結構、街の連中はキャーキャー悲鳴を上げてるの気づかないか?


「なんだ、一体何事だ!」

「ひ、姫様と魔族の子が、なんか怒ってるぞ!」

「ギャー! せ、静電気がー!」

「お、い、今の魔族の娘の気合いみたいなので、こ、腰が抜けた」


 気づけば、街の連中の反応は、「あれが魔族か。厄介者」から「何が起こった」に変化。

 まあ、これはこれで、


「なんかよー、ヴェルトが二股かけてるって話だ!」

「ええ! 私は、ヴェルトが二人を弄んだのがバレて、二人にお仕置きされるって聞いたわ!」

「俺は最初から見てた! ヴェルトが、二人のスカートめくりをして、ニヤニヤしてたからだ!」

「違う、二人ともヴェルトのことが好きなのに、あの野郎は二人とも嫌いって言ってたぞ!」

「ヴェルト、お前、最低だぞ!」

「姫様を泣かせるなんて許せないわ!」

「女の子を泣かせやがって!」


 これはこれで、よくねーよ! 

 俺はただ、俺が二人を怒らせて、二人がそれで意気投合とかすればと思っただけなのに、王都全体が俺の敵になってんじゃねーかよ。

 でも、まあ、あれだ。これはあと一押しあれば、ウラに関してもうまくいきそうだし…… 

 死ぬかもしれねーけど……



「仕方ねえ。遊んでやるか。かかってこいよ」


 

 精一杯かっこつけて言ったけど、内心汗だくだ。

 でも、やるしかねえ。


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