第34話 一つの決着

 自分の我が儘を貫き通すには相応の力が必要だ。

 俺は弱くて力がなかった。だから、簡単に反発を力で押さえつけられた。

 だけど、悔しいがこいつは違う。

 自分を貫き通せる男だ。

 だからこそ、頼もしいと思った。


「よう、愚弟。クソ童貞は無事か?」


 確かに、もう少しで奪われる寸前だったが、言い方ってのがあるだろう。

 まあ、助けてもらった身としては、これ以上は言えないが。


「まーな。んで、ファルガ、どうしてここに?」

「魔王の波動を感じたのさ。その圧倒的な波動を追いかけていたら、森で洞窟とトンネルを発見してな。いざ来てみれば、クソおかしな展開になってるじゃねえか」


 魔王の波動? そうか、鮫島の捨て身の大暴れで発せられた力を、ファルガは感知したんだ。

 あいつの命懸けの大暴れは、無駄じゃなかった。


「さてと、このクソ状況がどういうことかは後で聞くとして、まずは目障りなこいつらか」


 ファルガが前を向いて、槍を突き出す。

 ギャンザ、そして人類大連合軍も思わず身構えている。



「失せろ、クソ小娘。俺と戦って割に合わねえのがどっちか理解できねえほどバカじゃねえだろ?」


「ふふ、『緋色の竜殺し・ファルガ』様。これまで我ら人類大連合軍がどれだけ破格の条件であなたを迎え入れようとしても断り続けていたのに、これはどういうおつもりですか?」


「どうもこうもねえ。テメエら全員に興味もねえ。だがな、この国と俺の愚弟に手を出す奴は、竜よりも凄惨に殺すと決めてんだよ」



 空気が痛い。


「この、ボクは、あなたの弟ですか?」

「正確には『未来の』だ」


 睨み付けるファルガに対して、ギャンザも笑みがない。

 そして、先に動いたのは、ファルガ。


「ふん」

「っ!」


 一瞬の攻防が、あった……と思われる。

 少なくとも俺には何も見えなかった。

 二人は一歩も動いていないが、二人を中心として地面が円状に亀裂が走った。


「っ……さすがですね……今の一瞬で六回の突き。そして、私の魔法を砕くとは……噂は本当でしたか」


 そして次の瞬間、


「うっ、あっ、わ、私は……」

「ぬっ、炎が……」

「ウラ! 鮫島!」


 ウラを捕らえていた十字架が砕け、鮫島を覆っていた炎が消えた。

 二人とも、激しく痛めつけられているが、生きている。

 でも、どうやって? まさか、ファルガが?



「愚弟。どうしてお前がクソ魔族と一緒に戦っていたかは知らねえが、これで満足か?」


「聞いたことがあります。緋色の竜殺しの槍は、突くのではなく、砕く。それは魔族や亜人のみならず、魔法や能力などの効果すら砕くと」


「おい、うるせえぞ、クソ小娘。俺は愚弟と会話してんだ。まあ、テメェも武器なしで俺の槍を四回まで防いだところを見ると、半端もんじゃねーみたいだが」



 はは……なんだそりゃ…………とりあえず、よーく分かったよ。

 こいつら、ケタが違いすぎる。


「それにしても、困ったことをしてくれますね。そこの、ボクは、純粋な心を失っています。その心を取り戻すために、私の純潔を彼に捧げる。それの何が間違っていますか?」

「議論する気にもなれねえ。まあ、本当にその治療手段が正しいってなら、その役目は俺の愚妹がする」

「それに、魔王とウラ姫のこともです。いかに、あなたがエルファーシア王国の王子とはいえ、人類大連合軍の正当な大義ある行いの邪魔をすることは許されませんよ?」

「だから、どうした? テメェらの大義と俺の愚弟。俺がどっちを選ぶかなんざ、考えるまでもねえだろうが」


 一触即発。どちらが先に動くか? 

 だが、どちらが先に動いても、この場にいた誰もが息を飲んで同じことを思っていた。

 絶対にどちらもタダではすまないと。

 だが、


「それもそうだが、そもそもここは明らかにエルファーシア王国の領土内だ」


 この場に、また聞き慣れた声が聞こえた。


「ッ!」

「双方、この場は私の顔を立てて、武器を納めてもらえないだろうか?」

 

 俺は、その声が聞こえた瞬間、涙が出るほど嬉しくなった。


「いかに人類大連合軍とはいえ、我が国の許可無くして我が国の領土内に進軍はできないはず。今すぐここから立ち去って貰おうか」

 

 その男が現れて、洞窟が揺れた。


「タイラー!」


 間違いない。タイラーだった。

 タイラーが、そしてエルファーシア王国軍がトンネルの穴から続々と集結していた。


「お、おいおいおい! い、今、タイラーって!」

「間違いない! あのお方は、タイラー将軍だ!」

「あれが、『聖騎士パラディン将軍ジェネラル・タイラー』、嘘だろ?」

「人類大陸の頂点に立つ六人のパラディンの一人が、いきなり現れるとか、ホントかよ」

「しかもエルファーシア王国軍まで!」


 お、おお

 そりゃ~、俺もタイラーがスゲー有名ってのは知ってたけど、予想以上の反応だ。

 近所のおじさんとか、クラスメートの親父として、かなりフランクに話してたけど、やっぱスゴイ奴だったか。


「ふふ、これはこれは、タイラー将軍。お久しぶりですね」

「随分と出世したようだね、ギャンザ。いや、今は将軍か? 私が大帝国軍士官学校に講師として招待された時以来だね」

「ええ、まだまだ、あなたほどの武勇は重ねていませんが」

「いやいや、君なら、あと数年で私などを遥かに超えた大英雄になれるさ」


 ギャンザも、タイラーには一目置いているのか、対応の仕方がこれまでと違う。

 てか、知り合いだったか。


「おい、クソタイラー、テメエも魔王の波動を感じた口か? 随分と遅い到着だがな」

「これはこれは、ファルガ王子。随分と早いですね。まあ、私は王子と違って単独行動ができないもので」

「けっ。そもそも常に国いたテメーらがこのトンネルをさっさと見つけていれば、こんなクソ展開も、……あの事件もなかった」


 あの事件。そう言われて、タイラーの表情が少し曇った。

 そして、俺にも意味が分かった。

 あの事件、それは親父とおふくろが殺された事件だ。


「ええ、分かっていますとも。だからこそ、もう二度と、あのような後悔はしません」


 いつもニコニコしていた、優しい父親の表情じゃねえ。

 今のタイラーは、


「ギャンザよ。その子は、身分こそ平民ではあるが、我が国には決して欠かせぬ宝であり、国の息子でもある。将軍に対して多大な無礼を働いたようだが、見逃して欲しい。後にしかるべき謝罪の使者と詫びの品を送り届けよう」


 そこに居るだけで、とてつもない大きさを感じる。

 

「どうか、この場はそれで手打ちにして欲しい。ついでを言うなら、魔王と姫の身柄は我らが預からせてもらおう」

「タイラー将軍。それで私たちが納得するとお思いで?」

「私から見ても分かる。魔王はもはや助からん。手柄は全てお前たちだ。我らがその証人だ」

「ウラ姫は?」

「今後の身の振り方は、我が国で責任を持とう。決して、迷惑はかけぬ」


 それは、相手を射殺すようなファルガや、シャークリュウ、ルウガとも違う。

 ギャンザのような、異常な理解不能なものとも違う。


「それでも足りぬというのであれば、仕方があるまい。どうしてもこの子と魔王一族の身柄を渡せというのなら、我らの息子のため、そして息子が守ろうとする者たちのために、戦わざるをえない」


 ただ、大きく包み込むような何かが、俺を、そして気づけば戦場そのものを包んでいるよう感じた。

 

「ふ、ふざけるな、首を落としてこそ意味があるのだぞ!」

「魔王とその一族の首を晒し、我ら人類の勝利の勝鬨を上げてこそ、我らの希望と魔族への牽制に繋がるのだ!」

「エルファーシア王国は、人類大連合軍の加盟国でありながら、反旗を翻す気か!」

「戦争になるんだぞ!」


 戦争? バカな。俺が勝手にウラと鮫島を助けようとしただけで、何で……

 俺は、今回のことを深く考えていなかった。

 ダチとダチの娘を助ける。その程度のことだった。

 何かが起きても、全て自分の問題としか考えていなかった。


「ちっ、俺は…………やっぱ、バカだ」

 

 俺は浅かった。

 俺は甘かった。

 俺のバカな行動が戦争とかに繋がるとか、そこまでは考えていなかった。

 エルファーシア王国のことを何も考えていなかった。

 だが、もっと考えていなかったのは、このことだ。



「ヴェルトくんは我らにとってそれほど重い存在であるということだ」


「王族として国を私情で戦火に巻き込むわけにはいきませんわ。ですから、いざとなればワタクシは王族の身分を捨てる覚悟もできていますわ」


「ガルバ……フォルナ……お前らまで」



 お前たちまで、来てくれたのか?


「あ、あれは、怪力無双として名を馳せた、『巨人ジャイアントキリングしのガルバ』!」

「それに、あの少女は、あのお方は!」

「エルファーシア王国の姫君、フォルナ・エルファーシア様! 『金色の彗星・フォルナ』と呼ばれた天才児だ!」

「な、なんで、なんでだよ! エ、エルファーシア王国最強戦力が、どうして一度に集結してやがる!」


 何でこいつらは、俺のバカで後先考えない行動が、どんな事態を招くかを理解していながら、俺なんかのためにここまでしてくれるんだよ!


「っ、ヴェ、ヴェルト」

「ウラ、無事か?」

「ああ。し、しかし、この人間どもは……」


 ウラが目を疑うのも無理はない。俺だって驚いている。


「く、ふ、ふふ、ふはははは」

「鮫島! い、生きてたか!」

「うるせえ、まだ、な。でも、はははは」

「父上! しっかりしてください、父上! っ、こ、これは……」

「いいんだ、ウラ。俺はもう自分でも分かってるから。ははは、しかし、最後の最後にこんな光景を見せられるとはな。朝倉、やっぱお前スゲー奴だったな」


 鮫島が瀕死の体を起こしながら、おかしそうに笑った。

 駆け寄ったウラが、鮫島の体を見て、言葉を失っている。

 だが、鮫島本人は、どこか満足したように、今にも消え失せそうな笑みを浮かべていた。

 世界を懸けて戦っていた鮫島にとって、この光景がどれほどのものかを知っていたからだ。


「ふう……いいでしょう」


 その時、どこか観念したようにギャンザが呟いた。


「タイラー将軍。あなたがそこまで言うのでしたら、魔王の首は諦めましょう。ただし、ウラ姫が今後、人類を害する存在となるならば、我々は決してエルファーシア王国を許しません」

「恩にきる」

「全軍に告げます! 此度の戦は我らの勝利! 直ちに帝国と本部にこの知らせを伝えるように! 負傷者の手当をしつつ、我々は帰還します! 戦いは終わりです!」


 戦争の終わりを告げるギャンザの勝鬨。

 それは俺やウラたちに対して不満を抱いていた者たちですら、雄叫びを上げてしまうほど、待ちに待っていたものだった。

 死ぬかもしれぬ覚悟を常に持たなければならなかった戦いが、今ようやく一息ついたのだ。

 多少の消化不良はあったかもしれないが、勝者として帰る以上、彼らの表情は晴れやかだった。

 そして、俺は俺で……



「終わったな、鮫島」


「ああ……終わっちまったよ…………俺の、第二の人生はな……」



 一つの決着をつける必要があった。

 ダチとの、別れという決着を。


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